学位論文要旨



No 215716
著者(漢字) 高島,康弘
著者(英字)
著者(カナ) タカシマ,ヤスヒロ
標題(和) ウシのクリプトスポリジウム症ワクチン開発に関する基礎研究
標題(洋) Study for the development of vaccines against cryptosporidiosis of bovine
報告番号 215716
報告番号 乙15716
学位授与日 2003.06.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第15716号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
 帯広畜産大学 客員教授 大塚,治城
 (財)日本生物科学研究所 理事長 上田,進
内容要旨 要旨を表示する

Cryptosporidium parvum(C.parvum)は家畜、伴侶動物、ヒトに感染し下痢などの症状を引き起こす原虫で、下痢を起こす病原体としては一般的なものである。本研究の目的は、DNAワクチンや組換えウイルスベクターの手法を用いてウシのクリプトスポリジウム症ワクチンを開発することにある。

第1章(chapter1)では、C.parvum sporozoitesの免疫原性抗原である p23 を発現する組換えワクシニアウイルスを作製した。この組換えウイルスでBALB/cマウスを免疫したところ、p23抗原を認識する抗体の産生が確認できた。C57BLマウスにおいては、抗体産生は見られなかったもののp23抗原に対する遅延型過敏反応が検出された。免疫反応の違いはマウスの系統によると考えられる。

第2章(chapter2)ではp23抗原を発現するウシヘルペスウイルス1型(BHV-1)を作製し、その性状を分析した。また、ヘルペスウイルスベクターの改良を目的とし、BHV-1とオーエスキー病ウイルス(PRV)の基礎的な性状分析を行った。

Chapter2.1においてUS3遺伝子を欠損するBHV-1組換え体を作製し、US3遺伝子産物の性状を解析した。US3遺伝子はヒト単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)のUS3 protein kinaseの相同タンパクであるとされている。HSV-1においてこのタンパクは感染細胞のアポトーシスを阻害することが知られているが、本研究で作製したUS3欠損BHV-1はアポトーシス抑制に関してHSV-1で報告されているような効果を示さなかった。これらの結果は、BHV-1組換え体作成時、US3遺伝子が外来遺伝子挿入部位として使用可能であることを示唆している。US3遺伝子産物によってその発現が影響を受ける他の遺伝子も同様である。

Chapter2.2において、p23抗原を発現するヘルペスウイルス組換え体を作製した。アルファヘルペスウイルス亜科に属するウイルスの中では組換えが容易であることからPRVを本研究でのベクターとして選択し、ヘルペスウイルスベクターを用いたp23抗原の発現に成功した。このことから、ヘルペスウイルスベクターを用いてC.parvum抗原を発現させ、ワクチンとして用いることの可能性が示唆された。

PRVはマウスなど実験動物を含む多くの種類の動物に感染する。いっぽう、BHV-1の宿主域は狭くマウス体内では全く増殖しない。Chapter2.3ではPRVの糖タンパク(gBおよびgC)を発現する組換えBHV-1を作製し、この組換え体が効率よくマウスの細胞に感染しうることを示した。これらの結果から本来BHV-1が感染しにくい小型実験動物をもちいたBHV-1感染実験が可能であることが明らかになった。

Chapter2.4では、ウシのクリプトスポリジウムワクチン候補として、p23抗原を発現するBHV-1組換え体を作製した。P23遺伝子はBHV-1ゲノム中のglycoprotein G(gG)遺伝子領域に、緑色蛍光タンパクをコードするマーカー遺伝子とともに挿入した。BHV-1の組換え頻度は極めて低いが、蛍光を発するプラークを単離することで、組換え体は容易にクローニングできた。近縁のウイルスであるPRVでは、gG遺伝子領域への外来遺伝子挿入によってUS3遺伝子の発現が抑制されることが報告されているが、chapter2.1で示したようにBHV-1ではUS3遺伝子の欠損による悪影響は少ないと思われるためgG遺伝子領域を挿入部位として選択した。この組換え体をウサギに接種したところp23を認識する抗体の産生が確認された。また、この抗体はC.parvumの細胞への感染を抑制した。これらの結果から、本組換えウイルスのワクチンとしての可能性が明らかになった。

ヘルペスウイルスは外来遺伝子のベクターとして可能性をもっているが、同時に宿主免疫を抑制することも知られている。Chapter2.5ではマウスの系を用いてPRVによる免疫抑制について検討した。マウスリンパ球をPRVとともに培養したところその増殖能が抑制され、この効果は紫外線照射によって不活化されたウイルスでも同様の効果をもつことが明らかになった。これらの結果は、PRVによるリンパ球増殖抑制はウイルス遺伝子の発現によるものではなくウイルス粒子を構成する成分によるものであると考えられた。

第3章(Chapter3)ではイムノグロブリンG1(gG1)のFc領域をコードする遺伝子をクローニングし、この遺伝子産物によるアジュバント効果について検討した。Chapter3.1では、Fc領域を含む膜タンパクをコードする融合遺伝子を作成し、RK13細胞を用いて、この遺伝子産物を細胞表面に発現する細胞株を樹立した。この細胞をマクロファージとともに培養したところ、通常細胞に比べて激しく傷害された。このことはマクロファージ上のFcレセプターが細胞表面の融合遺伝子産物を認識することを示している。またこの細胞をマウスに接種したところ通常細胞を接種するより効率よく抗RK13細胞抗体を誘導できた。このことからFc領域を含む融合タンパクがアジュバント効果をもつことが明らかになった。

Chapter3.2ではp23を発現するプラスミド(pCX-p23)とp23とFc領域の融合タンパクを発現するプラスミド(pCX-p23fc)を作製し、DNAワクチンとしてマウスに接種した。融合タンパクをコードするpCX-p23fcプラスミドを接種したマウスでは、pCX-p23接種マウス群に比べて高いレベルの抗原特異的インターフェロンγ産生がみられた。このことから、p23を用いたクリプトスポリジウム症ワクチンにおいてもFc領域がアジュバントとして有効であることが示唆された。

本研究では、いくつかのワクチン候補を作製しその性状を分析した。本稿に示したように組換えヘルペスウイルスや抗体分子Fc領域とC.parvum抗原の融合タンパクによる免疫はクリプトスポリジウム症ワクチンとして効果が期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

Cryptosporidium parvum(C.parvum)は家畜、伴侶動物、ヒトに下痢などの症状を引き起こす原虫の一つである。本論文はDNAワクチンや組換えウイルスベクターを用いたウシのクリプトスポリジウム症に対するワクチン開発の可能性を検討したもので以下の3章から構成されている。

第1章ではウイルスベクターを用いたワクチンの可能性について、組換え技術やウイルスの性状に関する知見が既に多数得られているワクシニアウイルスをベクターとして検討した。まずC.parvum sporozoitesの表面抗原で免疫原性のあるp23を発現する組換え体を作製した。この組換え体でBALB/cマウスを免役したところ抗p23抗体の産生が確認され、ウイルスベクターを用いたワクチンの可能性が示唆された。

第2章ではウシヘルペスウイルス1型(BHV-1)をベクターとしてp23抗原を発現させるための基礎研究を行った。本ウイルスを用いる利点は、BHV-1感染によって起こる牛伝染性鼻気管炎のワクチンとして弱毒生ウイルスが既に使用されておりこの株がベクター候補になりうること、BHV-1ゲノムには複数の外来遺伝子挿入可能可能部位があること、BHV-1はヒトに感染しないことである。しかしながらBHV-1をベクターとして用いるには、適切な外来遺伝子挿入部位の検討が必要な点、BHV-1はウシ以外の動物にほとんど感染せず実験動物を用いた感染実験が困難な点など解決すべき問題が残っている。すなわちp23遺伝子の挿入部位と想定したUS4遺伝子領域の改変は近傍のUS3遺伝子の発現を抑制する可能性があり、BHV-1と近縁のヒト単純ヘルペス1型(HSV-1)ではUS3遺伝子欠損株の感染細胞はアポトーシスを起こすことが知られている。そこで、まずUS3欠損BHV-1を作成し、BHV-1 US3遺伝子産物の性状を解析した。

作製したUS3欠損株感染細胞はアポトーシスを発現しなかった。したがってBHV-1のUS3遺伝子領域は感染細胞のアポトーシスに関連せず、BHV-1組換え体作成時、US3あるいはUS4遺伝子が外来遺伝子挿入部位として使用可能であると考えられた。また実験動物を用いた感染実験を可能にするため、宿主域の広いヘルペスウイルスであるPRVの糖タンパク(gBおよびgC)を発現する組換えBHV-1を作製した。この組換え体は効率よくマウスの細胞に感染し、本来BHV-1が感染しにくい小型実験動物を用いた感染実験が可能となった。これらの結果から、親株にはPRVの糖タンパク質を発現しているBHV-1株を用い、p23遺伝子挿入部位をUS4遺伝子領域としたBHV-1組換え体を作製した。すなわち、P23遺伝子をBHV-1ゲノム中のUS4遺伝子領域に緑色蛍光タンパクをコードするマーカー遺伝子とともに挿入した。その組換え頻度は極めて低かったが蛍光を発するプラークを単離することで、組換え体は容易にクローニング可能であった。さらに、この組換え体をウサギに接種したところ抗p23抗体の産生が確認され、またこの抗体でC.parvumのオーシストを処理するとC.parvumのHCT-8細胞への感染が抑制された。これらのことから、クリプトスポリジウム症ワクチン開発において有用なヘルペスウイルスベクターを作成できることが明らかとなった。

第3章ではp23抗体産生に及ぼすイムノグロブリンG1のFc領域のアジュバント効果を検討した。まず、Fc領域を含む膜タンパクをコードする融合遺伝子を作成しRK13細胞を用いてこの遺伝子産物を細胞表面に発現する細胞株を樹立した。得られた細胞をマウスマクロファージと共培養したところ、インタクトなRK13細胞に比べて著しく高い細胞障害活性が認められ、マクロファージ上のFcレセプターが融合遺伝子産物を認識していると考えられた。またこの細胞をマウスに接種したところインタクトなRK13細胞を接種した場合と比較して有意に高い抗RK13細胞抗体が誘導され、Fc領域を含む融合タンパクがアジュバント効果をもつことが明らかになった。つぎにp23を発現するプラスミド(pCX-p23)とp23とFc領域の融合タンパクを発現するプラスミド(pCX-p23fc)を作製し、DNAワクチンとしてマウスに接種した。pCX-p23fcプラスミドを接種したマウスでは、pCX-p23を接種したマウスに比べてインターフェロンγの産生が有意に高く、p23を用いたワクチンにおいてもFc領域が何らかのアジュバント効果を示す可能性が示唆された。

このように本論文は、いくつかのワクチン候補を作製しその性状を明らかにしたもので、獣医学の学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51184