学位論文要旨



No 215723
著者(漢字) 内山,千登世
著者(英字)
著者(カナ) ウチヤマ,チトセ
標題(和) サイトカインによる好塩基球の活性化
標題(洋)
報告番号 215723
報告番号 乙15723
学位授与日 2003.06.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15723号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 講師 長瀬,隆英
 東京大学 講師 藤井,知行
 東京大学 講師 竹内,直信
 東京大学 講師 高見沢,勝
内容要旨 要旨を表示する

好塩基球は、ヒト末梢血白血球のうちで0.5〜1%をしめる最少の血球成分であるが、即時型アレルギー反応、特にその遅発相反応(late phase reaction)において、好酸球とともにエフェクター細胞として機能していることを示す知見が蓄積されてきている。喘息においては、喘息死患者の気道に好塩基球が増加していたという報告やアレルゲンチャレンジ後の気道に好塩基球が通常の20倍から100倍も増加したという報告がなされている。好塩基球の増殖因子であるIL-3, IL-5, GM-CSFは好塩基球を活性化するメディエーターであり、好塩基球の脱顆粒、生存延長、接着分子発現などに作用することが知られている。好塩基球増殖因子による好塩基球の活性化については、我々の研究室の報告を含め多くの報告が認められるが、未だ明らかになっていない点も多い。増殖因子により、好塩基球の生存が延長されることは知られているが、好塩基球のアポトーシス機構についての詳細な検討はない。また、サイトカインを介する活性化プロセス中に好塩基球に発現増強する表面抗原については、CD11b以外には全く知られていない。さらに、IL-3, IL-5, GM-CSFは、シグナル伝達鎖(β鎖)を共有しており、好塩基球及び、好酸球に種々のオーバーラップした作用を示す。しかしながら、各々のサイトカインの好塩基球、好酸球の種々の機能に対する作用強度を比較検討した報告はない。

これら、好塩基球の活性化機構における未だ解明されていない部分を明らかにするため、本研究ではサイトカインによる好塩基球の活性化について検討を行った。第1章では、高純度の好塩基球を用い、好塩基球アポトーシスのサイトカイン、グルココルチコイドによる制御及び細胞内のアポトーシス関連因子について検討した。本研究では、annexin V結合、DNAの断片化、形態学的変化を評価に用いて、IL-3による好塩基球の寿命延長作用はアポトーシスの抑制作用に基づくことを証明した。また、IL-5やIFN-γも好塩基球のアポトーシスを抑制するという新しい知見を見出した。これらの3つのサイトカインは、GM-CSFと共に好酸球アポトーシスを抑制することが知られている。また、重要な抗アレルギー薬であるグルココルチコイドは、好酸球、好中球のアポトーシスに対し対称的に作用することが知られているが、グルココルチコイドにより好酸球と同様、好塩基球のアポトーシスも強く誘導されることを初めて明らかにした。グルココルチコイドが臨床的に生体内で達しうる濃度(ED50:10-9〜10-8M)で好塩基球のアポトーシスを誘導した事実は、生体内でもグルココルチコイドにより、好塩基球のアポトーシスが誘導されうることを示唆しており、グルココルチコイドの臨床的有効性の証左の一つと考えられた。また、好中球のアポトーシスを強く誘導する Fas/Fas リガンド系は、好酸球のアポトーシスにとってあまり重要でないことが示されている。好塩基球は、好酸球と同程度の Fas を発現していたが、Fas を介する好塩基球アポトーシスの誘導は好酸球と同様に軽微であった。

以上、好塩基球アポトーシスの細胞外からの制御機構は、既に報告されている好酸球アポトーシスの制御と極めて類似していた。しかしながら、細胞内のアポトーシスの制御に関連するbcl-2関連遺伝子の解析では、両細胞におけるbcl-2, bcl-XLの発現パターンは異なっていた。既報の如く、好酸球はbcl-2に比べbcl-XLのmRNAを優位に発現し、好酸球bc1-XLの発現はIL-3とIL-5によって強く増強された。一方、好塩基球は、bcl-2のmRNAをbc1-XLに比べ優位に強く発現していた。また、IL-3は好塩基球bcl-2のmRNA発現を有意に増強した。白血球のアポトーシスは細胞死抑制分子と細胞死誘導分子のバランスによって細胞特異的に制御されているが、好塩基球bc1-2の発現パターン及びその発現制御の結果は、bcl-2が細胞死から好塩基球を守るために重要な役割を担っている可能性を示していると考えられた。

好酸球に関しては、サイトカインを介する活性化がCD69, CD44, CD54分子の表面分子の新規の発現誘導、また、発現増強を引き起こすことが明らかにされている。しかしながら、好塩基球に関しては、IL-3により接着分子であるCD11bの発現が増強されること以外には、活性化の指標(マーカー)について知られていない。第2章では、好塩基球におけるCD69, CD44, CD54の発現とその制御を検討した。CD69は分離直後の好塩基球表面、また、細胞内には実際上検知できなかったが、比較的長時間のIL-3による刺激によってその新規の発現が好塩基球の表面に強く誘導された。また、CD69蛋白の発現は、mRNAの蓄積に平行しており、蛋白合成阻害剤である cycloheximide により完全にブロックされた。これらの結果から、好塩基球のCD69発現は、主に転写のレベルで制御され、量的よりもむしろ質的に誘導されることが考えられた。また、好酸球のCD69と異なり、好塩基球のCD69は機能的に作用せず、好塩基球の脱顆粒、 アポトーシスに影響を与えなかった。また、好塩基球系の細胞株でのCD44とCD54の構築的な発現はすでに報告されているが、好塩基球のCD44, CD54発現もIL-3により有意に増強されることを見出した。また、喘息患者における好塩基球のこれらマーカーの発現を検討した。喘息患者の末梢血好塩基球は健常人の末梢血好塩基球に比べ、CD69をより強く発現していたが、その差は軽微だった。しかしながら、気管支喘息患者のBALF中の好塩基球は同一人の末梢血好塩基球に比べ、明らかに高いレベルのCD69を発現しており、好塩基球のCD69はIL-3による活性化のマーカーとして in vitro のみならず in vivo においても有用であることが示唆された。

第3章では、IL-3, IL-5, GM-CSFの好塩基球と好酸球の種々の機能に対する作用を比較した。好塩基球の脱顆粒、CD11b発現、生存はすべてIL-3, IL-5, GM-CSFによって増強され、作用強度(ED50値)は常に、またいずれの増殖因子でも、生存<脱顆粒<CD11bの順であった。生存の延長にはfMオーダーの増殖因子で十分であったが、CD11bの発現増強にはそのl00倍の濃度を要した。さらに、好塩基球各々の機能における作用強度は、常にIL-3>IL-5=GM-CSFの順であり、IL-3は他の増殖因子より10から50倍強力であった。また、脱顆粒や生存におけるIL-3, IL-5, GM-CSFの用量依存曲線の傾斜は同じであり、最大増強効果(プラトーレベル)もほぼ同等であった。一方、CD11bの最大増強レベルは、IL-5, GM-CSFで明らかに低いことが観察されたが、IL-5やGM-CSF受容体の飽和にてもCD11b発現の最大増強レベルの誘導には不十分である可能性が考えられた。これらの結果を総合すると、IL-3, IL-5, GM-CSFにより誘導される好塩基球の脱顆粒、CD11b発現、生存延長には共通β鎖の共通のシグナル伝達経路を介していると考えられた。一方、好酸球では、生存延長やCD11b発現に対する増殖因子の作用強度(ED50)のオーダーは異なっていた。IL-5とGM-CSFはほぼ同等の作用強度を持つが、IL-3はやや弱かった。生存延長とCD11b発現に対する作用強度を好塩基球と好酸球で比較してみると、IL-3は好酸球よりも好塩基球で50から100倍強力であったが、IL-5とGM-CSFは両細胞間でほぼ同等であった。

本研究では、初めて real-time PCRを用い、好塩基球と好酸球における増殖因子の受容体のmRNA発現を定量した。好塩基球では、IL-3Rα>IL-5Rα>GM-CSFRαの順であり、好酸球では、IL-5Rα≧GM-CSFRα>IL-3Rαの順であった。さらに、蛋白の検討では、mRNAの結果と同様に、好塩基球が好酸球よりIL-3Rαを強く発現し、IL-5RαとGM-CSFRαの発現量は同等であった。両細胞の増殖因子のED50値から考えると、好塩基球においても好酸球においても、表面受容体の発現レベルがそれぞれの増殖因子の作用強度を決定していることが強く示唆された。

一方、好塩基球CD69は、IL-3によってのみ誘導された。好酸球では、IL-5とGM-CSFはIL-3よりは弱いながらCD69の発現を明らかに誘導しており、IL-3受容体α鎖からのシグナル伝達は否定できると考えられた。好塩基球のCD69発現には長時間に亘る持続的なIL-3の刺激が必要であるため、増殖因子による長時間培養により受容体発現レベルの変化が各受容体で異なっている可能性が考えられた。

以上、本研究を通じ、好塩基球と好酸球の類似点が一層明らかになった。アレルギー性炎症のエフェクター細胞である好酸球を制御するアプローチは結果的に好塩基球の制御にも結びつくかもしれない。これら2つの細胞の制御という新しい視点よりアレルギー性炎症を考えることにより、アレルギー疾患の更なる病態解明や新しい治療法の発見に繋がることが期待できると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、アレルギー性炎症において重要な役割を担っている好塩基球について、そのアポトーシスのサイトカインによる制御、その活性化マーカーの発現の in vitro と in vivo における制御、さらに、種々の機能に対する増殖因子の作用を同じくアレルギー性炎症細胞である好酸球との比較を通して明らかにすることを目的としたものであり、以下の結果を得ている。

細胞外のアポトーシス制御機構が好塩基球と好酸球で極めて類似していることが示された。好酸球アポトーシスを抑制するIL-3, IL-5, GM-CSFは好塩基球に対してもそのアポトーシスを強く抑制した。また、好酸球と好中球のアポトーシスはグルココルチコイドにより対照的に制御されているが、好塩基球のアポトーシスは好酸球と同様にグルココルチコイドにより強く抑制された。また、好塩基球は好酸球と同程度の Fas を発現していたが、Fas を介する好塩基球アポトーシスの誘導は好酸球と同様に軽微であった。一方、好塩基球アポトーシスの細胞内制御については好酸球と異なっている可能性が推測された。好塩基球に優位に発現し、IL-3によってその発現が制御されるBcl-2が好塩基球のアポトーシスにとっては重要と考えられた。しかしながら、好塩基球のアポトーシスの細胞外制御機構が好酸球とほぼ一致している事実は、アレルギー性炎症組織における両細胞の寿命が連動している可能性を強く示唆した。

好塩基球と好酸球の活性化マーカーが重複することが示された。好酸球の活性化マーカーとして知られていたCD69の発現が、in vitro にてIL-3により好塩基球表面に誘導されることが明らかになった。特に、好酸球と同様、好塩基球CD69はアレルギー性炎症局所(気管支喘息患者のBALF中)において、その発現が増加していた。好塩基球CD69は、in vitro のみならず、in vivo においても活性化マーカーとして有用であることが見出された。

好塩基球と好酸球の種々の機能に対するIL-3, IL-5, GM-CSFの作用を比較したところ、好塩基球での作用強度(ED50)は、IL-3>IL-5=GM-CSF、好酸球では、IL-5=GM-CSF>IL-3の順であった。好塩基球と好酸球の種々の機能におけるIL-3, IL-5, GM-CSFの作用強度は、それぞれの受容体発現レベルによって決定されることも明らかになった。好塩基球は好酸球に比べ、100倍のIL-3受容体を発現し、IL-3が好塩基球に最も重要、またある意味では特異的なサイトカインであることが示された。

以上、本論文を通じ、アレルギー性炎症細胞である好塩基球と好酸球の相違と類似点がより一層明らかになった。本研究により、これら2つの細胞の制御という新しい視点よりアレルギー性炎症を考えることが重要であることが示唆された。本研究は、アレルギー疾患の病態解明及び新たな治療戦略の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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