学位論文要旨



No 215712
著者(漢字) 棚田,喜久
著者(英字)
著者(カナ) タナダ,ヨシヒサ
標題(和) 環状構造を有する生物活性天然物の合成
標題(洋)
報告番号 215712
報告番号 乙15712
学位授与日 2003.06.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15712号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

自然界の生物代謝産物として単離される化合物の中には、医薬品として直接ないしは、リード化合物として応用可能な物質が発見されることがある。近年、世界的に、アルツハイマー病などに代表される神経疾患領域、各種癌に有効な治療薬の探索、アレルギー性疾患の治療薬が切望されている。このような領域においては、(1)有効な治療薬に結びつくような活性を示す化合物を単離し、(2)その構造を解析し、(3)可能な限り短工程で合成する方法を確立することが急務であろう。著者は、以上のような観点から神経疾患領域、癌治療領域、アレルギー性疾患の治療領域から有望と思われるが、いまだに合成されておらず、その絶対立体配置が未決定のままであったフェノール性水酸基を有する芳香環構造を分子内に有する環式化合物の合成を行い、絶対配置を決定することを目的に研究を行った。

まず、Eupenicillium javanicum var. meloforme PF1181の培養液より単離された化合物で、PC12細胞の樹状突起伸長誘導作用を有するため、神経疾患領域の研究に有効な薬剤になるのではないかと予想されるNeuchromenin (1)の合成を行った。市販されている3,4-ジメトキシフェノール (2)を3-クロロプロピオン酸クロリドでFriedel- Craftsアシル化した後に塩基性条件で分子内閉環させ、水酸基の保護基をアセトナイドに架け替えて、原料の4を合成した。4に、 3-ヒドロキシブタン酸エチルのTBSエーテル(R)-5及び(S)-5をアルドール反応を用いて側鎖として導入し、Dess-Martin酸化をおこなって、1, 3-ジケトン体(6)にした。この段階ではジアステレオマー混合物で分離精製は不可能であったので、p-トシル酸存在下、含水ベンゼン中で脱水的に閉環させてやることで、Neuchromeninのアセトナイド保護体(7)を得た。

最後にアセトナイドを酸性条件で脱保護して、Neuchromeninを5より8段階(R体; 1.4%、S体; 1.9%)で得た。S体の比旋光度の符号が天然物と一致したため、天然物の絶対立体配置は、Sと決定した。しかし、比旋光度の絶対値が天然物の報告値よりも小さかったため、合成品の鏡像体純度をDaicel Chiralpak AD-RH(R)カラムを用いてHPLCで決定したところ、酸性条件下での脱保護でラセミ化を起こしていることが判明した。さらに、より詳細な検討を行った結果、酢酸エチル/n-ヘキサン 系の再結晶操作で、Neuchromeninのラセミ体の結晶が、優先的に析出することにより再結晶母液の鏡像体純度が上昇する現象が確認された。この現象を利用して最終的に、鏡像体過剰率91%の (S)-Neuchromeninの結晶 [α]D33 = -491 (c = 0.11 in MeOH) {lit. [α]D20 = -520 (c = 0.1 in MeOH)}を得ることに成功した。

次に、富山県小杉町の土壌中から単離採集されたNocardia属放線菌菌株TP-A0248の培養液中より単離された化合物で、ホスファターゼcdc25Bの阻害作用により腫瘍細胞などの細胞内のシグナル伝達を阻害し、抗腫瘍活性を呈するとともに抗菌作用を併せ持つため、単剤での抗癌剤と抗菌作用を併せ持つ薬剤の開発につながると考えられる化合物 Nocardione B(8)及びNocardione A (9)の合成を行った。市販の(S)-プロピレンオキサイド(10)を5-メトキシ-1-テトラロン(11)のエノラートと触媒量のスカンジウムトリフラート存在下に反応させて側鎖を導入し、生じた2級水酸基を保護した後に、二酸化セレン酸化をおこなってキノン体(12)を合成した。還元的に2級水酸基の脱保護と同時に,12を13へ還元し、 光延反応で2級水酸基の立体配置の反転を伴いながら閉環して14を得た。

ジフェニルセレニニックアンヒドリドを用いてオルトキノンへの酸化反応を行い、目的の(R)-Nocardione Bを得た。 比旋光度の符号が天然物の報告値と逆であったため、天然物のNocardione Bの絶対立体配置をSと決定した。種々の方法で脱メチル化を検討したが、得られたNocardione Aは完全にラセミ化を起こしてしまっていた。工程途中での保護基の架け替えは困難であることがわかったので、原料を5-ベンジルオキシ-1-テトラロン(15)に代えて、(R)- 10より(-)- Nocardione Aの合成を行った。 メチル保護体とほぼ同様に反応を行い16を得た。 最終工程のベンジル基脱保護工程は、40 wt%のPd / C存在下DMF中で、短時間(約10分程度)の水素添加による脱ベンジル化を行い、過剰に還元されて生成したヒドロキノン体を自然空気酸化することでキノン体に戻して目的のNocardione A (9)を(R)- 10より7段階(2.2%)で得た。合成品の比旋光度の符号は、天然物の報告値の符号と同じく(-)を示したため、天然のNocardione A (9)の絶対立体配置はSであると決定した。

最後に、パプア・ニューギニアのマンダ海域の水深20 mで潜水により採取した海綿Suberea sp. からの抽出液より得られた化合物で、human 15-lipoxygenaseの阻害作用によりアラキドン酸合成カスケードの下流で合成される種々の生理活性体内物質の合成を阻害することにより、抗炎症効果が予想されるSubersic acid(17)の合成を行った。文献既知の化合物(18)のケトンをアセタール保護の後、脱ベンジル、脱水、2重結合の還元、脱アセタールの5段階(50%)を経て 19を合成した。19を燐酸エステルを経由したGilman試薬との反応で2位にメチル基を導入し、エステルをアリルアルコールに還元、ハロゲン化アリルを経由して20を5段階 (51%)で合成した。芳香環部分は、21の3位をプレニル化、水酸基とカルボン酸のベンジル保護、二酸化セレンによるアリル位の選択的酸化によるアリルアルコールへの変換、アリルアルコールのアリルブロマイドへの変換をおこない5段階(3.7%)で目的の22を得た。得られたアリルスルホン体とアリルブロミドを塩基性条件でカップリングし、Na-Hgを用いて脱スルホンを行い、ベンジルエーテルを脱保護して、Subersic acidを文献既知の化合物(18)から13段階(6.7%)で合成した。立体既知の合成品の天然物と比旋光度が一致したことにより天然物の絶対配置を(5R,10R)と決定した。

以上の3化合物の合成方法を確立し、絶対配置を決定できたことは、将来の薬理試験用のサンプル供給と、活性分子の構造研究および将来にわたる分子設計する上で寄与ができるものと考えている。

reagents and conditions: (a) Cl(CH2)2COCl, BF3・OEt2, 65-85℃, 3 h (25%); (b)K2CO3. EtOH, room temp., 14 h (76%); (c) BBr3, CH2Cl2,-10℃-room temp., 1 h(88%); (d) p-TsOH・H2O, Me2C(OMe)2, Me2CO, C6H6, MS4A, reflux, 72 h (84%); (e)LDA, (R)-5 or(S)-5, THF, below-60℃,1 h; (f) Dess-Marthin periodinane, CH2Cl2, room temp., 4 h; (g)p-TsOH・H2O, C6H6, 18.5 h, then SiO2 chromatog. [(R)-7; 25%, 3 steps, (S)-7; 27% 3steps]; (S) 10% HCl, THF, MeOH, reflux, 14.5 h [82%; 38% after recrystallization from EtO Ac/n-hexane to give(R)-1 of 62% ee and 91%; 47% after recrystallization from EtOAc/n-hexane to give(S)-1 of 59%ee]

reagents and conditions: (a) 1.0 M LHMDS in n-hexane,toluene,-5〜0℃, 1.5 h then 10 mol%Sc(OTf)3, room temp., 22h ; (b) Cl3CCH2OC(O)Cl, pyridine, CH2Cl2, 0℃,0.5h then room temp., 10.5h;(c)SeO2,1,4-dioxane, reflux, 11 h (32% in three steps); (d) powdered zinc, AcOH, under Ar atmosphere, room temp., 1h then 10%Pd/C,EtOAc under H2, room temp., 1.5 h (81%); (e) DEAD, Ph3D, THF, room temp., 18 h (22%); (f)(PhSeO)2O, THF, 50℃., 0.5h (71%);(g)AlCl3, 0℃,0.5h then room temp.,13.5h, (quant.); (h) 10% Pd/C, DMF, H2, room temp., within 10min. (50%)

reagents and conditions : (a)n-BuLi,HMPA, THF,-65℃,2.5h ; (b)5% Na-Hg,MeOH/THF,0℃,0.5h,r.t.,16.5h (35% in two steps); (c) 1 M lithium naphthalenide, THF,-78℃,0.5 h (75%)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、環状構造を有する生物活性天然物の合成に関するもので、三章よりなる。自然界の生物代謝産物として単離される化合物中には、医薬品のリード化合物として応用可能な物質が発見されることがある。これらを有効な治療薬の開発に結び付けるためには、(1)治療目的の病態に有効な活性を示す化合物を単離し、(2)その構造を解析し、(3)可能な限り短工程で合成する方法を確立することが急務である。著者はこの視点から、神経疾患領域、癌治療領域、アレルギー性疾患の治療領域に有効と思われるが、いまだに合成されておらず、その絶対配置も未決定のままの環状化合物の合成を行い、絶対配置を決定するための研究を行った。

まず、序論において研究の目的を概説した後、第一章ではEupenicillium javanicum var. meloforme PF1181の培養液より単離され、PC12細胞の樹状突起伸長誘導作用を有するNeuchromenin (1)の合成と絶対立体配置決定について述べている。このものは神経疾患領域の研究に有効な薬剤になると期待される。(S)-3-ヒドロキシブタン酸エチルを不斉源として合成を行い、Neuchromeninを8段階(1.9%)で得た。合成品の比旋光度の符号が天然物と一致したため、天然物の絶対立体配置はSと決定出来たが、キラルなHPLC分析により最終段階の脱保護で一部ラセミ化していることがわかった。再結晶において1はラセミ体が優先的に析出することがわかったのでそれを利用し、再結晶母液の再結晶の繰り返しにより、最終的に鏡像体過剰率91%の (S)-Neuchromeninを結晶として得ることが出来た。

第二章では富山県小杉町の土壌中から単離採集されたNocardia属放線菌菌株TP-A0248の培養液中より単離されたNocardione B (2)及びNocardione A (3)の合成と絶対立体配置決定について述べている。これらの化合物はホスファターゼcdc25Bの阻害作用により腫瘍細胞などの細胞内のシグナル伝達を阻害し、抗腫瘍活性を呈するとともに抗菌作用を併せ持つため、単剤で2つの作用を示す薬剤の開発につながると考えられる。(S)-プロピレンオキシドと5-メトキシ-1-テトラロンより合成を進め (R)-Nocardione B (2) を得たが、比旋光度の符号は、天然物の報告値と逆であったため、天然物のNocardione B の絶対立体配置はSと決定された。Nocardione Aは、Nocardione Bの脱メチル化や、合成中間体での保護基の架け替えが困難であったため、 (R)-プロピレンオキシドと5-ベンジルオキシ-1-テトラロンから7段階(2.2%)で合成した。合成品の比旋光度の符号は、天然物の報告値の符号と同じく負であったため、Nocardione Aの絶対立体配置もSであると決定した。

第三章では、パプア・ニューギニアのマンダ海域の水深20mで採取した海綿Suberea sp. の抽出液より得られたSubersic acid (4) の合成と絶対立体配置決定について述べている。4はヒト 15-lipoxygenaseの阻害作用を示すため、アラキドン酸合成カスケード下流の生理活性体内物質の生合成を調節することによる抗炎症作用効果などが期待される。文献既知の化合物5から13段階(6.7%)で合成し、合成品と天然物の比旋光度の符号が一致したため、天然物の絶対配置を(5R,10R)と決定することが出来た。

以上筆者は、治療薬のリード化合物として期待されている3種の天然物の立体選択的合成を行い、未決定であった絶対立体配置を明らかにしている。また、その際開発した合成ルートは短工程・効率的であるため、さらに高活性な化合物の探索のための類縁体合成にも適用が容易であり学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク