学位論文要旨



No 215697
著者(漢字) 金,光弼
著者(英字)
著者(カナ) キン,コウヒツ
標題(和) 抗メタロチオネイン抗体の金属アレルギー患者における検出およびマウスにおける水銀毒性への影響について
標題(洋) Anti-metallothionein antibody in patients with metal allergy and its effect on mercury toxicity in mice
報告番号 215697
報告番号 乙15697
学位授与日 2003.05.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15697号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堤,治
 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 福岡,秀興
 東京大学 助教授 矢野,哲
 東京大学 講師 高見澤,勝
内容要旨 要旨を表示する

水俣病の発生は、日本はもちろん世界的にも水銀の環境汚染問題について関心を高めた。水銀は生活環境に広く存在するが、ヒトの生理的機能の上では全く必要のない元素であり、多くの蓄積性有害物質のなかで代表的なものである。また、水銀は金属アレルギー誘発物質でもある。多くの動物実験で水銀は、血清IgE,IgG1増加と抗核抗体産生を惹起させることが報告されている。しかし、骨に対する水銀の影響はいまだ不明である。

生体や細胞に対して、重金属,酸化的ストレス,熱ショック,放射線,感染などの有害な侵襲が加えられると、一群の特異的な蛋白質の誘導を引き起こす反応が明らかになっている。これらの蛋白質は、細胞の障害を軽減するための防御機構を形成する因子で、メタロチオネイン(metallothionein,MT)と熱ショック蛋白質(Heat shock protein,HSP)の二種類であると考えられている。MTは、1957年に Margoshes と Vallee により馬の腎臓から metal-binding protein として発見された。この蛋白質は、金属とチオール基に富んだ低分子量(約7kDa)であり、金属と高結合力がある。MTは、金属などで誘導されて、CuやZnなどの必須金属の恒常性の維持や、HgやCdなどの有害な重金属の解毒に重要な役割を果たしている。一方、HSPは、1962年に Ritossa が、ショウジョウバエの幼虫を高温にさらすと唾液腺染色体のパフ(puff)の出現のパターンが変化し、新しいパフが現れることを発見し、これが現在のHSP研究の幕開けとなった。HSPは細胞がストレスに曝されたときに誘導されるものだが、非ストレス下でも細胞内にある程度存在して、増殖など細胞の正常な機能に対しても必須の役割を果たしている。しかし、抗HSP抗体はヒトの血清中に存在し、自己免疫疾患である全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus,SLE)や動脈硬化症などの患者の血清中に高陽性率と高HSP抗体価が認められているとの報告が続いている。このことから、抗MT抗体はヒトの血清中に存在し、金属アレルギーに関与する可能性があると推測した。

以上の仮説をもとに、健常人(Group I)、アトピー性皮膚炎患者(Group II)、アトピー性皮膚炎と同時に金属アレルギー伴う患者(Group III)の血清中の抗MT抗体をELISA法にて測定した。その結果、少数ながら抗MT抗体は血清中に存在することが明らかになった。さらに、抗MT抗体の陽性率を比較すると、Group III(51.3%)は、Group I(3.8%)および Group II(6.4%)より著しく高かった。なお、金属アレルギーは、採血後に patch testing により確認した。以上の結果から、抗MT抗体は金属アレルギーに関与する可能性が示唆された。

次に、体内における抗MT抗体誘導の重金属の毒性の影響について検討した。水銀はヒトにおいて最も重要な金属アレルギー誘発物質であり、動物実験でも血清IgE,IgG1などの増加を惹起させることが明らかになっている。このことから、本研究ではマウスにおいて抗MT抗体を誘導させた後、水銀の免疫毒性に対する影響を検討した。雄BALB/cマウスを対照群,抗MT抗体誘導群(Anti-MT Ab群),抗MT抗体誘導および塩化水銀投与群(Anti-MT Ab+HgCl2群),塩化水銀投与群(HgCl2群)の計4群に分けた。抗MT抗体誘導は、MTを生理食塩水に溶解後、同量の Freund's complete adjuvant (FCA) と共に、Anti-MT Ab群および Anti-MT Ab+HgCl2群のfoot-padに100μLを皮下注射した(10μg MT/マウス)。同様の方法で、計4回免疫した。対照群およびHgCl2群には、生理食塩水のみのFCAを注射した。血清中の抗MT抗体は、免疫後4週間目から検出され、約6週間目から高い抗体価が確認された。MT免疫の終了の1週間後、Anti-MT Ab+HgCl2群およびHgCl2群に、塩化水銀(1 mg/kg)を週3回、連続3週間に渡り皮下注射をした。塩化水銀投与の1週間目から3週間目にマウスの眼窩から採血し、血清中のIgE,IgG1,IgG2aおよびIgG2bの量を ELISA で測定した。また、脾臓リンパ球のCD3,CD19の表面マーカーをフローサイトメーターにて測定した。さらに、脾臓細胞を抗CD3抗体で24時間刺激した後、培養した上清でIL-4,IL-10,IFN一γを、またLPS刺激後の培養上清でIL-12を ELISA にて測定した。その結果、HgCl2群の血清IgEは塩化水銀投与3週間目に、また血清IgG1は2週間目から、対照群と比較して有意に増加した。これに対して、Anti-MT Ab+HgCl2群の血清IgEとIgG1は2週間目から対照群と比較して有意に増加し、HgCl2群と比較してもさらに増加していた。血清IgG2aにおいては、HgCl2群の変化が見られないのに対して、Anti-MT Ab+HgCl2群は塩化水銀投与2週間目から高い価を示した。血清IgG2bはいずれの群においても、変化が認められなかった。脾臓リンパ球のCD3とCD19の表面マーカーは、塩化水銀投与2週間目から、CD3の陽性率が低下して、CD19の陽性率は増加が見られた。すなわち、塩化水銀はT細胞率を低下させ、B細胞率を増加させている。抗MT抗体の誘導は塩化水銀のCD3とCD19の表面マーカーへ変化に対して影響を示さなかった。脾臓細胞からのサイトカインの分泌を検討したところ、HgCl2群のIL-4とIL-10の分泌量は、塩化水銀投与2週間目から、対照群より共に著しく増加した。これに対し、Anti-MT Ab+HgCl2群のIL-4とIL-10の分泌量は、HgCl2群よりさらに増加した。IFN-γおよびIL-12は、いずれの群においても変化が見られなかった。水銀による免疫毒性は、Th2の反応を増強させてB細胞の活性化を誘導し、血清中のIgEやIgG1など増加を導くと考えられる。本研究でも、塩化水銀はTh2のサイトカインであるIL-4とIL-10の産生を増強し、血清IgEとIgG1を増加させた。さらに、抗MT抗体の誘導は、塩化水銀の免疫毒性を増強した。

次に、抗MT抗体誘導に対する水銀の骨に及ぼす影響を中心として検討した。塩化水銀投与の1週間目から、マウス大腿骨と脊椎の骨密度(Bone mineral density,BMD)を、マウス専用 Dual-energy x-ray absorptiometry (DEXA)骨密度測定装置を用いて測定した。また、塩化水銀投与3週間目に、血清中のカルシウムおよび骨形成マーカーであるアルカリフォスファターゼ(Alkaline phosphatase,ALP)の活性とオステオカルシン(Osteocalcin)量を測定した。また、血清中の水銀の量を原子吸光分析法で、肝臓と腎臓の水銀の量を Inductively coupled plasma spectrometry (ICPS)法にて測定した。肝臓と腎臓のMT発現量は Western blot法にて測定した。さらに、肝臓の病理的の変化もHE染色で観察した。その結果、Anti-MT Ab群やHgCl2群の骨密度は変化を示さなかったが、Anti-MT Ab+HgCl2群は塩化水銀の投与2週間目から大腿骨の骨密度が著しく低下した。また、塩化水銀投与3週間目で脊椎の骨密度も、著明に低下した。さらに、血清中ALPの活性およびオステオカルシンの量は、Anti-MT Ab+HgCl2群のみ低下した。血清カルシウムは、いずれの群においても変化が見られなかった。肝臓と腎臓のMT発現量を検討したところ、抗MT抗体誘導は、水銀による肝臓中のMT誘導を低下させた。また、MTの免疫により、肝臓の脂肪変性が見られた。塩化水銀の投与では、肝細胞の変性や肝臓の正常構造の破壊が見られた。MTの免疫後の塩化水銀の投与では、上記の変化以外に、肝細胞の壊死、血管の充血と拡張などのさらなる肝臓の病理変化が見られた。さらに、抗MT抗体の誘導は血清および肝臓中の水銀を増加させ、腎臓中の水銀を低下させた。

MTは重金属と結合し、重金属による細胞の核,ミトコンドリア, endoplasmic reticulum などの障害を軽減すると考えられる。一方、血中の重金属は肝臓で吸着され、肝細胞内で誘導されたMTと結合し、比較的低毒性の金属-MT複合体として血中に放出され、腎臓から排出されることも、MTの重金属の毒性に対する解毒の機序と考えられる。本研究で、抗MT抗体の誘導により血清および肝臓中の水銀が増加し、腎臓中の水銀は低下した。この機序は不明であるが、抗MT抗体は血中で水銀と結合したMTに作用することにより、一部の水銀はMTから遊離され、水銀の体内からの排出を阻害し、血清および肝臓中の水銀を増加させ、腎臓中の水銀を低下させる可能性が推定される。

水銀は細胞のアポトーシスをおこすことが報告されている。MT gene ノックアウトマウスでは、カドミウム投与による骨密度の低下をさらに促進させることが報告されている。また、骨は他の組織より、カドミウムなどの重金属に対する感受性が高いことも報告されている。遺伝的 hematopoietic cell phosphatase (Hcph)変異のマウスでは重い自己免疫疾患状態となり、同時に異常なMT代謝がみられ、著しく低い骨密度を呈する。本研究で、MT免疫と塩化水銀処理により、骨密度が低下することが観察された。抗MT抗体はMTの解毒作用を低下させ、遊離状態の水銀が直接骨の細胞に影響し、さらに塩化水銀による免疫異常なども影響している可能性が推定さ肌る。詳細なメカニズムについて、さらなる研究が必要である。

本研究の結果から、抗MT抗体はヒトの血清中に存在し、金属アレルギー患者では高い陽性率を示した。また、動物実験での抗MT抗体の誘導は、水銀によるMTの誘導を低下させ、塩化水銀の免疫毒性を増強させた。さらに、抗MT抗体が誘導された場合、塩化水銀は骨に影響を及ぼすことが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、抗メタロチオネイン抗体の金属アレルギーに関連する可能性を明らかにするため、アトピー性皮膚炎と同時に金属アレルギー伴う患者の血清中の抗メタロチオネイン抗体の陽性率を検討した。また、マウスを用いて、体内における抗メタロチオネイン抗体誘導の塩化水銀の毒性への影響についての試みたものでもあり、下記の結果を得た。

金属アレルギーをもつアトピー性皮膚炎患者は、高い抗メタロチオネイン抗体の陽性率を示し、抗メタロチオネイン抗体の出現は、金属アレルギーに関与する可能性が示された。

マウスにおいて、抗メタロチオネイン抗体は、塩化水銀による血清IgE,IgG1増加や、脾臓リンパ球からのIL-4,IL-10の分泌の増加などの塩化水銀の免疫系への毒性を増強した。

抗メタロチオネイン抗体は、肝細胞の塩化水銀によるメタロチオネインの誘導を阻害した。

抗メタロチオネイン抗体は、血清と肝臓の水銀量を増加、腎臓の水銀量を低下させた。

抗メタロチオネイン抗体誘導と塩化水銀投与により、マウスの大腿骨と脊椎の骨密度の低下、および血清中のアルカリフォスファターゼ活性とオステオカルシンの低下が認めた。

以上、本論文は抗メタロチオネイン抗体がヒト血清中に存在し、金属アレルギーに関連する可能性を初めて明らかにした。また、マウスにおいて抗メタロチオネイン抗体の誘導は、塩化水銀の免疫系への毒性を増強、骨密度にも影響することを初めて明らかにした。本研究は抗メタロチオネイン抗体の重金属の毒性に対する解明に重要な貢献をなると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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