学位論文要旨



No 215743
著者(漢字) 原,嘉孝
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ヨシタカ
標題(和) CDMA基地局用アダプティブアレーアンテナに関する研究
標題(洋)
報告番号 215743
報告番号 乙15743
学位授与日 2003.07.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15743号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨 要旨を表示する

本論文では, W-CDMA方式の高機能化に向けて,基地局用アダプティブアレーアンテナを用いたシステム構成を論じる.アダプティブアレーアンテナでは複数アンテナを用いることにより高品質な信号の送受信を行うことができる.そのため,現在のW-CDMA方式よりも多くの通信ユーザ,高速伝送をサポートできるものとして期待されている.技術的には上りリンクでの受信機構成,下りリンクでの送信機構成,アクセス制御方法として現実的かつ高性能な構成が求められる.各章では,このような要求に対応するための要素技術について論じる.

まず,第1章では研究背景を述べ,第2章ではアダプティブアレーの基礎理論であるウエイト収束特性の解析を行う.第3章ではCDMA上りリンクにおける高効率な基地局用アレーの構成を提案する.第4章ではマルチメディア通信を考慮したCDMA下りリンク用ビーム形成を示す.第5章では,基地局用アダプティブアレー利用時のアクセス制御法を提案する.第6章では,各章の研究成果をまとめる.

「序論」では研究背景を説明する.現在,国内では最大2Mbpsをサポートする第3世代移動通信W-CDMA方式のサービスが開始されているが,将来的にはさらに高速なデータ通信のサポートに期待が寄せられている.このうち,10Mbps程度までをサポートする3.5世代では基地局用アダプティブアレーアンテナの利用によるW-CDMA方式の高機能化が検討されている.また,100Mbps程度までをサポートする第4世代では OFDM (Orthogonal Frequency Division Multiplexing) を用いた新たな伝送方式にも注目が集まっている.

いずれの研究においても,複数のアンテナを用いる信号の送受信方式は重要な課題と位置づけられている.3.5世代ではCDMA基地局用アダプティブアレーアンテナ,4世代では MIMO (Multi-Input Multi-Output), OFDM 用アレーアンテナ,SDMA (Space Division Multiple Access) など複数アンテナを用いた通信の研究が盛んである.このようにアンテナ技術に注目が集まる背景には,周波数の欠乏,端末の送信電力増大に対してアンテナ技術以外によい解決策がないという実情がある.低消費電力で高速無線通信を行うためには,複数アンテナを用いた空間領域の活用が必須となるであろう.本論文では,この中で近未来の課題として「CDMA基地局用アダプティブアレーアンテナ」を取り上げ,その技術的詳細を論じる.

「SMIアダプティブアレーのウエイト収束に関する解析」では一般的なアダプティブアレーの受信特性解析を行う.本結果は基本的かつ重要なものであり,アダプティブアレーの基礎理論となる.本結果の一部は第3章へと発展する.

アダプティブアレーでは複数のアンテナで信号受信し,あるウエイトw=[w1, w2, w3, w4]Tに基づきアンテナ間で信号合成する.この際,適したウエイトを用いると希望信号を強く受信でき,干渉信号を抑圧できる.その結果,単純な最大比合成の場合よりも高品質な合成出力を得ることができる.ウエイトwは通常受信信号と希望信号のパイロット信号を用いて演算される.この際,多くの信号サンプルを用いるほど良好なウエイトを得ることができる.しかし,実環境では利用できるパイロット信号は限られており,限られたパイロット信号数の中で最適状態に近いウエイトを得ることが重要となる.

第2章では,代表的なウエイト演算アルゴリズムであるSMI (Sample Matrix Inversion) 法に対し,パイロット信号数と出力SINRの平均値との関係を導く.最終的に,アダプティブアレー出力における平均SINRTは次式で導出される.ここで,Γ0は最適ウエイトを用いた場合のSINR, Mはアンテナ数,Nはパイロットシンボル数である.本式はさまざまな受信環境で適用可能であり,シミュレーション結果ともよい精度で一致する.従来のウエイト収束解析はΓ0の大きい場合に限って行われていたが,本解析は任意のΓ0に対して精度よく適用できる.従って,アダプティブアレーのウエイト収束を表す基礎理論として広い適用範囲が考えられる.

この他に,第2章では異なる受信サンプルを用いて相関行列と相関ベクトルを演算する変形SMIアルゴリズムのウエイト収束特性も明らかにした.変形SMIアルゴリズムは従来存在しない方法であるが,本演算方法でもウエイト演算が可能であることを示している.この変形SMIアルゴリズムは第3章のCDMA用アレーにおいて演算の効率化を実現する重要技術となる.また,CDMA方式では逆拡散後よりも逆拡散前でウエイト演算を行う方がウエイト収束が速いことも理論的に証明した.この証明により,従来主流の方法よりもさらに高速なウエイト収束が可能であることが明らかとなり,第3章の提案CDMA用アレーが高性能を有する理由となっている.

「上りリンク相関行列共通型基地局用アダプティブアレーアンテナ」では上りリンクにおけるCDMA基地局用アダプティブアレーアンテナの効率的な構成を提案する.CDMA方式ではアダプティブアレー技術の導入により干渉電力の低減と容量増加が期待されている.しかし,基地局において高速ウエイト演算法を用いると演算量が非常に大きくなるという問題がある.一方で,演算量の低いウエイト演算法ではウエイト収束が遅く,パケット通信での利用が難しい.このような状況で低演算量と高性能を同時に実現できるCDMA基地局の信号処理構成が求められている.

このような要求に対し,第3章では高性能と低演算量を同時に満足できる相関行列共通型アダプティブアレーを提案する.本構成では,SMIアルゴリズムにおいて90%以上の演算量を占める相関行列演算を各ユーザで共通とすることにより,大幅な演算量の削減を実現している.従来,CDMA方式では逆拡散後の受信信号がユーザごとに異なるため,ユーザ間での相関行列の共通化はできないものと考えられてきた.これに対し,提案法では逆拡散前に相関行列演算を行ってもウエイトに影響がないことを証明し,相関行列の共通化が可能であることを示した.このような構成によって,ユーザ数に無関係に相関行列演算を1つとでき,大幅な演算量の削減が可能となる.また,性能面でも提案法は従来の方法よりも高速ウエイト収束を実現でき,高品質な信号受信が可能となる.このように提案法は,相関行列の共通化により,低演算量化とウエイト高速収束を同時に実現する方法である.本手法のハードウエア構成は簡易であり,実用的な方法である.

「CDMA下りリンクにおける基地局用ビーム形成法」ではTDDモード,FDDモードそれぞれのCDMA下りリンクにおけるビーム形成法について論じる.

まず,ビーム形成法に先立って,CDMA下りリンクにおける端末RAKE受信の特性解析を行う.ここでは,W-CDMA下りリンクで用いるロング符号及びウォルシュ符号,多ユーザへの信号送信,基地局での送信ビーム形成を考慮し,端末におけるRAKE受信後のSINRの厳密解を導く.導かれたSINR厳密解は,いかなる環境においても正確に受信SINRを表現でき,シミュレーション等を行う上で有効である.性能評価では,導出された厳密解が正確な受信SINRを与えることをシミュレーションにより確認した.また,本解析結果を用いて,RAKE合成が理想的でない場合の受信特性の劣化についても評価を行った.

次に,端末におけるSINR厳密解をさらに理論展開し,下りリンクに適したビーム形成アルゴリズムを導いた.ここでは,送信電力制御状態において基地局の総送信電力が最小となるようにビーム形成を決定する.ビーム形成に当たっては,各ユーザの伝搬路状態とマルチメディア通信における必要SINRを考慮する.従来のビーム形成法では各ユーザの必要SINRなどの情報を十分に活用していなかったが,提案法ではその活用により高性能なビーム形成を目指す.性能評価の結果,TDDモード及びFDDモードの双方において,提案マルチメディア通信対応型ビーム形成により高容量を達成できることが分かった.また,FDDモードではビーム形成は伝搬特性の影響を受けやすく,角度広がりが大きくなるにつれ通信容量は急激に劣化する.その際の対応策として,閉ループ伝搬路推定が効果的であることがわかった.

「アダプティブアレーを用いるCDMAのアクセス制御」では基地局用アダプティブアレーアンテナ利用時のアクセス制御を論じる.アダプティブアレーを用いてシステム容量を増やすためにはシステムの入口であるアクセス制御についても考える必要がある.これは,映画館内の席数を増やしても,入口で定員以下の入場制限を行なうと観客数が増えないのと同じで,入口(アクセス制御)が従来のままではシステム容量を効率的に増やすことができない.特に,アダプティブアレーでは,方向別にトラヒック状態が異なる場合もあり,ユーザの到来方向を考慮したアクセス制御が必要となる.

そこで,第5章ではアダプティブアレーを用いたCDMA基地局のアクセス制御法を提案する.提案法では,新規ユーザからの通信要求に対し,基地局はアダプティブアレーを利用した場合のSINRを予測する.基地局は,予測SINRが基準SINR以上の場合のみ新規ユーザの通信を許可し,それ以外は呼損とする.本方式を用いると,新規ユーザの存在方向を考慮してアクセス制御を行なうことでき,効率的にユーザを収容できる.

「結論」では本論文での研究成果をまとめる.本論文ではCDMA基地局アダプティブアレーにおける上下リンクの信号処理構成,アクセス制御を論じた.3章で示した提案アダプティブアレーは高速ビーム形成と低演算量を同時に実現できる実用的な方式である.また,5章のアクセス制御は,現在あまり研究が行なわれていないが,今後重要な課題になると考えられる.各章で扱った要素技術単体として効果がある.また,CDMA方式では最終的にアダプティブアレーアンテナを用いたシステム構築が求められるが,各章で扱った要素技術を組み合わせることにより整合性のよいシステム構築を行うこともできる.このように本論文で扱った技術は要素技術単体としての効果とシステム構築における整合性の双方を考慮しており,実用的な構成である.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「CDMA基地局用アダプティブアレーアンテナに関する研究」と題し,第3世代移動通信からの発展としてさらなる高速伝送を想定し,そのサービスを実現するための重要技術である基地局用アダプティブアレーアンテナの効率的な構成法を提案して論じている.本論文では,従来の信号処理法と比較して低演算量と高性能を同時に達成できる新手法を提案している点,信号処理の動作に関する基礎理論を構築している点,アダプティブアレーアンテナに対応可能なアクセス制御法を先駆的に論じている点において従来と異なる特徴を有し,次世代移動通信に有効な方法を深く追求している.本論文は全6章からなり,アダプティブアレーアンテナの信号処理に関する基礎理論,基地局用アダプティブアレーアンテナの上下リンクにおける信号処理構成,マルチユーザを円滑に収容するアクセス制御法について包括的に論じている.

第1章は「序論」であり,近年の移動通信における加入者数の増加,ADSLをはじめとする有線系データ通信に対する需要の大きさから,将来の移動通信における高速データ通信の必要性を予想している.また,周波数の逼迫する無線通信において高速データ通信を実現するために,空間的に複数アンテナを配置して多くのユーザを収容するアダプティブアレーアンテナが重要となることを指摘し,現行のW-CDMA方式との融合が将来必要となることを述べている.

第2章は「SMIアダプティブアレーのウエイト収束に関する解析」と題し,アダプティブアレーアンテナを構成する信号処理技術の基礎理論を新たに確立している.ここでは,これまで任意の希望信号対雑音電力に対して記述が困難とされたウエイト収束特性を簡潔な理論で導くことに成功し,導かれた結果がよい近似精度を有することを示している.本理論はCDMA方式のみならず無線通信一般に広く適用でき,その適用範囲は極めて広い.また後半では,CDMA用アレー信号処理に理論を拡張し,逆拡散前のウエイト演算法が逆拡散後のウエイト演算法よりも常に高速なウエイト収束を有することを証明している.本理論により2つのウエイト演算法の収束特性の優劣が証明され,その優劣がいかなる動作環境でも成り立つことが判明した.従来,CDMA用アレー信号処理では逆拡散後でウエイト演算を行う方法が主流であったが,近年ではこの研究成果によって逆拡散前でウエイト演算を行う方法も商用レベルで検討されている.

第3章は「上りリンク相関行列共通型基地局用アダプティブアレーアンテナ」と題し,CDMA基地局用アダプティブアレーアンテナの効率的な構成法を述べている.本章では,基地局が個々のユーザに対してアレー信号処理を行うにあたり同様の相関行列演算が存在する点に着目し,複数ユーザ間で1つの相関行列演算を共通利用する構成を提案している.本構成により,基地局は相関行列演算の演算量を大幅に低減でき,基地局用アダプティブアレーの導入において障害であった演算規模を現実的なレベルに低減できる.本章では,相関行列共通化を行っても受信性能にほとんど劣化が生じないことを,理論とシミュレーションの両面から示している.また,提案する相関行列の共通化が複数ユーザのみならず,複数のマルチパスに対しても適用できることも明らかにしている.すなわち,基地局は1つの相関行列演算を用いて,複数ユーザと複数パスに対してアレー信号処理を構築できる.性能評価では,現実的なマルチパスフェージング環境のもとでシミュレーションを行い,提案法は逆拡散前のウエイト演算と相関行列共通化の2つの利点により、従来法に対して低演算量と高速ウエイト収束を同時に実現できることを明らかにしている.また,提案法がさまざまな端末の移動環境で常に有効であることを示している.

第4章は「CDMA下りリンクにおける基地局用ビーム形成法」と題し,マルチメディア通信を考慮した下りリンクビーム形成法について述べている.高速データ通信を行う下りリンクでは,音声,画像,データなど様々なメディアが異なる通信品質を要求する.このような中で,各ユーザの要求品質を満たし,さらに,基地局の総送信電力を低くするビーム形成法が通信システムとして必要とされる.本章ではこのシステム要求から一貫して送信ウエイト決定法を示しており,システム容量に基づいて効率的なビーム形成技術及び容量評価を議論している.その過程では,マルチパス伝搬路,RAKE合成,送信電力制御,複数ユーザへの多重伝送など現実のCDMA通信で発生するほとんど全ての要素が考慮されている.その結果,送信技術がシステム容量に与える影響を条件別に明らかにしている.また,マルチメディア通信環境において高性能を維持した簡易アルゴリズムを提案しており,計算機シミュレーションによりシステム容量の向上が可能であることを確認している.この結果,アダプティブアレー技術をCDMA方式へ適用する可能性が示されている.

第5章は「アダプティブアレーを用いるCDMAのアクセス制御」と題し,アダプティブアレーアンテナを用いた場合に対応可能なアクセス制御法を論じている.基地局用アダプティブアレーアンテナを無線通信に導入するためには,信号処理技術のみでなく,トラヒックを柔軟に収容できるアクセス制御法も重要となる.しかし,本課題に対してはアレー信号処理とアクセス制御の双方の知識が必要となるため,現在までほとんど提案されていないのが現状である.これに対して,本章ではユーザの到来方向に応じてアクセス制御を行う方法を先駆的に提案している.このような技術により,アレー信号処理を無線通信システムへ柔軟に適用することが可能となる.提案法は簡潔であり,基礎概念として大きな範囲を有している.

第6章は「結論」であり,本論文の成果をまとめるとともに,各章で述べた技術単体を統合することにより,相互に整合性のよいシステム構築が可能となることを示している.

以上これを要するに,本論文は今後の移動通信の高速伝送を実現する手段として極めて重要なCDMA基地局用アダプティブアレーアンテナの性能を改善し,演算量を低減できる基地局構成法の提案を行うとともに,その有効性を理論とシミュレーションの両面から検証したものであり,電子情報工学の今後に貢献するところが少なくない.

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる.

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