学位論文要旨



No 215733
著者(漢字) 津田,政行
著者(英字)
著者(カナ) ツダ,マサユキ
標題(和) 放射線治療における小照射野の線量評価
標題(洋)
報告番号 215733
報告番号 乙15733
学位授与日 2003.07.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15733号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 助教授 中川,恵一
 東京大学 助教授 森田,明夫
 東京大学 助教授 伊良皆,啓治
内容要旨 要旨を表示する

研究目的

放射線治療に用いられている高エネルギーX線は、電子を加速して得られる直線加速器によるものである。近年この治療装置のデジタル化に伴い、コンピュータを駆使してビームや動作の綿密な自動制御が可能になってきた。機械、電子、情報等の工学関連部門のめざましい発展に支えられながら、放射線治療技術の理想の実現が可能になりつつある。定位放射線照射(stereotactic irradiation ; STI)や強度変調放射線治療(intensity modulated radiation therapy ; IMRT)を含む Conformal Radiotherapy がその例である。これらの複雑な照射法による線量分布を治療計画装置(treatment planning system ; TPS)で求めるためには、あらかじめTPSに格納する基本データの収集が必要である。また線量分布計算の結果を検証することも重要である。

STIおいては、4cm×4cm以下の極小照射野(extremely small field ; ESF)が用いられる。またIMRTでは、小分割された照射野セグメントの合成として多葉コリメータ(multi-leaf collimator ; MLC)を使って照射野が形成される。従来の放射線治療ではこのような小照射野を用いることがなかった。ESFにおいては、ファントム中の深さが十分な測定点であっても、二次電子平衡が成立しない場合がある。照射野中心の線量平坦部がほとんどない分布もある。したがって、線量計としての条件の一つに、検出器の小さいことがあげられる。

空間分解能がもっとも優れている線量計として、ハロゲン化銀フィルムが用いられている。しかし、散乱線成分の多い大照射野および小照射野に比べて一次線が多いESFの線量測定では、光子スペクトルが照射野の大きさに依存することによって、エネルギー依存性の欠点が大きく影響する。また現像処理に由来する線量評価の変動要因が、ハロゲン化銀フィルムの線量計としての信頼性に不安を与えている。高感度用として市販されるようになった放射線顕色フィルムは、ダイナミックレンジの狭さ、治療用としてはまだ低い感度、ロッド番号による特性の相違等が問題である。

小形検出器としては熱励起蛍光を利用した熱ルミネセンス線量計(thermoluminescence dosimeter ; TLD)がしばしば用いられる。蛍光量の素子間における変動、アニーリングの方法、照射履歴、フェーデイング、保管温度、素子の汚れ等による影響があり、精度のよい測定を期待するにはかなり煩雑な操作が必要である。

半導体線量計は、エネルギー、線量率、温度および方向依存性が欠点として挙げられている。また、二次電子非平衡領域における二次電子飛程の変化が、線量評価に影響を与える。ダイアモンド線量計は、組織等価検出器として一時注目されたが、線量率依存性や方向依存性が無視できない。

一方治療施設におけるリファレンス線量計は、内径6mm長さ20mm空洞体積0.6cm3の円筒形電離箱である。医療用線量標準センターを介して準標準線量計および国家標準線量計を経て国際標準に連繋している。したがって超小形電離箱の開発が望ましいと思われた。

また、光ルミネセンス線量計(photoluminescence dosimeter ; PLD)を、高エネルギーX線の測定に応用することによって、TLDの短所を克服できるかどうかを検討した。近年改良されて、保健物理の分野で再び使われるようになったPLD計測システムの治療領域への応用が期待できると考えた。

ESFにおける電離箱による測定方法は、電離箱体積を小さくする以外に、O'Conner の密度尺度理論を適用した Haider とE1-Khatib の方法が考えられている。これは低原子番号のファントム中での測定値を、組織等価ファントムの測定値に密度補正によって換算するもので、この方法の適否についても実験を行い、解析した。

研究方法

日本医学物理学会がリファレンス線量計として推奨しているJARP形電離箱に対応する超小形電離箱を、応用技研(株)およびフジテック(株)と共に開発した。

水または組織等価積層ファントムに4、6、18MVのライナックX線を照射し、深部量曲線、照射野依存性、線量プロフィール、照射野境界の半影、ステム・ケーブル漏洩効果について、開発した超小形電離箱とPLDおよびリファレンス線量計であるJARP形電離箱を用いた測定結果を比較、解析した。使用した市販のPLDは素子の大きさがφ1.5mm×8.5mmの銀活性燐酸塩ガラスである。

0.5cm×0.5cmから20cm×20cmの照射野について、深部量百分率曲線(percentage depth dose ; PDD)を超小形電離箱(0.006cm3)で測定し、ESFの測定限界を調べた。

2cm×2cm、5cm×5cmおよび10cm×10cmの照射野について、PDDをリファレンス線量計(0.6cm3)と超小形電離箱(0.006cm3)で測定し、ESFの測定限界を比較した。

照射野の大きさによる出力係数を超小形電離箱(0.006cm3)、リファレンス線量計(0.6cm3)およびPLDで測定し、ESFへの適性をみた。

ESFのプロフィールを、超小形電離箱(0.006cm3)およびリファレンス線量計(0.6cm3)で測定し、ハロゲン化銀フィルムのデータとも比較した。

照射野の半分をコリメータで遮蔽して中心軸上の照射野境界の半影を、リファレンス線量計(0.6cm3)および超小形電離箱(0.006cm3および0.0094cm3)測定した。

電離箱以外の部分が照射野に含まれているか否かによる電離量の違いを、リファレンス線量計(0.6cm3)、超小形電離箱(0.006cm3および0.0094cm3)について測定した。

密度尺度理論の適用検証には、組織等価および肺等価ファントムによる深部電離量曲線を求め、密度補正を施した深部電離量曲線と比較して解析した。

実験結果

超小形電離箱線量計の開発

外径1.6mm、内径1.2mmのアルミニウム壁、0.3mm銅の中心電極を-3Vのリチウム電池ごとビニール管で包装した水密構造とし、電池消耗をもって使い切りの電離箱を作製したが、安定値が得にくい上に電源減衰による変動が現れたので、(2)ガードリング付きの Farmer 形を小型化した通気性構造にし、外径3mm、内径2mm(空洞体積0.006cm3)のアクリル壁、0.5mmグラファイト中心電極に-10Vを印加した。(3)これとは別に包埋剤による水密構造とした外径3.2mm、内径2.2mm(0.0094cm3)のアクリル壁で0.5mmグラファイト中心電極に-220Vの高圧を印加した電離箱を作製し(FDC-C9.4μ型)、水中での安定測定を可能にした。(4)このことから0.006cm3電離箱の印加電圧を-150Vに上げ、外径3.2mm、内径2.2mmのアクリル壁、0.3mmグラファイト中心電極に改めて水密処理を施し、さらに空洞形体を Farmer の原型に近い構造にした(MC-110A型)。

ESFの測定結果

超小形電離箱(0.006cm3)のESFの限界は、PDDの測定によって1cm×1cmであることがわかった。リファレンス線量計は2cm×2cm照射野の測定にも適さない。

10cm×10cm照射野の線量を1.0とした3cm×3cmの相対出力は、超小形電離箱(0.006cm3)が0.90、リファレンス線量計(0.6cm3)0.81、PLDは0.93であった。

ESFのプロフィールは、超小形電離箱(0.006cm3)がリファレンス線量計(0.6cm3)よりも優れ、ハロゲン化銀フィルムとほぼ同じ結果であった。

中心軸上の照射野境界の半影は、0.006cm3と0.0094cm3の超小形電離箱間には相違がなかった。

電離箱以外の部分が照射野に含まれているか否かによる電離量比は、リファレンス線量計(0.6cm3)について、照射野3cm×3cm以上の平均が1.15、超小形電離箱について、照射野1cm×1cm以上の平均が0.0094cm3電離箱で1.38、0.006cm3電離箱で1.74であった。

組織等価および肺等価ファントムによる深部電離量曲線を求め、密度補正を施した深部電離量曲線を比較した結果、深さおよび照射野によって、組織最大線量比(tissue-maximum ratio ; TMR)の両ファントムを用いた測定値の比が変化する。すなわち照射野10cm×10cmのTMR比を1.0としたときの3cm×3cmのTMR比は、深さ5cmで1.04、10cmで1.11、15cmでは1.16であった。

考察

超小形電離箱の開発によって、ESFに適用できる電離箱線量計ができた(MC-110A型0.006cm3およびFDC-C9.4μ型0.0094cm3)。超小形電離箱は深部量曲線、線量プロフィール、照射野依存性、照射野境界の半影ともにリファレンス線量計(C-110型0.6cm3)よりも優れており、ESFの測定に適している。電離容積が小さいために電荷量の少ない超小形電離箱は、ステム・ケーブルの影響がリファレンス線量計よりも大きい。しかし1cm×1cmから15cm×15cmに至る照射野について、電離箱内とステム・ケーブルに生ずる電離量との比が一定であることから、相対的にこれらの影響は無視できる。

ハロゲン化銀フィルム(XV2, Kodak)とTLD、半導体、ダイアモンド線量計を用いた測定で、ほぼ同じ結果が得られていることが、ESFに関する多くの報告から判明した。そしてMC-110A型超小形電離箱に匹敵するPTW Freiburg PinPoint chamber (0.015および0.005cm3)は、ダイアモンド線量計よりも空間分解能がわずかに劣り、しかも線量率の低い領域におけるケーブル効果も問題にされている。したがって、MC-110A型がフィルムと同等の空間分解能で、その上ステム・ケーブル効果も少ないことから、PinPoint chamber よりも優れた超小形電離箱である。

PLDはフェーデイングや素子間のばらつきが少なく、取り扱いも容易であり、水中でも問題なく安定した精度よい測定ができる。また線量特性がよく、治療領域の高エネルギーのESFにも適している。PLDは電離箱線量計との相対線量計として用いることができ、ケーブルが必要ない長所を生かして、体腔内のモニター線量計として威力を発揮する。また一度の照射で、多点測定ができる。ダイナミックレンジの広い積算線量計であることを利用して、今後球形の素子を開発すれば、non-coplanar の全方向からの Conformal Radiotherapy への活用が期待できる。

超小形電離箱はTPSに格納する正確なデータが得られるだけでなく、人体ファントムを用いて照射法の検証や治療中の透過線量の測定を正確に行えることによって、複雑な治療法の安全に寄与できる。

密度尺度理論を適用した測定は、混入電子の影響や二次電子飛程の変化によって密度補正だけでは実測値と一致しないことが証明された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、近年盛んに研究されるようになった定位放射線照射および強度変調放射線治療において重要になる小照射野の線量評価方法について、治療用ライナックのX線を照射してファントム中で実験をおこなって解析し、下記の結果を得ている。

リファレンス線量計として公認されている円筒形電離箱と類似形状の超小形電離箱を共同開発して測定したところ、

小照射野の測定限界を1cm×1cmまで下げられることが示された。

照射野サイズの相違に伴う相対出力の変化は、小形検出器として知られている光ルミネセンス線量計に近い値が得られたことを示している。

線量プロフィールの空間分解能が優れていることが知られているハロゲン化銀フィルムによる測定データに匹敵することが示された。

X線によるステム・ケーブル効果も、1cm×1cm以上の照射野において変動が少ないことが示された。

光ルミネセンス線量計の治療用高エネルギーX線への適用を目指した実験をおこない、フェーディングや素子間のばらつきが少なく、安定した精度よい測定ができ、ケーブルを要しない小形検出器の長所を生かした臨床への応用が期待されることが示された。

組織等価と肺等価ファントムとを用いて、密度尺度理論による小照射野線量の測定の適否を実験し解析したところ、混入電子や二次電子飛程の影響を無視することができないために、密度補正だけでは適用できないことが示された。

以上、本論文は小照射野の線量評価の問題点を理論的実験的に示すとともに、線量計の開発や新たな手法の適否を示し、臨床的に重要な貢献をなすと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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