学位論文要旨



No 215717
著者(漢字) 吉川,智博
著者(英字)
著者(カナ) ヨシカワ,トモヒロ
標題(和) ステロール応答エレメント結合タンパク(SREBP)-1cプロモーター活性化因子としての Liver X 受容体の同定
標題(洋)
報告番号 215717
報告番号 乙15717
学位授与日 2003.06.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15717号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 門脇,孝
 東京大学 講師 大西,真
 東京大学 講師 丸山,稔之
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

SREBP(sterol regulatory element binding protein ; ステロール応答エレメント結合タンパク)は3種類のサブファミリー(SREBP-1a、-1c、-2)からなる膜結合型タンパクで、SREBP-1cは脂肪酸合成酵素の、SREBP-2はコレステロール代謝の中心的な制御因子である。SREBPsの発現調節機構の解明は栄養代謝の転写調節を理解する上で極めて重要であるが、SREBP-2の活性化に関しては、既に細胞内ステロール量にほぼ依存することが判明しており、細胞内のステロール量が低下した場合にプロテアーゼによる二段階の切断を受けて成熟型SREBPが核内へと移行し、コレステロール代謝関連遺伝子の転写を活性化するとされている。しかし、SREBP-1cに関してはステロールによる切断調節も受けてはいるものの、絶食・再摂食などの栄養状態の変化に伴うの発現レベルの変化がSREBP-2とは異なるなど、未知の転写調節因子による制御を受けている可能性があった。そこで本研究では、この未知の転写因子を同定する目的で、SREBP-1cプロモーターを用いた発現クローニングを行った。

【実験方法及び結果】

マウスSREBP-1cプロモーター5'上流領域の2600bp部分を含んだルシフェラーゼレポータージーン(pBPlc2600b-Luc)を用いて発現クローニングを行った。まず、スクリーニングには目的とする因子が豊富に存在していると思われるライブラリーを用いることが有利あると考えた。以前、島野らがSREBP-1欠損マウスの脂肪細胞ではSREBP-1遺伝子翻訳部分は破壊されているものの、プロモーター部分は正常でSREBP-1cのアベラントのmRNAが高発現していることを観察していた。即ち、この組織には我々が探そうとしている転写因子が豊富に存在している可能性があると考えた。そこで、この動物の脂肪組織のmRNAからcDNA発現ライブラリーを作製し、その発現ライブラリーとpBPlc2600b-LucをHEK293細胞に共発現させ、ルシフェラーゼ活性を測定することにより未知の因子の探索を行った。全部で約21万クローンをスクリーニングし、最終的にpBPlc2600b-Lucを活性化させる単一クローンを6個同定した。シークエンスの結果、これら6個のうちの3個はLXRα(NRlH3)であり、残りの3個はLXRβ(NRlH2)であることが判明した。このスクリーニング系から発見された因子はこの2種類のみであり、他の因子は何も同定されなかった。同定した因子(LXRαと-β)はともに脂肪酸合成器官である肝臓と脂肪組織において豊富に発現していたが、その発現レベルは絶食・再摂食などの栄養状態の変動による影響を受けていなかった。HEK293細胞を用いたルシフェラーゼアッセイでは、LXRαと-βはともに、用量依存的にpBPlc2600b-Lucを活性化させた。また、pBPlc2600b-LucはLXRsの強力なリガンドとして知られている22(R)-ヒドロキシコレステロール(22RHC)によっても濃度依存的に顕著に活性化されたが、SREBPの強力な切断抑制活性を有している25-ヒドロキシコレステロール(25HC)にはその活性化作用が弱く、コレステロール自体には活性化作用を有していないことが確認された。

SREBP-1c(2600bp)のプロモーター解析を実施した結果、LXRsはSREBP-1cプロモーター上の-550bpと-90bpの間に存在する酸化ステロール誘導領域に作用することが判明し、-249〜-187bpと-186〜-148bpの2つの領域に逆向き配置されたLXR応答配列(LXRE)があることを同定した(それぞれLXREa、-bと命名)。ゲルシフトアッセイによってLXR-RXRがこれら2つのLXREのいずれにも特異的に直接結合することを確認し(RXRはLXRsがLXREsに結合するために必須であった)、この2っのLXREを含んだ-249〜-149bpの領域を総称してLXRE複合体と命名した。続いてLXRE複合体エンハンサーコンストラクト(pLXRE-Luc)を作製し、LXRのエンハンサー活性をルシフェラーゼアッセイで調べた結果、LXRと22RHCはこのコンストラクトに対しても用量依存的な活性化を引き起こすことが判明した。更に、これらの反応性は基本的にpBPlc2600b-Lucにおける反応性と同じであったことから、この領域がLXRに対するSREBP-1cプロモーター全体の反応を代表していることが示唆された。次に、このpLXRE-Lucを基に2つのLXREs(LXREaと-b)のミューテーション解析を実施した結果からは、両方のLXREsがLXRによるSREBP-1cプロモーターの活性化に重要であることが示唆された。LXRとRXRのヘテロダイマー形成はその標的遺伝子の活性化に必須であるが、LXRとRXR、及びそれらのリガンドである22RHCと9-シスレチノイン酸(9CRA)はLXRE複合体を介してSREBP-1cプロモーターを相加もしくは相乗的に活性化させた。

HepG2細胞を用いたイムノブロット解析により、22RHCと9CRAが内因性のSREBP-1cタンパクの誘導を引き起こすことを明らかにした。また、SREBP-1aと-2前駆タンパクの発現はこれらリガンドによる影響を受けていなかったことから、LXR-RXRの活性化がSREBP-1c特異的であることであることも示された。更に、22RHCと9CRAの処置により核型SREBP-1cタンパクも誘導されたことから、LXR-RXRの活性化はSREBP-1cの発現促進だけではなく、その支配下遺伝子の誘導も引き起こす可能性が示された。実際、HepG2細胞におけるノザンブロット解析では、22RHCと9CRAの添加によってSREBP-1のmRNAレベルが顕著に誘導されるとともに、SREBP-1cの代表的な標的遺伝子の1つである脂肪酸合成酵素(FAS)のmRNAレベルも顕著に上昇することを確認した。またFASプロモーターを用いたルシフェラーゼアッセイでは、LXRαとRXRを共発現させたHepG2細胞に22RHCと9CRAを添加すると顕著にルシフェラーゼ活性を増強したことから、LXR-RXRはSREBP-1cが支配する遺伝子の発現も誘導することが判明した。なお、この活性増強作用は25HCとコレステロールの存在下(SREBPの切断が抑制され、内因性のSREBPsの活性化が抑制される条件)においても観察された。

【考察】

本研究では、pBP1c2600b-lucとマウス脂肪組織のcDNAライブラリーを用いた発現クローニング法により、SREBP-1cプロモーター活性化因子の同定を試みた。通常、プロモーターレポーターを用いた発現クローニング法によって未知の転写因子を同定することは困難な場合が多いが、我々はアッセイ系に工夫と改良を加えた結果、SREBP-1cプロモーターの活性化因子としてLXR-RXRを同定することに成功した。また、今回の脂肪酸合成調節の研究過程で行ったSREBP-1cプロモーターの活性化因子の探索から、コレステロールの異化や排泄の機能を有するLXRが同定されたことは極めて意外なことであった。LXRsは古典的な胆汁酸生合成経路の律速酵素であるコレステロール7α-脱水素酵素や、コレステロールエステル転送酵素、そして末梢組織からのコレステロール逆転送や腸管からのコレステロールの吸収を調節しているATP-binding cassette transporter 1の発現を調節しており、細胞内への過剰のコレステロール蓄積に対する防御機構として重要な役割を担っている。一方、SREBP-1cは脂肪酸合成における重要な転写因子であり、その誘導は脂肪酸合成の増加を引き起こすことから、LXRの活性化はコレステロールの異化や排泄調節と同時に、コレステロールエステル形成に必要なアシル基を増加させることにより、細胞内への遊離コレステロールの過剰蓄積を防御しているのではないかと考えられた。

また、転写制御の上流において脂肪酸代謝とコレステロール代謝がリンクしていることは両者の生理学的意義を検討する上で大変興味深いと考えられた。SREBP-1cプロモーター上にはSREBPsに対する自己増幅反応を担っているSRE複合領域と、今回同定した酸化ステロールによって活性化されるLXRE複合体の2つの機能的な領域が存在している。高ステロール下ではLXRE複合体を介して膜型SREBPのレベルを上昇させるが、同時にSREBPの切断が抑制されるため、核型SREBPのレベルが低下し、SRE複合体を介した自己増幅反応は抑制される。つまり、LXRによるSREBP前駆タンパクの誘導効果がステロールによる開裂活性の減少によって相殺される可能性もあるが、HepG2細胞を用いた本実験結果からは、SREBP-1cの核型活性体はコレステロールが蓄積されている状態においても核に移行する機会のあることが示唆された。また、逆に細胞がコレステロールを枯渇した場合にはLXRによる活性化は低下するが、プロテアーゼによる開裂系の活性化がおそらくは基礎的脂肪酸合成を維持するための核型SREBPsを増加させている可能性が考えられた。これらのことは、SREBP-1cがりポジェニック酵素の包括的な転写因子であるという性質上、ステロール量の変動に関わらず転写が活性化されることで、過剰な糖の摂取に対し常に脂肪酸合成へと流れる経路を保証しているのではないかと考えられた。

さらに、本研究において、LXR-RXRがSREBP-1cプロモーター上の2つの新しいLXREに結合することによってSREBP-1cの発現を誘導したということは、LXRが他の標的遺伝子と比較してSREBP-1cプロモーターをより強力に活性化させていることが示唆された。なお、LXRによるSREBP-1cの活性化については、Mangelsdorf らのグループによって in vivo の実験においても確認されている。また、本研究から、LXRの発現レベルは栄養状態の変動による影響を受けていないことが判明したが、発現レベルが変化しない因子の検出に関しては、近年、遺伝子発現解析に繁用されているジーンチップやマイクロアレイなどの手法は不向きであり、今回用いた発現クローニングの利点がここにあると考えられた。

【結論】

発現クローニング法を用いてマウスSREBP-1cプロモーターの活性化因子を探索した結果、SREBP-1cプロモーターの強力な活性化因子として核内受容体の1つであるLXRα及び-βを同定した。更に、SREBP-1cプロモーター上に新規のLXR結合配列を2個同定した。LXRsは肝臓や脂肪組織に豊富に発現していたが、そのmRNAレベルは絶食、再摂食による変動を受けていなかった。また、LXRの作用発現には同じく核内受容体の1つであるRXRが必須であり、それらの各々のリガンド刺激によってLXR-RXRの反応が相加もしくは相乗的に増強されることを確認した。LXR-RXRはコレステロールのホメオスタシスにおける重要な調節因子であるが、本研究においてSREBP-1cプロモーターの活性化因子としてLXR-RXRを同定したことは、コレステロール代謝と脂肪酸代謝の新しいクロストークを示唆するものであり、動脈硬化症への影響も含めて臨床上極めて生理学的意義が深いと思われた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では脂肪酸合成酵素の中心的な制御因子であるSREBP(sterol regulatory element binding protein)-1cの発現調節機構の解明が栄養代謝の転写調節を理解する上で極めて重要であるとの観点から、SREBP-1cプロモーターを用いた発現クローニングを行い、SREBP-1cプロモーター活性化因子の同定を試みた結果、以下の知見を得ている。

SREBP-1欠損マウスの白色脂肪組織からcDNAライブラリーを作製し、ルシフェラーゼレポーター遺伝子を用いた発現クローニングを実施した結果、マウスSREBP-1cプロモーターの活性化因子として核内受容体の1つであるLXR(αおよびβ)を同定した。

LXRsは肝臓および脂肪組織に豊富に発現していたが、そのmRNAレベルは絶食・再摂食などの栄養状態の変動による影響を受けていなかった。

ルシフェラーゼレポーター遺伝子を用いたデリーション解析とミューテーション解析、及びゲルシフトアッセイの結果により、SREBP-1cプロモーター上に2つの新規のLXR結合配列を同定した。

LXRsの作用発現には同じく核内受容体の1つであるRXRが必須であることを確認し、それら各々のリガンドはいずれもLXR-RXRによるSREBP-1cプロモーターの活性化を顕著に増強させた。

レポーター遺伝子アッセイとノーザンブロッティングの結果から、LXRsはSREBP-1cの転写活性を促進するのみでなく、その支配下遺伝子の1つである fatty acid synthase の発現も促進させることが判明した。即ち、LXRの刺激により脂肪酸合成が促進されることが示唆された。

以上、通常プロモーターレポーターを用いた発現クローニングから未知の転写因子を同定することは困難な場合が多いが、本論文ではアッセイ系に工夫と改良を加えた結果、SREBP-1cプロモーターの活性化因子としてLXR-RXRを同定することに成功した。また、同定されたLXRは古典的な胆汁酸生合成経路の律速酵素であるコレステロール7α-脱水素酵素や、コレステロールエステル転送酵素、及び末梢組織からのコレステロール逆転送や腸管からのコレステロールの吸収調節を担っているATP-binding cassette transporter 1等の発現を調節するなど、細胞内へのコレステロールの過剰蓄積に対する防御機構として重要な役割を担っている。SREBP-1cが脂肪酸合成における重要な転写因子であることを併せて考えると、本研究における発見は、コレステロール代謝と脂肪酸代謝の新しいクロストークを示唆しているものであり、動脈硬化症への影響も含めて臨床上極めて生理学的意義が深い知見を得たと考えられたことから、学位の授与に値するものと考えられる。

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