学位論文要旨



No 215737
著者(漢字) 高野,太刀雄
著者(英字)
著者(カナ) タカノ,タチオ
標題(和) 構造用金属材料の腐食疲労き裂進展挙動に関する研究 : 関与因子が進展速度に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 215737
報告番号 乙15737
学位授与日 2003.07.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15737号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 助教授 高橋,淳
 東京大学 講師 泉,聡志
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,実在する環境下での構造物の疲労破壊を破壊力学手法で予測するため,また材料−環境系の疲労破壊機構が明らかでない現状から,腐食疲労き裂進展に影響を及ぼす環境因子・材料因子・力学因子を組み合わせた疲労試験を行い,腐食疲労き裂進展を調べたものである。金属腐食環境・材料特性・非定常な力学環境・き裂形状などの関与因子が腐食疲労き裂進展速度にどのような影響を及ぼすかを調べ,不明確な構造用金属材料の腐食疲労き裂進展の諸特性を明らかにしている。

第1章「緒論」では,構造物の破壊と疲労き裂進展の研究の背景として,従来の "S−N曲線基準の設計" と "き裂進展基準の設計" の考え方を示す。次に破壊力学の基本事項,室温大気中のき裂進展特性,腐食環境中のき裂進展特性を示し,腐食疲労き裂進展の各種影響因子の組み合わせから,解明を要する問題点を列挙する。そして,本論文の腐食疲労き裂進展に関与する項目に沿って論文を構成した。ここでは各章の概要を示している。

第2章「疲労試験システムの開発と試験機の機能・性能評価」では,腐食疲労き裂進展の実験において研究目的に合致させた疲労試験機を開発し,試験機構造,試験機の動特性,試験機性能を示し,各章で使用した疲労試験機としての性能を保証している。開発試験機と試験システムは,[1] 広幅中央き裂試験片用の容量100 kN電気−油圧サーボ疲労試験機,[2] 大容量400 kN平行二軸式の電気−油圧サーボ疲労試験機,[3] 小型の容量20 kN電気ー油圧サーボ疲労試験機,[4] 腐食疲労き裂進展用の直列多段の容量40 kN電気ー油圧サーボ疲労試験機,[5] コンプライアンス法によるき裂長さの自動計測システムの5つであり,それぞれの試験機特性と本研究で行う腐食疲労実験との関係を示した。

第3章「腐食疲労き裂進展挙動と金属腐食環境との対応」では,複雑な環境強度問題が腐食疲労き裂進展速度に及ぼす影響を解明するために,水素イオン濃度(pH)及び化学成分を変えた水溶液中での疲労き裂進展実験を系統的に実施し,き裂進展の応答を調べている。供試材としてステンレス鋼,炭素鋼,アルミニウム合金の広幅中央き裂試験片を用いて,一定振幅荷重下の疲労き裂進展特性について多種の水溶液環境と大気中の結果とを比較することで,金属腐食環境と腐食疲労き裂進展挙動との対応を調べる。具体的には,材料・水溶液環境・力学因子の相互作用としての疲労き裂進展速度を腐食(pH,腐食電位)と関連させて調べ,(1) 炭素鋼の場合には腐食反応の水素発生領域( pH<4 ) での腐食き裂進展速度が大気中に比べて数倍以上の加速が見られ,腐食反応とよく対応する。(2) 不動態皮膜をつくるステンレス鋼の場合には中性液から酸性液までに加速効果が認められ,酸性液にClイオンを含むと影響が大きく局部腐食と対応すること,の2点を明らかにしている。

疲労き裂進展と腐食反応速度の観点から,各種水溶液中の疲労き裂進展速度 [da/dN]CFを繰返し速度f,応力拡大係数変動幅ΔKの関数として整理し,加速係数の評価式を示し, 腐食疲労き裂進展の加速機構の評価に有効な指針を与えた。

第4章「腐食疲労き裂進展に及ぼす材料特性の影響」では,厚板の試験片を用いて,各種の中性水溶液中での腐食疲労き裂進展に加速を及ぼす材料因子を調査する。熱処理温度と降伏応力,鋼種と組織,試験片寸法と板厚などについて,応力腐食割れの時間依存と疲労き裂の繰返し数依存とが重複する領域のき裂進展特性を調べている。

主な研究内容は,(1) 高強度鋼の静的応力腐食割れき裂成長特性と下限界K1SCCの測定,腐食疲労き裂進展の加速開始KFSCCと下限界K1SCCとの関係,(2) 高強度の熱処理鋼における加速特性と降伏応力の関係,(3) 厚板の低強度鋼の高ΔK 領域域の加速,(4) ステンレス鋼の加速と規制電位効果,の4点であり,中性水溶液環境と材料特性の影響を明らかにしている。

材料特性と加速機構の関係につき,水素溶解によりトラップされた水素が疲労き裂先端の水素脆化となり,降伏応力がσy ≒ 1,000 MPa 以上から加速が急激になることを示し,これを裏付ける破面解析からは水素脆化割れにみられる粒界割れが観察された。これらにより,腐食疲労き裂進展の加速特性に影響を及ぼす材料因子に関する指針を得た。

第5章「腐食疲労き裂進展に及ぼす非定常な力学的環境の影響」では,振幅荷重の変動と切欠きからの疲労き裂進展特性において,き裂先端の塑性変形域の破壊プロセスゾーンである力学的環境が変わることにより,き裂進展の減速や遅延が生じる。この非定常なき裂進展挙動に関する基本的疲労の問題点について腐食環境と防食法を調べている。

(1) 定振幅に過大荷重を受ける場合の疲労き裂進展の遅延を,有効応力拡大係数変動幅Keff で評価できることを実証した後,腐食環境下の遅延現象も同様に評価した。

(2) 重畳波荷重試験の場合も,き裂開口点応力σopの上の振幅部分がき裂進展に寄与し,等価有効応力拡大係数 (ΔKeff )eqで,き裂進展速度を評価できることを示した。熱処理用合金鋼と鋳物材の場合には,高応力比の定振幅の進展特性を基にして重畳波形を (ΔKeff )eqで整理すると,腐食環境の影響がそのまま強度レベル・繰返し速度に依存することが分かった。また,Zn, Al犠牲陽極を用いたカソード防食によるき裂進展について,加速や亜硝酸塩インヒビターの有効性も論じた。

(3) 炭素鋼の切欠きからき裂進展では,き裂発生寿命と進展速度に,水溶液の酸性度の高い順に水素イオン濃度(pH≧4)が影響する。

(4) 深い切欠きからの低ΔK 領域の疲労き裂発生初期のき裂進展過程においては,減速と加速の変極点を持つ非定常なき裂進展特性を示す。この進展特性はK減少法によるき裂進展曲線の上側を通り,腐食によるくさび効果が認められた。

第6章「構造用鋼の海水環境下三次元き裂の腐食疲労き裂進展特性」では,船舶,海洋構造物へ広く利用される4種類の高張力鋼,2種類の高張力鋼の溶接材,及び優れた耐食特性が注目されている二相ステンレス鋼の人工海水中の腐食疲労き裂進展に関して,貫通き裂と表面き裂の進展速度の対応を実験において評価検討している。この海水環境の疲労き裂進展の影響について,大気中との比較から定量的な評価を行い,実構造物が遭遇する三次元応力場での疲労き裂進展則を,腐食環境下にも適用することが可能かどうかを破壊力学的観点から総合的に調べた。これによって以下の有用な結果が得られている。

(1) 高張力鋼4鋼種の人工海水中の表面き裂の深さ方向 [da/dN]CFと,表面側 [dc/dN]CFの進展速度,及びΔK で環境効果を評価し,海水環境を大気中と比べると 2.5 〜 3倍の加速が見られる。 (2) 高張力鋼の溶接材も,人工海水中では空気中と比べて 2.5 〜 3倍の加速が見られ,一部残留応力と考えられる影響は[dc/dN] に現れる。(3) 2相ステンレス鋼は,低ΔK側で加速が認めらないが高ΔK側で加速が認められる。(4) 供試材の多くに二次元き裂進展と三次元き裂との対応が良好であった。

総合的には,三次元表面き裂進展と二次元貫通き裂進展との比較,最深部と表面方向のき裂進展速度の比較,走査型電子顕微鏡による破面解析をし,疲労き裂進展速度に影響を及ぼす海水効果として,L = ([da/dN]CF/[da/dN]F) で評価している。表面き裂のき裂形状比(a/c) と残留応力の影響を考察し,海水環境下での三次元表面き裂進展速度特性を破壊力学で評価できることを実験から明らかにした。

第7章「結論」では本研究で得られた結果を総括して示している。

付録の「各種表面欠陥からの三次元疲労き裂進展特性に及ぼす各種力学因子の影響」では,各種欠陥から発生する三次元応力場の表面き裂の疲労き裂進展特性を調べている。主な項目としては,負荷形式とき裂形状,傾斜き裂の進展,複数き裂間干渉を挙げている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「構造用金属材料の腐食疲労き裂進展挙動に関する研究(関与因子が進展速度に及ぼす影響)」と題し、本文7章と付録からなる。

近年、各種機械や構造物にはより厳しい条件下での安全・信頼性が求められ、しかもより長期の使用を可能とすることが求められており、実際の使用環境下での疲労き裂の進展特性を知ることは安全・信頼性を確保するための重要な要素である。疲労研究の多くは基本データを得る立場から大気環境中で行われている。しかし、実使用環境は腐食環境である場合も多く、各種腐食環境下での疲労き裂の進展特性を知ることは重要である。これまでに、様々な環境下での疲労き裂に関する研究が行われ、その進展挙動の基本的特性は把握されるに至っているが、その特性は強度等の材料因子、荷重の種類やき裂材の形状等の力学因子に加え、環境の因子が大きく影響を与えて複雑であり、まだ十分に解明されたとはいえない点も多い。本研究は、構造用金属材料を対象に、環境、材料、力学の各因子に焦点をあて、従来の研究では不十分と思われる点を中心に取り上げ、各因子が腐食疲労き裂の進展挙動に及ぼす影響を可能な限り系統的に調べて、今後の各種機械や構造物の設計・保守にあたっての、有用な知見、基本となるデータを得ようとしたものである。

第1章は「緒論」であり、本研究の背景、目的・意義、および本論文の構成について述べている。

第2章「疲労試験システムの開発と試験機の機能・性能評価」では、以下の各章における腐食疲労実験をそれぞれの目的に沿って実施するために開発した4つの疲労試験システムについて紹介し、それらが実験目的を達成するための十分な機能・性能を有するものであることを実証している。

第3章「腐食疲労き裂進展挙動と金属腐食環境との対応」は、金属材料の腐食についてはこれまでに多くの研究の蓄積があり、腐食疲労き裂をこの金属腐食環境と対比させて検討することはき裂進展への環境の影響を把握し、整理する上で有用と思われるが、このような観点からの研究は不十分であるとの認識から行われたものである。主に炭素鋼、ステンレス鋼を対象に、主として水素イオン濃度(pH)を系統的に変えた水溶液中での疲労き裂進展実験を実施し、(1)炭素鋼の場合には、腐食反応における水素発生領域(pH<4)で大気中に比べて進展速度に数倍以上の加速が見られ、腐食反応とよく対応すること、(2)ステンレス鋼の場合には酸性液から中性液までに大きいとはいえないが加速効果が認められ、酸性液にClイオンを含むと加速が大きくなり、局部腐食とよく対応すること、を明らかにし、また大気中き裂と比べての加速率を荷重繰返し速度、応力拡大係数変動幅の関数として整理し、腐食疲労き裂挙動評価に有益なデータを得ている。

第4章「腐食疲労き裂進展に及ぼす材料特性の影響」は、応力腐食割れ(SCC)を生じる環境ではSCCの機構が腐食疲労き裂進展に関与し、このSCCは材料特性、特に強度に強く依存するが、従来強度特性がどのようにき裂進展に影響するかを系統的に調べた研究は余り多くないことから行われたものである。低強度鋼から高強度鋼まで鋼種を変えて各種中性水溶液中での腐食疲労実験を実施し、(1)高強度鋼における、SCCの関与による腐食疲労き裂進展の加速が始まるKFSCC とSCCの下限界KISCCとの関係、(2)低強度鋼における高ΔK領域での加速等のデータを得、有用な基本的知見を得ている。

第5章は「腐食疲労き裂進展に及ぼす非定常な力学的環境の影響」であり、ここでは、過大荷重後や重畳波荷重下でのき裂の挙動、切欠きからのき裂の発生、進展特性等、非定常的な力学的条件の下での腐食疲労き裂挙動を調べている。過大荷重の効果については、大気環境中における場合と同様な評価法が有効であり、き裂進展速度は有効応力拡大係数範囲で整理できること、重畳波荷重の下での進展速度は等価有効応力拡大係数範囲で整理できること、また切欠きからのき裂については、酸性度が増すほどき裂発生寿命とき裂進展速度に大きな影響が現れること、さらに低ΔK域で環境の影響はより大きく、またくさび効果が認められること等を示している。

第6章「構造用鋼の海水環境下三次元き裂の腐食疲労き裂進展特性」は、従来腐食疲労の研究は大部分二次元き裂を対象としたもので、三次元き裂に対するものはほとんど行われていないことから、高張力鋼とその溶接材および耐食鋼を取り上げ、海水環境下における三次元き裂の進展挙動を調べて貴重なデータを得たもので、二次元き裂の場合との比較、溶接による残留応力の影響等を検討している。

第7章は「結論」であり、本論文の成果がまとめられている。

付録「表面欠陥からの三次元疲労き裂進展特性に関与する力学因子の影響」は、第6章での海水環境下三次元き裂研究に先立ち、大気環境下での三次元疲労き裂進展特性への力学因子の影響をまとめたものであり、これを踏まえた上で第6章の研究は行われている。

以上要するに本論文は、構造用金属材料の腐食疲労き裂特性に与える環境、材料、力学の各因子の影響につき、従来の研究では十分に解明されたとはいえない問題点を克服し、より明確に把握することを目標に広範な腐食疲労実験を実施し、結果の解析を通じて、今後のより合理的な設計・保守に資する有用な知見、基本となるデータを得たものであり、各種機械や構造物の安全・信頼性の向上に寄与するところが大きいと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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