学位論文要旨



No 215711
著者(漢字) 荻田,晴久
著者(英字)
著者(カナ) オギタ,ハルヒサ
標題(和) 血管系細胞選択的増殖阻害剤の構造活性相関に関する研究
標題(洋)
報告番号 215711
報告番号 乙15711
学位授与日 2003.06.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15711号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

ヒト冠状動脈血管平滑筋細胞選択的増殖阻害剤の合成とその構造活性相関

心筋梗塞の第一選択の治療法であるPTCA (percutaneous transluminial coronary angioplasty; 経皮的冠動脈形成術)施術後の再狭窄や動脈硬化の進行において、血管平滑筋細胞(vascular smooth muscle cells: SMCs)の増殖、遊走が重要な役割を担っている。SMCsの増殖を誘導する因子は多数報告されているが、その中でもPDGF (platelet-derived growth factor; 血小板由来成長因子)は強力な細胞増殖因子としてSMCsの分化、増殖の調節に深く関わっていることが知られている。また、PDGFやその受容体が上記疾患の病態部位に異常に高発現していることが報告されている。これらのことより、PDGFにより誘発されるSMCsの増殖を阻害する物質は上記疾患の治療薬になりうることが期待される。このような機序の既存薬として、トラニラスト((E)-2-(3,4-dimethoxy- cinnamoylamino)benzoic acid)があげられる。これは日本における第二相ならびに第三相臨床試験においてPTCA後再狭窄に対する有効性が確認されている。しかし、有効性を発揮する投与量(600 mg/day)において肝障害が高頻度に現れるという問題点がある。一方、300 mg/dayの投与においては副作用の発現比率が減少している。これらのことより、この副作用は投与量の多さが主因であると考えられる。また、PTCA後再狭窄の治療において血管傷害後の血管内皮細胞(vascular endothelial cells: ECs)を被覆することで狭窄抑制が可能であるという報告もあることから、治療においてはECsよりもSMCsの増殖を選択的に阻害する薬剤の方が好ましいとされている。そこでトラニラストよりも強力かつ選択的なSMCs増殖阻害作用を持つ化合物の探索を目的としてトラニラストを基本骨格として構造活性相関研究を行った。

トラニラストのSMCsおよびECsに対する増殖阻害活性及び細胞選択性を下図に示す。トラニラストの細胞増殖阻害作用(IC50)はSMCs、ECs各々数十μMと弱く、また細胞選択性も認められなかった。

著者は、まずトラニラストのA環、B環の距離ならびに環上の置換基効果の検討を行った。その結果、A環2位のカルボキシル基をカルバモイル基やエトキシカルボニル基に変換することによってSMCs増殖阻害活性のみならずSMCs選択性も向上させることを見いだした。そして、構造活性相関研究の結果、トラニラストよりも約80倍強力な阻害作用をもち、ECsに対して15倍の選択性をもつ2wを見いだすことができた。

著者はさらなる活性と選択性の向上を図るため新たな化合物デザインの下、構造活性相関研究を行った。すなわち、先の検討で見いだした2fとキリンビールが報告しているPDGF受容体自己リン酸化阻害剤である7aとの構造の類似性に着目した。7aにウレア構造を導入した7bのSMCs増殖阻害活性は7aに比べて遙かに強力であることから、B環にウレア構造を組み込んだ阻害剤をデザイン合成した。

その結果、ウレア構造の導入はSMCs選択性を保持しつつ、活性を向上させることがわかった。さらにウレア側鎖の構造活性相関研究の結果、トラニラストよりも約600倍強力なSMCs増殖阻害作用をもち、かつECsに対して135倍の選択性をもつ10oを見いだすことができた。また、A環とB環のリンカー部の検討を行ったところ、、ECsに対しての選択性は17倍と若干低下するものの、10oよりもさらに400倍、トラニラストよりも約250000倍強力なSMCs増殖阻害作用をもつ13fを見いだすことができた。すなわち、in vitro評価においてPTCA後再狭窄治療薬として有望な化合物を見いだすことができた。

ヒト冠状動脈血管内皮細胞選択的増殖阻害剤の合成とその構造活性相関

病的な血管新生は、固形腫瘍の増殖・炎症、糖尿病性網膜症、リウマチ性関節炎、乾癬などの多くの病的状態と密接な関与が認められている。血管新生を特異的に阻害する物質はこれらの疾患に対する新たなアプローチに基づく治療薬となる可能性が期待されており、様々な薬剤が報告されている。その中でも、トラニラストはそのECs増殖阻害活性からin vitroならびにin vivoにおける血管新生阻害作用、すなわち毛細血管内皮細胞における増殖阻害・管腔形成阻害作用ならびに血管新生が関わる動物モデルにおける効果が検討され、十分な効果を示していることが報告されている。一方、著者は、トラニラストを基本骨格として構造活性相関研究を行い、強力かつSMCs選択性の高い化合物10o, 13fを見いだしている。そこで、新規構造の血管新生阻害剤を開発するために、10o, 13fの構造を元にトラニラストよりもECs選択的かつ強力な増殖阻害作用を持つ化合物の探索を目的として構造活性相関研究を行った。その結果、A環の2位のエトキシカルボニル基をアセチル基に変換することによって細胞選択性が逆転することがわかった。さらなる構造活性相関の検討の結果、トラニラストよりも約8000倍強力なECs増殖阻害作用をもち、SMCsに対して11倍の選択性をもつ21kを見いだすことができた。

さらに、21kのヒト臍帯静脈血管内皮細胞 (HUVECs)における管腔形成阻害活性を評価したところ、用量依存的な阻害作用を示し、トラニラストよりも低濃度で阻害活性が確認された。すなわち、in vitroの評価において血管新生の関わる疾患である固形腫瘍の増殖・炎症、糖尿病性網膜症、リウマチ性関節炎、乾癬などの疾患の治療薬として有望な化合物を見いだすことができた。

以上の検討の結果、SMCs・ECsそれぞれに対して選択的かつ強力な細胞増殖阻害剤を見いだすことができた。

Diarylamide derivatives

Design of diarylamide urea derivatives as SMCs selective inhibitor

Diarylamide urea derivatives as SMCs or ECs selective growth inhibitior

審査要旨 要旨を表示する

本論文は血管系細胞選択的増殖阻害剤の創製を目的として行った、新規なジアリールアミド誘導体の合成と構造活性相関に関するもので二章よりなる。血管系細胞選択的増殖阻害剤は、動脈の狭窄予防や腫瘍増殖阻害など、様々な医薬品への応用が期待されているが、治療薬として充分有効な、高いレベルの選択性を示すものは未だ見出されていない。筆者はこの点に着目し、血管平滑筋細胞(SMCs) および血管内皮細胞(ECs)にそれぞれ選択的な増殖阻害物質の探索を行った。

第一章においては SMCsの増殖を選択的に阻害する化合物の構造活性相関に関する研究について述べている。SMCsの異常増殖を阻害するトラニラストは心筋梗塞の治療法であるPTCA施術後の再狭窄や動脈硬化の進展の予防において有効との報告がある。そこで、トラニラストをリード化合物として強力かつ選択的なSMCs増殖阻害作用を持つ化合物の探索研究を行った。

トラニラストのA環、B環の距離ならびに環上の置換基効果の検討を行った結果、A環2位のカルボキシル基をカルバモイル基やエトキシカルボニル基に変換するとSMCs増殖阻害活性のみならずSMCs選択性が向上することを見いだした。さらに構造活性相関研究を行い、トラニラストよりも約80倍強力なSMCs増殖阻害阻害作用をもち、血管内皮細胞(ECs)に対して15倍の選択性をもつ2aを見いだすことができた。

さらに、先の検討で見いだした2bとPDGF受容体自己リン酸化阻害剤との構造類似性に着目し、B環にウレア構造を組み込んだ阻害剤をデザインし、合成した。その結果、トラニラストよりも約600倍強力なSMCs増殖阻害作用をもち、ECsに対して135倍の選択性をもつ3a並びにECsに対しての17倍の選択性を持ち、3aよりもさらに400倍、トラニラストよりも約250000倍強力なSMCs増殖阻害作用をもつ3bを見いだすことができた。

第2章では、ECsの増殖を選択的に阻害する化合物の構造活性相関に関する研究について述べている。病的な血管新生は、ECsの異常増殖によるものであり、これは固形腫瘍の増殖、糖尿病性網膜症など多くの疾患と密接な関与が認められている。従って、ECsの増殖を特異的に阻害する化合物はこれらの疾患に対する新たな治療薬となる可能性が期待される。トラニラストにも血管新生阻害作用が報告されているが、その活性は弱く細胞選択性も低い。そこで、強力かつECs選択的増殖阻害剤を探索するために、3bを元に構造活性相関研究を行った。その結果、トラニラストよりも約8000倍強力なECs増殖阻害作用をもち、SMCsに対して11倍の選択性をもつ4を見いだすことができた。

さらに、ヒト臍帯静脈血管内皮細胞を用いて4の管腔形成阻害活性を評価したところ、用量依存的な阻害作用を示し、トラニラストよりも低濃度で血管新生阻害作用を示すことが確認された。

以上の様に筆者は、SMCsとECsそれぞれに対して選択的かつ強力な細胞増殖阻害剤の探索を行い、非常に高い活性や選択性を示すものを見いだしている。得られた高活性な化合物や構造-活性相関の知見は、有効な医薬品開発への道を拓くものであり、また同時に生化学試薬としても興味が持たれ、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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