学位論文要旨



No 215722
著者(漢字) 三谷,治夫
著者(英字)
著者(カナ) ミタニ,ハルオ
標題(和) 老化抑制遺伝子klothoのアンジオテンシンIIによる発現調節とその生理的影響
標題(洋)
報告番号 215722
報告番号 乙15722
学位授与日 2003.06.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15722号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 講師 中岡,隆志
 東京大学 講師 小林,美由紀
内容要旨 要旨を表示する

マウスの挿入突然変異によって発見された klotho 遺伝子は、その欠損により短命、不妊、動脈硬化、皮膚萎縮、骨粗鬆症、肺気腫などの様々な老化類似の表現型を呈する。この遺伝子は主に腎臓で発現しており、慢性腎不全患者や糖尿病、高血圧動物モデルにおいて、その発現が低下していることが報告されており、これらの動物モデルではレニン・アンジオテンシン系の亢進が報告されている。しかしながらこれらの病的状態で klotho がどのようにコントロールされているのか、またそれはどのような生理的働きをもっているのかは明らかではない。

酸化ストレスは老化の原因として重要な因子であるが、アンジオテンシンIIは心臓、腎臓、血管平滑筋などの様々な臓器、細胞で酸化ストレスを亢進させている。またアンジオテンシンIIは血圧非依存的に様々な機序で klotho の重要な発現部位である腎臓を障害する。本研究においてまずこのアンジオテンシンIIと klotho の腎臓での発現の関連について検討した。

アンジオテンシンII高血圧モデルラットは浸透圧ポンプを用いてアンジオテンシンII0.7mg/kg/day を持続的に投与することにより作成した。別の高血圧モデルとしてはノルエピネフリンを使用し、同様に浸透圧ポンプを用い2.8mg/kg/day 投与することにより作成した。同等の昇圧効果、心拍数増加効果を認めた。降圧剤としてはアンジオテンシンIIタイプ1受容体特異的阻害薬であるロサルタンと、非特異的血管拡張薬であるヒドララジン投与し、コントロールと同レベルの降圧効果を得た。mRNAは Northern blot analysis と in situ hybridization にて確認した。タンパクは Western blot analysis にて確認した。アンジオテンシンIIの持続的投与により klotho はmRNAレベル、タンパクレベルともに発現の低下を認めた。ところが同等の高血圧を呈するノルエピネフリン高血圧モデルではこのような発現の低下は認めなかった。また昇圧効果のない低容量のアンジオテンシンII投与でもこの発現低下を認めた。このことよりこの klotho の発現低下が血圧非依存的であることがわかる。さらにこの発現低下はアンジオテンシンIIタイプ1受容体特異的拮抗薬であるロサルタンによっては打ち消されるが、非特異的血管拡張剤であるヒドララジンでは抑制されなかった。このことよりさらにこの発現調節はアンジオテンシンIIタイプ1受容体を介する特異的な現象であることが示された。

アンジオテンシンIIこよる腎障害は抗酸化作用をもつヘムオキシゲナーゼ1を誘導することにより抑制され、その一部は酸化ストレスによるものと考えられている。次にこのアンジオテンシンIIによる腎障害に対し、klotho がどのように作用するか検討した。klotho 遺伝子が組み込まれたアデノウイルス(ad-klotho)をベクターとして使用した。対照としてはβ-ガラクトシダーゼの遺伝子をもつアデノウイルス(ad-lacZ)を使用した。アンジオテンシンIIの浸透圧ポンプ埋込みと同時に、3.3x1010 plaque forming units のアデノウイルスを尾静脈より投与し、遺伝子導入を行った。ad-klotho 群における Klotho タンパクの発現は、ほぼ肝臓に限られ、腎臓にはほとんどその発現を認めなかった。この肝臓での発現はウイルス投与後4日後をピークに14日でも認められた。これら ad-klotho、ad-lacZのウイルス投与は体重、血圧、心拍数等の諸数値には影響を与えなかった。ad-klotho 群では腎臓で klotho が発現しなかったにも関わらず、アンジオテンシンIIによる腎障害はクレアチニンクリアランス、蛋白尿、組織学的変化全ての面において改善を認めたが、ad-lacZ群ではアンジオテンシンIIのみの群と比較して明らかな変化を認めなかった。このことから klotho の遺伝子導入によりアンジオテンシンIIによる臓器障害を改善させる可能性が示唆された。

今回の検討から

アンジオテンシンIIの持続的投与により klotho の腎での発現は減少し、これは血圧非依存的な、AT1受容体を介する特異的な作用である。

アデノウイルスによるラットへの klotho の遺伝子導入はアンジオテンシンIIによる機能的、形態的腎障害を緩和する。

ことがわかった。

これらからアンジオテンシンIIによる腎障害の一因に klotho がなっている可能性が示唆され、また klotho の遺伝子導入によりレニン・アンジオテンシン系を介する多臓器障害を改善させる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は抗老化遺伝子として発見された klotho について、ラットの種々の高血圧モデルを用い、その発現調節と生理学的影響を検討したものであり、下記の結果を得ている。

アンジオテンシンIIの持続的投与により klotho はmRNAレベル、タンパクレベルともに発現の低下を認めた。

アンジオテンシンIIと同等の高血圧を呈するノルエピネフリン高血圧モデルではこのような発現の低下は認めなかった。また昇圧効果のない低容量のアンジオテンシンII投与でもこの発現低下を認めた。このことよりこの klotho の発現低下が血圧非依存的であることがわかった。

この klotho の発現低下はアンジオテンシンIIタイプ1受容体特異的拮抗薬であるロサルタンによっては打ち消されるが、非特異的血管拡張剤であるヒドララジンでは抑制されなかった。このことよりこの発現調節はアンジオテンシンIIタイプ1受容体を介する特異的な現象であることが示された。

アデノウイルス(ad-klotho)をベクターとして使用し、これをアンジオテンシンIIによる高血圧モデルラットに尾静脈より全身投与すると、アンジオテンシンIIによる腎障害は緩和された。対照としてはβ-ガラクトシダーゼの遺伝子をもつアデノウイルス(ad-lacZ)を使用したが、この群においてはアンジオテンシンIIのみ投与群と同等の腎障害を認めた。

klotho 遺伝子導入群における Klotho タンパクの発現は、ほぼ肝臓に限られ、腎臓にはほとんどその発現を認めなかったが、この肝臓での発現は異所性にアンジオテンシンIIによる腎障害に対し作用した。

アンジオテンシンIIによる腎障害は組織学的には糸球体に大きな変化を及ぼさず、尿細管間質の障害となって現れるが、klotho の遺伝子導入はこの尿細管間質の障害を緩和し、蛋白尿とクレアチニンクリアランスを緩和した。

ウイルス投与は体重、血圧、心拍数等の諸数値には影響を与えなかった。

以上本論文は今まで明らかにされていなかった抗老化遺伝子 klotho についてその発現調節の新たなメカニズムを明らかにし、またこの遺伝子を遺伝子治療に応用するとアンジオテンシンIIによる障害が緩和されることを明らかにした。本研究は老化研究の新たな一面を切り開き、またそれを一部緩和する可能性を示唆しており、学位の授与に値するものと考えられる。

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