学位論文要旨



No 215739
著者(漢字) 安藤,英幸
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,ヒデユキ
標題(和) 協同作業の記録と分析の支援システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 215739
報告番号 乙15739
学位授与日 2003.07.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15739号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 白山,晋
 東京大学 助教授 増田,宏
内容要旨 要旨を表示する

実際の作業の現場において、協同がどのように行われるかを理解するために、詳細に観察し、そこに見られる常識や工夫、技術の使われ方といった、状況の中に存在する秩序を発見する方法がとられる。こうした方法はエスノメソドロジーと呼ばれ、ビデオや音声によって作業を記録し、対話やジェスチャーを分析することが行われる。

本研究では、大型船舶のブリッジにおける協同作業を対象として、こうしたエスノメソドロジーの立場で、作業記録の定性的な分析と定量的な分析を行なう。これらの分析から得られる知見は、マニュアルやトレーニングの改善を行なう上で重要となる。また、こうした一連の分析作業を効率的に行なうために、協同作業の記録と分析のための情報システムCORAS(COllaboration Record and Analyze System)を構築する。ここでは、環境データの取得の容易さなどから、特にシミュレータトレーニングにおける協同作業を分析の対象とする。

図1には、CORASのシステムの構成を示す。CORASの中心となるのは、協同作業記録のデータベースであり、これらは、ビデオ、音声、対話データ、周囲の環境データとしてのシミュレータのログといった多様な時系列データによって構成される。これらの時系列データは、同期が取られ、必要に応じて状況が再現される。また、こうしたデータに加え、データの利用や分析を効率化するために、数種類のメタデータを利用して、作業記録のデータベースが構築される。これに加え、データ、メタデータの作成、分析のためのソフトウェア、ハードウェアがネットワークを介して接続される。

CORASを利用して、協同作業は2通りの定量的な分析が行われる。1つは、対話を構成する階層構造を利用する方法である。図2に示すように、ブリッジにおける対話は、明確な構造をもつ対話によって構成されている。また、比較的限定された作業内容を反映して、対話構造の分類が可能である。こうした対話構造を利用して、交換される作業情報、発話者間の情報のフローといった視点での定量的なデータを得る。

もう1つの方法は、協同作業のトレーニングにおけるトレーナーによる定量的な評価作業の支援という形で行なう。従来から、リッカート尺度を用いたチェックシートなどで協同の評価が行われているが、これを携帯端末(PDA)上のソフトウェアに代替し、より詳細で効率的にトレーナーが評価作業を行なうよう、評価項目とインターフェースの設計を行い、支援を行なう。また、トレーナーによって携帯端末を利用して入力されるデータは、詳細な協同の観察を行なう上での重要なインデックス情報としての役割も果たす。

また、詳細な観察に基づく協同の定性的な分析を効率的に進めるために、対話の中で多く参照される周囲の他船の位置とスピードといったデータの提示、時系列のデータへのテキストのアノテーションを利用した検索、複数の時間コントロール機能についても実装を行った。

次に、対話構造の作成を、計算機により自動的に行なう手法の検討を行った。ここでは、時系列の対話データの背景にある作業意図を推測する、という問題として対話構造の作成を捉え、隠れマルコフモデルを基にして、協同と作業の確率モデルを構築するアプローチをとることとした。この確率モデルは、あらかじめいくつかの正解例のサンプルによって確率分布を学習し、それに基づいて、観察された対話データを最も高い確率で出力する作業意図系列を推測する。特に、計算機による予測精度の向上のために、ブリッジの対話の特徴である、作業者間の明確な役割分担、限定された対話のパターン、指示に対する了解といった対話の組のパターンといった情報を利用することとし、先の学習モデルに、発話者、教師無しデータマイニング手法であるk-meansクラスタリングで自動生成した対話のパターン、2次のマルコフ過程を取り入れた。

これまでに構築した、協同の記録と分析のための情報システムCORASを用いて、ブリッジにおける実際の協同作業の記録と分析を行った。

対話構造を利用した定量的な分析の結果からは、船長を頂点とする明確な組織構造が明らかとなり、ブリッジで交換される情報の種類と頻度を把握することができた。また、観察した4人の協同の中では、ある特定の船員が、比較的負担が少なく、空いた時間を利用して、自発的に他の船員の役割を支援し、チーム全体としては動的な環境の中で、増減する作業量に対応している様子が見られた。

また、分析を行なう視点として、特に実環境における意思決定を対象とするNDM(Naturalistic Decision Making)研究で利用される、状況認識、意思決定、行動の3つのプロセスによって作業を捉えるモデルを採用し、ブリッジの協同作業がそれぞれのステップにどのように対応するかに着目して、定量的、定性的な分析を行った。対話構造で利用した作業の分類を、さらに状況認識、意思決定、行動に分類し、また、対話構造の時系列データを利用して検討を行った。その結果、ブリッジにおけるチームの状況認識、意思決定、行動の特徴として、(1)多様な状況認識が繰り返される、(2)意思決定については船長がほとんどの場合単独で行なう、(3)複数の行動が同時進行によって行われる、といったことが明らかとなった。これらを図3に示す。

また、それぞれのステップにおける協同の行なわれ方の定性的な分析を行った。状況認識における協同では、2人の協同が他の船員に対してもオープンな環境で行われたことにより、他の危険船の存在を指摘するといった協同を促す事例が観察された。

次に、対話構造の計算機による自動作成手法について、実際の協同作業における対話データを用いて検証を行った。その結果、図4のグラフで、話者情報と時系列を用いたモデルが最も良い精度を示すように、ブリッジにおける対話の特徴としてのパターンを活用することによって、予測の精度の向上が見られることが明らかとなった。

CORAS(COllaboration Record and Analyze System)の構成

対話データの階層構造

ブリッジにおけるチームの状況認識、意思決定、行動のモデル

対話構造の自動作成精度の比較 2-gram 時系列で直前の作業意図の利用。話者情報も利用。 1-gram 時系列データを利用しない。話者情報も利用。 2-gram No Speaker 時系列で直前の作業意図の利用。話者情報を利用しない。

審査要旨 要旨を表示する

最近の計算機工学、あるいは設計工学の研究は、当該分野での知識の抽出とその再利用に関するものがひとつの流れを構成している。本論文は、船舶の操船ブリッジでの協同作業について、ウエアラブルシステムやテキストマイニングなどの手法を組み合わせ、共同作業の分析やそこでの知識の抽出、再利用に関する基本的なシステムのありようを検討している。

本論文は、10章からなっている。

第1章は、緒言として、本研究の背景や着眼、論文の構成などについて説明している。その中では、モバイルシステム、音声システム、ビデオなどの多様なマルチメディアシステムが有効に用いられるべきこと、分析にはテキストマイニングなどの手法など最近の技術の現状、そして、エスノメソドロジーなどの理論的分析モデルについて言及されている。

第2章では、背景と目的についての記述がある。すなわち、ブリッジでの操船作業内容、レーダー、ジャイロや電子海図、無線、各種センサーなどの使用されている機器類や、船長を中心にした人間の組織について検討している。ブリッジの中での協同作業を、集団による情報処理としてとらえ、エスノメソドロジーのモデルにより認知モデルを構成し、Collaboration Record and Analyze System、通称CORASを構築することにいたった経緯が述べられている。

第3章では、共同の事例と理論としてCSCWの理論的支柱であるエスノメソドロジーが紹介され、話し方、身振り、ものの配置などから把握できる秩序、ルール・規則・規範がビデオや音声、インタビューなどを通じて観察しうることが述べられている。また協同の事例として、Xerox社のEurekaシステム、飛行機のパイロットの連携の事例などが紹介されている。役割分担型組織と問題解決型組織、また集団でのアウェアネスなどの概念が確認されている。

第4章では、ブリッジにおける協同について整理して、状況認識、意思決定、行動の3つの過程により構成され、船長、一等航海士、二等航海士、三等航海士、操舵手さらにパイロットなどの配置と、その作業の実際が述べられる。先行的研究の好例としてHutchinsの行った研究が紹介されている。Hutchinsの研究は、興味深いものであるが、定性的研究にとどめており、本論文ではさらに定量的な研究に進むことを述べている。また、この論文の中でその基本的な考察法としてNatural Decision Makingについて、アウェアネスから行動決定までの基本的なモデルとその条件がブリッジでの要求によくあっていること、またメンタルモデルをチームでのモデルとする必要のあることを述べている。さらにチームのコミュニケーションを通して状況認識を行うことが重要であるとしている。そのスキルの向上の為にトレーニングがなされるとしている。

第5章からが本論文のオリジナリティである。「協同作業の記録と分析のための情報システム」と題して、これまでの所論を取りまとめたシステムの仕様を定義して、その開発を行ったことを述べている。実際のブリッジに配置することを考慮してある。ビデオと音声データ、船舶のおかれた環境などのデータを保存し、これらをサーバーに移し変えていく。また、実際のモニターを効率的に行うための小型携帯端末による状況入力システムなどを備えている。これらを統合的に表示するソフトウエアを開発している。さらに、事後の処理のためのインターフェースや解析を容易にするためのアノーテーションなど、最近の情報技術も使用している。これらは、リレーショナルデータベース、XMLファイル、通常のファイルなどに効率よくサーバーに格納されている。

第6章では、特に章を設けて、対話構造の自動抽出について述べている。これは、盛んにおこなわれる対話を整理して、分析するためのシステムで、隠れマルコフモデルによりシーケンスを抽出して、作業意図の抽出まで持っていく。いろいろな量子化手法やクラスタリングを行い、教師データを用いて分析を行っている。かなりの工夫が凝らされている。

第7章、第8章は立証に当てられている。第7章では、提案するCORASにより操船シミュレータによるトレーニングを取り込み、対話構造の分析、携帯端末によるトレーニング支援、協同作業の分析を行っている。約40分のシンガポール沖の輻輳海域での操船を分析している。第8章では対話の自動分析を行っている。船長を中心に、周辺状況、すなわち地理的条件と周囲の船舶の動静に関して情報収集がなされ、船長が決断し船舶の操船がなされ、さらにチームによるアウェアネスのありようが定められている。対話の自動抽出については今ひとつの精度向上が望まれるが、それに対する対策も考えている。

第9章では、これらの成果をまとめて考察している。CORASにより協同作業の分析が十分な精度を持って可能であること、さらに熟練と非熟練の違い、また作業分担のありようについても展望を持ったことなどが述べられている。

第10章では結論を述べている。モバイル技術、マルチメディアデータベース、コミュニケーション論などを組み合わせて、CORASを開発し、所期の成果を得ることができ、トレーニングばかりでなく、今後はマニュアルの評価や船橋作業支援システムへの展開などについても見通しえられたことが述べられている。

以上、要するにグループの協同作業分析は従来分析が困難であったが、それに対して最近のハードとソフトの情報技術を駆使してこの分野に切り込む新しいシステムを提案し、その有効性を立証している。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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