学位論文要旨



No 215703
著者(漢字) 三冨,創
著者(英字)
著者(カナ) ミトミ,ハジメ
標題(和) 空撮画像を用いた地震による建物被害地域の自動抽出手法の開発
標題(洋)
報告番号 215703
報告番号 乙15703
学位授与日 2003.06.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15703号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山崎,文雄
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 助教授 高田,毅士
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,地震発生後にヘリコプターや航空機をプラットフォームとして得られる空撮画像から画像処理によって木造建物の被害地域を自動的に抽出する手法の開発を行い,開発手法の早期被害把握への適用法をとりまとめたものである。本研究では地上解像度10〜50cm程度の空撮ビデオ画像と航空写真,および地上解像度約8mのマルチスペクトラル画像を用いた。人工衛星画像などでは多くの場合,災害発生前と発生後に取得された画像の精密な位置合わせと差分等の方法で変化地域を抽出する。しかし地震発生直後の緊急時に対象地域における災害発生前の画像が都合よく用意されているとは限らない。本研究では地震発生後の画像しか用いていないことから,プラットフォームの機動力を生かした迅速かつ正確な被害情報の提供が期待できる。

以下に本研究の成果を要約して示す。

第1章では,本研究の背景と目的,本論文の位置づけ,および本論文の構成を示した。「背景と目的」では,とくに兵庫県南部地震以後,全国の自治体などが一斉に取り組んでいる地震防災対策を概観した。また,広域にわたって発生する地震被害を発災初期に把握する一手段として注目されているリアルタイム地震防災システムについても言及した。このシステムは地震計による地震動モニタリングと地理情報システム(GIS)とを組み合わせた早期被害予測システムに代表される。しかし,被害予測には過去の震災データにもとづいたフラジリティ曲線などが主に用いられるため,推定結果が実際の被害量と大きく食い違うこともある。一方,上空からのリモートセンシングでは,被災地に直接触れずに高空間分解能の観測が可能である。「本論文の位置づけ」では,火山災害,土砂災害,洪水などの自然災害および地震被害を把握する手段としてのリモートセンシング利用に関する既往研究と,既存のリアルタイム地震防災システムにリモートセンシング技術を統合した早期被害把握の概念について整理した。本論文の構成を図-1に示す。

第2章では,1995年兵庫県南部地震の10日後に撮影された空撮ハイビジョン画像を用いて,木造建物倒壊地域を色と輪郭によって特徴づけた。具体的には色彩情報から色相,彩度,明度,輪郭情報からはエッジ強度,エッジ強度の分散,エッジ方向の最頻度の各特徴量について閾値を設定し,マルチレベルスライス法によって建物被害地域を構成する画素の抽出を行った。その後,建物1棟に相当するウィンドウを用いた抽出画素のテクスチャ解析により建物被害地域の抽出を行った。その結果,瓦礫が発生している建物被害地域を概ね抽出することができた。ここで設定した閾値を1999年トルコ・コジャエリ地震,1999年台湾・集集地震,2001年インド・グジャラート地震の空撮画像に適用したところ,建物被害の実情を反映した結果が得られなかった。そこであらためて地震災害画像ごとに色相,彩度,明度,エッジ強度,エッジ強度の分散,エッジ方向の最頻度の閾値を決めたところ,被害抽出の精度を改善することができた。以上から,色彩情報とエッジ情報を用いたマルチレベルスライス法による建物被害の自動抽出では,倒壊建物の閾値を適切に設定できれば良好な結果が得られることがわかった。またこの閾値は同じような条件下での地震災害画像ならば,共通に用いることができる可能性を示した。

第3章では建築環境が異なる地域であっても同じ閾値で建物被害地域が説明できるような指標の検討を行った。そのために第2章で用いた画像強調処理を行わず,原画像の情報を失わないようにして求めた比演算処理後の色相と彩度,およびエッジ強度の分散,エッジ方向の最頻度を「色彩情報を用いた場合」の指標とした。この4指標を用いたマルチレベルスライス法によって,トレーニングデータを選んだ画像では建物倒壊地域を忠実に抽出した。ところが同じ閾値を類似の建築環境をもつ他の画像に適用した場合,建物倒壊地域の抽出は不十分であった。これは,太陽光の影響などによって色彩情報が受ける影響が大きいことに起因する。そこで色相や彩度ほどに太陽光の影響を受けないと考えられるエッジ情報のみを用いた場合の検討を行った。具体的にはエッジ強度の分散とエッジ方向の最頻度に加え,エッジ強度の同時生起行列から求めた角2次モーメントとエントロピーの計4指標を「エッジ情報のみを用いた場合」の指標とした。これらを指標としたマルチレベルスライス法では,トレーニングデータや閾値を設定した1995年兵庫県南部地震の空撮ハイビジョン画像とその近隣地域を撮影した空撮画像だけでなく,1999年トルコ・コジャエリ地震,1999年台湾・集集地震,2001年インド・グジャラート地震の空撮画像でも建物被害地域を概ね抽出することができた。このように,「エッジ情報のみを用いた場合」のマルチレベルスライス法では,やや粗い抽出結果が得られるものの,共通の閾値を用いた建物被害地域の抽出が可能となることを示した。

第4章では「色彩情報を用いた場合」と「エッジ情報のみを用いた場合」の2通りについて最尤法を適用し,建物被害地域の抽出を試みた。最尤法は第2章と第3章で用いたマルチレベルスライス法と同様にトレーニングデータを必要とする代表的な分類手法であり,分類精度が比較的高いことが知られている。マルチレベルスライス法ではトレーニングデータを設定した後,色彩やエッジなどの指標の閾値を決めるために,倒壊建物を含むトレーニングデータが示す値の範囲を調べる必要がある。一方,最尤法ではトレーニングデータから得られる平均,分散共分散などの統計量をもとに分類結果が得られる。このことから,閾値設定の手間が不要なため,画像が取得されてから早い段階で被害状況を把握できる可能性がある。分類クラス数は画像上特徴的な地物を中心に,倒壊建物を含む12個ないし9個とした。その結果,「エッジ情報のみを用いた場合」は,第4章と同様に1995年兵庫県南部地震だけでなく他の地震災害画像についても同一のトレーニングデータと統計量で建物被害地域を概ね抽出できることがわかった。「色彩情報のみを用いた場合」も第4章と同様に,同一災害における他の地域の画像への適用は難しいことがわかった。

第5章では,1995年兵庫県南部地震の1週間後に取得された航空機MSS画像を用いて建物被害地域のスペクトル特性を調べるとともに,第4章で用いた最尤法によって建物被害甚大地域の抽出を試みた。建物被害を焼失,建物大被害,建物小被害に分け,これらを含むトレーニングデータを灘区から抽出した。各バンドにおけるトレーニングデータの平均値から相対的なスペクトル特性を調べたところ,建物分布地域では焼失地域の値が最も小さく,建物小被害地域の値が最も大きかった。しかしその差は小さかった。また,これらのスペクトルパターンも類似した。建物被害甚大地域を抽出するための最尤法分類は,焼失,建物大被害,建物小被害,液状化・グラウンド,鉄道の軌道,植生の計6個の分類クラスで行った。焼失の分類結果をもとにテクスチャ解析を行ったところ,建物被害甚大地域と焼失地域を概ね抽出することができた。トレーニングデータを抽出した灘区では,焼失建物を含む街区や全壊・大破建物を多く含む街区の分布と比較的一致した結果を得た。さらに東灘区の建物大被害地域,兵庫区会下山公園の南・上沢付近の焼失地域が抽出された。航空機による観測では航空機の姿勢や大気効果,地形等による影響を補正する必要があるものの,本研究では地震発生後の画像しか用いていないこと,航空機による画像の取得は人工衛星プラットフォームよりも即時性に優れていることから,発災時における緊急対応に資する被害情報の提供が可能なことを示唆している。

第6章では,第3章で述べた「エッジ情報のみを用いた場合」のマルチレベルスライス法を1995年兵庫県南部地震における複数枚の空撮ハイビジョン画像と航空写真に適用して閾値の汎用性を確認するとともに,本研究の成果の実用例を示した。とくに航空写真を用いた場合は,抽出画素のテクスチャ解析を2段階で行うことにより,実際の被害状況と概ね整合する抽出結果を得た。最後に,既存のリアルタイム地震防災システムと空撮画像,GIS等を統合した早期被害把握の統合処理の中で,本研究で開発した「エッジ情報のみを用いた場合」と「色彩情報を用いた場合」の運用方法を整理した。

第7章では,本研究で得られた成果をとりまとめた。

以上から,図-2に示すように,地震発生後にヘリコプターや航空機から位置情報つき空撮画像が取得されれば,地震前の画像を用いることなく画像処理によって建物被害の早期把握を行うことが期待できる。この抽出結果によって地震計等による被害予測結果の精度が高められ,緊急対応において必要な被害情報の提供に資することが可能となる。

本論文の構成

空撮画像を利用した早期被害把握の概念図

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,ヘリコプターや航空機から撮影されたビデオ映像や航空写真などの空撮画像から,地震による被害地域を自動的に抽出する手法を提案し,これを早期被害把握へ適用する道筋を示したものである.この方法の大きな特徴は,災害発生後の1時期の画像のみを用いて,画像処理手法によって建物倒壊地域などの画素の特徴を抽出し,それらの空間分布から建物1棟の大きさレベルでの被害マップを構築する点にある.人工衛星画像などを用いた被害把握では,災害発生前と発生後に取得された画像を比較して変化地域を抽出する場合が多い.しかし,対象地域における災害発生前の画像が得られているとは限らないため,緊急時の応用に限界があった.本研究では地震発生後の画像のみを用いることから,ヘリコプターなどの機動力を生かした,迅速かつ正確な被害情報の提供への利用が期待される.

論文は全7章から構成されている.

第1章では,研究の背景と目的,論文の位置づけを明確にするとともに,論文の構成を示した.近年,全国の自治体などが取り組んでいる地震防災対策を概観し,地震被害を発災初期に把握する手段として注目されているリアルタイム地震防災システムの課題を述べた.これまで,早期被害予測システムがその代表とされてきたが,推定結果が実際の被害量と大きく食い違うこともあった.そこで,上空からのリモートセンシングによって早期に災害による被害分布を把握し,リアルタイム地震防災システムにこれを統合した早期被害把握の概念を提示した.この被害把握において,災害後の空撮画像のみを用いることの意義を示した.

第2章では,1995年兵庫県南部地震の直後に撮影されたヘリコプターからの地上解像度10〜20cm程度のハイビジョン画像を用いて,木造建物が倒壊した地域を画像処理によって抽出する手法の可能性と問題点を整理した.画像の色彩情報から色相,彩度,明度を,輪郭情報からはエッジ強度,エッジ強度の分散,エッジ方向の最頻度を特徴量として選定し,マルチレベルスライス法によって建物被害地域を構成する画素を抽出した.この結果に,建物の大きさにほぼ相当するウィンドウを用いたテクスチャ解析を適用して建物被害地域の推定を行ない,概ね良好な推定結果が得られた.しかし,ここで設定した閾値を1999年トルコ・コジャエリ地震,1999年台湾・集集地震,2001年インド・グジャラート地震の空撮画像(地上解像度10〜50cm程度)に適用したところ,良好な結果が得られず,マルチレベルスライス法による倒壊建物の閾値の設定は,同じような条件下の地震災害画像ごとに行なわねばならないことを示した.

第3章では,都市・建築環境が異なる地域に対して,建物被害を共通の閾値で説明する指標について検討した.画像強調処理を行わず,原画像の情報を失わないようにして求めた比演算処理後の色相と彩度,およびエッジ強度の分散,エッジ方向の最頻度の4指標を用いて検討した.ある対象地域では良好な結果が得られたものの,同じ閾値を類似の建築環境の画像に適用した場合,建物倒壊地域の抽出は不十分であった.これは,太陽光の影響などによって色彩情報が受ける影響が大きいことに起因するものと思われた.そこで太陽光の影響が小さいと考えられるエッジ情報のみを用いた場合の検討を行った.エッジ強度の分散とエッジ方向の最頻度に加え,エッジ強度の同時生起行列から求めた角2次モーメントとエントロピーの計4指標を用いた.これらを指標としたマルチレベルスライス法では,トレーニングデータや閾値を設定した兵庫県南部地震の空撮ハイビジョン画像とその近隣地域を撮影した空撮画像に加えて,トルコ・コジャエリ地震,台湾・集集地震,インド・グジャラート地震の空撮画像についても,建物被害地域を概ね抽出できた.すなわち,「エッジ情報のみを用いたマルチレベルスライス法」では,共通の閾値を用いた建物被害地域抽出の可能性が示された.

第4章では,マルチレベルスライス法に代えて最尤法を適用し,空撮画像からの建物被害地域の自動抽出を試みた.マルチレベルスライス法ではトレーニングデータを設定した後,指標の閾値を決めるために,トレーニングデータが示す値の範囲を調べる必要がある.一方,最尤法ではトレーニングデータから得られる統計量をもとに分類結果が得られ,閾値設定の手間が不要である.そのため,画像が取得されてから早い段階において,被害状況の把握ができる可能性がある.倒壊建物を含む12個ないし9個の分類クラスで分類を行った結果,エッジ情報のみを用いた場合は,異なる地震災害画像についても,同一のトレーニングデータと統計量で建物被害地域を概ね抽出できた.色彩情報のみを用いた場合は,やはり,同一災害における他の地域の画像への適用は難しいことがわかった.

第5章では,兵庫県南部地震の1週間後に取得された,地上解像度約8mの航空機からのマルチスペクトルスキャナ(MSS)画像を用いて,建物被害地域のスペクトル特性を調べ,最尤法による建物被害甚大地域の抽出を試みた.被害を焼失,建物大被害,建物小被害に分け,これらを含むトレーニングデータを神戸市灘区から抽出した.各バンドにおける相対的なスペクトル特性を調べたところ,市街地では焼失地域の値が最も小さく,建物小被害地域の値が最も大きかったが,その差は小さく,スペクトルパターンも類似していた.建物被害甚大地域を抽出するため,最尤法は,焼失,建物大被害,建物小被害,液状化・グラウンド,鉄道の軌道,植生の計6個の分類クラスで行った.この分類結果をもとにテクスチャ解析を行ったところ,建物被害甚大地域と焼失地域を概ね良好に抽出することができた.航空機による発災後の画像取得は,人工衛星よりも即時性に優れ,さまざまなデータ補正の必要はあるものの,緊急対応のための被害情報として可能性があることを示唆している。

第6章では,兵庫県南部地震における複数枚の空撮ハイビジョン画像と航空写真に対して,エッジ情報のみを用いたマルチレベルスライス法を適用して,閾値の汎用性を確認するとともに,本研究の成果の実用例を示した.航空写真を用いた場合は,抽出画素のテクスチャ解析を2段階で行うことにより,実被害状況と概ね整合する抽出結果を得ることができた.最後に,早期被害把握の統合処理の中で,本研究で開発した空撮画像による建物被害自動抽出手法の運用について提案し,今後の展望を示した.

第7章では,本研究で得られた成果をまとめた.

以上のように,本論文では,地震発生後にヘリコプターや航空機から得られる空撮画像から,画像処理によって建物被害地域を自動的に抽出する手法の開発を行い,この手法を日本および海外の被害地震直後に得られた空撮画像に適用し精度の検証を行った.この手法では,地震後の1時期の画像のみを用いていることから,迅速かつ正確な被害情報を逐次取り込むことが可能で,リアルタイム地震防災システムへの利用が期待できる.このように本研究の結果は,今日の地震時緊急対応において重要な課題である地震被害の早期把握において,きわめて有用かつ実用的な情報を与えている.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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