学位論文要旨



No 215705
著者(漢字) 富田,優
著者(英字)
著者(カナ) トミタ,マサル
標題(和) 含浸技術を用いたバルク超電導体の機械的特性および熱的安定性の改善による超電導特性の向上
標題(洋) Enhancement of the superconducting performance through improvement of the mechanical properties and cryostability of bulk superconductor with impregnation technique
報告番号 215705
報告番号 乙15705
学位授与日 2003.06.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15705号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大崎,博之
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 武田,展雄
内容要旨 要旨を表示する

以下に本論文の概要を示す。

バルク高温超電導体の応用として、大きな磁場を捕捉させて、永久磁石型の強力超電導バルク磁石として各種の磁場応用に供する分野が脚光を浴びている。しかし、近年バルク超電導体はセラミックス材料であるため、金属に比べて機械的特性が大きく劣り、材料強度で捕捉磁場が制限されるという新たな問題が浮上してきている。これは、機械強度が不充分であると、強磁場中で励磁を行う際に、大きな電磁力が働き、バルク体が破壊されるからである。また、冷却および昇温時の熱ひずみによっても、バルク体の破壊が進行することも報告されている。さらに、REBa2Cu3Oy系超電導体では正方晶から斜方晶への相転移による歪の影響で、ab面に沿ってクラックが生成する。このため、機械強度が低下するという問題を有している。よって、バルク超電導体の強磁場利用等、応用開発においては、機械特性の向上が急務となっている。

そこで、エポキシ系樹脂を真空中でバルク体に含浸する手法を考案し、超電導材料の機械特性の改善を試みる。バルク超電導体に及ぼすエポキシ系樹脂の真空含浸の効果について機械的特性と捕捉磁場特性について評価する。

また、強磁場応用において、バルクを励磁しようとすると外部から量子化磁束が超電導体内部に侵入していくことになるが、この磁束の運動にともなって発熱が生じるといった問題がある。この熱が外部の冷媒によって、すぐに取り去られれば問題がないが、発熱が続くと、局所的に温度が上昇してしまう。そして、その部分の超電導特性が低下し、磁場がこの超電導の弱い部分になだれのように突入するフラックスジャンプが発生する。

強い磁場下では、この磁束なだれ現象が生ずると深刻な問題を引き起こす。それは、超電導が破れるだけでなく、局所的かつ急激な磁場変化による大きな電磁力で超電導バルク自体が破壊してしまうという致命的な問題がある。この要因の一つとして、バルク超電導体の低熱伝導性があげられる。そこで、人工孔を設けたバルク体に低融点合金のBi-Pb-Sn-Cd合金を流し込み含浸処理を施し、人工孔を通じてクラックや内部の空孔などの欠陥に合金が浸透することによって、熱はけに優れた構造を持つバルク超電導体を考案する。低融点合金を含浸したバルク超電導体の強磁場捕捉特性について評価する。

また、含浸技術を使ったバルク応用技術(磁気浮上式鉄道用電流リード、機械式永久電流スイッチ、電力貯蔵用フライホイール、磁気分離装置)について記述し、それぞれ適合性の評価をする。

以下に本論文により得られた成果について示す。

バルク超電導体の樹脂含浸技術

樹脂含浸の樹脂は主としてビスフェノールA型に基づくが、バルク超電導体の含浸に要求される最終性能に適合するように調製をした。また、硬化剤として芳香族ポリアミンを使用した。含浸工程は主剤樹脂と硬化剤のそれぞれを30℃まで予熱した状態で、配合組成(重量比)100:32で混合させ、真空下で脱気を行った。次に、バルク超電導体を7℃まで予熱し、真空槽の中で減圧した後、バルク体を脱気後の樹脂に浸し、この状態で、大気圧以上に加圧する。最後に80℃において6時間、120℃において2時間加熱した。

顕微鏡観察によって、樹脂含浸を施したバルク体内部に、クラックや気孔の存在が確認できた。また、バルク体内部の微小クラックや気孔を通じ、樹脂が浸透していることがわかった。減圧雰囲気下において液状樹脂を接触させた場合には、表面に開口した微小クラック存涌してバルウ内部に樹脂が浸透し、バルク体の強度改善の可能性を示唆した。

バルク体と樹脂の線膨張係数

熱機械分析装置 (TMA) で、溶融Y-Ba-Cu-O材料とエポキシ系樹脂の線膨張率を測定した。樹脂については、添加剤(フィラー)を重量配合別に混ぜ合わせたもの(樹脂との配合比0〜200)を示しているが、フィラーの添加によって熱膨張率が小さくなっていることがわかった。

バルク体と樹脂との接着強度

含浸用樹脂を2個のバルク試料で挟み接着させ、バルク同士の接着力をab軸方向とc軸方向の引張試験で評価した。ab軸方向の接着強度は20MPa以上(測定範囲外)で、c軸方向の強度は、13.9MPaであった。ただし、c軸方向ではバルク本体の劈開面で破壊が起こり、樹脂および樹脂との接着面での破壊は生じなかった。バルク超電導体そのもののab軸方向の引張強度は約12MPaであるのに対し、樹脂で接着した試料のab軸方向の引張強度は20MPaを越えた。ab軸方向の接着強度が、バルク超電導体そのものの強度より高い値を示すことがわかった。

また、c軸方向の接著強度試験では、樹脂とバルク体の接着強度が、バルク体のへき開強度よりも高いことが確認できた。バルク体と樹脂間の接着力はバルク体の強度そのものよりも高いことが確認できた。つまり、クラック内に浸透した樹脂は、その強い接着力によってクラックの開口を抑制する効果を有することがわかった。

樹脂含浸バルクの機械強度

Y-Ba-Cu-O材料について3点曲げ試験による強度測定を行った。室温でのバルク体の強度は56.1MPa、77Kでの強度は76.7MPaであった。また、室温での樹脂含浸バルクの強度は84.6MPa、77Kでの強度は115.1MPaであった。バルク超電導体の強度は77Kに冷却することにより、室温の約1.37倍となった。バルク体の強度は含浸処理を施すことにより、室温で約1.51倍、77Kで同じく約1.51倍となった。このように、バルク超電導体は低温域で強度が増し、さらに樹脂含浸処理の効果は低温においても高い効果を示した。また、室温のバルク体に比べ含浸処理を施し77Kまで冷却したバルク体の強度は2倍以上も向上した。

樹脂含浸バルク体の捕捉磁場特性

磁場捕捉と冷却による特性劣化を調べるため、2Tから下げる磁場中冷却着磁、液体窒素 (77K) の浸漬冷却の条件で測定を繰り返した。Sm-Ba-Cu-O材料の場合、樹脂含浸を施していないバルク体は、1回目の捕捉磁場と比較し2回目で約8割、5回目で6割近くまで低下した。一方、樹脂含浸処理を施したバルク体は、5回目まで捕捉磁場の低下はほとんど見られなかった。樹脂含浸処理によって、バルク超電導体の捕捉磁場特性は改善された。

バルク内の応力分布計算

外部磁場を2Tから下げる磁場中冷却着磁では外部磁場0.3Tで全領域に遮蔽電流が流れ、試料表面を完全に固定する条件下ではフープ・半径方向応力のピーク時における最大値がバルク中央に引っ張り応力として生じることがわかった。また、樹脂が浸透している深さ5mmの境界で最大応力が生じることがわかった。

磁場捕捉によるバルク体の破壊挙動

外部磁場を7Tから下げる磁場中冷却着磁においてバルク表面に発生する歪みを測定した。7Tから磁場を減少させた直後に、バルク表面に引張方向の歪みが発生し、引張応力は169MPaになった。応力は上昇したのちクラック発生音ともに急激に降下しながら徐々に低下することがわかった。含浸を施していない場合とは対照的に、樹脂含浸を施したバルク体は外部磁場の減少によるバルク表面の歪み量は低く推移した。

冷却による熱衝撃力計算

バルク超電導体表面を樹脂で覆うことにより浸漬冷却のような急激な温度差が発生しても、樹脂層を流れる熱流はバルクに比べ極めて少ないことがわかった。この結果、バルク体そのものが受ける熱衝撃を緩和することがわかった。

低融点合金の含浸バルクによる強磁場捕捉

樹脂含浸バルク体に人工孔を設け、低融点合金のBi-Pb-Sn-Cd合金を流し込み含浸した。人工孔とつながっているクラックを通じて内部の空孔などの欠陥をも浸透することを確認した。さらに、熱伝導率を高めるために、孔にあらかじめ熱伝導率の高いアルミニウム棒を差込み低融点合金で含浸した。この手法により、機械的強度向上のみならず、バルク体の熱的不安定性の問題を解決した。強磁場の捕捉実験を行い、直径2.6cmのYBCOバルク体において、温度29Kで極めて強い磁場17.24Tの捕捉を記録することができた。

樹脂含浸バルクを利用した工業的応用

浮上式鉄道用電流リードへの応用

樹脂含浸バルクを使用した浮上式鉄道用電流リードを試作した。通電電流500Aにおいてリードの両端電圧は100μVであり、1000Aにおいては425μVであった。通電電流500Aの発熱量は0.05Wであり、その適合性について確認できた。

永久電流スイッチへの応用

樹脂含浸バルクを使用した機械式永久電流スイッチを試作した。基礎的試験を行いab面同士に500Nの接触荷重をかけることで通電化できることがわかった。通電電流13.5Aで0.3mΩの通電特性が得られた。

フライホイールへの応用

樹脂含浸を施したバルク体は施していないバルク体にくらべ比較的高い載荷力を有することがわかった。この理由として、樹脂含浸バルクが熱的負荷による材料劣化が少ないためと考えられる。また、バルク体の受ける荷重は表面層の高い磁場の影響で荷重も表面に集中し、バルクの劈開面方向に大きな力が加わるため載荷力維持のためにもバルクの含浸強化は有用である。

磁気分離への応用

角形の樹脂含浸バルクを磁気分離装置へ組み込み、伝導冷却34Kの条件下で3.2Tの磁場を発生することができた。この方式により、汚濁粒子の除去率は、従来の凝集沈殿ろ過は、98%以上まで高められる。また、汚泥回収までの時間は、20倍以上の高速化が実現できる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Enhancement of the superconducting performance through improvement of the mechanical properties and cryostability of bulk superconductor with impregnation technique(含浸技術を用いたバルク超電導体の機械的特性および熱的安定性の改善による超伝導特性の向上)」と題し,優れた電磁特性を有するRE-Ba-Cu-Oバルク超電導体の応用上の重要課題となっていた機械的特性および熱的特性の向上のために,含浸技術の適用を提案し,その有効性と応用への展望を示したものであり,7章から構成される。

第1章は「Introduction」であり,超電導体の基本特性,溶融法によって作製されたRE-Ba-Cu-Oバルク超電導体の特長と応用へ向けた課題,および期待される応用システム概要とそのために求められるバルク超電導体への条件を整理し,その上で本研究の目的と内容について述べている。

第2章は「Bulk RE-Ba-Cu-O superconductors with resin impregnation」と題し,バルク超電導体の機械的特性および熱的特性の向上のための含浸技術について述べている。樹脂含浸により表面付近のクラックやボイドに樹脂が入り,機械強度が向上することを示した。さらに,樹脂に石英フィラを添加することにより樹脂の熱膨張率をバルク超電導体の熱膨張率に近づけ,熱応力を低減可能であること,大型バルク試料の場合はガラス繊維織物で覆った後に樹脂含浸することにより機械的特性の向上が実現可能なこと,Bi-Pb-Sn-Cd合金の含浸により熱伝導特性が大幅に向上することなどの成果が得られた。

第3章は「Effect of resin impregnation on the mechanical properties of bulk RE-Ba-Cu-O superconductors」と題し,樹脂含浸したY-Ba-Cu-Oバルク超電導体の機械強度を評価した結果と樹脂含浸が機械強度の向上に有効であることについて述べている。三点曲げ試験では77Kで100 MPaを超える曲げ強度が得られ,十分実用的な強度が得られた。さらに曲げ強度のワイブル係数評価,破断試験,疲労耐久性評価のための加振試験,ヴィッカース試験による破壊靱性測定などを実施し,含浸によりバルク超電導体の機械強度が大幅に向上していることを実証した。

第4章は「Stability of the trapped-field of bulk RE-Ba-Cu-O superconductors with resin impregnation」と題し,含浸技術がバルク超電導体の磁束捕捉特性の安定性などにどのように影響を与えているかについて述べている。含浸をしていないバルク超電導体の場合,着磁実験を繰り返していると特性劣化が観察されるが,含浸をすることにより,そのような特性劣化は発生しないことが確認できた。また,磁界中冷却による着磁においてバルク超電導体に加わる電磁応力や熱応力の数値解析を行い,最大応力や熱応力の発生部位や特長について整理した。

第5章は「Effect of resin impregnation on the high field-trapping ability of large-grain bulk RE-Ba-Cu-O superconductors」と題し,極低温条件でのRE-Ba-Cu-Oバルク超電導体の磁束捕捉特性について述べている。炭素繊維織物でくるんでからの樹脂含浸による機械強度の向上と,Bi-Pb-Sn-Cd合金の含浸による熱伝導特性の向上に加え,バルク超電導体内部からの抜熱を改善するために超電導体に穴を開けてAl線を通すことを考案した。その結果,Y-Ba-Cu-Oバルク超電導体を使用した磁束捕捉実験において,温度29 Kで17.24 T(テスラ)の磁界を捕捉することに成功し,そのときの磁束密度分布からはさらに捕捉磁束密度向上の可能性も示唆された。

第6章は「Engineering applications of large-grain bulk RE-Ba-Cu-O superconductors with resin impregnation」と題し,含浸技術を適用したRE-Ba-Cu-Oバルク超電導体の応用として,超電導磁気浮上鉄道の超電導マグネット用電流リード,機械式永久電流スイッチ,超電導磁気軸受,磁気分離装置の研究開発について述べている。

第7章は「Conclusions」であり,本研究の成果を総括している。

以上これを要するに,本論文は,RE-Ba-Cu-Oバルク超電導体の有する優れた電磁特性を利用する上で問題となっていた機械的特性と熱的安定性を大幅に改善する方法として含浸技術を提案し,その有効性を実証するとともに,世界最高の磁界を安定に捕捉することに実験的に成功して,バルク超電導体の応用可能性を大きく高めたものであり,電気工学,特に超電導工学に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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