学位論文要旨



No 215732
著者(漢字) 高土居,雅法
著者(英字)
著者(カナ) タカドイ,マサノリ
標題(和) 光学活性ヒンバシンの合成研究
標題(洋)
報告番号 215732
報告番号 乙15732
学位授与日 2003.07.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15732号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

ヒンバシン1は、1956年にMagnolia科植物Galbulimima baccataから単離、構造決定されたピペリジンアルカロイドである(Figure)。1は、ムスカリン受容体の一つであるM2サブタイプ受容体に、強力かつM1受容体に比べて数倍から20倍程度選択的に拮抗作用を示すことが明らかとなり、大変注目されている。即ち、AChの放出を制御していると考えられるM2受容体に対して拮抗作用を示すことにより、シナプス間隙のAChの絶対量を増やすことが期待されるため、コリン仮説に基づくアルツハイマー型痴呆症の治療薬、あるいはそのリード化合物としての可能性が見出された。

1は、これまでに分子内Diels-Alder反応を用いた2例の全合成が報告されている(Hart-Kozikowskiら、1995年、およびChackalamannilら、1996年)。しかしながら、いずれの合成法も創薬への展開を考慮した場合、その効率性と柔軟性に問題を残しており、また、アルツハイマー型痴呆症治療薬を指向した1の誘導体合成も検討されているものの、今だ1を超える特徴を有する化合物は見出されていない。

著者は、1の複雑な化学構造とムスカリンM2受容体拮抗作用、の2点に着目し、類縁体合成へも応用可能な新規全合成経路を確立し、その全合成工程および合成中間体を活用して1に関する構造活性相関を明らかにすると共に、新しいアルツハイマー型痴呆症治療薬を見出すことを目標として本研究を開始した。

著者は、分子間不斉Diels-Alder反応を機軸とする1の合成戦略を考案した。即ち、1をトランス二重結合部位で切断し、ヒドロナフトフラン部位とピペリジン部位に分けた。ヒドロナフトフラン部位が効率的に得られれば、既報の方法に従い1が効率的に得られるものと期待した(Scheme 1)。

種々検討した結果、ジエチルエーテル中5 M過塩素酸リチウムを用いるテトラヒドロイソベンゾフラン2と光学活性フラン-2(5H)-オン(S)-3の分子間不斉Diels-Alder反応により、単一のエキソ型環化付加体を得た。これを接触還元と塩基処理を組み合わせた極めて簡便な手法により、1に特徴的なヒドロナフト[2,3-c]フラン骨格を有する7へ立体選択的に変換することに成功した。次いで、4位の官能基変換によりスルホン体10とし、ピペリジンアルデヒド11とのJulia-Lythgoe反応を経て、天然物である1を得た。これにより、分子間不斉Diels-Alder反応を機軸とする1の新規全合成経路の確立に成功した。次に、全合成が達成されていないent-1の活性に興味を持ち、また、開発した全合成工程が簡便で効率的であることを実証するため、(R)-3を用いてent-1を全合成した。得られた1およびent-1のM2受容体親和性には50倍以上の活性差があり(Table)、天然型絶対配置の重要性を確認した。

著者は、確立した全合成工程、および数種の全合成中間体を活用し、独自のデザインにより1を上回る特徴を有するヒンバシン類縁体の探索研究を行うこととした。上記ent-1の活性評価に基づき、1の4位の立体化学と活性との関係、ピペリジン環の立体化学と活性との関係、4位置換基における生物学的等価体の検索について検討し、1の構造活性相関を考察するとともに、有望な1の新規類縁体を見出すことを試みた(Scheme 2)。その結果、4-エピヒンバシン12、(2'S,6'R)-ジエピヒンバシン、およびその対掌体13 (ent-13)、4位に種々の置換基を有する誘導体14a ~ jを合成することに成功した。これらの化合物は、いずれもM2受容体親和性を全く示さず(Table)、サブタイプ選択性も消失したことから、ヒドロナフトフラン部位とピペリジン環部位の絶対配置に加えて、4位置換基の立体化学とトランス二重結合が必須部分構造であることが判明した。

次に著者は、これまで研究展開の対象とされることが全くなかったγ-ラクトン環上の3α位メチル基に着目した。この部位に関して3α位メチル基の除去、炭素鎖延長、3β位への立体化学の反転、の3つの類縁体合成を展開し、活性に及ぼす影響を解明することとした(Scheme 3)。その結果、カルビノール体のアシル化によって合成した4-ブロモベンゾアート体dl-17の光学異性体分離カラムによる光学分割と立体異性体の分離を鍵工程とし、更にX線結晶構造解析を経て3-デメチルヒンバシン18、4-エピ-3-デメチルヒンバシン4-epi-18、およびそれらの対掌体(ent-18, ent-4-epi-18)の合成に成功した。また、11-メチルヒンバシン20、3-エピヒンバシン22の合成を達成した。これらのうち、4-epi-18、ent-18、ent-4-epi-18、20、および22は1より活性が低下したが、18はサブタイプ選択性に変化はないものの、1と同等以上のM2受容体親和性を示すことが明らかとなった。これにより、少なくともM2受容体親和性発現には3α位メチル基は重要でないことが判明した(Table)。同時に、M2受容体と1の3α位メチル基近傍の立体化学との間に、これまでに明らかにされていない相互作用の可能性を示唆した。

以上のように著者は、5 Mの過塩素酸リチウム−ジエチルエーテル条件を用いた分子間不斉Diels-Alder反応を機軸として、1の新規全合成経路を確立した。この全合成工程、および全合成中間体を活用して新規類縁体合成を行った結果、多数の類縁体合成を達成したことにより、著者が確立した全合成工程の効率性と柔軟性を証明するとともに、3-デメチルヒンバシン18に天然物と同等以上のムスカリンM2受容体親和性を見出すことに成功した。今後、18に新規アルツハイマー型痴呆症治療薬として優れた特徴が見出され、開発に向けての検討が行われることを期待する。

Structure of himbacine 1

Total synthesis of himbacine 1 (ent-1) featuring intermolecular Diels-Alder reaction

Synthesis of novel himbacine congeners 12, 13 (ent-13), and 14a ~ j

Synthesis of novel himbacine congeners 18, 4-epi-18, and their enantiomers (ent-18, ent-4-epi-18), 20, and In vitro binding activity of novel himbacine congeners

In vitro binding activity of novel himbacine congeners

審査要旨 要旨を表示する

ヒンバシン1は、1956年にMagnolia科植物Galbulimima baccataから単離、構造決定されたピペリジンアルカロイドである(Figure)。1は、ムスカリン受容体の一つであるM2サブタイプ受容体に、強力かつM1受容体に比べて数倍から20倍程度選択的に拮抗作用を示すことが明らかとなり、大変注目されている。即ち、AChの放出を制御していると考えられるM2受容体に対して拮抗作用を示すことにより、シナプス間隙のAChの絶対量を増やすことが期待されるため、コリン仮説に基づくアルツハイマー型痴呆症の治療薬、あるいはそのリード化合物としての可能性が見出された。

高土居雅法は、1の複雑な化学構造とムスカリンM2受容体拮抗作用、の2点に着目し、類縁体合成へも応用可能な新規全合成経路を確立し、その全合成工程および合成中間体を活用して1に関する構造活性相関を明らかにすると共に、新しいアルツハイマー型痴呆症治療薬を見出すことを目標として本研究を開始した。

まず、Scheme 1に記すルートでビンバシン1の合成ルートを確立した。次に、全合成が達成されていないent-1の活性に興味を持ち、 (R)-3を用いてent-1を全合成した。得られた1およびent-1のM2受容体親和性には50倍以上の活性差があり、天然型絶対配置の重要性を確認した。

高土居雅法は、確立した全合成工程、および数種の全合成中間体を活用し、独自のデザインにより1を上回る特徴を有するヒンバシン類縁体の探索研究を行うこととした。上記ent-1の活性評価に基づき、1の4位の立体化学と活性との関係、ピペリジン環の立体化学と活性との関係、4位置換基における生物学的等価体の検索について検討し、1の構造活性相関を考察するとともに、有望な1の新規類縁体を見出すことを試みた(Scheme 2)。その結果、4-エピヒンバシン12、(2'S,6'R)-ジエピヒンバシン、およびその対掌体13 (ent-13)、4位に種々の置換基を有する誘導体14a ~ jを合成することに成功した。これらの化合物は、いずれもM2受容体親和性を全く示さず、サブタイプ選択性も消失したことから、ヒドロナフトフラン部位とピペリジン環部位の絶対配置に加えて、4位置換基の立体化学とトランス二重結合が必須部分構造であることが判明した。

次に高土居雅法は、これまで研究展開の対象とされることが全くなかったγ-ラクトン環上の3α位メチル基に着目した。この部位に関して3α位メチル基の除去、炭素鎖延長、3β位への立体化学の反転、の3つの類縁体合成を展開し、活性に及ぼす影響を解明することとした(Scheme 3)。すなわち15、4-epi-15、およびそれらの対掌体(ent-15, ent-4-epi-15)の合成に成功した。また、16、 18の合成を達成した。これらのうち、4-epi-15、ent-15、ent-4-epi-15、16、および18は1より活性が低下したが、15はサブタイプ選択性に変化はないものの、1と同等以上のM2受容体親和性を示すことが明らかとなった。これにより、少なくともM2受容体親和性発現には3α位メチル基は重要でないことが判明した。同時に、M2受容体と1の3α位メチル基近傍の立体化学との間に、これまでに明らかにされていない相互作用の可能性を示唆した。

以上、本研究成果は今後の医薬化学研究に大きな貢献をすると考えられ、博士(薬学)に相当すると判断した。

Structure of himbacine 1

Total synthesis of himbacine 1 (ent-1) featuring intermolecular Diels-Alder reaction

Synthesis of novel himbacine congeners 12, 13 (ent-13), and 14a ~ j

Synthesis of novel himbacine congeners 15, 4-epi-15, and their enantiomers (ent-15, ent-4-epi-15), 16,and 18

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