学位論文要旨



No 215699
著者(漢字) 東堂,栄
著者(英字)
著者(カナ) トウドウ,サカエ
標題(和) マグネタイトの輸送現象
標題(洋)
報告番号 215699
報告番号 乙15699
学位授与日 2003.05.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15699号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,保彦
 東京大学 教授 上田,寛
 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 助教授 常行,真司
 東京大学 助教授 上床,美也
内容要旨 要旨を表示する

マグネタイト(magnetite:Fe3O4)は磁性材料として広く使われているスピネル型フェライトの一種である。1939年にフェルベー(Verwey)が発見した119Kにおける2桁の伝導度の飛びの発見が研究の始まりであった。この伝導現象を解明しようとこれまで多くの実験、理論の研究者がデータと知恵を出したが、納得できる答えは未だに得られていない。そこに最近全く新しい実験事実が見い出された。その新しい事実とはフェルベー転移温度よりも上の高温相はもとより低温の絶縁体相でもBサイトの鉄原子は従来考えられていたようにFe2+、Fe3+の電荷を持ったイオンが秩序化しているのではなく、実験の誤差内で鉄原子の価数にその差が観測されないということがNMR実験と共鳴X線散乱実験で明らかにされた。本研究はマグネタイトの電子状態を明らかにするために輸送現象の観点から研究を行ったものである。マグネタイトは室温で1.6x104Ω-1程度の伝導率を示す。Fe2+イオンの数だけ電流担体があるとすれば、担体密度は大体3.1x1027m-3で移動度は3.2x10-5m2V-1S-1程度になる。図1に100K~180Kの温度領域における電気抵抗の温度依存を示す。抵抗をρ=ρ0exp(ΔE/kT)で解析すると180K, 変態点直上、変態点直下、105K付近でそれぞれ0.027eV、 0.054eV,0.183eV,0.137eVの活性化エネルギーΔEをもっている。さらに温度を下げていくと抵抗は指数関数的に大きくなって半導体的な特性を示す。次に高温相の電気抵抗のデータを図2に示す。温度上昇に伴い、電気抵抗は低温から減少して室温付近に極小を持った後増大し、780K付近に極大を示す。磁気キューリー点では、ほとんど異常がない。780K以上での半導体的な振る舞いは、新しいキャリヤーの出現を示唆する。これは伝導電子がBサイトのみならずAサイトにも現われたと思われる。これらの実験には酸化度の異なる3種類の試料を用いたが、ストイキオメトリーからずれるとフェルベー点は下がる。また室温付近の抵抗極小の温度は上がる。しかし室温以上の領域の輸送現象にはストイキオメトリーのずれによる差異はほとんどなかった。

次に低温超高圧の電気抵抗のデータを図3に示す。代表的ないくつかの圧力下での室温から3Kまでのマグネタイトの電気抵抗をlogスケールで温度に対してプロットしている。温度を下げていくとTvで抵抗の飛びが圧力下でも明白に観測されている。フェルベー転移温度(Tv)の近傍における抵抗は温度の上昇、下降で僅かにヒステリシスを示し、転移は一次である。室温からTvの温度領域で見られていた半導体的挙動は3.5GPaではもはや見られない。抵抗の極小値となる温度(Tm)を圧力に対してプロットするとTvより高温側の半導体的挙動はわずか3GPaほどの圧力に対して不安定となり、フェルベー転移は高圧下では半導体−絶縁体転移ではなく金属−絶縁体転移となる。また7.2GPa以上の圧力ではTvでの抵抗の飛びは急に減少する。4.2Kでの抵抗の値は圧力の増加と共に指数関数的に落ち、8GPa以上の圧力下では4.2K~300Kの温度領域で金属伝導を示すことが明らかになった。

図4にはまた高温の電気抵抗と転移直下の電気抵抗の温度変化を外挿して得られた交点の温度をTv、室温付近の電気抵抗の極小値となる温度をTmと決めて圧力の関数としてプロットしたマグネタイトの高圧下の電子相図を示す。Tvは3GPa程度のところまでは直線的に降下し、その後圧力に対して非線形となり、7.5GPa付近の臨界圧力(Pc)で突然80K近傍から0Kへ転移する。またTmは直線的に減少している。この相図から言えることは、電気的性質からマグネタイトの温度・圧力相図に4つの領域(絶縁体、半導体、反金属、金属)が存在していることである。第一の特徴はフェルベ−転移温度Tv以上の温度領域では低圧側で半導体的、高圧側で半金属的挙動を示す領域があることである。半導体的領域は高温で消失し、Pc以下の圧力領域では高温で半金属的挙動を示す。この半導体的挙動はストイキオメトリーに強く依存することから我々は絶縁体相の高温領域は反金属的相が本来の姿であり、低圧領域で見られる半導体的な挙動は絶縁体相の残存による見かけ上のものと考える。第二の特徴は8GPaという低い圧力で容易に絶縁体相は金属相に相転移を起こすことである。絶対零度ではPc以下の圧力領域で絶縁体であり、Pc以上ではバンド理論に従う金属であると考えられる。さらに、Pcを境として低圧領域と高圧領域に反金属相と金属相の境界がある。絶縁体相と金属-ll相は一次転移であるが、金属相と金属相は二次転移的である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、高純度・高品質のマグネタイト Fe3O4 結晶を作製し、常圧および高圧下において広範囲な温度領域で、詳細な電気抵抗測定を行い、マグネタイトの示す特徴的な輸送現象を明らかにしたものである。

本論文は全体で4章からなり、まず第1章では古くから磁性材料として利用されているTC=858Kに磁気的キューリー点をもつマグネタイトの物性研究の歴史を概観し、特にスピネル構造に特有な2種類の結晶学的サイト(A, B サイト)に異なる磁性状態の鉄イオン Fe2+、Fe 3+ が位置することによって引き起こされるマグネタイトの興味ある現象を紹介している。その中でも、電気抵抗が1桁以上変化するTV = 120K(歴史的にフェルベ転移点と呼ぶ) の相転移現象は、Bサイトに同数存在する Fe2+、Fe 3+ が、T > TV では電荷無秩序状態、T < TV では電荷秩序状態をとる「フェルベモデル」が提唱され、伝導率の高温側の半導体的/低温側の絶縁体的振る舞いを説明するとされてきたが、近年そのような電荷状態を否定する実験結果が相次ぎ、T < TV での電子状態の再検討が迫られている。すなわち、マグネタイトのTV = 120K の相転移機構そのものの再検討が必要となっている。このフェルベ転移点は、不純物や酸素の化学当量、さらに圧力に敏感であることが既に知られており、この相転移機構解明の上で重要な情報を提供する筈であるが、これまでの研究は試料の純良性や圧力の静水圧性、さらに高圧力下での電気的・磁気的測定の信頼性に問題があり、決定的な結論を得るに至っていないのが現状である。

本研究は、このような状況を打開するため、論文提出者が独自に開発した手法により極めて純良な結晶を育成し、それを用いて静水圧性の高い圧力発生装置で信頼性の高い電気的測定を行い、マグネタイトの相転移の機構を解明することを目的としている。

第2章では、マグネタイト純良単結晶作製のために、鉄-酸素系相図を詳しく分析し、酸素欠損を伴わないように温度とともに酸素分圧を精密に制御し、

さらに冷却速度、焼鈍速度の最適値を試行錯誤して確立している。そして、単結晶育成のために、フローティングゾーン法とブリッジマン法の両方を用いて、直径 10mm, 15mm、長さ 50-80mmの大型単結晶を得ることに成功している。これらの結晶のフェルベ転移はTV = 123K、その温度での電気抵抗は2桁以上変化しており、精密な元素分析によりその組成を Fe3O4.002±0.002 と決定した。ちなみに、純良な結晶程TV が高く、TV での電気抵抗値の変化が大きいことが知られており、本結晶はこれまでに例を見ないほど良質の結晶である。また論文提出者は、系統的な研究を進めるため、酸素組成 4.007, 4.013, 4.035 の結晶も作製している。

高圧力下における信頼性の高い電気的測定のためには、まず静水圧性の高い圧力発生装置が必要であるが、そのために東大物性研で改良されたキュービック.アンビル型装置を用いている。さらにまた、試料への電極の接触方法、試料周辺のアセンブリー、圧力媒体等にも論文提出者は工夫をこらし、常圧では 100K < T < 900Kの温度範囲、高圧力下では P < 9GPa, 3K < T < 300K の範囲で4端子法による電気抵抗測定を行っている。

第3章では実験結果を示しているが、まず単結晶を用いた常圧における電気抵抗の温度依存性を紹介している。磁気的キューリー点 TC=858K以上の高温からの降温につれて、電気抵抗はTCで何ら異常を示さず増加する。そして780K付近で極大をとった後金属的に減少し、Tm=300K付近で極小を取る。その後再び増加して半導体的様相を呈し、TV=123Kでは約2桁のジャンプを示して、低温相の絶縁体状態に入る。

次に高圧低温下における電気抵抗の詳細な測定結果を示している。昇圧とともに Tm, TVともに減少するが、前者の変化は急激であり約3GPaで消失している。一方、TVは3GPa付近までは圧力に対して直線的に減少するが、その後急激に非線形的な変化を示した後、PC=7.5GPaで突然80K付近から0Kに転移する。これらの結果をもとにして、温度-圧力相図中に相境界を示す Tm, TV , PC を書き込み、各相の電気的性質を特徴付けた電子相図を完成させている。

第4章は以上の実験結果をもとに議論を行っている。まず以前他のグループが行った同様の高圧低温実験では15.8GPaに至るまで半導体的伝導を示しているのに対し、本実験では臨界圧力PC=7.5Gpaの存在と明瞭な絶縁体-金属転移が発見された。これは用いた結晶の純良性と高圧低温装置の優秀性によるもの

であり、ここに本研究の神髄がある。作成した電子相図から、マグネタイトは、常圧では昇温順に、絶縁体相(T < TV)、半導体相(TV < T <Tm)、金属I相(Tm < T)からなる。昇圧とともに半導体相は急激に不安定になり、約3GPa以上では消失する。臨界圧力以上では全温度領域にわたって金属であるが、金属相Iとは異なる状態であると予想され、金属相IIと名付けられている。これらの電子相図を、これまで提案されている複数のモデルで説明する試みがなされているが確定的なものはなく、今後の理論的発展を促している。

最終の第5章は、本研究で得られた実験結果をまとめ、結論を述べてある。

以上、本論文は純良結晶の作製と信頼性の高い高圧低温下における電気抵抗測定によって、マグネタイトの高圧力下における絶縁体-金属転移を発見したものであり、マグネタイトの電子状態の研究に極めて大きなインパクトを与えた。

なお、本論文の第2、3、4章の一部は、毛利信男、竹下 直、森多美子、金原崇浩4氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク