学位論文要旨



No 215748
著者(漢字) 増田,芳子
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,ヨシコ
標題(和) ホメオボックス遺伝子の活性制御因子マウスDlxin-1の機能
標題(洋)
報告番号 215748
報告番号 乙15748
学位授与日 2003.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15748号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 助教授 前田,達哉
内容要旨 要旨を表示する

骨はカルシウム調節ホルモンやサイトカインの作用により、絶えず代謝を行なっている組織である。大部分の骨表面は不活性な骨芽細胞に覆われており(静止相)、ここに骨吸収促進因子が作用すると骨芽細胞が活性化され(活性化相)、情報伝達により破骨細胞を活性化する(吸収相)。その吸収窩に骨芽細胞が骨基質を分泌して(形成相)、骨代謝の周期が終了する。

骨芽細胞は間葉系幹細胞を由来とし、I型コラーゲン(COLI)、オステオカルシン(OCN)など骨基質となるタンパク質を分泌、石灰化する。骨芽細胞の分化には骨形成タンパク質(BMP)が重要であり、BMPは細胞内シグナル伝達を介して遺伝子の発現を制御する。BMPで発現制御される転写制御因子Cbfa1のノックアウトマウス(KO)には石灰化骨が無いことから、Cbfa1が骨芽細胞分化に必須の因子と思われたが、このマウスにも骨芽細胞の初期マーカーが発現すること、in vitroの実験で骨芽細胞の分化マーカー上昇後にCbfa1が発現したことから、Cbfa1より早くBMPシグナルに応答する遺伝子が骨芽細胞への分化を決定するのではないかと考えた。そこで、BMPで発現が制御され、骨に発現する遺伝子を検索したところ、Msx、Dlxなどホメオボックスをもつ転写制御因子がみつかった。ホメオボックスとはDNA結合性転写制御因子のDNA結合領域のモチーフで、ヘリックス-ターン-ヘリックス構造を持ち、DNAに直接結合する。転写制御因子はDNA結合領域、転写活性化領域、二量体形成領域など幾つかの領域で構成され、通常、転写制御因子はDNA結合領域により遺伝子の転写活性化領域の特定な塩基配列に結合する。この他にDNA非結合性の転写共役因子があり、これは転写制御因子、基本転写因子に直接、または転写共役因子を介して結合し、転写制御を行なっている。Dlx5は骨折治癒過程や骨格形成過程に発現し、OCNプロモーターに直接結合し、COLI、OCNなど骨芽細胞に発現するタンパク質を増産させる転写活性化因子である。一方で、Dlx5はOCNプロモーターを抑制して発現量を低下、Dlx5 KOマウスの骨芽細胞でOCNの発現が増大する結果も示されている。このように、Dlx5はOCNの発現に関して二面性をもつ転写制御因子であることから、骨芽細胞の分化を解明するためにはDlx5の作用機序を解明する必要があると考えた。

そこで、本研究では、骨芽細胞の分化に関与するホメオボックスタンパク質Dlx5の作用機序を解明することを目的として研究を開始し、Dlx5に結合する新規遺伝子を得たので、この遺伝子がどのような機能を持つのか解析を行なうことにした。

まず、BMP処理を行なった骨芽細胞様細胞MC3T3-E1細胞でDlx5、Msx2、Cbfa1の発現を観察した。その結果、Msx2は最も早く上昇後、すぐに減少し、それと相反してDlx5が上昇、その後Cbfa1が緩やかに上昇した。Dlx5よりCbfa1の発現時間が遅いことから、Dlx5の下流にCbfa1が位置することも考えられたが、Dlx5ノックアウトマウスではCbfa1が変化しないことから、その可能性は低い。これらの遺伝子は発現時期に差があることから、BMPシグナル伝達経路において別々の発現制御を受け、異なる分子機能を有することが推測された。

次に、Dlx5が転写活性化因子かどうかを確認するため、Dlx5で転写活性化が報告されているCOLIプロモーター上のDlx応答配列を組込んだレポータープラスミドpDlxREを作製し、P19細胞にDlx5を導入したP19 Dlx5細胞を用いて検討したところ、転写が活性化した。そこで、Dlx5の転写活性化領域を検討した結果、ホメオボックスよりもN末端領域に転写活性化能が存在したことから、この領域がDlx5の転写活性化領域であり、Dlx5が転写活性化因子であると同定した。

そこでDlx5の転写活性化領域に結合して、Dlx5の機能を制御する因子を検索する為に、yeast two hybrid法でマウス胎児11日齢cDNAのスクリーニングを行なった。その結果、長さの異なる重複した塩基配列を持つクローンが確認され、これらは新規遺伝子Dlxin-1をコードしていた。Dlxin-1は775アミノ酸残基で、中央部分にはトリプトファン、グルタミン、プロリンを基本骨格とするアミノ酸配列が25回繰返される特徴的な領域を持ち、この配列はすべてのクローンに共通なことから、Dlx5結合領域(DlxBD)と推測された。当初、全長で相同性のある遺伝子はなかったが、その後発表されたヒトMAGE-D1、ラットNRAGE、ラットSNERG-1と相同性を示したことから、これらの遺伝子のマウスホモログであると考えられた。Dlxin-1は胎生期から成獣期にかけて広く発現し、BMPで発現制御されない遺伝子であり、Dlx5とは発現領域が重複していた。Dlxin-1とDlx5のタンパク質間結合を検討したところ、Dlxin-1はDlx5と弱い結合を示し、更にDlx/MsxファミリーのDlx7、Msx2、Dlxin-1自身とも結合を示したことから、Dxlin-1は二量体を形成し、DlxBDを介してDlx5と直接、間接的に結合することが示唆された。

次にDlxin-1がDlx5の転写に与える影響を検討するため、最もDlxin-1の発現の低いHT1080細胞を使用して実験を行なった。レポータープラスミドpGAL4 Δlx5DCとDlxin-1を同時に発現させると転写が上昇した。また、pDlxREとDlx5だけでは転写は活性化しないが、そこにDlxin-1を添加すると転写が活性化した。これらのことから、Dlx5がプロモーター上のDlxREに結合し、Dlx5のN末端領域にDlxin-1がDlxBDを介して結合し、Dlx5を活性化するという構図が示された。しかし、Dlxin-1には転写活性化能がないことから、Dlxin-1が他の転写制御因子を介してDlx5の転写を活性化する可能性が示唆された。それを証明するため、P19 Dlx5細胞とpDlxREの系にDlxin-1とDlxBDを発現させ、転写活性の変化を検討したところ、Dlxin-1では変化はなかったが、DlxBDでは転写活性が50%近く減少した。これは、Dlxin-1のN末端領域やC末端領域に他の基本転写因子、転写共役因子が結合してDlx5を活性化していると考えられ、Dlxin-1がアダプタータンパク質であることが示された。

考察、及び展望

本研究では、OCNプロモーターの制御に関与して、骨芽細胞の分化に促進と抑制という相反した機能を示す転写制御因子Dlx5の機能を解明することを目的に研究を行なった。その結果、Dlx5がN末端領域に転写活性化領域をもつ転写活性化因子であることを同定した。そして、この転写活性化領域に結合する新規遺伝子Dlxin-1を単離し、この因子がDlx5と重複した組織に発現し、Dlx5、Dlx7、Msx2、Dlxin-1自身と直接結合または間接結合することを示した。これはDlxin-1が二量体を形成し、Dlx/Msxファミリーに結合する因子であることを示している。転写実験の結果、Dlxin-1はDlx5の転写を活性化するが、それ自身には転写活性化能が無いこと、Dlxin-1のDlx5転写活性化能はDlxin-1の中央に位置するDlx5結合領域だけでは発揮されないことから、Dlxin-1のN末端領域もしくはC末端領域が他の基本転写因子、転写共役因子との複合体を架橋もしくは安定化する機能を持つアダプタータンパク質であると結論した。

更に、Dlxin-1のC末端領域でyeast two hybrid screening法を行なった結果、zinc fingerファミリーに属するRING-H2モチーフを持つPraja1遺伝子が結合した。近年、RING fingerタンパク質がユビキチン共役酵素E2sと結合し、E3ユビキチン化酵素として働くことが示されている。その後の解析で、Praja1はDlxin-1のE3ユビキチン化酵素であり、Dlx5依存性の転写を抑制したことから、Praja1はDlx5の転写を抑制する転写共役因子であることが示された。しかし、これはDlx5を活性化する転写共役因子でないため、Dlxin-1には他の転写共役因子との結合が示唆される。

今回、Dlx5が転写活性化因子であることを示したが、なぜOCNプロモーターにみられるような機能の二面性が起こるのかということを検討した。一つにはDlx5の転写制御時の発現レベルが問題であると考えられた。Dlxin-1が濃度比例的にDlx5依存的転写を活性化したことから、Msx/Dlxファミリーの比だけでなくDlxin-1との比が重要であると考えられた。次に、Dlx5には、基本的なOCNプロモーターへの転写活性と、骨芽細胞分化終期におけるOCNの発現を促進する転写制御因子を阻害する機能があるためと考えられた。最後に、Dlx5には幾つかのアイソフォームがあり、ホメオボックス以下を欠損するδDlx5が骨芽細胞系に発現していた。このδDlx5は、Dlx5とN末端領域が共通であることから、Dlx5とDlxin-1との結合に影響を持つことが考えられた。このように幾つかの要因により、Dlx5の転写制御機能に差が出るものと考えられた。

本研究では、これまで明確ではなかった転写制御因子Dlx5の転写活性化領域を決定し、その転写活性化領域に結合し、転写機能を正に制御する新規のアダプタータンパク質Dlxin-1を単離した。これらの結果より、骨芽細胞の分化に関与するDlx5の転写制御の一環を分子レベルで明らかにすることができた。

審査要旨 要旨を表示する

骨の機能には、形態形成、抗重力といった物理的機能以外に、カルシウム代謝など生理的機能があり、脊椎動物に必須な組織である。骨機能の維持に必要な骨代謝は形成と吸収により成立し、それぞれ特異的な細胞の機能を介して行なわれる。しかしながら、この骨代謝のバランスが崩れると成長障害や多くの骨疾患を引き起こすため、骨代謝の正常維持機能機構を理解することは極めて重要な課題である。

本研究は骨形成を担っている骨芽細胞に着目し、骨芽細胞の分化初期に発現する転写制御因子を対象とした。この転写制御因子の機能を担う新規転写共役因子を検索、同定・解析することで 、骨芽細胞分化の分子機序の解明を試みたものである。

第1章は序論であり、第2章ではBMP処理による骨芽細胞様細胞株における転写制御因子の発現を検討し、最も初期に発現し、機能未知な転写制御因子群遺伝子について検討した。その結果、骨芽細胞の分化に必須であるCbfa1より初期にBMPにより誘導されたホメオボックス遺伝子Dlx5を見出した。これら転写制御因子群の発現時期に差があることから、BMPシグナル伝達経路において別々の発現制御を受け、異なる分子機能を有することが推測された。次に、Dlx5による転写制御をコラーゲンI型遺伝子プロモーターのDlx応答配列(DlxRE)を組込んだレポータープラスミドpDlxREを用い、Dlx5を強制発現した細胞により転写機能を調べた。その結果、Dlx5の転写促進能が見出した。そこで、Dlx5の欠失変異体を作成し、転写活性化領域を検索した結果、N末端領域に存在することが確認できた。

第3章では、Dlx5の転写活性化領域に結合し、Dlx5の機能を制御する共役因子をyeast two-hybridスクリーニングにて検索を行なった。その結果、長さの異なる重複した塩基配列を持つ複数クローンが取得され、これらはいずれも同一の新規遺伝子Dlxin-1をコードしていた。Dlxin-1は、中央部にトリプトファン、グルタミン、プロリンを基本骨格とする配列が繰返される特徴的な領域を持ち、またこの領域がDlx5結合領域(DlxBD)であった。Dlxin-1は胎生期から普遍的に発現し、BMPよりその発現制御を受けない遺伝子であった。Dlxin-1タンパクはDlx5、Dlx7、Msx2のほかDlxin-1自身とも結合を示したことから、Dlxin -1は多量体を形成し、Dlx5と直接、間接的に結合すると推定された。

第4章ではDlxin-1がDlx5の転写に与える影響を検討するため、最もDlxin-1の発現量の低いHT1080細胞株を使用して転写機能を解析した。ホメオボックスを欠損させたDlx5変異体とDlxin-1を同時に発現させると転写が上昇した。また、Dlxin-1の添加によりDlx5の転写機能が亢進したが、Dlxin-1自身には転写活性化能は認められなかった。

以上の結果から、Dlx5はDlxREに結合後、そのN末端領域にDlxin-1が結合し、更に未知なる転写共役因子群が会合することで転写が活性化される可能性が示唆された。

以上本研究では、転写制御因子Dlx5の機能を解明し、新規転写共役活性化因子を単離すると共に、その機能を解明した。これらの観察から、骨芽細胞の分化過程においては複数の因子が協調的かつ複雑な制御機構の存在が予想され、今回得られた知見を基に、更に詳細な骨芽細胞の分化機構が明らかになるものと期待される。

以上の本論文は複雑な骨芽細胞分化制御機構の一端を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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