学位論文要旨



No 215736
著者(漢字) 金山,敬
著者(英字)
著者(カナ) カナヤマ,タカシ
標題(和) 直交二方向グリッドの単層ラチスシェルに対するパーツ補剛の効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 215736
報告番号 乙15736
学位授与日 2003.07.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15736号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 川口,健一
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 高田,毅士
 千葉大学 教授 小谷,俊介
内容要旨 要旨を表示する

空間構造物を構成する曲面の構造システムには、RCドームのような連続型と、スペースフレームで代表される離散型がある。大規模なスポーツ施設の屋根架構として多用されているスペースフレームは、部材配置の上から複層と単層に大別される。複層のスペースフレームは、2層の部材配置により曲げ剛性が確保され大スパンにも対応できるが、反面、部材配置や接合部が複雑になる。一方、単層のスペースフレームは、網目状の薄い曲面構造で、軽量化と接合部の単純化が可能となるが、その反面、曲げ剛性が小さく、構造設計する上で座屈が重要な課題となっている。

単層ラチスシェルの軽快で透明性の高い特徴を生かして、ラチスシェル全体に対して一様に補剛し、剛性・耐力を高めた構造システムはこれまでにいくつか提案されている。

本論文では、直交二方向グリッドの単層ラチスシェルを対象として、そのグリッド内にパーツと称する自己釣合い型の単体構造を組み込んで補剛した、ハイブリッド単層ラチスシェルを提案する。この構造システムは、部分的な補剛により全体的な補剛効果を引出すことを目指している。次に、より少ないパーツでラチスシェル全体の剛性や耐力を高めるためにパーツを有効に配置し所要の耐力に効率的に到達する、パーツ配置設計のアルゴリズムを提案する。さらに、このパーツ補剛の効果について、解析的、実験的検討により明らかにする。

本研究における主要な目的を以下に示す。

1)直交二方向グリッドの単層ラチスシェルに、パーツと称する自己釣合い型の補剛部材を取り付けてハイブリッド化し、座屈耐力や曲げ耐力を確保する方法の提案。(図1)

2)変形制御によるパーツ配置設計法の提案。

3)応力制御によるパーツ配置設計法の提案。

4)パーツ方式によるハイブリッド単層ラチスシェルの性能を、数値解析により検証する。

5)実大構造物の載荷実験により、パーツ補剛の効果を検証する。

本論文は、以下の6章で構成される。

「第1章 序章」では、大空間建築物を構築している歴史的ドームから現代の大空間架構について概観し、その構造の特徴と座屈の重要性について述べている。まず、大空間屋根架構の形態について述べ、単層ラチスシェルの位置付けを明らかにし、単層ラチスシェルの特徴と、座屈荷重の評価について述べている。次に、単層ラチスシェルに関する既往の研究について調査し、最後に本研究の目的を列挙している。

「第2章 パーツ補剛による単層ラチスシェルのハイブリッド化」では、まず、単層ラチスシェルの座屈問題に対する有効な解決法としてハイブリッド化があることを示している。この単層ラチスシェルのハイブリッド化について既往の研究を調査し、単層ラチスシェル全体を張力材で補剛して剛性や座屈耐力を高めようとする構造システムがいくつか提案されていることを示している。しかしながら、部分的な補剛により全体的な補剛効果を引出すことを目指したシステムの提案は見られず、このようなシステムとして、パーツと称する自己釣合い型の単体構造をラチスシェルに取り付けて補剛するパーツ方式を提案している。

次に、シェルの形状と補剛パーツの考え方について述べている。ここでは、単層ラチスシェルが繰り返しパターンの部材構成を持つという特徴を利用した、直交二方向グリッドの生成方法を示している。そして、単層ラチスシェルの基本的な構造特性、及びパーツの形状と構造性能について調査している。補剛パーツの代表的な例として、四辺形トラスにポストとケーブルを利用して張力を導入し自己釣合いを形成した張力安定トラスを示している。このパーツは面内及び面外の剛性を持ち、高次の変形モードをコントロールする上で効果があることを数値解析例により示している。

「第3章 パーツ配置設計法」では、まず、EP型単層ラチスシェルに種々の配置パターンで補剛パーツを組込んだモデルを形成して、座屈荷重と座屈モードについての性状を調査し、より少ないパーツを有効に配置することにより、座屈モードをコントロールして座屈荷重を高めることが可能であることを示している。その結果から、ラチスシェルの一次座屈モードにおけるグリッド変形に着目し、変形率を定義している。さらに、座屈荷重を高める上での設計者の直感的判断を定量的に設計に取り込むパラメーターとして重み係数を導入し、変形率に重み係数を乗じて算定した評価係数に基づいてパーツを配置する、変形制御によるパーツ配置のアルゴリズムを提案している。この手法に基づき、単層ラチスシェルに対して補剛パーツを配置して所要の座屈荷重に効率的に到達する、対座屈荷重設計法を提案している。

次に、ライズスパン比が比較的小さく面外曲げの影響が大きくなる場合には、ラチス材の応力を制御する目的のパーツ配置を行う必要性があることを示している。このような場合には、まずラチス部材の初期降伏荷重を高めるようにパーツ配置を行うことが単層ラチスシェルの座屈耐力を確保する上で効率的であることを示し、応力制御によるパーツ配置設計法を提案している。この応力制御の手法と、前述の変形制御の手法を組み合わせることにより、効率的に所要の耐力を確保できることを示している。

さらに、変形制御によるパーツ配置設計法を適用して試設計を行っている。試設計では、既存の屋外型テニスコートに、平面形状が70m×100mでEP曲面の直交二方向グリッドの単層ラチスシェルで構成される屋根架構を架ける。ここでは、パーツ配置の評価係数に基づいてパーツを配置するステップごとの座屈耐力の推移と、荷重係数により設定した座屈荷重の目標値に到達する過程を示している。さらに、ケーブルの弛緩、及び幾何学的非線形性が座屈耐力に及ぼす影響を検討し、対座屈荷重設計手法の妥当性を示している。

「第4章 パーツ方式によるハイブリッド単層ラチスシェルの性能」では、座屈耐力、終局耐力、振動性状について数値解析により検証している。

まず、パーツで補剛した単層ラチスシェルが座屈荷重を高める上で有効であることを示している。この座屈荷重においては、不整による影響が大きいことが知られている。特に、形状初期不整が座屈荷重を低下させる重要な要因となっており、初期不整による座屈荷重の影響について調査している。ここでは、パーツ方式によるハイブリッド単層ラチスシェルと、直交二方向グリッド及び三角形グリッドのラチスシェルと同一の条件の下で部材断面を設計してモデルを設定し、これらのモデルにおける形状初期不整の影響が座屈荷重に及ぼす影響を、解析例により比較検討している。その結果から、パーツ補剛したハイブリッド単層ラチスシェルが、他のラチスシェルに比べ、形状初期不整に対して鈍感であることを示している。

次に、パーツ方式によるハイブリッド単層ラチスシェルの終局耐力について検証している。パーツとして張力安定トラスを採用した場合、ケーブルが弛緩しても座屈に対する安全性が確保されるためには、弛緩の前後でのラチス材の弾塑性性状を評価したシェル全体の終局耐力について調査する必要がある。ここでは、パーツのケーブルが弛緩した後の単層ラチスシェルの構造挙動について非線形解析例により調査し、パーツ補剛したグリッドとラチス材の塑性化の進展との関係や、座屈荷重と耐力について確認している。

最後に、振動性状について検証している。ここでは、先に示したラチスシェルの比較検討用のモデルを用いて、固有振動解析及び弾性地震応答解析を行って振動性状について検討し、パーツを効果的に配置したパーツ方式によるハイブリッド単層ラチスシェルは、耐震性能上も有効であることを示している。

「第5章 パーツ補剛によるハイブリッドトラスドームの実大載荷実験」では、パーツ補剛の効果の確認を行った実験について述べている。本実験では、東大生研六本木庁舎C棟屋上に建設されていた、張力安定トラスドームをグランドストラクチャーとして利用し、一部のユニットから張力安定トラスを抜いた架構を形成した。そしてさらに張力安定トラスを抜いた架構に、新たに製作したパーツ(張力安定トラス)を組み込んで、パーツ補剛によるハイブリッドトラスドームを形成した。この架構を試験体として実大載荷実験を行い、パーツ補剛により剛性及び耐力が高められることを確認している。

「第6章 結論」では、本論文から得られた結論を述べている。

直交二方向グリッドの単層ラチスシェルにパーツと称する軽量構造を組込んで剛性・耐力を高めた構造(ハイブリッド単層ラチスシェル)を提案した。この補剛パーツをグリッドに効率良く配置し、補剛効果を効果的に発揮するための設計アルゴリズムを提案した。さらに、補剛されたラチスシェルの構造挙動について、試設計、数値解析、実大実験により検証し、パーツ補剛の効果について明らかにした。

パーツ方式によるハイブリッド単層ラチスシェル

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「直交二方向グリッドの単層ラチスシェルに対するパーツ補剛の効果に関する研究」と題し、全6章から構成されている。本論文では、大規模な屋根構造として用いられる、直交二方向グリッドの単層ラチスシェルの座屈補剛を目的として、グリッド内にパーツと称する自己釣合い型の単体構造を組み込んで補剛した、ハイブリッド単層ラチスシェルを提案している。本提案は、部分的な補剛により全体的な補剛効果を引出すことを目指しており、より少ないパーツでラチスシェル全体の剛性や耐力を高めるためのパーツ配置の設計アルゴリズムも提案している。また、このパーツ補剛の効果について、解析的、実験的検討により明らかにしている。

第1章「序章」では、大空間架構の中での単層ラチスシェルの位置付けを明らかにし、単層ラチスシェルの特徴と、座屈荷重の評価について述べている。次に、単層ラチスシェルに関する既往の研究について調査し、最後に本研究の目的を列挙している。

第2章「パーツ補剛による単層ラチスシェルのハイブリッド化」では、単層ラチスシェルの座屈問題に対する有効な解決法としてハイブリッド化があることを示し、部分的な補剛により全体的な補剛効果を引出すことを目指したシステムとして、パーツと称する自己釣合い型の単体構造をラチスシェルに取り付けて補剛するパーツ方式を新しく提案している。次に、シェルの形状と補剛パーツの考え方について述べ、直交二方向グリッドに対する補剛パーツの代表的な例として、四辺形トラスにポストとケーブルを利用して張力を導入し自己釣合いを形成した張力安定トラスを挙げ、面内及び面外の剛性により、高次の変形モードをコントロールする上で効果があることを数値解析例により示している。

第3章「パーツ配置設計法」では、EP型単層ラチスシェルに種々の配置パターンで補剛パーツを組込んだモデルを調査し、より少ないパーツを有効に配置することにより、座屈モードをコントロールして座屈荷重を高めることが可能であることを示している。この結果より、設計者がある程度パーツ配置を選択的に決められるパラメーターとして重み係数を導入し、変形率に重み係数を乗じて算定した評価係数に基づいてパーツを配置する、変形制御によるパーツ配置のアルゴリズム、所要の座屈荷重に効率的に到達する対座屈荷重設計法を提案している。次に、ライズスパン比が比較的小さく面外曲げの影響が大きくなる場合に効率的な、応力制御によるパーツ配置設計法を提案している。この応力制御の手法と、前述の変形制御の手法を組み合わせることにより、効率的に所要の耐力を確保できることを示している。また、変形制御によるパーツ配置設計法を適用して、既存の屋外型テニスコートに、EP曲面(70m×100m)の直交二方向グリッドの単層ラチスシェルで構成される屋根架構を架ける試設計を行い、対座屈荷重設計手法の妥当性を示している。

第4章「パーツ方式によるハイブリッド単層ラチスシェルの性能」では、座屈耐力、終局耐力、振動性状について数値解析により検証している。パーツ方式によるハイブリッド単層ラチスシェルと直交二方向グリッド及び三角形グリッドのラチスシェルとを同一の条件の下で部材断面を設計、形状初期不整の影響が座屈荷重に及ぼす影響を解析例により比較検討し、パーツ補剛したハイブリッド単層ラチスシェルが他のラチスシェルに比べ、形状初期不整に対して鈍感であることを示している。次に、パーツのケーブルが弛緩した後の単層ラチスシェルの構造挙動について非線形解析例により調査し、パーツ補剛したグリッドとラチス材の塑性化の進展との関係や、座屈荷重と耐力について確認している。さらに、振動性状について、固有振動解析及び弾性地震応答解析を行って振動性状について検討し、パーツ方式によるハイブリッド単層ラチスシェルは、耐震性能上も有効であることを示している。

第5章「パーツ補剛によるハイブリッドトラスドームの実大載荷実験」では、東大生研六本木庁舎C棟屋上に建設されていた、張力安定トラスドームをグランドストラクチャーとして利用し、パーツ補剛によるハイブリッドトラスドームを形成、この架構を試験体として実大載荷実験を行い、パーツ補剛により剛性及び耐力が高められることを確認している。

第6章「結論」では、本論文において提案した事柄と研究、検証で得られた結論を総括している。

本論文は、軽量大スパン構造として多用される直交二方向グリッドの単層ラチスシェルに対し、部分的なパーツ補剛法を提案、その効果に関して調査し、設計法の提案、試設計や実大実験などによりその効果を確認したものであり、軽量大スパン建築構造の発展に大きく貢献するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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