No | 215724 | |
著者(漢字) | 吉田,正俊 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨシダ,マサトシ | |
標題(和) | 大脳側頭葉長期記憶ニューロンへの神経投射の放散度 : 生理学的解剖学的手法による定量的解析 | |
標題(洋) | Functional and anatomical organization of forward projection from area TE to perirhinal neurons representing visual long-term memory in monkeys | |
報告番号 | 215724 | |
報告番号 | 乙15724 | |
学位授与日 | 2003.06.18 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15724号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [目的] ペンフィールドの臨床報告以来、側頭葉皮質が長期記憶の貯蔵庫であることが主張されている。長期記憶の脳内メカニズムを明らかにするため、サルを用いた実験モデルが開発されてきた。サルの下部側頭葉は視覚情報処理と記憶情報処理とを結びつける場であることが明らかになってきている。下部側頭葉の中でも、傍嗅皮質は長期記憶の一種である宣言的記憶に関して重要な役割を果たしていることがヒトおよびサルの研究から明らかになっている。解剖学的研究から、傍嗅皮質への視覚入力は主に傍嗅皮質の外側に接したTE野から来ていることが明らかになっている。また、単一ニューロン活動記録の研究からは、対連合記憶課題遂行中のサルの傍嗅皮質には視覚長期記憶をコードするニューロン活動(以降、「記憶関連ニューロン活動」と呼ぶ)が多くみられることが明らかになっている。一方、TE野ではこのような記憶関連ニューロン活動は傍嗅皮質と比べてずっと少ないことが明らかになっており、TE野から傍嗅皮質へと至る神経活動の伝播が、傍嗅皮質における記憶関連ニューロン活動を形成する過程であることが提唱されている。本研究の目標はこのTE野から傍嗅皮質へと至る経路での情報処理と関連した解剖学的特徴を見つけることにある。TE野から傍嗅皮質への投射は、初期視覚野での投射などと比べて、より広い範囲へと神経側枝を伸ばしている点で特徴的である。そこで本研究では特に、この神経側枝の広がりの度合い(以降、放散度‘divergence'と呼ぶ)に注目した。 図1に使用した実験デザインの概要を示す。 対連合記憶課題遂行中のニホンザルの傍嗅皮質(図1左、A36)およびTE野(図1左、TEav)から単一ニューロン活動を記録して、学習図形への選択性を調べた。以前から報告されている、学習した図形の連合を表象する記憶関連ニューロンが傍嗅皮質内で局在している領域(以下、ホットスポットと呼ぶ)を同定した(図1左)。 さらに、傍嗅皮質内のホットスポットおよびこれに近接する前後の対照領域の合計3ヶ所へそれぞれ別の種類の逆行性標識色素を注入した(図1右)。 色素によって逆行性に標識されたTE野のニューロンの分布(図1右)を記録した。(1)での単一ニューロン活動記録から明らかになった学習図形への選択性を持つニューロンの分布と比較した。 最後に、3種類の色素それぞれで逆行性標識されたニューロンの分布の結果から、TE野から傍嗅皮質への投射の放散度をTE野の各位置で算出し、放散度と図形選択性ニューロンの分布との関係を見出した。 [方法] 対連合記憶課題には12対のフーリエ図形を使用した。単一ニューロン活動記録はタングステン電極を用いて行い、各記録セッションの終わりに電極の位置をX線写真に記録し、全実験終了後に記録部位を再構成した。逆行性標識色素には fast blue(3%, 150-180nl), diamidino yellow (2%, 270-450nl), cholera toxin B subunit (10%, 100nl)の三種類を用いた。色素の注入にはガラスピペット内に電極が入ったものを使い、電極からの記録とX線像を元にして、電気生理学的に同定したホットスポットの位置に色素を注入した。Paraformaldehyde (4%)で灌流の後、50μmの厚さの冠状断切片を作成した。Cholera toxin B subunit は免疫組織化学を用いて視覚化した。逆行性に標識されたニューロンの位置はコンピューター化した顕微鏡システムを用いて記録した。解剖学、電気生理それぞれのデータは二次元展開図の形で表現し、解析した。 [結果] 実験結果を以下に示す。以下の番号は実験デザインの説明で用いたものと対応する。 三匹のニホンザルの傍嗅皮質およびTE野から対連合記憶課題遂行中の単一ニューロン活動を記録した。傍嗅皮質からは510個、TE野からは1189個のニューロン活動を記録した。各サルの傍嗅皮質に於いて、記憶関連ニューロンが局在している領域(ホットスポット)を見出した。 各サルで傍嗅皮質内の3ヶ所へ注入された逆行性標識色素の取り込み部位の前後方向での大きさは1.0-1.9mm、隣り合った別々の色素の取り込み部位間の距離は1.9-3.2mmであった。隣り合った別々の色素の取り込み部位の間に重なりはなかった。 各色素によって逆行性に標識されたTE野のニューロンはクラスター状に分布していた(図2a、‘Retrograde label')。この、標識細胞が密集している領域(クラスター領域)を各色素ごとに二次元展開図上で統計学的に決定し(図2a、‘Retrograde label'の白線内の領域)、クラスター領域内に含まれる図形選択性を持つニューロンの数の全記録ニューロンの数に対する比率を求めた。ホットスポットへ注入した色素によって標識されたニューロンのクラスター領域(図2a、‘Retrograde label (Hotspot injection)')の中に含まれる図形選択性ニューロンの比率は、他のニつの対照領域へ注入した色素によって標識されたニューロンのクラスター領域(図2a、‘Retrograde label (Control injection)')の中に含まれる図形選択性ニューロンの比率と比べて統計的に有意に高かった(図2b、P<0.005)。このことは、TE野で図形選択性ニューロンの多い領域は、傍嗅皮質のホットスポットへ、つまり、学習した図形の連合を表象するニューロンの局在する領域へと選択的に投射していることを示している。またさらに、ホットスポットへ注入した色素によって標識されたニューロンのクラスター領域を対照領域へ注入した色素によって標識されたニューロンのクラスター領域の中に含まれるか(図2c、'HS-label-overlapping')、含まれないか(図2c、'HS-label-only')で分類すると、HS-label-only 領域に含まれる図形選択性ニューロンの比率はHS-label-overlapping 領域に含まれる図形選択性ニューロンの比率と比べて有意に高かった(P<0.001)。このことは、TE野で傍嗅皮質のホットスポットへ投射する領域の中で、対照領域へ投射している領域、つまり、放散度の高い領域よりも、対照領域へ投射していない領域、つまり、放散度の低い領域で、図形選択性ニューロンが多く含まれることを示している。また、この結果は、図形選択性を持つニューロンは、図形選択性のないニューロンと比べて傍嗅皮質のホットスポットへの投射の放散度が低いことによる可能性がある。 3種類の色素それぞれで逆行性標識されたニューロンの分布のデータから、TE野から傍嗅皮質への投射の放散度を放散度指標('divergence index')としてTE野の各位置で定量化した。TE野から記録されたニューロンの各位置で放散度指標を算出して、放散度指標を図形選択性を持つニューロンと持たないニューロンとで比較した。放散度指標は、図形選択性ニューロンと図形選択性を持たないニューロンとの間で有意に差があった(F1.505=6.39, P=0.011, two-way ANOVA)。この結果は、図形選択性を持つニューロンは、図形選択性を持たないニューロンと比べて傍嗅皮質のホットスポットへの投射の放散度が低いことを示している。同様の結果は、ホットスポットおよび対照領域それぞれに注入した色素で二重標識されたニューロンの分布に関する解析からも得られた。 [考察] 本研究の結果は、TE野から傍嗅皮質のホットスポットへ投射するニューロンのうち、学習した図形への選択性を持つニューロンでは選択性を持たないニューロンと比べて放散度が低い、つまり、神経側枝の広がりの度合いが低いことを示唆している。この、図形選択性を持つニューロンと持たないニューロンとの生理学的違いは、対連合記憶課題遂行に関連した視覚情報の伝達に関わっているか否かの違いであると考えられる。よって、TE野から傍嗅皮質のホットスポットへ投射するニューロンの放散度の大きさは、対連合記憶課題に関連した視覚情報伝達への関与と相関している、と私は結論する。 以上の結果からの推測として、ホットスポットへ投射する図形選択性ニューロンの放散度が低いことは視覚長期記憶の獲得の結果であるかもしれない、と考えられる。この図形選択性ニューロンでの放散度の減少を説明する形態学的変化のスキームを示す(図3)。視覚学習の結果、傍嗅皮質のホットスポットへ投射しているニューロンのうち、学習図形への選択性を持つニューロン(赤)では、ホットスポット以外へ投射している神経側枝が退縮するのに対して、図形選択性を持たないニューロン(灰)では、放散度が高い状態を保つ。この結果、視覚学習後に放散度の違いが図形選択性を持つニューロンと持たないニューロンのあいだで見出される、と説明できる。神経側枝の退縮という現象は発達時の初期視覚野で報告されている。成年大脳皮質でも、局所的障害を起こしたときにその周りに投射するニューロンから神経側枝の侵入が起こることがわかっている。本研究から推測される、成年脳での学習に伴った神経側枝の退縮は、これらの関連した現象と同様のメカニズムを共有しているのかもしれない。(3875字) 実験デザイン TEav野の逆行性標識色素の分布と図形選択性ニューロンの分布の比較 本研究から推測される軸索側枝の退縮 | |
審査要旨 | 本研究は、生理学的手法と解剖学的手法を組み合わせることによって、ニホンザル大脳側頭葉の長期記憶ニューロンへの神経投射の解剖学的特徴を明らかにすることを狙いとしており、下記の結果を得ている。 大脳側頭葉の長期記憶ニューロンへ投射する領域を同定するため、まず、長期視覚連合記憶を必要とする、対連合記憶課題でサル3匹をトレーニングした。学習完了後に、課題遂行中のサルの下部側頭葉の一部であるTE野および傍嗅皮質から、単一ニューロン活動を細胞外記録した。 この単一ニューロン活動記録により、傍嗅皮質からは510個、TE野からは1189個の単一ニューロン活動を記録した。図形対の連合関係をコードしているニューロン(以降、記憶関連ニューロンと呼ぶ)が傍嗅皮質では一ヶ所に固まっていることを見出した。以降記憶関連ニューロンが固まっている傍嗅皮質のこの領域をホットスポットと呼ぶ。 単一ニューロン活動記録が完了した後に、逆行性標識色素を傍嗅皮質のホットスポットとその前後の対照領域の合計三ヶ所に注入した。灌流後に組織切片を作成し、TE野で色素によって逆行性に標識されたニューロンの分布を測定した。各サルで三種類の色素によって逆行性に標識されたTE野のニューロンはそれぞれクラスター状に分布していた。 TE野での標識ニューロンの分布を2. の単一ニューロン活動記録から明らかになった図形選択性ニューロンの分布と比較した。標識細胞が密集している領域(クラスター領域)を各色素ごとに統計学的に決定して、クラスター領域内に含まれる図形選択性を持つニューロンの数の全記録ニューロンの数に対する比率を求めた。ホットスポットへ注入した色素によって標識されたニューロンのクラスター領域の中に含まれる図形選択性ニューロンの比率は、他の二つの対照領域へ注入した色素によって標識されたニューロンのクラスター領域の中に含まれる図形選択性ニューロンの比率と比べて統計的に有意に高かった(P<0.001)。このことは、TE野で図形選択性ニューロンの多い領域は、学習した図形の連合を表象するニューロンが傍嗅皮質で局在している領域へと選択的に投射していることを示している。 また、3種類の色素それぞれで逆行性標識されたニューロンの分布のデータから、TE野から傍嗅皮質への投射の神経側枝の広がり(放散度)を定量化したところ、図形選択性ニューロンの放散度は図形選択性を持たないニューロンと比べて有意に低いことを見出した(P=0.011)。同様の結果は、ホットスポットおよび対照領域それぞれに注入した色素で二重標識されたニューロンの分布に関する解析からも得られた。 本研究の結果は、TE野から傍嗅皮質のホットスポットへ投射するニューロンのうち、学習した図形への選択性を持つニューロンでは選択性を持たないニューロンと比べて神経側枝の広がりの度合いが低いことを示唆している。また、このことはTE野から傍嗅皮質のホットスポットへ投射する神経側枝の広がりの度合いは、対連合記憶課題に関連した視覚情報伝達への関与と相関していることを示している。 以上の結果からの推測として、この図形選択性ニューロンでの放散度の減少は視覚長期記憶の獲得の結果、TE野の学習図形への選択性を持つニューロンで傍嗅皮質のホットスポット以外へ投射している神経側枝が退縮したことによる、と考えられる。 以上、本論文はサル大脳皮質下部側頭葉の生理学的解剖学的研究によって、視覚長期記憶の記銘に関わる神経回路の解剖学的特徴を明らかにした。また本研究から、成年脳における学習が発達や再生で見られる神経側枝の可塑性と同様のメカニズムを共有している可能性をはじめて開いた。本論文は側頭葉における長期視覚記憶の記銘の解剖学的基盤の解明のみならず、学習、発達、再生を貫いて存在している神経可塑性メカニズムの解明へと重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/51185 |