学位論文要旨



No 215709
著者(漢字) 美谷,周二朗
著者(英字)
著者(カナ) ミタニ,シュウジロウ
標題(和) 光による液体界面のミクロ構造観察法の開発
標題(洋)
報告番号 215709
報告番号 乙15709
学位授与日 2003.06.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15709号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 酒井,啓司
 東京大学 教授 高木,堅志郎
 東京大学 教授 田中,肇
 東京大学 教授 伊藤,耕三
 東京大学 助教授 志村,努
内容要旨 要旨を表示する

密度や屈折率などの性質の異なる液体同士を接触させるとラメラやエマルジョンのような複雑なミクロ構造を形成することがある。このような構造は、温度やpHなどの変化に伴って劇的に変化するという興味深い振る舞いを示す。たとえば相溶相分離現象などがよく知られている。こうした構造変化は分子間に働く力のわずかな変化によって生じるので、分子間相互作用や分子形状の解明といった観点から多くの研究が行われている。本研究の目的は、そうした液体界面構造の新たな観察方法の開発と、構造に関与する分子相互作用を解明することにある。構造自体の性質を観察する「コヒーレント後方散乱法」と、構造を作る要因となる界面張力を測定する「光界面マニピュレーション法」という2つの方法を構築した。

コヒーレント後方散乱法による液体界面構造変化の研究

直径1ミクロン程度の微粒子による光の多重散乱現象としてコヒーレント後方散乱現象というものがある。これは、多重散乱光同士が干渉することにより、散乱光強度が図1のような角度依存性を示すというものである。縦軸は干渉のない散乱光強度に対する比となっている。散乱光が強く現れる部分をコヒーレント後方散乱ピークと呼ぶが、その角度幅は平均の散乱経路の長さ(輸送平均自由行程)に反比例する。輸送平均自由行程が散乱粒子の性質を反映するので、コヒーレント後方散乱ピーク幅を測定すれば散乱粒子の物性を得ることが出来る。図2のピーク測定装置を構築し、コヒーレント後方散乱法を確立した。

まず、この方法を確立するために、輸送平均自由行程が散乱粒子径や散乱体体積分率とどの様な対応関係にあるかを明らかにした。輸送平均自由行程は(1)として定義される。n、δ、ρはそれぞれ輸送平均散乱回数、1粒子当りの散乱断面積、散乱体数密度であり、これらはMie散乱理論を用いることで散乱粒子の物性値から理論的に求めることができる。計算結果を、ポリスチレンラテックスによる実験結果と比較したものが図3である。傾向が一致していることがわかる。このグラフによって、輸送平均自由行程と散乱粒子径の関係が明らかとなった。すなわち、粒径が入射波長より大きい時には粒径と輸送平均自由行程は正の相関を持ち、入射波長より小さいときには負の相関を示す。

また、輸送平均自由行程と散乱体体積分率との関係は、高い濃度においては散乱粒子の大きさによる数密度への影響(排除体積効果)が無視できなくなることが予想される。すなわち、輸送平均自由行程は体積分率 により〓(2)となる。Rは散乱粒子の半径である。実際に、体積分率と輸送平均自由行程の相関を調べる実験を、ポリスチレンラテックスを用いて行った結果(図4)、5%程度より高い濃度において排除体積効果が無視できなくなることが明らかとなった。

さらに、コヒーレント後方散乱法を用いた界面構造観察として、エマルジョンに働く界面張力のNaCl濃度依存性の研究と、エマルジョン粒子の形状異方性観察を行った。エマルジョンの生成粒子径は界面張力に比例することが知られている。本研究の成果の一つである輸送平均自由行程と散乱粒子径の関係を考慮することで、エマルジョンの界面張力変化を輸送平均自由行程の変化としてとらえることができる。AOTというイオン性界面活性剤を含むヘプタンと水の界面は、NaClの添加量によって界面張力が劇的に変化することが知られていので、NaCl濃度を変化させたエマルジョンを作製しコヒーレント後方散乱ピーク測定から輸送平均自由行程の変化を調べた(図5)。低濃度側では輸送平均自由行程変化と界面張力変化との対応がとれていないように見えるが、粒子径を考慮することで説明することができる。また、形状異方性粒子の観察では、エマルジョンに流動場を加えると流れの方向に引き延ばされることを利用し、流れの方向とそれに垂直方向とで輸送平均自由行程を測定し、流速に対してそれらがどのように変化するかを調べた。図6に示す結果が得られ、輸送平均自由行程に異方性の表れることが確認された。

光界面マニピュレーション法による液体界面臨界現象の研究

屈折率の異なる2液体の界面に光を伝搬させると、光の放射圧によって界面を変形させることが出来る(光マニピュレーション)。変形した界面には界面張力に比例したラプラス圧が働くので、光マニピュレーションによる界面変形と界面張力には相関がある。このことを利用して、界面張力を測定するものが光液面マニピュレーション法である。具体的には、一定の界面変形を励起して変位を測定する “界面変位量測定法”と、周期的に変形を励起し界面の応答を見る“界面応答スペクトロスコピー法”を考案した。

光マニピュレーションにおいて、レーザー光(ポンプ光)による界面変位 は〓(3)と表される。ここで、ωは界面でのポンプ光のビーム半径、J0は0次ベッセル関数、rとΔρは2媒質間の界面張力と密度差、P0はレーザーの強度に比例する量である。この変位を、変形した界面に照射したプローブレーザーの反射光強度として図7の装置により検出する。回折計算により反射光強度と変位の関係を確定することで、変位から界面張力を得ることができる。これが界面変位量測定法であり、静的界面張力が得られる。オクタノール表面で24.5mN/m(文献値26.9mN/m)、オクタノール/水界面で8.55mN/m (文献値8.4mN/m)という結果が得られた。

一方、ポンプ光を周波数ωで強度変調したときの界面変形応答は〓(4)と表される。ここでωは波数kに対して〓(5)なる波の分散関係を満たす(nは粘性の和、ρとΔρは密度の和と差)。分散関係に界面張力の項があるので、界面応答スペクトルs(ω)を測定することでvが求められる。これが界面応答スペクトロスコピー法で、波を励起しているので、動的界面張力が得られる。この方法でも応答スペクトルは図7の測定装置により測定できる。図8は水表面での応答スペクトルであり、これから界面張力は73.8mN/m (文献値72.75mN/m)となった。

光液面マニピュレーション法を用いた界面現象観察として2つの研究を行った。まず、コヒーレント後方散乱法において確認されたAOTを添加したヘプタンと水の界面張力のNaCl濃度依存性を、エマルジョンを作らずに光液面マニピュレーション法によって確かめた。界面変位量測定法と界面応答スペクトロスコピー法を行い、静的・動的界面張力を測定した。結果を図9に示す。静的界面張力と動的界面張力との間に有意な差は見られず、どちらも文献値に一致した。続いて、AOTを添加したヘプタンと水の界面に対して、界面張力の温度依存性を調べた。温度依存性を顕著にするため0.06mol/lのNaClを加え、界面エネルギーを低下させて界面張力を測定する。結果を図10に示す。30〜35℃の領域で界面張力が減少している。これを相溶臨界現象とすると臨界指数は1.5となる。1次元濃度分布から界面自由エネルギーを求めると〓(6)となり、臨界指数が一致することから、この温度依存性が臨界現象であることが確認された。

以上のように、液体界面構造観察法として2つを構築した。構造を直接観察するコヒーレント後方散乱法と界面エネルギーを測定する光液面マニピュレーション法を組み合わせることで、複雑な液体界面現象を解明する有効な手段となる。

ポリスチレンラテックスのコヒーレント後方散乱ピーク

コヒーレント後方散乱ピーク測定装置

輸送平均自由行程の粒子径依存性(横軸は入射波長に対する粒子径)

実線は排除体積効果を考慮した関係、破線は効果がないときの関係

輸送平均自由行程の塩濃度依存性(挿入図は界面張力変化)

エマルジョンにかけたずり速度と輸送平均自由行程の異方性

エマルジョンにかけたずり速度と輸送平均自由行程の異方性

水の応答スペクトル

界面張力の塩濃度依存性

界面張力の温度依存性

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「光による液体界面のミクロ構造観察法の開発」と題し、光を用いることにより非接触で液体表・界面のミクロ構造と物性を観察することのできる新たな方法の開発と、液体表面構造に関与する分子間相互作用の解明を目的として行われたものである。

密度や屈折率などの性質の異なる液体同士を接触させるとラメラやエマルジョンのような複雑なミクロ構造を形成し、その構造は温度やpHなどによって劇的に変化するという興味深い振る舞いを示す。この例としては相溶相分離現象などがよく知られている。こうした構造変化は分子間に働く力のわずかな変化によって生じるので、分子間相互作用や分子形状の解明といった観点から多くの研究が行われているが、その不安定性ゆえに適した観察方法がないのが現状であった。本論文は、そうした液体界面構造の新たな観察方法の開発と、構造に関与する分子相互作用を解明することが目的とされている。

本論文の特色は光を用いる非接触観察測定法として、液体表・界面構造構造自体を観察するコヒーレント後方散乱法と、構造に関わるエネルギーを観察する光液面マニピュレーション法を独自に開発したことにある。コヒーレント後方散乱法の開発においてはまず、微粒子による光の多重散乱現象に特有の光の弱局在現象に着目し、現象と散乱粒子の物性値との関係を明らかにしている。これにより、エマルジョンなどの高濃度懸濁系において粒子の大きさや分散密度などの情報を得ることのできる測定法としてコヒーレント後方散乱法が確立された。また、光液面マニピュレーション法の開発では、液体界面に入射した光によって界面が変形する現象を利用し、界面変形量あるいは界面波の伝搬状態を光により精密に測定する装置を考案した。それを用いて実際に測定したデータと理論的見積もりとをつきあわせることで、正しく液体界面張力を測定できることを検証している。さらに、この方法を用いて水・油・界面活性剤系の臨界現象の研究を行い3成分系の臨界指数について検討を行っている。

本論文は4章から構成されている。

第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、および本論文の構成について述べられている。

第2章は「微粒子分散系の構造解析 〜 コヒーレント後方散乱法 〜」と題し、ミクロな液体界面構造を観察する方法の開発について述べられている。まず、微粒子による光多重散乱現象であるコヒーレント後方散乱現象に関する理論、特に輸送平均自由行程という量に関して考察している。コヒーレント後方散乱現象は散乱光強度の角度分布がピークを持ち、そのピーク幅が輸送平均自由行程に反比例する。輸送平均自由行程を散乱粒子の屈折率、粒径、分散密度などといった物理量から算出する理論を構築した。ポリスチレンラテックスを用いたコヒーレント後方散乱ピーク測定を行い、輸送平均自由行程の算出方法の妥当性を示した。また、粒子径と入射光波長との比がおよそ1となる領域を境に輸送平均自由行程と粒子径の関係が逆転することが実験と理論の両面から確認された。さらに、測定法としてコヒーレント後方散乱現象を利用した実験について述べられている。水・ヘプタン・AOTの3成分を混合したエマルジョンを作製し、その界面張力のNaCl濃度依存性を輸送平均自由行程の変化として観察した。粒子径と輸送平均自由行程の関係を考慮することで界面張力変化を説明している。また、流動場下のエマルジョン粒子に対してコヒーレント後方散乱ピークを測定し、流れの方向とそれに垂直な方向とで輸送平均自由行程に差が現れたことから、エマルジョンが流動場方向に引き延ばされることを確認するとともに、コヒーレント後方散乱法が粒子の形状異方性観察に適用できることを示した。

第3章は「液体界面物理 〜 光液面マニピュレーション法 〜」と題し、液体の表・界面エネルギーを光によって測定する方法の開発について述べられている。ここではまず、光マニピュレーション法というレーザー光の運動量差を利用して液体界面形状を変形させる方法についての理論が述べられている。この方法では、界面張力に依存して1nm〜100nmの変形を液体界面に作ることができるので、変形を測定することで界面張力を知ることができる。ポンプレーザーの照射によって作られた液面変形の大きさを、充分に強度の小さいプローブレーザーの反射光形状から測定する装置を作製し、水表面と水−オクタノール界面において静的表・界面張力を見積もり文献値とよく一致することを確認した。また、ポンプレーザーに強度変調をかけることで界面張力波を励振することができる。励振された波の周波数スペクトルを測定することで動的界面張力を測定する装置を作製し、エタノール表面および水−オクタノール界面において得られた動的界面張力が文献値と一致することを確認している。この光液面マニピュレーション法は、とくに低い界面張力を完全に非接触で測定できる点が特徴となっている。光液面マニピュレーション法を用いてヘプタン・水・AOT系の界面張力のNaCl依存性を調べる実験を行い、1μN/mという超低界面張力を測定している。この領域の界面張力を測定できるのはスピニングドロップ法を除いてほかにはない。同じサンプルを用いた界面張力の温度依存性の実験では、ある温度域において界面張力が極端に小さくなりマイクロエマルジョンが生成されることが観察された。これを界面喪失臨界現象という観点から解析し、臨界指数が平均場理論から予想される値と一致すると結論している。

第4章は「総括」と題し、本論文の内容を簡潔にまとめている。

以上のように、本研究では液体界面のミクロ構造観察法として、コヒーレント後方散乱法と光液面マニピュレーション法という、光を用いた全く新しい方法を2種類構築している。さらに両測定法を用いて、界面張力が関与する液体界面現象の解明を試みている。本研究の成果は、従来では困難であった高濃度懸濁系の構造解析、あるいは相溶系のような超低界面張力系の界面エネルギー解析に対して有効な手法を提供するものである。近年研究が盛んなソフトマテリアルの分野において未知の領域を開拓するためには必要不可欠なものであり、したがって、物理工学への貢献が大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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