No | 215731 | |
著者(漢字) | 増田,健一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マスダ,ケンイチ | |
標題(和) | イヌにおけるスギ花粉に対するアレルギー反応に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the allergic reactions to Japanese cedar pollen in dogs | |
報告番号 | 215731 | |
報告番号 | 乙15731 | |
学位授与日 | 2003.07.07 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 第15731号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、日本においてはスギ花粉飛散時期にスギ花粉症を発症する人口の増加が著しく、その対応が大きな社会的問題となっている。ヒトのスギ花粉症においては、結膜炎、鼻炎、喘息、さらにはアトピー性皮膚炎などの臨床症状を起こすことが特徴的であり、これらはスギ花粉抗原に対するI型アレルギー反応によって発生していることが示されてきた。 日本スギ花粉抗原中の成分には、主要アレルゲンと呼ばれる2種類のタンパク質が見つかっており、これらは日本スギ花粉特異的IgE値の上昇を惹起する。Cry j 1は1983年に安枝らによって同定されたた45kDaのタンパク質であり、ペクテートリアーゼの酵素活性を持っている。Cry j 1特異的IgE値の上昇は日本スギ花粉症を発症したヒトのほとんどにおいて認められ、さらに、Cry j 1にはIgEの認識部位であるB細胞エピトープおよびT細胞の認識部位であるT細胞エピトープが同定されており、日本スギ花粉症の発症におけるCry j 1の重要性が免疫学的に解明されてきた。一方、第2番目の主要アレルゲンとして38kDaのタンパク質であるCry j 2が同定されている。Cry j 2特異的IgEが日本スギ花粉症患者の血清中に検出されるが、その頻度はCry j 1特異的IgEが検出される頻度よりも低い。このようなことから、日本スギ花粉症に対する根治的治療法を考えた場合には、その標的タンパク質としてCry j 1が重要であると考えられている。 日本人における日本スギ花粉の感作状況から、日本に生息するヒト以外の動物においてもヒトと同様に日本スギ花粉による感作が存在するものと想定された。ニホンザルにおいては、日本スギ花粉飛散時期に鼻炎、結膜炎などのヒトの日本スギ花粉症と類似した症状を呈し、また血清中に日本スギ花粉抗原特異的IgE 値の上昇が認められ、リンパ球芽球化反応および末梢血好塩基球からのヒスタミン放出が日本スギ花粉抗原によって特異的に誘導されることが示されている。イヌにおいては、アトピー性皮膚炎を発症した5症例が、日本スギ花粉抗原に対して皮内反応陽性であったとする報告があり、日本スギ花粉感作が存在することが示唆されているが、疫学的および免疫学的に詳細な検討は行われておらず、その実態は不明のままであった。 実験的感作は成立するが、症状の発生が認められないマウスなどの実験動物とは異なり、自然発症により日本スギ花粉症を起こす動物は自然発症疾患モデル動物として重要性が高いと考えられる。とくに、イヌはその飼育されている環境がヒトにおける周囲の環境と同一であることが多く、ヒトにおける日本スギ花粉感作の環境を反映していると考えられ、ヒトの日本スギ花粉自然感作のモデル動物として重要である。また、イヌのアトピー性皮膚炎は最もよく認められるアレルギー性疾患の一つであり、その症例数も多いことから、アレルギー研究における有用性は高いと言える。これらのことから、日本スギ花粉に感作されており、臨床症状としてアトピー性皮膚炎を呈するイヌのアレルギー反応を詳細に検討することは、将来的に日本スギ花粉症に対する根治的治療法開発に役立つと考えられる。 今回の研究においては、はじめに、第1章においてイヌにおける日本スギ花粉の感作状況を把握するため、皮内反応および抗原特異的IgE検査を用い、アトピー性皮膚炎のイヌにおける日本スギ花粉感作を疫学的に検討した。第2章では、日本スギ花粉感作が認められたアトピー性皮膚炎のイヌにおいて、日本スギ花粉に対する反応性をリンパ球芽球化反応および末梢血好塩基球のヒスタミン放出によって検討した。第3章では、これらのイヌにおいて日本スギ花粉主要アレルゲンであるCry j 1 およびCry j 2に対するIgE反応性について検討した。第4章においては、Cry j 1の感作が認められた症例について、その症状を臨床的に観察するとともに、血清中Cry j 1特異的IgE値の季節的変動およびCry j 1に対するリンパ球芽球化反応を検討した。 日本のアトピー性皮膚炎のイヌ42頭におけるアレルゲンの同定 アトピー性皮膚炎のイヌにおいては、さまざまな環境抗原に感作されていることが知られている。そこで、日本におけるアトピー性皮膚炎のイヌ42頭において、26種類の抗原を用いた皮内反応および24種類の抗原を用いた抗原特異的IgE検査を実施し、その感作抗原について疫学的に解析した。その結果、今回検討した42症例において最も高率に感作が認められた抗原はハウスダストマイトであり、その割合は皮内反応において60%、IgE検査において54.8%であった。その次に日本スギ花粉の感作が高率に認められ、皮内反応およびIgE検査においてそれぞれ50%および16.7%であった。以上のことから、日本スギ花粉はアトピー性皮膚炎のイヌにおいてハウスダストマイトに次いで高頻度に認められる環境アレルゲンであることがわかった。 アトピー性皮膚炎のイヌにおける日本スギ花粉抗原に対するin vivoおよびin vitro反応性に関する検討 イヌにおいては日本スギ花粉に対するアレルギー反応に関する詳細な検討は行われていない。そこで、本章においては、日本スギ花粉に感作が認められたアトピー性皮膚炎のイヌを用い、ヒトの日本スギ花粉症に用いられる検査系を使ってその免疫学的類似性について検討した。 第1章で行った検討において日本スギ花粉の感作が認められたアトピー性皮膚炎のイヌ10症例において、日本スギ花粉抗原刺激による末梢血好塩基球のヒスタミン放出能および末梢血単核球のリンパ球芽球化反応について調べた。その結果、10症例中2例にでは1および10 ng/mlの抗原濃度において明らかな日本スギ花粉抗原特異的なヒスタミン放出が認められ、抗原濃度10 ng/mlにおけるヒスタミン放出率はそれぞれ24.1%および86.2%であった。日本スギ花粉抗原に対するリンパ球芽球化反応を検討した5症例においては、いずれも日本スギ花粉抗原特異的な反応が認められ、そのstimulation indexは4.0から6.5であった。 以上のことから、日本スギ花粉の感作が認められたアトピー性皮膚炎のイヌにおいては、日本スギ花粉症のヒトと同様な日本スギ花粉に対するアレルギー反応が認められることが明らかとなった。このことは、日本スギ花粉に対するアレルギー反応の獲得は、T細胞による抗原認識、日本スギ花粉特異的IgE産生、さらにそのIgEに受動感作された肥満細胞の脱顆粒による一連の反応によって起こることが示唆された。 アトピー性皮膚炎のイヌにおけるELISAによる日本スギ花粉主要アレルゲン(Cry j 1およびCry j 2)に対するIgE反応性 ヒトの日本スギ花粉症においては、2種類の日本スギ花粉主要アレルゲン(Cry j 1およびCry j 2)に対するIgE反応性が認められている。そこで、日本スギ花粉の感作が認められたアトピー性皮膚炎のイヌの血清を用い、これら主要アレルゲンに対するIgEの反応性を検討した。 日本スギ花粉粗抗原に対する血清IgEが検出された27頭のイヌのうち、全症例においてCry j 1特異的IgEの上昇が認められたが、Cry j 2特異的IgEの上昇は37%(10/27頭)のイヌに認められたに過ぎず、日本スギ花粉粗抗原に対するIgEはCry j 1特異的IgEであることが予想された。さらに、それを確認するために、Cry j 1特異的IgEが検出された血清をCry j 1によって吸収処理した後、日本スギ花粉粗抗原に対するIgEを測定した。その結果、日本スギ花粉粗抗原に対するIgEはほぼ完全に検出されなくなったことから、日本スギ花粉粗抗原に対するIgEはCry j 1特異的IgEであることが証明された。以上のことより、イヌにおいては日本スギ花粉感作においてCry j 1が主要アレルゲンであることがわかった。 日本スギ花粉主要アレルゲンの感作が認められたイヌにおける季節性アトピー性皮膚炎 本章においてはCry j 1にのみ感作が認められたアトピー性皮膚炎のイヌの3症例について臨床的検討を行うとともに、そのアレルギー反応について詳細に解析した。 これら3症例においては、Cry j 1特異的IgE値は症状の発現と関連して季節変動を示しており、日本スギ花粉の飛散時期の春に高値となり、非飛散時期の秋には低値となった。また、末梢血リンパ球のCry j 1に対する芽球化反応は、日本スギ花粉粗抗原に対するものとほぼ同程度であり、日本スギ花粉抗原に対して芽球化反応を示すリンパ球のほとんどはCry j 1に反応するものであることがわかった。このことから、これら3症例のイヌにける日本スギ花粉に対するアレルギー反応はCry j 1に対するものが主体であり、それがアトピー性皮膚炎の発症と関連することが示唆された。 本研究成果はアトピー性皮膚炎のイヌにおける日本スギ花粉感作に関わる疫学的および免疫学的背景を明らかにしたものである。イヌにおける環境抗原として、日本スギ花粉抗原はアトピー性皮膚炎を惹起する一要因であることが疫学的に推察され、そのアレルギー反応はヒトと同様にI型アレルギー反応であることを示した。さらに、このようなアレルギー反応は日本スギ花粉の主要アレルゲンのCry j 1に対するものが主体であることが判明した。これら一連の研究成果によって、イヌの日本スギ花粉症におけるアレルギー反応の全体像を把握することが可能となった。 今回の研究結果から、イヌにおける日本スギ花粉に対するアレルギー反応はCry j 1を認識する一連の免疫反応が関わっていることが示唆された。このアレルギー反応はリンパ球芽球化反応が示すT細胞によるCry j 1の認識に始まり、IgE検査結果が示すB細胞によるCry j 1特異的IgE上昇、最終的には皮内反応やヒスタミン放出能の解析結果が示すように、IgEに受動感作された肥満細胞の脱顆粒による即時型反応の発現につながるものと考えられた。ヒトにおいては、これらアレルギー反応を不応答化する安全な免疫療法を開発するために、Cry j 1のT細胞抗原決定基(T細胞エピトープ)およびB細胞抗原決定基(B細胞エピトープ)が同定されてきた。本研究によって得られた成果に基づき、イヌにおいても今後このような治療戦略を実施することが可能となった。 イヌの日本スギ花粉感作におけるアレルギー反応がヒトと同様であることが示されたため、免疫療法などの根治的治療法を開発する際に、イヌが日本スギ花粉症自然発症動物モデルとして重要であることが示唆された。イヌにおける日本スギ花粉感作の状況は、その飼育される環境がヒトと同じであることからヒトと同様と考えられ、さらにその感作成立はアレルギー素因を持つ個体に発症すると考えられ、実験的感作モデルと大きく異なる。このようなことから、日本スギ花粉に感作されアトピー性皮膚炎のイヌは、ヒトの日本スギ花粉症の状況をよく反映し、本研究のように自然感作動物モデルを詳細に検討することによって、将来的にはイヌを用いることによって日本スギ花粉症の根治的治療法の開発が可能であると考えられる。 本研究の結果はこれまでに不明であったイヌにおける日本スギ花粉に対するアレルギー反応の免疫学的背景に関する知見を提供するものである。また、本研究の成果は、イヌのアトピー性皮膚炎の発症機序の解明に関与するばかりではなく、アレルギー性疾患全般の病態解明を目指した研究に寄与するとともに、日本スギ花粉症に対する新規治療法開発においてきわめて有用なモデル系を提供するものと考えられる。 | |
審査要旨 | 申請者はヒトにおいて大きな社会問題となっているスギ花粉症に着目し、イヌのアトピー性皮膚炎におけるスギ花粉に対するアレルギー反応について、疫学的調査から主要アレルゲンの同定、さらに抗原感作とアトピー性皮膚炎の季節性の関連性について免疫学的手法をよって一連の研究を行い、アトピー性皮膚炎とスギ花粉感作の関連を解明した。 第一章では、アトピー性皮膚炎のイヌにおいて皮内反応および抗原特異的IgE検査によって感作抗原の同定を行い、スギ花粉感作の状況を調べた。スギ花粉に対する陽性症例は皮内反応およびIgE検査においてそれぞれ50%および16.7%を示し、スギ花粉はハウスダストマイトに次いで2番目に重要な抗原であることを示した。皮内反応および抗原特異的IgE検査の両方に陽性反応を示した症例は42頭中4症例(9.5%)であり、ヒトにおけるスギ花粉患者の割合と同様であることを示した。このようなことは、スギ花粉がイヌのアトピー性皮膚炎の原因抗原として重要であり、イヌにおけるアレルギー反応を研究する上で有用な情報を提供するものと考えられた。 第二章では、スギ花粉に感作の認められたアトピー性皮膚炎の症例においてさまざまなアレルギー検査を行ったところ、ヒトのスギ花粉症患者に見られるような一連のI型過敏症が認められたことを報告した。皮内反応およびスギ花粉特異的IgE検査においてスギ花粉抗原に陽性反応を示す症例では、スギ花粉に対するリンパ球芽球化反応は陽性反応を示し、そのstimulation indexは4.0から6.5と上昇していた。また、末梢血好塩基球を用いたスギ花粉特異的ヒスタミン放出を測定した結果、10症例中2例では1および10 ng/mlの抗原濃度において明らかなスギ花粉抗原特異的なヒスタミン放出が認められ、抗原濃度10 ng/mlにおけるヒスタミン放出率はそれぞれ24.1%および86.2%と高値を示した。以上のようなことから、スギ花粉に感作が認められたアトピー性皮膚炎のイヌにおいては、ヒトのスギ花粉症と同様にスギ花粉に対するI型過敏症が存在することがわかった。 第三章では、スギ花粉に感作が認められたアトピー性皮膚炎のイヌ27頭の血清を用いてスギ花粉主要アレルゲン、Cry j 1およびCry j 2に対するIgE反応性について検討した。その結果、スギ花粉粗抗原に対する血清IgEが検出された27頭のイヌのうち、全症例においてCry j 1特異的IgEの上昇が認められたが、Cry j 2特異的IgEの上昇は37%(10/27頭)のイヌに認められたに過ぎず、スギ花粉粗抗原に対するIgEはCry j 1特異的IgEであることが予想された。さらに、それを確認するために、Cry j 1特異的IgEが検出された血清をCry j 1によって吸収処理した後、スギ花粉粗抗原に対するIgEを測定した。その結果、スギ花粉粗抗原に対するIgEはほぼ完全に検出されなくなったことから、スギ花粉粗抗原に対するIgEはCry j 1特異的IgEであることが証明された。また、Cry j 1およびCry j 2に対するIgEの上昇が認められたイヌの血清を用いて、Cry j 1およびCry j 2の間のIgE交差性を抑制試験によって調べたところ、Cry j 1、Cry j 2に対するIgE測定値はそれぞれCry j 2、Cry j 1で抑制されないことから、これら主要アレルゲンの間にIgE交差性は存在しないことがわかった。以上のことより、イヌのスギ花粉感作においてCry j 1が主要アレルゲンであることがわかった。 第四章では、Cry j 1にのみ感作が認められたアトピー性皮膚炎のイヌの3症例について症状の季節性とCry j 1に対するアレルギー反応について検討を行った。これら3症例においては、Cry j 1特異的IgE値は症状が発現するスギ花粉飛散時期の春に上昇し、症状が緩和する非飛散時期の秋には低下することがわかった。また、末梢血リンパ球のCry j 1に対する芽球化反応は、スギ花粉粗抗原に対するものとほぼ同程度であり、スギ花粉抗原に対して芽球化反応を示すリンパ球のほとんどはCry j 1に反応するものであることがわかった。このことから、これら3症例のイヌにけるスギ花粉に対するアレルギー反応はCry j 1に対するものが主体であり、それがアトピー性皮膚炎の発症と関連していることが示唆された。 本研究によって得られた知見は、イヌにおけるスギ花粉感作に対するアレルギー反応の免疫学的知見を提供するだけでなく、イヌのアトピー性皮膚炎の発症要因としてスギ花粉主要アレルゲンのCry j 1に対するアレルギー反応が重要であることを示した。これらの科学的情報は、環境抗原に対するアレルギー反応がイヌのアトピー性皮膚炎を惹起する要因の一つになりうることを示唆し、アレルギー反応とアトピー性皮膚炎発症の関連の解明に役立つものといえる。以上のことを考慮し、審査委員は申請者を博士(獣医学)の学位を受けるに必要な学識を有する者と認め、合格と判定した。 | |
UTokyo Repositoryリンク |