No | 215695 | |
著者(漢字) | 日比野,仁 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒビノ,ヒトシ | |
標題(和) | 小型霊長類のコモンマーモセットを用いたサイトカイン療法および遺伝子治療の前臨床霊長類モデルの開発 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215695 | |
報告番号 | 乙15695 | |
学位授与日 | 2003.05.21 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15695号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 緒言 サイトカイン療法、遺伝子治療などの新規療法は癌を含めた難治性疾患の治療法として今後益々重要となることが期待されているが、ヒトへの臨床応用の前には安全性や有効性の十分な確認が必要である。この観点からヒトに近縁な霊長類を用いた前臨床研究の重要性は益々高くなってきている。しかし、大型霊長類を用いた研究には大規模施設と多くの人員が必要であり、特に本邦では多くの前臨床研究を行える状況とは言い難い。そこで我々は、大型霊長類より簡便に扱え、国内コロニーがある小型霊長類のコモンマーモセットに注目し、末梢血造血前駆細胞遺伝子治療の in vivo 霊長類モデル作成を目指した研究を行った。 コモンマーモセットのヒトとの生物学的相同性に関する研究はまだ少なく、ヒトに応用できる霊長類モデルとしての利用可能性を明確にするため、本研究では血液学的側面に焦点をあて、ヒトサイトカインへのマーモセット造血前駆細胞の反応性、抗ヒト血球単クローン抗体を用いたマーモセット血液細胞の同定、純化の可能性を検討した。また、遺伝子治療への応用を考え、レトロウイルス及びアデノウイルスベクターによる遺伝子導入の検討を in vitro で実施し、コモンマーモセット造血前駆細胞への遺伝子導入の条件を検討した。これらの結果を踏まえ、G-CSFによる末梢血造血前駆細胞の動員効果を検討し、自家末梢血前駆細胞移植モデルを作製するとともに、レトロウイルスベクターによる末梢血造血前駆細胞へのMDR1遺伝子導入による in vivo 遺伝子治療モデルの構築を行った。 コモンマーモセット血液細胞の生物学的特性の解析 本研究ではコモンマーモセットの造血前駆細胞の特性を明らかにするために、コモンマーモセットとヒトの骨髄造血前駆細胞のヒトサイトカインに対する反応性を検討した。ヒトG-CSF、GM-CSF、Epo、IL-3、IL-6、IL-11、SCF、Tpoに対する反応性を progenitor cell assay で検討したが、いずれのヒトサイトカインに対してもコモンマーモセットの造血前駆細胞は反応し、その反応性はヒト細胞に類似したパターンを示した。 ヒトの血液細胞に対する単クローン抗体とコモンマーモセットの末梢血細胞、骨髄細胞の交差反応性をヒトCD2、3、4、8、11b、13、14、16、19、20、33、34、38、45、56、117に対する抗体を用いてフローサイトメトリー(FACS)法により解析した。CD2、4、8、20、56に対するリンパ球特異的な単クローン抗体のいくつかが本動物の末梢血細胞と交差反応性を示したが、CD3、19、38に関しては本動物の末梢血細胞とは反応せず、骨髄系細胞に対する抗体では、CD11bを除き、交差反応性を示さなかった。CD117に関しては反応を示す抗体はなく、CD34に対する抗体では Qbend10を除き、いずれの抗体もコモンマーモセット骨髄細胞との交差反応性を示さなかった。 コモンマーモセットのCD4、8、20、56陽性細胞の純化を immunobeads 法により試み、分離したCD4、8、20、56陽性細胞の形態学的観察を行い、マイトジェン刺激による増殖活性の検討を行った。分離したCD4及びCD8陽性細胞は形態学的にはリンパ球であり、ともにマイトジェン刺激に反応して増殖したことから、コモンマーモセットのCD4及びCD8陽性T細胞の同定と純化が可能なことが明らかになった。コモンマーモセットCD20陽性細胞及びCD56陽性細胞に関しては、純化法や機能の検討がさらに必要であった。FACS解析では、コモンマーモセット骨髄単核球中の約1.5%がCD34陽性細胞であったが、コロニー形成能は低く、市販の抗ヒトCD34単クローン抗体によるコモンマーモセットCD34陽性細胞の純化は行い得ないことが示された。 造血前駆細胞への遺伝子導入法の構築 造血前駆細胞を標的とした遺伝子治療のモデル作製を目的に、汎用されているレトロウイルスベクターを用いたコモンマーモセット造血前駆細胞への遺伝子導入の検討を行った。レトロウイルスベクターはMDR1遺伝子を有するHaMDR1及びLacZ遺伝子を含むMFG-LacZを利用し、コモンマーモセットの骨髄造血前駆細胞への遺伝子導入効率を in vitro で検討した。遺伝子導入にはウイルス上清液法、ウイルス産生細胞との共培養法、ウイルス産生細胞と同種骨髄間質細胞を混合した共培養法を用いた。レトロウイルス上清液法及びウイルス産生細胞との共培養系での導入効率は培養時間を延長しても低かったが、ウイルス産生細胞と骨髄間質細胞との混合共培養系では、ウイルス産生細胞のみの時に比べ、48時間以上のいずれの培養期間でも有意に高い遺伝子導入効率が得られた(11.6〜23.2%)。また、ヒトサイトカイン存在下で、有意に高い遺伝子導入効率が得られた。以上より、ウイルス産生細胞と骨髄間質細胞との混合共培養系はコモンマーモセット骨髄造血前駆細胞への遺伝子導入効率を向上させることが示された。 LacZ遺伝子発現アデノウイルスベクター (AxCALacZ) を用いて造血前駆細胞への遺伝子導入を試みた。遺伝子導入はアデノウイルスベクター液中で、multiplicity of infection (MOI) 20及び200の条件で行った。培養4日目のLacZ陽性クラスター数の比率は、MOI 200群の方が高く、約15%であった。培養時間の経過とともに陽性コロニーの比率は減少し、いずれの群でも、培養14日の陽性コロニーの比率は5%以下になった。LacZ陽性クラスター及びコロニー中のLacZ陽性細胞の比率も、両群ともコロニーの成長に伴い減少し、培養7日目に、各群それぞれ2%、3%に減少した。 ヒトG-CSF投与による末梢血前駆細胞動員効果と遺伝子導入 自家末梢血造血前駆細胞移植モデルの構築を目的に、ヒトG-CSF投与による末梢血への造血前駆細胞動員効果を検討した。ヒトG-CSFは10μg/kg/日の5日間の皮下投与を行い、progenitor cell assay によりコロニー数を系時的に測定した。その結果、ヒトG-CSF投与で、末梢血中のコロニー形成細胞数はG-CSF投与8日後に最大となり、投与前の13〜25倍に増加し、末梢血中の造血前駆細胞数は10日目まで高値が維持された。以上より、ヒトG-CSF投与はコモンマーモセットにおいても、末梢血への造血前駆細胞の十分な動員作用を発揮することが判明した。さらに、末梢血造血前駆細胞に対してウイルス産生細胞と同種骨髄間質細胞とを混合した共培養系では約15%の遺伝子導入効率が得られた。また、コモンマーモセットに対する致死線量の検討では、60Coを線源として、3.5、4.5、5.5、7.5、9.0Gyの放射線照射を行った。その結果、3.5、4.5Gy照射では死亡例はなく、造血能の回復を認めたが、5.5Gy照射では造血能回復は遷延し、本線量が亜致死線量と考えられた。7.5、9.0Gy照射では照射後14日以内に全頭が死亡し、致死線量は7.5Gyであると考えられた。 コモンマーモセットを用いた造血幹細胞遺伝子治療モデルの構築 ヒトG-CSFで動員されたコモンマーモセットの末梢血造血前駆細胞ヘレトロウイルスベクターを用いてMDR1遺伝子を導入し、その遺伝子導入細胞をコモンマーモセットヘ移植することにより、導入遺伝子の消長を追跡できる in vivo モデルを構築した。計4頭のコモンマーモセットを実験に供したが (No.1〜4)、1頭 (No.1) はコントロールとして用いた。これらの動物に1ヶ月間隔で2回、10μg/kg/日のヒトG-CSFを投与して単核球を採取し、使用時まで凍結保存した。単核球は、ヒトサイトカイン存在下、ウイルス産生細胞と同種骨髄間質細胞との混合共培養系で、移植2日前より48時間培養し、MDR1遺伝子を導入した。2.5Gyの全身照射を2回施行した上で、遺伝子導入細胞と遺伝子未導入細胞を混合して移植した。導入遺伝子は、抽出DNAを HaMDR1 provirus に特異的なプライマーを用いてPCR法にて増幅して確認し、導入遺伝子のコピー数はサザン法を用いて、標準曲線との比較によって求めた。最終的な遺伝子導入CFU-GMの割合は、2.1%〜8.9%であった。遺伝子導入個体全てより、末梢血全血あるいは好中球、リンパ球から provirus が検出された。No.3及びNo.4個体では、それぞれ移植後412日目、216日目の好中球、リンパ球からも provirus が検出された。このことは長期造血能を有する細胞への遺伝子導入が可能であったことを意味する。また、1個体の骨髄単核球及び形成コロニーからも provirus が検出された。しかし、MDR1遺伝子導入細胞の割合は0.2%〜1.0%であった。なお、replication-competent retrovirus (RCR) の確認はS+L-法で行ったが、いずれの個体の血清からもRCRは検出されなかった。 さらに、導入遺伝子の機能を検討するために、移植後に provirus が確認されたNo.3及びNo.4個体とコントロール個体に docetaxel を投与し、好中球数の推移を検討した。好中球数の減少は docetaxel 投与後、全ての個体で認められたが、コントロールに比べ、遺伝子導入個体では減少がやや抑制される傾向がみられた。しかし、docetaxel 投与後のMDR1遺伝子導入好中球の濃縮には至らず、その割合は1%を上回ることはなかった。 まとめ 本研究結果から、齧歯類には交差性を有さないヒトIL-3、GM-CSF、SCF等のサイトカインに対してもコモンマーモセットの骨髄造血前駆細胞は反応した。この事実は、イヌやブタなどの大型動物モデルでは種特異的なサイトカインが必要である点とは異なり、大型霊長類と同様に本動物利用の大きな利点である。一方、ヒト血液細胞に対する単クローン抗体を用いてコモンマーモセットT細胞を純化しうることは示唆されたが、利用できる抗体の種類は限られており、CD34陽性細胞等の純化にはさらに検討が必要であり、大型霊長類モデルとの相違点も明確となった。 ヒトを含む霊長類の造血前駆細胞への遺伝子導入効率はまだ低いことから、レトロウイルス産生細胞と骨髄間質細胞双方の利点を生かし、ウイルス産生細胞と骨髄間質細胞との混合共培養系を考案した。この共培養系により遺伝子導入効率は増加することが明らかとなったが、今後、ヒトに直接的に応用できる遺伝子導入法の開発が必要であり、こうしたことで大型霊長類と同等の利用価値が得られるものと考えられた。一方、アデノウイルスベクターによる造血前駆細胞への遺伝子導入も可能であったが、コロニー形成細胞の増殖に伴い、遺伝子発現細胞の比率は短期間で著しく減少した。 ヒトG-CSF投与により、本動物の末梢血中に多くの造血前駆細胞が動員されることが示され、大型霊長類と同じく、ヒトサイトカイン投与による末梢血造血前駆細胞の動員モデルとして利用でき、末梢血造血前駆細胞移植モデル構築が可能であることが示唆された。 末梢血造血前駆細胞にレトロウイルスベクターを用いてMDR1遺伝子を導入した上で移植し、造血前駆細胞を標的とした小型霊長類の in vivo 遺伝子治療モデルを構築した。本モデルは、長期にわたり導入遺伝子の消長を追跡できるものであった。これはヒトへの応用を考えた遺伝子治療モデルとして大型霊長類と同様に利用できるモデル作成の基礎となるものと考えられた。また、本モデルではMDR1遺伝子導入細胞の in vivo 濃縮を docetaxel 投与で検証することが可能であったが、十分な濃縮効果は得られなかった。 以上より、さらなる知見の集積は必要であるが、本研究より、遺伝子治療等の新規治療法の in vivo での有効性、安全性の評価に利用可能な小型霊長類・コモンマーモセットの in vivo モデルの構築が図れたものと考えられた。 | |
審査要旨 | 本研究は、サイトカイン療法、遺伝子治療などの新規療法の研究開発において、ヒトに近縁な霊長類を用いた前臨床研究の重要性が高いものの、大型霊長類を用いた研究には多くの制約があることを背景に、大型霊長類より簡便に扱える小型長類のコモンマーモセットに注目し、本動物の血液学的特性をヒトあるいは大型霊長類との比較を通して明らかにし、末梢血造血前駆細胞遺伝子治療の in vivo 霊長類モデル作成を目指したものであり、以下の結果を得ている。 コモンマーモセットの造血前駆細胞の特性を解明するために、本動物の骨髄造血前駆細胞のヒトサイトカインに対する反応性を検討した結果、ヒトG-CSF、GM-CSF、Epo、IL-3、IL-6、IL-11、SCF、Tpoに対して、コモンマーモセットの造血前駆細胞は反応し、その反応性はヒト細胞に類似していた。また、フローサイトメトリー法によるヒト血液細胞に対する単クローン抗体とコモンマーモセットの末梢血細胞、骨髄細胞の交差反応性の検討では、CD2、4、8、20、56に対するリンパ球特異的な単クローン抗体のいくつかが交差反応性を示した。骨髄系細胞に対する抗体では、CD11bを除き、交差反応性を示さなかった。CD34に対する抗体ではひとつの抗体を除き、いずれの抗体も交差反応性を示さなかった。さらに、本動物のCD4、8、20、56陽性細胞の純化を immunobeads 法により試みたところ、分離したCD4及びCD8陽性細胞は形態学的にはリンパ球であり、ともにマイトジェン刺激に反応して増殖したことから、本動物のCD4及びCD8陽性T細胞の同定と純化が可能なことが示された。CD20及びCD56陽性細胞に関しては、純化法や機能の検討がさらに必要であった。コモンマーモセット骨髄単核球中の約1.5%がCD34陽性細胞であったが、そのコロニー形成能は低いものであった。 レトロウイルスベクターを用いたコモンマーモセット造血前駆細胞への遺伝子導入の検討をウイルス上清液法、ウイルス産生細胞との共培養法、ウイルス産生細胞と同種骨髄間質細胞を混合した共培養法を用いて行った。その結果、ウイルス上清液法及びウイルス産生細胞との共培養法での導入効率は低かったが、ウイルス産生細胞と骨髄間質細胞との混合共培養系では、ウイルス産生細胞のみの時に比べ、有意に高い遺伝子導入効率が得られた。また、遺伝子導入効率は、ヒトサイトカインが存在する条件の方が有意に高いものであった。他のウイルスベクターとしてアデノウイルスベクターを用いた造血前駆細胞への遺伝子導入も試みた。遺伝子導入は multiplicity of infection 20及び200の条件で行った。培養初期の遺伝子発現クラスター/コロニー数の比率は高かったが、培養時間の経過とともに遺伝子発現コロニーの比率は減少し、コロニー中の遺伝子発現細胞の比率も、コロニーの成長に伴い減少した。 ヒトG-CSF投与による末梢血への造血前駆細胞動員効果の検討では、コモンマーモセットにおいても、ヒトG-CSFは末梢血への造血前駆細胞の十分な動員作用を発揮することが判明した。また、末梢血造血前駆細胞に対するレトロウイルスベクターによる遺伝子導入が可能であることが示された。さらに、致死線量の検討では、本動物の致死線量は7.5Gyであることが示された。 ヒトG-CSFで動員されたコモンマーモセットの末梢血造血前駆細胞ヘレトロウイルスベクターを用いてMDR1遺伝子を導入し、その遺伝子導入細胞を移植することにより、導入遺伝子の消長を追跡できる in vivo モデルを構築した。導入遺伝子は、provirus 特異的なプライマーを用いてPCR法にて増幅して確認し、導入遺伝子のコピー数はサザン法を用いて求めた。遺伝子導入個体全てより、末梢血全血あるいは好中球、リンパ球から、長期間にわたり provirus が検出され、遺伝子導入細胞の割合は0.2%〜1.0%であった。また、骨髄単核球及び形成コロニーからも provirus が検出された。さらに、導入遺伝子の機能検討のために、移植後に provirus が確認された個体に、抗癌剤である docetaxel を投与し、好中球数の推移を検討した。遺伝子導入個体では、好中球数の減少がコントロールに比べ、やや抑制される傾向がみられた。しかし、docetaxel 投与後のMDR1遺伝子導入好中球の濃縮には至らなかった。 以上、本研究から、これまで知見の乏しかったコモンマーモセットの血液学的特性がヒトあるいは大型霊長類との比較から明らかとなり、造血前駆細胞を標的とするレトロウイルスベクターを用いた小型霊長類の遺伝子治療モデルの作成を通して、新規治療法の in vivo での有効性、安全性の評価に利用可能な小型霊長類・コモンマーモセットモデルの構築が図れたと考えられた。ヒトへの応用を考えた遺伝子治療モデルとして大型霊長類と同様に利用できるモデル作成の基礎となるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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