No | 215747 | |
著者(漢字) | 平井,利幸 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒライ,トシユキ | |
標題(和) | 抑うつ症状と神経症症状に着目した精神障害診断基準の研究 : (1)横断面の因子分析 および(2)縦断面の前方視的2年転帰調査による検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215747 | |
報告番号 | 乙15747 | |
学位授与日 | 2003.09.03 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15747号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景と目的 近年、精神医療の対象が入院から外来中心のより軽症の疾患にシフトしてきている。精神科外来治療においては、軽症うつ病やいわゆる神経症の患者の占める割合が増えている。操作的診断基準を中心とした精神科診断の歴史を振り返ると、感情障害(症状)を重視する流れがみられる。DSM-III (1980) 以降、機能性精神障害の分野において感情障害圏が統合失調症圏と神経症圏の両方向に拡張された感がある。さらに、近年では「軽症うつ病エピソード」を定義する (ICD-10) など、より軽症の障害を診断する方向もみてとれる。本稿では、こうした臨床・診断の流れを考慮し、抑うつ症状と神経症症状に着目した検討を行った。特に、前者の抑うつ症状に焦点を絞り、横断面・縦断面の両側面から機能性精神障害の診断基準の再検討を行った。 方法 厚生省(現厚生労働省)の感情障害研究班を中心に組織された多施設共同研究グループ(GLADS)は、1992年末から1995年末までの3年間に共同研究参加施設を初診した患者の代表的サンプルに対して、PISAと呼ばれる評価方法(半構造化面接)によりスクリーニング調査を実施した。この調査では、人口統計データのほか操作的診断基準(DSM-III-R)の診断基準に相当する33個の症状項目をもれなく評価した。 研究Iにおいては、スクリーニング症例の中から、18才以上でかつICD-10の診断基準により感情障害(躁状態を除く) (F3) および神経症性障害(F4)と診断された1288例を選択した。そして、全ての神経症症状(抑うつ症状を含む)の基礎出現率を調べ、サンプル全体の5%以上に出現した14個の神経症症状を因子分析した。次に、得られた5個の症候因子と外部指標(人口統計学的変数および臨床変数)の相関を調べた。また、F3/F4の各診断亜型における5個の症候因子の出現頻度も調べた。 研究IIにおいては、前記のスクリーニング調査を経てある基準を満たした(初診前3ヶ月間に抗うつ薬ないし抗精神病薬による治療を受けたものを除くなど)症例の中から、統合失調症圏(F2)の障害21例と神経症圏(F4)の障害26例を選び、COALAと呼ばれる評価方法を用いて前方視的に追跡し、2年後の転帰を調査した。F2およびF4の障害をそれぞれ抑うつ症状の有無により二群に分け、発症様式と2年転帰を比較検討した。 結果 研究Iの結果 因子分析により5個の因子が得られた。それぞれ、(1)全般性不安因子、(2)抑うつ症状因子、(3)強迫症状因子、(4)恐怖症性不安因子、(5)身体表現性症状因子であった。こうした症候因子と外部指標との間には次のような相関がみられた(表1)。この中で特に注目すべきは、抑うつ症状因子が他の神経症因子と比較して、「発症様式が急性」でしかも「発症から受診までの期間が短い」ことで特徴付けられた点である。これらの特徴は、病識ないし受療行動と関係し、ひいては良好な転帰につながる可能性がある。 次に、F3/F4各診断亜型における5個の症候因子の出現頻度を調べたところ、それぞれ概ねICD-10の診断亜型に相当する分布を示した。 研究IIの結果 統合失調症圏(F2)の障害21例と神経症圏(F4)の障害26例をそれぞれ抑うつ症状の有無により二群に分け、発症様式と2年転帰を比較検討した。その結果、抑うつ症状を伴う群は両障害圏とも、統計上の有意差は認められなかったものの、発症様式がより急性で、症状面で寛解に至る傾向が認められた。(表2)(表3)また、統合失調症圏では、抑うつ症状ありの群で2年後のGAS得点が有意に高かった。(表2) 考察 ICD-10ではF4項目の中に、歴史的に神経症概念と関連している障害、すなわち神経症性障害、ストレス関連障害、身体表現性障害が一括されている。その大部分が心理的原因と関連していると考えられてきた。研究Iで因子分析によって得られた5個の症候因子は、それぞれICD-10 (F3/F4)の診断亜型に相当しており、各診断亜型にほぼ特異的な出現様式を示した。このことは、現在使用されているカテゴリカルな診断基準の妥当性を証明している。ところで、この結果は自明なことのようにみえるが必ずしもそうではない。すなわち、現行の操作的診断基準で使用されている基準は、専門家の合意に基づいた恣意的なものであり実証研究のデータに基づくものではないからである。特に神経症圏においては、神経症全体をカテゴリーに分ける(splitters)のではなく一まとめとして扱おうとする学派(lumpers)の意見も有力であった。 次に、研究Iによると、5個の症候因子の中で抑うつ症状因子は他の神経症因子と比較して、「急性発症」で「発症から受診までの期間が短い」という臨床上の特徴を持っていた。これらの特徴は、病識ないし受療行動と関連があると考えられ、ひいては良好な転帰の予測因子となる可能性がある。 この結果をふまえて、研究IIの縦断面の前方視的追跡調査が行われた。統合失調症圏(F2)と神経症圏(F4)の障害をそれぞれ抑うつ症状の有無により2群に分け、発症様式と2年転帰を比較した。その結果、いずれの障害圏においても、(予想されるように)抑うつ症状ありの群で急性発症かつ転帰が良好である傾向が認められた。統合失調症および神経症の診断は、それぞれの障害に特異的な症状に基づいてなされる。抑うつ症状は、それらの障害に伴う非特異的な症状ではあるが、「始まりと終わりが明瞭である」或いは「急性発症でかつ転帰が良好である」という縦断面の特徴と関連があった。その臨床的意義は大きいと考える。これまで目立った症状(幻覚・妄想やパニック発作または強迫症状など)の陰にかくれて見逃されてきた可能性があるだけに、再度注目する必要があるのではなかろうか。 5個の症候次元と人口統計学的変数・臨床変数 抑うつ症状の有無からみた2年転帰の比較(F2圏) 抑うつ症状の有無からみた2年転帰の比較(F4圏) | |
審査要旨 | 本研究は機能性精神障害の領域における現行の操作的診断基準(ICD-10)を再評価することを目的として、抑うつ症状と神経症症状に着目しながら、横断面(研究I)・縦断面(研究II)の両側面からの分析を行い、下記の結果を得ている。 研究Iでは、PISAと呼ばれる半構造化された評価方法を用い、横断面のスクリーニング調査を行った。その中から18才以上で、感情障害圏(F3)または神経症圏(F4)と診断された1288例を対象として選択し、全ての神経症症状(抑うつ症状を含む)の基礎出現率を調べ、サンプル全体の5%以上に出現した14個の神経症症状を因子分析した。その結果、臨床的に妥当と考えられる以下の5因子が抽出された。それぞれ、(1)全般性不安因子、(2)抑うつ症状因子、(3)強迫症状因子、(4)恐怖症性不安因子、(5)身体表現性症状因子であった。 次に、得られた5個の症候因子と外部指標(人口統計学的変数と臨床変数)の相関を調べ、抑うつ症状のみ「発症様式が急性」で「発症から受診までの期間が短い」という、他の神経症症状とは異なる特徴を有していることを示した。これらの発症をめぐる臨床指標は、病識および受療行動と関連し、ひいては障害の長期経過という観点から良好な転帰につながる可能性を示唆している。 次に、感情障害圏(F3)・神経症圏(F4)の各診断亜型における上記の5個の症候因子の出現頻度を調べ、各診断亜型別に症候因子の出現様式を検討した。その結果、5個の症候因子は概ねICD-10の診断亜型に相当していることがわかった。しかしながら、一部F40およびF41の診断亜型においては症候因子の出現様式に差が認められなかった。これは、恐怖症性不安因子の構成要素である恐怖症状とパニック症状を特徴とする障害すなわち恐怖症およびパニック障害がF40とF41に別々に配置されているためと考えられ、パニック障害(F41.0)を恐怖症性不安障害(F40)の枠組みに入れることが提案された。 研究IIでは、上記のスクリーニング調査を経てある基準を満たしたケースを対象として、COALAと呼ばれる半構造化された評価方法を用い前方視的に2年間の追跡調査を実施した。対象は、統合失調症圏(F2)の障害21例と神経症圏(F4)の障害26例で、それぞれ抑うつ症状の有無により二群に分け発症様式と2年転帰を比較した。その結果、抑うつ症状を伴う群は両障害圏(F2、F4)とも、統計上の有意差は認められなかったものの、発症様式がより急性で、症状面で寛解に至る傾向が認められた。また、統合失調症圏では抑うつ症状ありの群で二年後のGAS得点が有意に高いという結果も得られた。 以上、研究Iでは、感情障害圏(F3)、神経症圏(F4)の障害を一括して臨床症状の因子分析を行い、5個の症候因子を抽出した。そして各症候因子と臨床指標の相関を調べ、抑うつ症状因子のみ他の神経症症状因子と比較して「急性発症」で「発症から受診までの期間が短い」という特徴があることを明らかにした。この臨床特徴は、障害の良好な転帰と関連する可能性があるという点で重要な意義を持つ。この結果をふまえ、研究IIでは、統合失調症圏(F2)と神経症圏(F4)の障害の2年転帰調査により、各障害圏において抑うつ症状因子が良好な転帰に結びつく傾向があることを確認した。さらに、考察では機能性精神障害の領域における現行の操作的診断基準の再検討を行った。本研究は、これまで十分に注目されてこなかった抑うつ症状(軽症うつ)の臨床的意味の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |