学位論文要旨



No 215710
著者(漢字) 出村,雅彦
著者(英字)
著者(カナ) デムラ,マサヒコ
標題(和) 2元系化学量論組成Ni3Alの塑性変形
標題(洋)
報告番号 215710
報告番号 乙15710
学位授与日 2003.06.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15710号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 山本,剛久
内容要旨 要旨を表示する

金属間化合物Ni3Al は,温度の上昇とともに降伏応力が増大する特異な性質(強度の逆温度依存性)ゆえに高温強度が高く,耐食性にも優れることから耐熱性構造材料として注目されてきた.欠点は粒界脆性のために加工性に乏しいことであったが,ボロン添加によって延性が改善されることが発見されたことで研究が加速し,バルク材としては一部実用化されている.基礎研究課題では単結晶の塑性変形機構及び粒界破壊特性の解明が重要である.これまで多く研究されてきたものの,Ni3Al 本来のマクロな機械的性質は未だによく分かっていない.その原因は,第3 元素を添加しない2元系化学量論組成単結晶及び双結晶の作製が極めて難しいためであった.従来研究で用いられてきた単結晶や双結晶は第3 元素を添加した3 元系合金や非化学量論組成合金のものであり,そのため第3 元素,非化学量論組成の影響が含まれている可能性がある.一方,バルク形状以外の新たな用途として箔は有望と考えられるが,ボロン添加合金は加工性が十分でなく,未だに圧延で箔を作製した例はない.本研究では,これらの問題点を光学式浮遊帯域溶融(FZ)法を用いた一方向凝固技術によって克服し,次の課題に取り組んだ.まず,FZ 法を基盤に作製した2 元系化学量論組成単結晶及び双結晶を用いて,単結晶の塑性変形及び双結晶の粒界破壊に関する基礎研究を行った.さらに,一方向凝固材の高い延性に着目し,冷間圧延によって箔を作製し,Ni3Al の新たな用途開発の可能性を検討した.その結果,以下に示す新しい材料学的知見が得られた.

Ni3Al 単結晶の塑性変形に関しては従来,(1)Schmid 則の不成立,(2)変形応力のわずかな歪み速度依存性が報告されており,これらを根拠に強度の逆温度依存性を説明する変形モデルが議論されてきた.例えば,逆温度依存性の発現機構としては熱活性的な転位の(010) 面交差すべりによる不動化(Kear-Wilsdorf 不動化機構,KW機構)が考えられているが,(1)を根拠に,このKW 機構において(010) 面せん断応力や転位芯構造が関与するモデルが提案されている.また,(2)を根拠に,不動化した転位の一部が再可動化する過程を変形律速とするモデルが議論されてきた.しかし,本研究においてFZ 法で育成した2 元系化学量論組成単結晶を用いて調べた結果,これら(1)及び(2)の性質が第3 元素や非化学量論組成からのずれによってもたらされた外因的なものであることが明らかとなった.すなわち,2 元系化学量論組成においては,(1)臨界分解せん断応力の結晶方位異方性や圧縮-引張異方性は存在せずSchmid 則が成立し[図1(a)],(2)定常状態の変形応力は歪み速度に依存しない[図1(b)].以上の結果をもとに,KW 機構の駆動力として逆位相境界エネルギーが(111) すべり面より(010) 不動化面の方がより低いことだけを仮定し,この不動化に対抗して転位が増殖する非熱活性化型過程を変形律速とする新しいモデルを提案した.定量評価の結果,提案モデルによって2 元系化学量論組成Ni3Al 単結晶の塑性変形の実験結果をよく記述できることが明らかとなった.提案モデルからKW不動化の駆動力は126 mJ ・ m-2 と見積もられ,これは既報の(010) 面及び(111) 面上の逆位相境界エネルギーを用いた計算値と良い一致を示す.

Ni3Al の粒界破壊特性に関しては,全ての粒界が脆いわけではなく,Σ 1 やΣ 3 粒界は割れにくいことを示唆する結果が報告されている.しかし,破壊様式や粒界破壊応力,粒界破壊延性といったマクロな粒界破壊特性とΣ値などで表される粒界性格との相関は明らかになっていない.本研究では,FZ 法で育成した延性のある一方向凝固材をスキンパス圧延−再結晶して粗大結晶粒板材を作製し,そこから切り出した双結晶引張試験片を用いてNi3Al 双結晶の粒界破壊特性を測定,観察した.その結果,破壊様式は粒界性格に依存し,Σ 1,Σ 3,Σ 9 粒界は粒内破壊するのに対して,Σ 5,Σ 7,Σ 13a 粒界及びランダム粒界は粒界破壊することが明らかとなった.破壊応力及び破断伸びを隣り合う結晶粒の最小回転角disorientation の関数としてプロットし,各粒界性格における粒界結合力を以下のように見積もった.Σ 1,Σ 3,Σ 9 粒界の粒界結合力は,バルク単結晶と同程度に高い.これに比べると,Σ 5,Σ 7,Σ 13a粒界の粒界結合力は小さく,ランダム粒界の粒界結合力はさらに小さい.ここで見積もられた粒界結合力の傾向は,既報の粒界エネルギーに関する傾向と定性的に一致することを確かめた.

前段の研究により,Ni3Al のマクロな破壊特性は粒界性格に強く依存することが明らかとなり,粒界性格を制御すれば延性化できることが裏付けられた.粒界性格を制御する手法としては一方向凝固法が有効であることが知られている.そこで,本研究では,FZ 法および精密鋳造法によって作製した一方向凝固材を用いて,冷間圧延による箔の作製を試みた.その結果,一方向凝固したNi3Al は圧下率99% まで冷間圧延が可能で,図2(a)に示すような厚さ23 μm の箔から,厚さ351 μm の箔まで作製できることが分かった.このような薄箔の作製は,従来のボロン添加などによる延性化手法では実現できなかったものである.一方向凝固材はほとんどが単結晶であり,一部に柱状組織が含まれていたものの冷間圧延能に影響は見られなかった.FZ材の柱状組織にはΣ 1,Σ 3,Σ 9 粒界の頻度が高いことが知られている.前段の研究で明らかとなったように,これらの粒界は単結晶と同程度の破壊応力を有する.以上より,一方向凝固材はΣ 1,Σ 3,Σ 9 粒界といった強い粒界のみで構成されていたために,高い冷間圧延能をもつに至ったと結論した.冷間圧延箔は強い{220} 集合組織を形成し,TEM による加工組織観察ではセル化などの転位の再配列や双晶変形はみられなかった.以上は,単結晶の塑性変形モデルで仮定したのと同様な{111}面すべりによって,塑性変形が進行する結果と理解できた.

作製したNi3Al 箔を耐熱材料として使用することを想定すると,加工性や再結晶化後の粒界脆化などの機械的性質が重要な検討課題となる.そこで,冷間圧延箔及び再結晶箔の機械的性質を,硬さ試験,引張試験及び曲げ試験によって評価した.図2(b)に冷間圧延箔の機械的性質を示す.冷間圧延箔はビッカース硬度が560〜650 HV,引張破壊応力も1.0〜2.0 GPa と著しく加工硬化していることが分かった.この著しい加工硬化は,先に提案した増殖過程律速型の塑性変形機構に帰因すると考察した.冷間圧延箔はほとんど引張延性はないにもかかわらず,曲げ延性があり,ハニカム構造などの形状へ加工できることが分かった.1273〜1573 K で再結晶させた箔は,Σ 1 やΣ 3 粒界の割合が高い等軸多結晶組織を有していた.再結晶箔は3〜15% の引張延性を持ち,粒界脆化は問題とならないことが分かった.先述の双結晶研究の結果とあわせ,再結晶箔の高い延性はΣ 1 やΣ 3 粒界が強い結合力をもつことに起因すると結論した.

400 K における2 元系化学量論組成Ni3Al 単結晶の塑性変形挙動.(a)臨界分解せん断応力の結晶方位依存性(比較材:Ta 添加合金)及び(b)歪み速度急変に対する変形応力応答.

99% 冷間圧延によって作製したNi3Al 箔(厚さ23 μm,幅50 mm,長さ650 mm).(a)全体写真及び(b)機械的性質.

審査要旨 要旨を表示する

Ni3Al は温度の上昇とともに強度が増大するという、高温材料に有利な性質をもつために多くの研究がなされてきたが、単結晶育成が困難であるためNi3Alの力学的特性の本質は十分に明らかにされていなかった。また、粒界脆性に起因する加工性の制約が実用化のための障害となっていた。本論文は、2元系化学量論組成単結晶および双結晶を用いることによって、この材料の塑性変形の機構を明らかにするとともに、加工性改善による新たな用途開発を目指した研究結果をまとめたもので、6章よりなる。

第1章は序論であり、Ni3Alの塑性変形に関する基礎研究および用途開発についての従来の研究結果をまとめ、本研究の位置づけを述べている。

第2章は、浮遊帯域溶融法(FZ)法で育成した2元系化学量論組成単結晶を用いて変形機構を調べた結果である。2元系化学量論組成の合金では(1)Schmid則が成立し、(2)変形応力が歪み速度に依存しないことを見出している。従来の3元系合金を用いた研究ではSchmid則の不成立やわずかな歪み速度依存性が報告されており、これらを根拠としてこれまで変形機構が議論されてきた。しかし本研究によって、従来この材料の特徴と考えられてきた性質が第3元素等の影響を受けた外因的なものであることが初めて明らかとなった。また、変形応力の逆温度依存性の原因であるKear-Wilsdorf(KW)不動化機構には(010)面せん断応力や転位芯構造が関与しないこと、変形が非熱活性化過程によって律速されていることを導いている。この上で、KW不動化に対抗して転位が増殖する過程を変形律速とする新しいモデルを提案している。新たに提案したモデルによって変形応力に関する実験結果を定量的に記述できることを述べている。さらに、逆温度依存性の発現機構を議論する上で重要となるKW不動化機構については、その駆動力を126 mJ/m2 と見積もっている。この値は透過電子顕微鏡観察などから求めた逆位相境界エネルギーの値と整合するものであり、新たに提案したモデルによって本材料の最も顕著な特徴である逆温度依存性の発現機構が矛盾なく説明できることを示している。

第3章はFZ材をスキンパス圧延−再結晶して作製した2元系化学量論組成双結晶を用いて粒界破壊特性を調べた結果である。Ni3Alは粒界脆性を示すことが知られているが、全ての粒界が弱いわけではないことを突き止めている。破壊様式は粒界性格に依存し、Σ1,Σ3,Σ9粒界は容易には破壊し難いのに対して、Σ5,Σ7,Σ13a,ランダム粒界などは容易に粒界破壊することを見出している。破壊応力の粒界最小回転角依存性から、Σ1,Σ3,Σ9粒界の粒界結合力がバルク単結晶と同程度に高く、これに比べるとΣ5,Σ7,Σ13a,ランダム粒界の粒界結合力は小さいことを明らかにしている。この結果は、Ni3Al 多結晶の加工性向上には粒界性格分布の制御が重要であることを示すものであり、従来に無い全く新たな知見である。

第4章は冷間圧延による箔の作製を試みた結果である。FZ法および精密鋳造法で一方向凝固したNi3Alは圧下率99%まで冷間圧延できることを突き止め、厚さ23μmの箔の作製に成功している。このような薄箔の作製は、従来のボロン添加などによる他の手法では実現できなかったものである。以上の優れた変形能は,一方向凝固材がΣ1,Σ3,Σ9粒界といった結合力の高い粒界のみで構成されているためであると結論している。また冷間圧延箔は強い{220}集合組織を形成し、セル化などの転位の再配列や双晶変形はみられないことを突き止め、{111}面すべりによって圧延変形したと結論している。

第5章は作製した箔の機械的性質を調べた結果である。冷間圧延箔はビッカース硬度が560〜650HV、引張破壊応力も1.0〜2.0GPaと著しく加工硬化していることを明らかにしている。この加工硬化は転位増殖過程律速の塑性変形機構に起因することを示している。また冷間圧延箔は曲げ延性があり、ハニカム構造などの形状へ加工できることを実証している。さらに、1273〜1573Kで再結晶した箔が3〜15%の引張延性を有し、粒界脆化が問題とならないことを明らかにしている。再結晶箔ではΣ1やΣ3粒界の割合が高いことを示し、粒界性格分布の制御が、この材料の延性改善に極めて有効であると結論づけている。

第6章は、本論文の総括である。

以上を要するに、本論文はNi3Alの塑性変形に関する基礎的知見を与えるとともに、新たな用途開発への可能性を開くものであって、マテリアル工学の進歩に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/49873