学位論文要旨



No 215713
著者(漢字) 辻森,久元
著者(英字)
著者(カナ) ツジモリ,ヒサユキ
標題(和) セスキテルペン置換オルセリニン酸型構造を有する微生物代謝産物の合成研究
標題(洋)
報告番号 215713
報告番号 乙15713
学位授与日 2003.06.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15713号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

天然物有機化学の分野において有機合成は、活性物質の推定構造の立証、構造活性相関研究での類縁体の供給等、生物学的研究の分野においても重要な役割を担っている。

1998年、Rollらは発酵肉汁に存在する真菌類の一種の代謝産物としてメチシリン抵抗性黄色ブドウ球菌(MRSA)とバンコマイシン抵抗性腸球菌(VRE)に抗菌活性を示したホンゴケルシンAとVREに弱い抗菌活性を示したホンゴケルシンBを単離している。また、1996年、鳥越らはActinoplanes sp.の代謝産物でヒトのチオレドキシン系阻害作用と癌細胞の生育阻害作用を示したBE-40644を単離している。

しかしながら、何れの化合物もHRFAB-MS、NMR相関等の機器分析の解析結果から推定構造が提示されているが、絶対配置を含む構造確定には至っていない。( 図-A )

著者は、微生物代謝産物として単離され、セスキテルペン置換オルセリニン型構造を有するこれら三種の天然有機化合物に着目し、構造確定という観点から合成研究を行った。

ホンゴケルシンAの合成

まず、ホンゴケルシンAについては提出構造のラセミ体を合成し、その相対配置を確認した。

オルセリニン酸エチル(11)を出発原料とする 17 の3位をリチオ化し、市販のゲラニルアセトン(2)から森らの方法に従い合成した文献既知化合物 (±)-18 とMcMurryらの方法でカップリングした後、ルイス酸である三フッ化ホウ素ジエチルエーテル錯体によりC環を構築し (±)-21 とした。閉環体 (±)-21 についてはX線結晶構造解析を行い、提出構造と同じ相対配置であることを確定している。( 図-B ) (±)-21 のアルカリ加水分解で得た (±)-1 はカリウム塩とすることで、NMR スペクトルが文献記載値と一致し、ホンゴケルシンAの相対配置を確定することができた

さらに、Barreroらによる報告に従い、(-)-スクラレオール(22)から合成した (+)-26 を (+)-7 に導いた後、ラセミ体合成と同様の手法で (+)-1 を合成した。( 図-C )提供して頂いたホンゴケルシンAの天然物と各種スペクトルデータが一致したことから、ホンゴケルシンAの絶対配置は合成品と同じ4aS, 6aR, 12aR, 12bS であることが確認できた。

なお、文献記載値は何らかの塩の可能性があることが示唆された。

(+)-ホンゴケルシンBの合成

単離文献において相対配置がホンゴケルシンAと同様であると報告されていたので絶対配置を確認する目的で合成を行った。森らの報告に従い、酵母還元で不斉構築した (+)-44 から13段階で合成した既知化合物 (+)-53 を出発原料とし、ホンゴケルシンAと同様の手法でホンゴケルシンBの提出構造の光学活性体 (+)-28を合成した。結果、合成品:(+)-28 の各種スペクトルデータはホンゴケルシンBの文献記載値と一致した。( 図-D )

(+)-28 の立体配置については合成中間体において X線結晶解析で構造を確認した (±)-21 と同様のNOESY相関スペクトルが確認できたこと、原料として用いた (+)-44 の絶対配置が既知であったこと、および中間体のCDスペクトルがホンゴケルシンA合成品:(+)-1 と類似していたことより確認でき、天然物ホンゴケルシンBの絶対配置は 3S, 4aR, 6aR, 12aR, 12bS であることが確認できた。

p-ベンゾキノン構造を有する BE-40644 型化合物の合成

BE-40644の提出構造は D 環に p-ベンゾキノン構造を有する。

BE-40644 提出構造の合成を行う上で課題となる D 環の構築方法の確立を目的に C-6a位異性体のラセミ体 (±)-61 をモデル化合物として合成研究を行った。( 図-E )

(±)-61 の合成についてはホンゴケルシンAのラセミ体の合成研究で用いた (±)-18 と市販の2,4-ジヒドロキシ安息香酸(62)から合成した 65 をカップリング後、ルイス酸として塩化ジエチルアルミニウムを用いた閉環反応で B/C 環を構築し、最終段階で Fremy 塩を用いた酸化反応を行うことで目的を達した。( 図-F )

なお、(±)-61 は各種スペクトルデータがその構造をよく支持しており、相対配置については中間体のNOESY相関スペクトルから確定することができた。

D 環官能基の構築方法が確定できたので、C 環の閉環をシスに縮合することができれば、BE-40644 の提出構造を合成できると考えられる。

結論

以上、ホンゴケルシンAのラセミ体、光学活性体およびホンゴケルシンB提出構造の光学活性体を合成し、天然物の立体構造を確定した。また、モデル化合物の合成によりBE-40644 の D 環官能基の構築方法を確立した。

ホンゴケルシン類については合成方法が確立できたので、置換基を変更した類縁体合成も可能である。また、(±)-61 はラセミ体ではあるが、BE-40644のB/C 環の異性体である。

構造活性相関という点でも興味が持たれるところであり、今後の生物活性に関するさらなる研究に期待したい。

微生物代謝産物三種の提出構造

(±)-1 の合成および (±)-21 のX線結晶構造解析

(+)-1 の合成

(+)-28 の合成

BE-40644 とモデル化合物 (±)-61

(±)-61 の合成

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、セスキテルペンで置換されたオルセリニン酸構造を有する微生物代謝産物の合成研究に関するもので、三章よりなる。セスキテルペン置換オルセリニン酸化合物は環の縮合様式や酸化状態によって、立体化学や構造そして生物活性に多様性が見られる。一方、天然物有機化学の分野において有機合成は、活性物質の推定構造の立証、構造活性相関研究での類縁体の供給等、生物学的研究の分野においても重要な役割を担っている。筆者はこの双方の見地から比較的最近単離されたが相対立体配置や絶対立体配置が未確定の、三種の生物活性セスキテルペン置換オルセリニン酸化合物に着目し、構造確定を目的とした合成研究を行った。

序論で研究の背景、意義を概説した後、第一章では1998年に発酵肉汁に存在する真菌類の一種の代謝産物として単離され、MRSAやVREに抗菌活性を示すホンゴケルシンA (1) の合成について述べている。まず相対配置確認のため、ゲラニルアセトン(2)から出発し3 と4とのカップリングにより1のラセミ体合成を行った。中間体においてX線結晶構造解析を行いながら合成した1と天然物のスペクトルデータが一致したことから相対立体配置を確定している。

1の光学活性体は、(-)-スクラレオール(6)から側鎖の減炭反応ならびに脱水によって調製した (+)-7 を経て達成した。合成した (+)-1の比旋光度は符号、絶対値ともに天然物とよい一致を示したことから天然物の絶対配置は4aS, 6aR, 12aR, 12bS であると決定した。

第二章では、ホンゴケルシンAとともに単離されたホンゴケルシンB (8) の合成について述べている。合成ルートの検討の結果、酵母還元で容易に得られる光学活性ヒドロキシケトン 9 から出発することにした。9 より誘導した臭化物 10 を先と同様に4とカップリングさせて11とし、C環形成等を経てホンゴケルシンBを合成した。このものについても比旋光度の符号と絶対値が天然物とよい一致を示したことから天然物の絶対配置が3S, 4aR, 6aR, 12aR, 12bS であること決定することが出来た。

第三章ではp-ベンゾキノン構造を有する BE-40644 (12)の合成研究について述べている。12は1996年、Actinoplanes sp.の代謝産物として単離され、ヒトのチオレドキシン系阻害作用と癌細胞の生育阻害作用を示す。このものは第一、二章で述べたホンゴケルシン類とはBC環の縮合部位の立体化学が異なるが、まずはこれまでの合成法を用いて骨格を組み上げつつ、D環のキノン部位を構築する方法を確立することとした。前出の3を14とカップリングさせて15を得、16を経由して12の立体異性体である13を合成することに成功した。BE-40644 (12)自体の合成のためにはまだ立体化学の制御が課題として残るが、16タイプの化合物のキノンへの酸化が本化合物の合成では有効であることが示された。

以上本論文は、セスキテルペン置換オルセリニン酸化合物の合成を行い、ホンゴケルシンA,Bの絶対配置を決定するとともに関連化合物の簡便な骨格構築法を確立したものである。BE-40644など、他の立体化学を有する化合物の合成にまで適用可能なアプローチ開拓にまでは未だ至っていないが、迅速な合成による構造・活性相関研究を可能にしたことを合わせ考えると学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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