学位論文要旨



No 215728
著者(漢字) 木村,映一
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,エイイチ
標題(和) μ-カルパイン相互作用蛋白質の探索と解析
標題(洋)
報告番号 215728
報告番号 乙15728
学位授与日 2003.07.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15728号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 助教授 前田,達哉
 東京大学 助教授 反町,洋之
内容要旨 要旨を表示する

カルパインは中性付近のpHでCa2+依存的に活性を示すシステインプロテアーゼである。今日ではヒトにおいて14種類のカルパインホモログの存在が知られており、細胞内で基質を限定分解することにより、分化、増殖、細胞移動、アポトーシスなど様々な細胞機能に関与していると考えられている。カルパインホモログの中でも組織不偏的に発現しているμ-カルパインとμ-カルパインは、分子量約80 kDaの触媒サブユニット(大サブユニット)と、約30 kDaの制御サブユニット(30K)の2つのサブユニットから構成されている。カルパインのin vitroでの基質は数多く報告されているが、in vivoでの機能については不明な点が多い。我々は本研究において、カルパインのin vivoでの機能について新たな知見を得るため、μ-カルパインに相互作用するタンパク質を探索し、その相互作用タンパク質とμ-カルパインとの関係を解析した。

(カルパイン相互作用タンパク質のスクリーニング)

カルパインに相互作用するタンパク質のスクリーニングには、in vivoでの環境においてタンパク質間の相互作用を検出できる、酵母ツーハイブリッド系またはスリーハイブリッド系を用いた。まず、μ-カルパイン大サブユニットに相互作用するタンパク質をスクリーニングした結果、相互作用することがあらかじめわかっている30Kを同定することができた。しかし、30K以外の相互作用タンパク質は同定されなかった。続いて、μ-カルパイン及びμ-カルパインヘテロダイマーに相互作用するタンパク質をスリーハイブリッド系を用いて探索したが、相互作用タンパク質は同定されなかった。ツーハイブリッド系及びスリーハイブリッド系では、酵母の核内においてタンパク質間の相互作用を検出しているが、Ca2+濃度の低い酵母の核内においては、カルパインは活性化した状態をとっていないと考えられる。上記のスクリーニングの結果は、カルパインが不活性な状態では他のタンパク質とは相互作用していないことを示唆していると考えられた。

そこで活性化状態のμ-カルパインに相互作用するタンパク質を同定するために、μ-カルパイン大サブユニットを4つのドメインに分けて相互作用タンパク質のスクリーニングを行なった。ドメインに分けてスクリーニングを行なうことにより、カルパインがCa2+によって活性化した際に現れてくる部位に相互作用するタンパク質が同定されることが期待された。スクリーニングの結果、自己消化で切断を受けるドメインIに相互作用するタンパク質として、FHL2/SLIM3、FHL3/SLIM2、Mi-2の3種類のタンパク質が同定された。触媒活性をもつドメインII、C2様Ca2+結合構造をもつドメインIIIに相互作用するタンパク質は同定されなかった。5つのEFハンド構造をもつドメインIVに相互作用するタンパク質としては、30Kの他に、hnRNP K、hnRNP R、mortalin/mthsp70/PBP74/GRP75(以下mortalinと記す)の3種類のタンパク質が同定された。

(ドメインIV相互作用タンパク質の解析)

これらの相互作用タンパク質のうち、ドメインIVに相互作用する3種類のタンパク質に着目し、μ-カルパインの基質であるかを調べた。COS細胞にμ-カルパインとhnRNP K、hnRNP R、mortalinそれぞれのタンパク質を共発現させ、その細胞破砕液にCa2+を加えることにより、これらのタンパク質がμ-カルパインの基質であるかを検討した。その結果hnRNP K、hnRNP Rは基質となるが、mortalinは基質とはならなかった。hnRNP KはhnRNP Rに比べてよい基質であったため、hnRNP Kについてさらに解析を進めた。

hnRNP K はμ-カルパインのドメインIVに相互作用するタンパク質として同定されたが、hnRNP Kが他のカルパインホモログの5つのEFハンドをもつドメインと相互作用するかを調べた。hnRNP Kはμ-カルパインのドメインIV、p94のドメインIV、30KのドメインVIには相互作用しなかったことから、ツーハイブリッド系においてはhnRNP Kの相互作用はμ-カルパイン特異的であることが明らかとなった。しかしCOS細胞の細胞破砕液にCa2+を加えた実験系においては、hnRNP Kはμ-カルパインと同様にμ-カルパインによっても限定分解されることから、条件によってはhnRNP Kはμ-カルパインとも相互作用することが示唆された。

またツーハイブリッド系を用いて、μ-カルパインに相互作用するhnRNP Kの領域を解析した。スクリーニングで得られたμ-カルパインと強く相互作用するhnRNP Kはアミノ酸残基161番目からC末端側464番目までのクローン(K-161)だった。このK-161を短くしたいくつかのクローンと、μ-カルパインのドメインIVとの相互作用を調べた結果、KH2ドメインを削った232番目からC末端側までのクローン(KΔ8)ではμ-カルパインとの相互作用が弱くなることが明らかとなった。また、C末端側38残基を欠いたクローンでは相互作用がみられないことから、相互作用にはKH2ドメインとC末端側の2箇所の領域が重要であることが明らかとなった。hnRNP Kには、D型スプライスバリアントであるK-161とはC末端側6残基が異なるB型スプライスバリアントが存在する。B型とD型においてμ-カルパインに対する相互作用の差異を調べたが、両者は同じ性質を示した。

(μ-カルパインによるhnRNP Kの制御)

精製したμ-カルパインとhnRNP Kを用い、in vitroにおける解析を行なった。2つのタンパク質を混合した後に終濃度が5 mMとなるようにCa2+を加えて、hnRNP Kのμ-カルパインによる分解の経時変化を調べた。そうしたところ、測定条件下においてはhnRNP Kは2分足らずで分解され、in vitroにおいてhnRNP Kはμ-カルパインのよい基質となることが明らかとなった。

hnRNP Kとμ-カルパインが実際にin vivoでも相互作用している可能性を調べるため、 μ-カルパインとhnRNP KをCOS細胞に発現させ、細胞内局在を免疫蛍光染色によって調べた。μ-カルパインは細胞質に局在しており、hnRNP Kが単独で発現している細胞では、hnRNP Kは核に局在していた。しかし、μ-カルパインとhnRNP Kが共発現している細胞では、hnRNP Kは核だけでなく、細胞質にまで局在している細胞が存在した。hnRNP Kが単独で発現している細胞ではこのような現象はみられないことから、この現象は核と細胞質の間をシャトリングしているhnRNP Kが、細胞質においてμ-カルパインと相互作用し、その結果細胞質に留まるhnRNP Kの割合が多くなったために観察されたのもだと考えられた。このことからhnRNP Kとμ-カルパインは細胞質において相互作用し得ることが示された。

hnRNP Kがin vivoにおいてもμ-カルパインの基質となるかを調べるため、カルシウム特異的イオノフォアであるA23187でCOS細胞を刺激し、hnRNP Kの分解を調べた。プロテアーゼ活性をもたないCS変異型μ-カルパインとhnRNP Kを共発現させた場合では、A23187で12時間刺激しても分解はみられなかったが、野生型μ-カルパインとhnRNP Kを共発現させた場合には約40 kDaのhnRNP Kの分解産物が検出され、in vivoにおいてもhnRNP Kはμ-カルパインの基質となることが明らかとなった。A23187刺激によるhnRNP Kの分解の経時変化を詳しく調べたところ、刺激30分後からは約30 kDaの分解産物が、6時間後からは約40 kDaの分解産物が現れることがわかった。30 kDaの分解産物のC末端側は、μ-カルパインと強く相互作用するK-161より少し短い断片であり、40 kDaの分解産物のC末端側は、μ-カルパインと弱く相互作用するKΔ8より少し短い断片であることが分子量から推定された。この結果より、hnRNP Kの分解にはCa2+刺激に応じた2通りの分解があり、それぞれの分解様式により、分解産物とμ-カルパインが強くあるいは、弱く相互作用していることが示唆された。

(考察)

本研究において、μ-カルパインをドメインに分けて相互作用タンパク質のスクリーニングを行うことにより、活性化状態のμ-カルパインに相互作用する可能性がある6種類のタンパク質を同定することができた。その中の1つであるhnRNP Kについて解析を行ったところ、hnRNP Kはμ-カルパインと相互作用して基質となることが明らかとなった。さらにhnRNP Kは、Ca2+シグナルによってin vivoでμ-カルパインに分解されることにより、μ-カルパインと強く相互作用することが示唆された。hnRNP Kは様々なタンパク質と相互作用し、in vivoでのタンパク質間の相互作用を仲介する土台タンパク質であることが報告されている。これまでμ-カルパインがin vivoにおいてどのように基質を選択しているかについては全く知見がなかったが、hnRNP Kを土台とすることによって、μ-カルパインがhnRNP Kの相互作用タンパク質を選択的に分解するという基質選択機構が本研究によって示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

カルパインはCa2+依存的に活性を発現するシステインプロテアーゼである。ヒトでは14種類のホモログが存在し、細胞内で基質を限定分解することにより、分化、増殖、細胞形態、アポトーシスなど様々な細胞機能に関与する。しかし細胞内での実際の基質や複数の基質の選択機構については不明な点が多い。本研究ではカルパインホモログの中で最も組織普遍的発現を示す、μ-カルパインに焦点をあてて、これらの点を考察した。μ-カルパインの新規相互作用タンパク質を同定し、その相互作用様式を解析することで、従来とは違った観点からカルパインの生理機能にアプローチした。

序論において本研究の背景と意義について概説した後、第一章では、酵母ツーハイブリッド系を用い、μ-カルパイン活性サブユニットを4つのドメインに分けて相互作用するタンパク質のスクリーニングを行なった。その結果、自己消化を受けるドメインIに相互作用する新規分子として、FHL2、FHL3、Mi-2の3種類を同定した。触媒活性をもつドメインII、C2様Ca2+結合構造をもつドメインIIIに相互作用する分子は同定されなかった。また、5つのEFハンド構造をもつドメインIVに相互作用する分子として、カルパイン調節サブユニットに加え、ヘテロ核リボ核タンパク質(hnRNP) K、hnRNP R、mortalinの3種類の新規分子を同定した。

第二章ではドメインIV相互作用タンパク質についての解析を行った。まず第一章で同定した3種類の分子がμ-カルパインの基質となるかどうかを検討した結果、hnRNP K、hnRNP Rは基質となるが、mortalinはならないことが判明した。hnRNP KはhnRNP Rよりもよい基質であったため、hnRNP Kについてさらに解析を進めた。他のカルパインのEFハンドドメインとhnRNP Kとの相互作用を解析した結果、ツーハイブリット系においてはhnRNP Kはμ-カルパインに特異的であることが明らかとなった。次にμ-カルパインに相互作用するhnRNP Kの領域を解析した結果、スクリーニングで得られたhnRNP Kの領域がほぼ必要十分であり、その領域を少し短縮しただけで相互作用が弱くなることが判明した。よって、KH2ドメインとC末端側の2箇所の領域の重要性が明らかとなった。

第三章では細胞内におけるμ-カルパインとhnRNP Kの関係を解析した。実際にhnRNP Kとμ-カルパインが細胞内で相互作用するかどうかを、両者を共発現させたCOS細胞の免疫蛍光染色によって調べた。その結果、hnRNP Kは主に核に局在しているが、μ-カルパインとhnRNP Kが共発現している細胞では、hnRNP Kは核と細胞質の両方に存在しており、両者が細胞質において相互作用し得ることが明らかとなった。さらに細胞内においてもhnRNP Kがμ-カルパインの基質となるかどうかを調べた。Ca2+特異的イオノフォアでCOS細胞を刺激した結果、μ-カルパインによるhnRNP Kの分解断片が生成したことから、細胞内においてもhnRNP Kがμ-カルパインの基質となる可能性が強く示唆された。またこの分解断片は、μ-カルパインと強く結合する領域であると推定され、細胞内において生成したhnRNP切断産物とμ-カルパインが相互作用することが示唆された。hnRNP Kは様々なタンパク質を結合し、これらが相互作用するための場を提供する足場タンパク質であることが報告されており、μ-カルパインもhnRNP Kを足場として利用することにより基質を選別して切断するという基質選択機構の可能性が示された。

以上、本論文はμ-カルパインの新規相互作用タンパク質を複数同定し、その中でもhnRNP Kが細胞内においてμ-カルパインの基質となることを見いだして、切断を受けたhnRNP Kを介したμ-カルパインの基質選別機構の存在を示唆したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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