学位論文要旨



No 215745
著者(漢字) 辛,正廣
著者(英字) SHIN,JUNG KWANG
著者(カナ) シン,マサヒロ
標題(和) ガンマナイフによる脳動静脈奇形に対する定位放射線療法の治療成績に関与する要因の分析
標題(洋)
報告番号 215745
報告番号 乙15745
学位授与日 2003.09.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15745号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 助教授 中川,恵一
 東京大学 助教授 高山,吉弘
内容要旨 要旨を表示する

【研究背景】

脳動静脈奇形 (AVM) は、若年者に多く発症する頭蓋内疾患で、未出血例では年間2%から3%の出血率を有することが知られている。このため、AVMの治療では、この出血の予防が中心目的となる。AVMに対する治療手段の一つとして、ガンマナイフは最も早期に開発された定位放射線治療を行う装置であり、現在では顕微鏡下手術と並び、多くの施設に普及している。しかしながら、以下のような問題を抱えている。

ガンマナイフ後のAVMの経過観察における画像診断には、脳血管撮影が主に行われており、CTやMRIの正確さに関する検討がなされていない。

若年者に多く認められる疾患であるにも関わらず、長期的な治療成績が不明である。

多くの施設で、治療の成否を照射後3年目の段階で行っているが、最終的なAVM閉塞の評価と追加治療の必要性の判断を行う合理的な期間についての検討がなされていない。

脳血管撮影にてナイダスの閉塞が確認された後の経過に関する追跡がなされていない。

【研究目的】

これらを解明すべく、本研究は、以下の事を目的としている。

経過観察におけるCT・MRIと脳血管撮影の所見を比較検討し、より正確な閉塞率の計算方法を検討する。

AVMに対するガンマナイフによる治療後のナイダスの閉塞率、閉塞までの待機期間中における出血の危険性、放射線誘発性神経学的合併症の可能性について、当科における10年にわたる治療実績に基づいたデーターを検討し、各々に関与する統計学的因子について考察を行う。

ガンマナイフ後3年が経過した段階でAVMの残存が認められた場合に追加治療の必要性を判断する基準となる要因について検討を行う。

ガンマナイフによる治療後、AVMの閉塞確認が確認された患者に対し、追跡を行い、その経過観察記録より、この治癒基準の妥当性と合併症の可能性について検証する。

【研究対象】

1990年から1999年の間に東京大学医学部附属病院にてガンマナイフを受けたAVMの患者408人を対象とした(経過観察期間は1ヶ月から135ヶ月、中間値65.0ヶ月)。明らかに低い線量での治療を受けた8例を除外した400例(辺縁線量17Gy-28Gy、中間値20Gy)に対して解析を行った。

【結果】

ガンマナイフ後の脳血管撮影とCT・MRIの結果について比較を行ったところ、CT・MRIはナイダスの閉塞に関しては80%前後の正確さで脳血管撮影の所見を反映しているに過ぎなかった。しかし、ナイダスの残存に関しては脳血管撮影と同等の正確さを有していた。このため、AVMの閉塞については、脳血管撮影による判断が必要であるが、非閉塞の判断についてはCT・MRIの結果は脳血管撮影と同等に用いる事が可能であると思われた。

ガンマナイフによる治療後、320例の患者で脳血管撮影による経過観察が行われ、内260例で6ヶ月後から99ヶ月後(中間値23ヶ月)にAVMの閉塞が確認された。AVMの“閉塞”を脳血管撮影のみで定義し、“非閉塞”に関する定義を脳血管撮影とCT、MRIのいずれかで行った場合、ナイダス閉塞率は治療後3年で72.0%、5年で87.3%であった。

ガンマナイフ後にAVMナイダスの閉塞に関与する因子を多変量解析にて統計学的に検討したところ、出血の既往 (p=0.0084)、ナイダスの径が小さい例 (p=0.0023)、辺縁線量が高い例 (p=0.0495) が統計学的に有意であった。脳血管撮影にてナイダスの閉塞が確認された例について、早期閉塞に関与する因子を検討したところ、男性症例 (p=0.0001)、ガンマナイフ前にAVMの摘出術が試みられた事ある例 (p=0.0039)、ナイダスの径が小さい例 (p=0.0006)、脳血管撮影の正面像と側面像のみを使用して線量計画を行った症例 (p=0.0201) が有意であった。治療後3年以内に閉塞が達成される事に関する因子は、治療時の年齢が40歳未満の例、出血の既往のある例が有意であった (共にp=0.0115)。

ガンマナイフ後の合併症に関し、症候性放射線障害の発生に関与する因子としては、medial striate artery 又は artery of Heubner が栄養血管である例 (p=0.0260)、治療時に既に感覚障害を認める例 (p=0.0103)、脳血管撮影の正面像と側面像のみを使用して線量計画を行った症例 (p=0.0411) が有意であった。又、閉塞までの間の出血に関与する因子としては、治療時の年齢が60歳以上の例 (p=0.0188)、脳幹部AVMの症例 (p=0.0163)、脳室上衣下にナイダスを認める例 (p=0.0321) が有意であった。

ガンマナイフ後、脳血管撮影にて閉塞が確認された260例の内、236例において、閉塞後も引き続き1ヶ月から133ヶ月(中間値77ヶ月)の経過観察が行われたところ、4例で閉塞後16ヶ月から51ヶ月に、症候性出血を認めていた。また、これらとは別に2例では、閉塞が確認された57ヶ月後と66ヶ月後にナイダスが存在した部分に嚢胞形成を認めた。脳血管撮影で閉塞が確認されたAVMについて、閉塞後の出血率を計算したところ、年間出血率にして0.30%、10年間の累積出血率で2.2%であった。

これら閉塞が確認された後に手術を施行された症例の術中肉眼所見では、流出静脈と変性したナイダスは、ほとんどの部分で灰白色に退縮していた。しかしながら、ナイダスの一部分は赤色を呈しており、血管腫に類似した部分が存在していた。摘出したナイダスを顕微鏡下に観察すると、ほとんどの部分でナイダスの血管内皮の肥厚による内腔の閉塞とヒアリン化を認めたが、ヒアリン形成部分の中には内皮細胞で囲まれた赤血球を含む管腔構造が存在し、さらにナイダスの一部は依然として開存している部分が認められた。

【結論】

近年の治療技術の進歩に伴い、ナイダスに対する照射野の選択性と適合性が著しく改善し、放射線障害の可能性は減少している。しかしながら、同時に、閉塞までに必要とする待機時間が多様化しており、ガンマナイフの全体的な治療成績については、5年以上の経過観察に基づいて評価される必要がある。又、治療後3年が経過した段階で残存ナイダスが認められる場合には、早急な追加治療の必要性につき、治療時の患者の年齢、出血の既往、ナイダスの大きさ、性別などを考慮した上で慎重に判断することが重要である。

現行の三次元的な線量計画をもとに行うガンマナイフによる治療では、放射線誘発性合併症の可能性は少なく、今後、さらなる照射線量の増加が期待できると思われる。さらに、初回治療にて残存ナイダスを認めた症例についても、追加治療の時期を適確に判断して再治療を行う事で、閉塞率のさらなる向上と、閉塞までの待機期間の減少が見込め、治療成績のさらなる改善に貢献するものと思われる。

ガンマナイフによるAVMの治療では、脳血管撮影上のナイダスの消失が、必ずしも病気の治癒を意味せず、治療の end point となりえない。僅かではあるが、その後も出血や嚢胞形成等の合併症を起こす可能性がありえるため、引き続き経過観察を必要とする。ガンマナイフは依然として10年以上にわたる治療成績がはっきりしておらず、このため、治療の適応にあたり、外科的摘出術の可能性を慎重に検討した上で決定する事が重要である。特に、若年者で治療を行う時は、患者の余命に見合う長期成績が未だ不明であり、この点について、患者本人及び家族から、充分なインフォームド・コンセントを得る必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

ガンマナイフは、脳動静脈奇形の閉塞を促し、出血を予防する有効かつ安全な治療法の一つとして普及しているが、比較的新しい治療法であるが故に、その治療成績については依然として不明な点が多い。本研究は、当院における10年間にわたるガンマナイフの治療経験をもとに、その治療成績について解析を行ったものである。この研究により、以下のことが新たに解明された。

ガンマナイフ後に脳動静脈奇形が閉塞に至ったかどうか判断する画像診断において、“閉塞”の確定にはCTやMRIでは不十分で、脳血管撮影を必要とする。しかしながら、CTやMRIで残存ナイダスを認められる場合には、脳血管撮影を行わずとも“非閉塞”と判断できる。

当初、ガンマナイフの治療は脳血管撮影の正面像と側面像のみを用いて線量計画がなされていたが、線量計画の際にCT、MRIからの情報も利用する事が可能となってからは、放射線障害による合併症の危険性は著しく低下した。しかしながら、同時に閉塞が達成されるまでの待機期間は有意に遷延し、従来、治療後3年以降が経過してから閉塞する例は稀であると言われていたが、我々の結果では、3年から5年の間にも閉塞率は15%の増加を認めていた。ガンマナイフによる脳動静脈奇形の閉塞率に関与する因子としては、従来指摘されていた、ナイダスの大きさ(小さい方が閉塞率が高い)や辺縁線量(高い方が閉塞率が高い)に加え、出血の既往(既往がある方が閉塞率が高い)が重要であった。しかも、出血の既往のある症例では、比較的早期にナイダスの閉塞が達成されていた。

ガンマナイフによる治療後、3年が経過した段階で脳動静脈奇形の残存が認められた場合に追加治療の必要性を判断する基準となる要因について検討を行った。治療時の年齢が比較的高く(40歳以上)、出血の既往のある症例では、ガンマナイフ後3年以内にナイダスが閉塞する可能性は、比較的少ないことがわかった。しかし、これらの症例では、それ以降に閉塞する可能性が充分あり得るため、直ちに追加治療を行わず経過をみる事ができ、逆に、治療時の年齢が比較的若く(40歳未満)、出血の既往のある症例で、照射後3年目の段階で残存ナイダスを認める場合には、それ以降に閉塞する可能性は少なく、追加治療を推奨すべきであると思われた。

従来、ガンマナイフによる脳動静脈奇形の治療では、ナイダスの脳血管撮影上での消失をもって病気の“治癒”と判断されてきた。本研究では、ガンマナイフによる治療後、脳動静脈奇形の閉塞が確認された患者に対し、追跡調査を行った。そうしたところ、ガンマナイフ後に退縮したナイダスが、依然として年間0.3%程度の出血率を有し、僅かながら嚢胞形成等の合併症も起こりえることが判明した。ガンマナイフによる脳動静脈奇形の治療では、脳血管撮影上での脳動静脈奇形の消失が、必ずしも病気の治癒を意味ぜず、このため、脳血管撮影で閉塞が確認された後も、引き続き経過観察が必要であることが示唆された。

以上、本研究により、ガンマナイフによる脳動静脈奇形に対する治療について、患者に対し、さらに多くの情報を提供することが可能となり、症例によっては放射線誘発性合併症の可能性は少なく、照射線量の増加が期待できるようになった。又、初回治療にて閉塞に至らなかった症例についても、追加治療の時期を適確に判断して再治療を行う事が可能となった。以上のことから、閉塞率のさらなる向上と、閉塞までの待機期間の減少に重要な貢献をなすものと考えられる。本研究は、ガンマナイフによる脳動静脈奇形の治療成績のさらなる改善に重要な貢献をなすと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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