学位論文要旨



No 215744
著者(漢字) 浜田,幾久
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,イクヒサ
標題(和) 原子炉圧力容器内面ステンレス鋼肉盛溶接金属の耐粒界型応力腐食割れ性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215744
報告番号 乙15744
学位授与日 2003.07.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15744号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 小関,敏彦
 物質・材料研究機構 研究員 篠原,正
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,沸騰水型原子力発電プラント(BWR)機器のなかでも,特に高い信頼性を要求される低合金鋼製原子炉圧力容器(RPV)を対象とし,その内面(主蒸気配管等接続用ノズルを含む)を腐食から保護するためのステンレス鋼肉盛溶接金属の高温純水中における粒界型応力腐食割れ(IGSCC)感受性の評価と,材料的な面からのIGSCC感受性抑制技術の確立を目指したものである。

RPV内面ステンレス鋼肉盛溶接金属の耐食性を考える上でもっとも重要なことは,これらがRPVの製作過程において,厚肉溶接部の溶接残留応力除去のために施される600℃近辺での熱処理(PWHT)を受けるという点である。このため304鋼に代表されるオーステナイト系ステンレス鋼配管溶接部等で経験されてきた,クロム炭化物(Cr23C6)の析出に伴なう結晶粒界の耐食性低下(鋭敏化)の影響が強く現われる可能性がある。

しかしステンレス鋼溶接金属は,溶接時の高温割れ(凝固割れ)を防止するため,通常溶接のままの状態でフェライト相が10〜20%析出するような組成に調整されているので,オーステナイト単相のステンレス鋼の鋭敏化とは区別して取り扱う必要がある。他方フェライト相を含むことから,鋭敏化防止とともにPWHTによる材質的な脆化の防止もRPVの健全性確保の点で重要な課題となる。

さらに材料選定・開発においては,上記のようなRPV製作時の熱影響だけでなく,実際の運転温度(〜288℃)で数十年という長い期間使用された場合に起こりうると考えられている低温鋭敏化現象も考慮する必要がある(この現象を模擬するものとして,通常500℃/24hの低温熱時効処理が付加的に施される)。

本研究はこうした観点から,実際に即した条件の下におけるステンレス鋼肉盛溶接金属の鋭敏化現象を詳しく調べ,耐IGSCC性とともに,熱処理による脆化防止の点から好適な材料条件を見出すことを大きな目的とした。さらに実験的な評価・検討だけでなく,ステンレス鋼肉盛溶接金属の鋭敏化とその回復現象の微視的機構の解明の一助とするため,鋭敏化の主原因であるクロム炭化物の析出・成長に伴うクロム及び炭素原子の移動に注目した新規な解析モデルを構築し,実験結果を合理的に説明できるシミュレーション手法を開発した。

主蒸気配管等接続ノズル溶接部用ステンレス鋼肉盛溶接金属の選定と開発

RPVには蒸気発生用の給水配管や発生した蒸気を取出すための主蒸気配管等が接続される。これらの内径の大きな配管は, RPV側ノズル(低合金鋼製)に原子力用316鋼製短管(ノズルセーフエンド)を取付けてから溶接で接合されるが,RPV側ノズルとノズルセーフエンドとの接合部が低合金鋼とオーステナイト系ステンレス鋼の異種金属溶接継手となり(ノズル内面の肉盛溶接含む),しかもこの部位は部分的にPWHTの影響を受けるため,鋭敏化と脆化の観点から信頼性の高いステンレス鋼溶接材料を選定または開発する必要があった。

候補となった材料は主として308及び316鋼溶接金属であったが,結果的に炭素量とフェライト量を所定の範囲に制限することにより,高温純水中での耐IGSCC性及び脆化の点で極めて特性のすぐれた316鋼溶接金属が得られることを明らかにした。316鋼溶接金属では,PWHT時にフェライト相内部に多量のモリブデン炭化物(MoC)が析出するという特徴があり,このことが本材の粒界腐食(IGC)抵抗向上に寄与している。フェライト相中のMoCの析出についてはまだ他に研究例が見当たらない。

研究を進めるにあたり,溶接金属特有の材質的不均質性の影響を考慮し,高温純水中でのIGSCC特性を簡便かつ確実に評価するための代替試験法として,定量的粒界腐食試験法を確立した。こうした評価法により,308鋼溶接金属においてこれまで知られていなかった現象として,PWHTで一旦鋭敏化が回復した場合であっても,500℃/24hの低温熱時効処理を施すと,IGC感受性が再び増大するケースのあることが判明した。

RPV内面用308鋼二層肉盛溶接金属の鋭敏化特性評価

RPV内面への耐食材料の肉盛溶接法としては,50〜75mm巾の帯状電極を用いたサブマージアーク溶接法が代表的である。この溶接法ではRPV母材(低合金鋼)からの希釈が比較的大きいので,耐食性の確保の観点からは二層肉盛溶接が行われる。ここではこの二層肉盛溶接により得られた308鋼溶接金属について,PWHT後の鋭敏化特性を詳しく評価した。このときフェライト相の分布状態を定量化できる金属組織パラメータ(フェライト相−オーステナイト相界面の数NL-γまたは面積SVα-γ)に注目し,各試験材の挙動を金属組織パラメータとの関連で検討した。

その結果,大部分のIGCデータは先行研究で明らかにされていた鋭敏化/非鋭敏化の限界線で説明できるものの,一部に予測から外れるものが見出された。そこでこの原因が帯状電極による肉盛溶接金属に特有の金属組織のバラツキ(フェライト相の分布状態)と関係があることを突き止め,フェライト相の分布状態の局部的特徴を反映できる新たなパラメータ(局部NLα-γ)を導入した。これにより308鋼溶接金属の鋭敏化特性は,金属組織の特徴と明確に関連づけられるようになった。

RPV内面用高耐食性一層肉盛溶接金属(308NbL)の開発

BWRプラントの数が増えるにつれて,RPV製作工法の合理化が進み,内面肉盛溶接に対しても,150mm巾の帯状電極による新規な一層肉盛用溶接金属の開発の必要となった。しかし一層肉盛溶接法では溶接時にRPV母材(低合金鋼)からの希釈が多くなり,溶接金属中の炭素濃度が高くなるため,JISにおいては一層盛用の高耐食性肉盛溶接金属として規格化されたものはなかった。そこで本論文ではニオブによる炭素の安定化効果に着目し,溶接性に優れた308鋼を出発材料として,高耐食性の多層肉盛溶接金属以上の耐食性を有し,PWHT後に脆化しない新規な一層肉盛溶接金属(308NbLと呼称)を開発した。

開発した308NbL溶接金属の限定条件は(1)Nb/C〓13,(2)NB〓0.65,(3)C〓0305 (ここでNb,Cはそれぞれニオブ及び炭素のmass%),(4)8FN〓フェライト量〓20FN (FNはフェライトナンバー)であり,その優れた耐IGC性は主として,ニオブ炭化物(NbC)がα−γ相界面に優先的に析出するためであることを電子顕微鏡による金属組織調査及び分析により明らかにした。

308NbL溶接金属は本研究の範囲では,高温純水中におけるIGSCC感受性を示さなかったが,同時にSCC試験を行った従来材308鋼溶接金属の結果に基づき,SCC発生寿命裕度を解析した結果,そのSCC発生寿命裕度は308鋼溶接金属の36倍以上であることを確認した。原子力用オーステナイト系ステンレス鋼配管突合溶接部に関しては,高温純水中でのIGSCC対策技術として,従来材(304鋼配管突合溶接部の溶接熱影響部が対象)の20倍程度の寿命裕度が必要とされていることを考えると,この36倍という数値は十分満足される裕度と言える。

ステンレス鋼溶接金属の鋭敏化・回復現象のシミュレーション手法の開発

二相ステンレス鋼溶接金属特有の鋭敏化・回復現象には不明な点が残っている。そこでその機構解明の一助とするため,従来の手法とは視点をかえて,クロム炭化物析出に伴うクロムと炭素の原子数収支,クロム炭化物の溶解度曲線,金属組織パラメータ等を考慮した解析モデルを考えた。これにより単相並びに二相鋼の各々に対して適用でき,クロム枯渇(鋭敏化)からその回復(安定化)までを一貫して解析できる新しいシミュレーション手法を開発した。

この解析モデルを実際の二相鋼溶接金属の鋭敏化・回復現象の説明に展開するにあたり,二相ステンレス鋼溶接金属に特有の事情として,材料中に過飽和に存在している自由炭素が所定の割合(分配率)でフェライト相とオーステナイト相に存在するという考え方を導入した。計算上はその分配率を1:99に設定したときに,シミュレーション結果と実験結果がほぼ一致する。

このシミュレーション手法を用いて600℃近辺での長時間熱処理による鋭敏化の回復における金属組織パラメータの影響を解析した結果,解析による鋭敏化・回復の境界線は,実験的に求められた回復曲線と一致し,さらに本研究に直接関わる実験結果だけでなく,他の研究者による鋭敏化・回復挙動についてのデータも合理的に説明できた。同時に本結果によると,RPVに対して施されるPWHTの範囲(通常数時間〜数十時間)で,308鋼肉盛溶接金属を安定化するには,金属組織パラメータ 値を,実際の溶接作業では実現が難しい3,000近くに高くする必要があることも分かった。

一方Nb添加308鋼溶接金属(308NbL)において,Nb/Cが13以上で耐食性が優れている理由は,溶接時の高温熱履歴の過程で,炭素がNbCとして固定され,母地中の平均炭素濃度が3ppm以下になるため,と考えることで全体の現象が合理的に説明できることを確認した。

308鋼溶接金属の特有の現象である,PWHTによる安定化(鋭敏化後の回復)後の低温鋭敏化現象についても解析し,安定化状態に至っていてもPWHT後の500℃の熱処理で再びオーステナイト相側に13mass%Cr以下のクロム枯渇域が生じるというシミュレーション結果を得た。関連の実験事実はこのシミュレーション結果と合致する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,沸騰水型原子力発電プラント(BWR)の低合金鋼製原子炉圧力容器(RPV)の内面に防食用として肉盛溶接されるステンレス鋼溶接金属について,クロムを含む炭化物が粒界に生じることによる耐食性の低下すなわち鋭敏化に起因する高温純水中での粒界型応力腐食割れ(IGSCC)感受性の評価と,材料的な面からの鋭敏化抑制技術の確立を目指したものである。この種の溶接金属は溶接高温割れ防止のため,フェライト(α)相が10〜20%生じるように成分調整されており,さらにRPVの製作過程において600℃近辺での溶接残留応力除去熱処理(PWHT)を受けるため,配管材等のオーステナイト(γ)単相ステンレス鋼の鋭敏化とは異なった評価が必要である。そのため,実際に即した条件下において耐IGSCC性に優れた材料条件を見出すとともに,肉盛溶接金属の鋭敏化およびその回復現象の解明の一助とするための新規な解析モデルを構築し,実験結果を合理的に説明できるシミュレーション手法を開発した。その結果をまとめたものが本論文である。論文は7章からなる。

第1章では,RPVにおける研究対象部位とRPV製作工程を述べた後,α−γ二相ステンレス鋼肉盛溶接金属の鋭敏化および高温純水中でのIGSCC感受性に関する従来の研究の調査結果をもとに,肉盛溶接金属特有の材料特性を評価する上での問題点を指摘し,本研究の目的を示している。

第2章では,RPVに接続される給水配管や主蒸気配管等のノズル溶接部(低合金鋼とγ系ステンレス鋼の異種金属溶接継手)の材料選定についての検討結果を述べている。はじめに溶接金属特有の材質的不均質性の影響を考慮して,定量的粒界腐食(IGC)試験法を確立するとともに,高温純水中でのIGSCC感受性をスクリーニングするための限界的なIGC速度を設定している。次いで候補材料の一つの316鋼溶接金属は,炭素量とα量を所定の範囲に制限すると,耐IGSCC性及び脆化の点で極めて優れた特性を示すことを明らかにしている。電子顕微鏡観察により,本鋼ではPWHT時にα相内部に多量のモリブデン炭化物が析出することを見出し,これが母地中の炭素を消費して鋭敏化を抑制するとしている。

第3章では,50〜75mm巾の帯状電極を用いて二層肉盛溶接された308鋼溶接金属のIGC及びIGSCC感受性を詳しく評価している。そのなかでα相の分布状態を定量化した金属組織パラメータ(α−γ相界面の数または面積)に注目し,各試験材の挙動と金属組織パラメータとの関連性を検討しているが,先行研究で明らかにされていた鋭敏化/非鋭敏化の限界線が必ずしも適用できないデータがあることを見出している。また,この原因が帯状電極による肉盛溶接金属に特有の金属組織(α相の分布状態)と関係があることを突き止め,α相の分布状態の局部的特徴を反映したパラメータを用いると,IGC挙動と金属組織とがより明確に関連付けられることを示している。

第4章では,150mm巾の帯状電極による新規な一層肉盛用溶接金属の開発の結果について述べている。一層肉盛溶接法ではRPV母材の希釈による炭素量の上昇が不可避であることから,本論文ではニオブによる炭素の固定に着目し,溶接性の優れた308鋼を出発材料として最適な量のニオブを添加した308NbL鋼を成分設計し,溶解してその特性を検討している。電子顕微鏡観察の結果,308NbL鋼の耐IGC性は,溶接後の冷却過程においてNbCがα−γ相界面に優先的に析出することと関係があることを示している。この308NbL鋼の高温純水中でのIGSCC感受性については,従来の308鋼溶接金属に比べ36倍以上の高いSCC発生寿命裕度を持つと推定される。

第5章では,α−γ二相鋼溶接金属特有の鋭敏化・回復現象の機構を解明するため,従来の手法とは視点をかえて,クロム炭化物析出に伴うクロムと炭素の原子数収支,クロム炭化物の溶解度曲線,金属組織パラメータを考慮した解析モデルを構築し,鋭敏化からその回復までを一貫して解析できる新しいシミュレーション手法を提案している。解析モデルを実際の鋭敏化・回復現象の説明に適用するにあたっては,材料中の固溶炭素が所定の分配率でα相とγ相に存在するという考え方を導入し,計算上はその分配率を1:99に設定したときに,シミュレーション結果と実験結果がほぼ一致することを明らかにしている。

第6章では,本論文の目的であるステンレス鋼肉盛溶接金属の耐IGSCC性向上に関する材料上の課題がどのように解決されたかを、RPV底部内面用の高Ni系肉盛溶接金属の鋭敏化抑制も含めてまとめて述べたのち,高経年化への対応と今後の課題について論じている。

第7章は本論文の総括である。

以上を要約すると,本論文はRPVの内面に施工されるステンレス鋼肉盛溶接金属の高温純水中での耐IGSCC性に関する材料的な面からの検討結果をまとめたものであり,BWRプラントで特に高い信頼性が要求されるRPVで使われる材料の選定,特性評価,信頼性評価に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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