学位論文要旨



No 215741
著者(漢字) 及川,義則
著者(英字)
著者(カナ) オイカワ,ヨシノリ
標題(和) 交換システムにおける通話路系装置の構成法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215741
報告番号 乙15741
学位授与日 2003.07.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15741号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 中山,雅哉
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨 要旨を表示する

電話等の交換を行う交換機は、従来から大きく交換接続を行う通話路系装置と呼の接続制御や交換機システムの管理を行う制御系装置に二分される。通話路系装置は、通話路(集線/分配スイッチ)、加入者回路から構成され、制御系装置は高信頼高速プロセッサおよび交換ソフトウェアからなっている。

本論文では、通話路系装置に関して加入者回路の研究と通話路(スイッチ)の研究について述べている。

加入者回路に関しては、検討時期によって大きく3つの世代に分類され、それぞれの研究内容について章を区切って述べている。。

一般の加入電話を直接収容して通信呼の交換を行う加入者線交換機は当初D10交換機に代表されるようにアナログ空間分割形通話路であったが、大幅な経済化、小形化を狙いに導入されたD70交換機に代表されるようにディジタル時分割形通話路となっていった。

空間分割形通話路では、アナログ電話に対する通話電流の供給、通話中監視、呼び出し信号の送出等の加入者インタフェース機能はネットワーク後置のトランクに具備しており、また局間中継線がディジタルの場合は2線4線変換回路(ハイブリッド)、符号復号化回路(コーデック)がトランクの後に必要となる。これらの装置は多数の加入者で共通使用し、使用効率を高くすることにより経済化を図っていた。しかし、ディジタル通話路になると直流信号、大振幅交流信号がネットワークを通過できず、上記機能はネットワーク前置の加入者回路に設ける必要がある。これらのいわゆるBORSCHT機能*が加入者対応に必要となる場合、既存の技術で構成すると時分割集線形のディジタル通話路のコストは従来のD10空間分割形通話路に比べて数倍程度に増加してしまう。このため、この内かなりのコストの部分を占める加入者回路を経済化するため、従来のレターコイルに代わって加入者回路の全電子化、LSI化の研究を行った。

まず、従来32項目あった加入者対応機能を明確にし、内容を分析し、電子化、LSI化を考慮した機能統合化を図ることにより、15項目まで削減することが可能なことを示した。また、電子化時に問題となる同相モードインピーダンス、所要電源電圧、電源雑音に関しては回路構成の最適化により特性が改善されることを示すとともに、ハイブリッド回路との一体化により小型化も可能なことを示した。この加入者回路は高耐圧プロセス技術、高集積化技術を用いて高耐圧部と論理制御部の2チップLSIで構成し、現在の中核をなすD70交換機の加入者回路(第一世代加入者回路)として大量に導入された。

時代と共に省エネ化の要望も強まり、通信装置の電力量の内約10%を占める加入者回路に関しても見直しが迫られた。一方、交換システムのアーキテクチャ自体も統合的に見直して、各機能をモジュール化することにより、種々のサービスのノードシステムを同一思想で実現することを狙いに新ノードシステム構想の一環として加入者回路の更なる高機能化の要望が高まった。このため、加入者回路の低消費電力化、および高機能化の検討を行った。低消費電力化方法として最大通話電流値を制限する半定電流方式を提案し、この方式を用いることにより50%程度の削減が可能となることを示した。ただし、加入者インタフェースが変更になることに伴う既存電話機への通話品質の劣化等の影響を防止するため、加入者回路が自ら線路抵抗を測定し、終端インピーダンス、4線側の送受信減衰量、2線4線平衡網の最適な定数を選択する4W-BON方式を提案し、これを用いることにより従来以上の特性を確保できることを示した。また、高機能化の一環として加入者線試験機能を加入者回路へ内蔵化する検討も行った。従来の試験機能を一部限定((1)数値判定の代わりに閾値設定による良否判定、(2)試験機能は外来電圧試験、絶縁抵抗試験、容量試験に限定、(3)容量試験は端末の有無、断線の判断が可能な程度の測定に限定)することにより十分実用に供することができることを示した。本加入者回路は1加入者1回路実装化(パーチャネル実装)を行って保守性を向上させ、さらに従来の4種類の加入者回路を2種類に統合化した形で新ノードシステム用加入者回路(第二世代加入者回路)として実用化された。

つぎに、アナログ電話機とインタフェースをとる加入者回路(SLIC)とISDN端末とインタフェースをとる基本局内終端装置(BOCU)の統合化の検討、およびサービス性、保守性の向上を狙いに遠隔からのサービス切り替え方法やファームダウンロード方法について最適化の検討を行った。ラインカードの構成法としては汎用のハードに各種サービスに対応した専用ファームを入れ替えることにより、新規サービスを提供する方式を提案した。新サービス提供法としてその都度ファームをダウンロードする方法、複数のファームを内蔵していてアップロードして使用する方法、単一の固定のファームを用いてパラメータを切り替える方法が考えられるが、サービスの変更形態によりそれぞれの適用領域があることを示した。ファームダウンロード方法としてはラインカードに電話番号を割り付け、通常の発着信によってBチャネルパスを確保した後そのパスを用いてダウンロードする方式が望ましく、その具体的な手段としては一般的なHDLCのLAPBを用いる方法がハード構成上試験システムの変更量が少ない点から望ましいことを示した。また、一斉にダウンロードする場合には膨大なトラヒック量、所要時間が問題となるが、一旦アクセス装置内メモリに蓄える方式をとることによりかなり改善できることを示した。このラインカード(第三世代加入者回路)は第二世代加入者回路の3種類の機能を1つに統合することができ、実用に供されている。

一方、通話路(スイッチ)に関して言うと、通信の高速化、サービスの広帯域化に伴って、交換機への高速化、広帯域化の要求が高まってきた。高速・広帯域交換機の実現の手段としては、ATM 方式と STM 方式に二分されるが、本論文では映像主体のサービスを提供する場合の交換システムを考慮し、早期の実現性、経済性、およびリアルタイム性の重視の観点からSTM(回線)交換機についてその限界性能を見極めるべく検討を行った。

当初は、画像用のコーデックが高価なこともあり、このコーデックを共通的に有効使用するために、コーデックの前段にアナログ通話路を用いて映像分配と通信の双方を提供する基礎検討が開始された。このアナログ広帯域通話路での一つの大きな課題は信号の広帯域化に起因する通話路での多重漏話である。この多重漏話をいかに減少させるかが成否の鍵を握る。この多重漏話を考慮した実際的なスイッチ設計法のツールとして電力和等価多重数kを提案する。多重漏話は同一位相の場合は電圧和加算でランダム位相の時は電力和加算で相加されるがトータルとして1対1漏話に関してどの程度の劣化が予想されるか、その時の電力和加算相当の劣化量(10log(k)dB)を用いることにより、実際的なスイッチパッケージでのスイッチ規模、実装設計を可能とすることができる。

また、高速広帯域ディジタル通話路に関してはSTM通話路の交換可能な最大ビットレートはHDTVのリニア符号化を考えると600Mb/s程度まで必要となり、このようになるとパッケージ入力段にビット位相同期回路が波形整形のため必要となる。このビット位相同期回路の評価手段として最大許容ジッタを定義した。これによりエラスティックストア(ES)方式が最も優れていることを示した。

次に、構内網を対象とした高速光LANにおいて、分散通話路の立場から電話呼のような同期系通信とデータ通信のような非同期通信を混在した場合のチャネル割り当て法、最適な回線交換、パケット交換機能について検討を行った。ここの検討では、64kb/s、1.5Mb/sの2種類の同期系とパケットの非同期系を対象としており、高速信号フレームへの割り当て方法としては、使用効率のシミュレーションにより1.5Mb/s単位に管理を行い、3種類を任意に1.5Mb/s単位に割り当てる分散方式を用いた方式が定常状態で使用効率がよく、過渡状態での立ち上がりが速いことを示した。

最後に加入者線の多種多様なマルティメディア情報を独立の各種中継網に振り分けるための効率的な振り分けノード構成法についての検討結果を述べる。この具体的な実現方法の1つの有効な手段として、分散多元通話路方式を用いた通話路構成法を提案し、実際に試作により最大スループット1Gb/sを実現した。

*B:通話電流供給、O:過電圧保護、R:呼出信号送出、S:監視、C:符号復号化、H:2線4線変換、T:試験

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「交換システムにおける通話路系装置の構成法に関する研究」と題し、通話路系装置を構成する加入者回路のディジタル化時の構成法、高機能化の研究と、通話路の高速広帯域化、分散化の研究について論じている。全体で7章からなる。

第1章では、研究の経緯と本研究の内容を述べている。加入者回路に関しては、交換機のディジタル化に対応して研究を開始し、大きく3世代に分類して開発の契機と目的を示している。また通話路に関しては、映像通信の高まりから高速広帯域化とLANの高速化に対応した分散通話路について構成する上での主要な要因を明確にして研究対象を示している。

第2章では、加入者回路の創成期および基本構成の完成期である第1世代の加入者回路の設計指針、構成条件、LSI化の研究内容について述べている。本研究により最終的に主要LSIを2チップで構成された加入者回路は1983年からD70ディジタル交換機用加入者回路として全国導入され、約15年に渡り、ディジタルLS交換機の主力部品として全国約6,000万の加入者へのサービス提供用として導入されてきた。本加入者回路の開発は日本の電話網のオールディジタル化の達成のための重要な位置を占めている。

第3章では、光化に対応するため、さらなる小形化、低消費電力化、高機能化を狙った第2世代目のパーチャネル形高機能加入者回路の構成技術について述べている。本加入者回路の重要な特徴は半定電流給電方式の採用と簡易媒体試験機能の内蔵化である。半定電流給電方式を採用することにより、低消費電力化に効果があるだけでなく、等価的に線路損失変動を縮小することができ、各端末機器に対して均一の品質を提供することが可能となる。また、簡易媒体試験の内蔵により試験系のコストがかなり削減されるという効果がある。本加入者回路は第1世代の加入者回路に取って代わって現在全国の交換機に導入されている。

第4章では、多様なサービスに迅速に対応するために遠隔からのサービス変更が可能にできるような新サービス提供法について述べているとともに、第3世代の加入者回路であるサービス共用形ラインカード(共用LC)の構成技術について示している。共用LCはファームウェアにより制御可能な汎用のハードウェアを持っており、遠隔からの制御により提供サービスを変更することが可能となる。これにより、ラインカード品種の統一による資材管理業務の簡素化、遠隔からのサービス変更によるサービス性の向上、保守性の効率化が図れている。本共用LCは、次世代の加入者回路として既に全国導入が開始されている。

第5章では、高速広帯域通話路に関して、アナログ通話路とディジタル通話路双方について構成技術を述べている。広帯域アナログ通話路は特に多重漏話を留意する必要があり、その多重漏話を考慮した実際的な通話路の設計法を示している。本通話路は次期の通信システム構築のために三鷹で実施されたモデルシステムに使用されて、実用性が実証された。高速ディジタル通話路に関しては、600Mb/sディジタル信号の交換、分配を目的にその通話路構成法、波形整形技術について述べている。本研究を基に、ビット位相同期回路のLSI化を行い、600Mb/s回線交換システムのプロトタイプを試作し、その実用性が確認された。本通話路構成技術は、その後のATM交換機、光交換機の基本的な技術として継承されている。

第6章では、マルチメディアサービスの実現に向けて、専用の中継網の前段に速度別、接続形態別に情報を振り分ける機能の実現手段として多元の情報を扱うことが可能な高速バスで構成される分散通話路を用いた構成法を提案している。本通話路においては、BchレベルからH4(156Mb/s)レベルまでの多元交換が可能となり、試作機(スループット:1Gb/s)によりその実用性を確認した。また、高速で高信頼の光ファイバ伝送路を用いて、比較的広いサービスエリア内の多様な通信を可能とする大規模構内光伝送方式において、分散通話路としての設計法を示している。本装置は電話に代表される同期系とデータ通信の非同期系を共通のループ伝送路で制御する必要があり、このため同期/非同期伝送領域の割り当てを同期端末間通信の要求に基づいて変更し、伝送路の効率的使用をはかる方式を提案している。

第7章では本論文の結論を述べている。

以上を要するに、本論文は交換システムの通話路系装置の中でネットワークの高度化、マルチメディア化、高速広帯域化の流れに沿って、加入者回路および通話路の最適な構成法を明らかにするとともに実際にその研究成果をベースとしたシステムは実用導入され、特に3世代にわたる加入者回路は全国6,000万加入者を対象に約20年間にわたり逐次導入されており、ディジタル交換システム技術ならびに電子情報通信工学の発展に寄与するところは極めて大きい。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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