No | 215753 | |
著者(漢字) | 本山,靖朗 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | モトヤマ,ヤスオ | |
標題(和) | ビール汚染能を持つ偏性嫌気性細菌に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215753 | |
報告番号 | 乙15753 | |
学位授与日 | 2003.09.09 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 第15753号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ビール醸造技術の進歩によるビール中の溶存酸素の低減から、ビール汚染能を持つ偏性嫌気性細菌が出現した。この細菌は、発見当初はZymomonas属やBacteroides属に分類されるなど分類学上の混乱が見られたが、後に新属新種に認められ、Pectinatus cerevisiiphilusと命名された。以降、欧米を中心に報告例が相次いだが、ビールに生育しない“Pectinatus”が分離されるなど、ビール生育性に関する情報が不十分であった。そこで多数の株を収集するために、環境からの分離法の検討を行った。具体的には、嫌気培養法、選択培養法、全染色体DNAをprobeとしたDot Blot/Colony Hybridization法を検討し、これらの手法を組み合わせることより、ビール工場からの拭き取りサンプルからPectinatusをスクリーニングした。得られた株は、DNA-DNA類似度を中心とした同定試験を行った。このようにして分離したPectinatus株は、全てビール生育性を示した。従って、Pectinatusに属する株は、全てビール生育能を有することが判明した。 P. cerevisiiphilusの分離以降、Pectinatus属の別種とされるP. frisingensisや、ビール生育性を示さない、新属新種であるSelenomonas lacticifex、Zymophilus paucivorans、Z. raffinosivoransが分離されており、これらの細菌は16S rRNAによる系統解析により近縁関係が示されたが、16Sは保存性の高い領域であるため類縁菌の系統を論じるには不十分であった。そこで16Sと23S rRNA遺伝子に挟まれるITS領域(Internal Transcript Spacer: 内部転写領域)に注目した。解析の結果、長さの異なる2種類のITS領域が認められ(long、short)、tRNA遺伝子の有無を除いては両者のホモロジーは高かった(図1)。また、PectinatusとSelenomonasのITSにコードされる2つのtRNA遺伝子の順序が16S方向よりtRNAala→tRNAileであり、この順序はこれまで報告された他の細菌とは異なっていた(図1)。 Pectinatus、Selenomonas、Zymophilusの細菌のITSには、100bp程度のギャップが認められた。これは、GCプロファイル(図2)に示すとおり、ギャップ両端のGC含量が低いこと(図2▽)から、不安定な高次構造に起因する欠失によるものと思われた。同様に、PectinatusとSelenomonasのtRNA遺伝子については、tRNA遺伝子周辺領域の低いGC含量に起因するloop-outによる水平移動である、と推論した。 以上より、Pectinatus、Selenomonas、Zymophilusのlong-ITSは、変化に富んだ領域であった。long-ITSより作成した分子系統樹は、16S rRNAでは明らかにされなかったPectinatus、Selenomonas、Zymophilusの系統関係をより詳しく示した(図3)。 一方、微生物的に安定なビールを製造していくために、ビール中にPectinatusが存在するかどうかを迅速に判定する迅速同定法として、ITSを利用したPCRによる、高感度で特異性の高い方法を開発した(図4)。 次に、汚染源、経路を科学的に解明する為に、rRNA遺伝子および周辺領域の多型を検出するRibotyping法を検討した。その結果、複数の制限酵素の使用により詳細なタイピングが可能となった(図5)。この株レベルの異同判定と、先の環境からの分離源との関係を詳細に解析した結果、Pectinatusは、排水溝を通して工場内を拡散する汚染経路が示された。 Pectinatus、Selenomonas、ZymophilusのITS領域 ITSのGCプロファイル 近隣結合法による分子系統樹(左; 16S rRNA, 右; long-ITS) ITS領域を利用したPCR法(A; P. cerevisiiphilus特異的primer, B; P. frisingensis特異的primer, C; 各primerによるPCR増幅結果) RibotypingによるP. frisingensisの分類(E1〜E13; EcoRI, B1〜B12; BamHI, H1〜H12; HindIIIによるribotype) | |
審査要旨 | 醸造技術の進歩によるビール中の溶存酸素の低減から、新たな偏性嫌気性細菌によるビール汚染事故が起こるようになった。この細菌は、発見当初はZymomonas属やBacteroides属に分類されるなど分類学上の混乱があったが、後に新属新種に認められ、Pectinatus cerevisiiphilusと命名された。以降、欧米を中心に報告例が相次いだが、ビールに生育しない“Pectinatus”が分離されるなど、性質の解明は不十分であった。本論文は、多数の本菌株の取得から、系統分類、迅速検出法の確立、汚染経路解析まで、Pectinatusに関する研究をまとめたもので、6章からなっている。 第1章の序論では、Pectinatus発見の経緯と研究開始時までの知見、未解明の問題点について述べられている。 第2章では、まず解析に必要な多数の株を収集するために、環境からの分離法を検討した。嫌気培養法、選択培養法、全染色体DNAをprobeとしたdot blot/ colony hybridization法について検討し、これらを最適に組み合わせることより、ビール工場サンプルからPectinatusをスクリーニングした。得られた株は、DNA-DNA類似度を中心とした同定試験を行った。このようにして分離したPectinatus株は、全てビール中で生育した。従って、Pectinatusに属する株は、全てビール汚染能を有することが判明した。 第3章では、系統分類について述べられている。P. cerevisiiphilusの分離以降、Pectinatus属の別種とされるP. frisingensisや、ビール生育性を示さない、新属新種であるSelenomonas lacticifex、Zymophilus paucivorans、Z. raffinosivoransが分離されており、これらの細菌は16S rRNAによる系統解析から近縁関係が示されたが、16Sは保存性の高い領域であるため類縁菌の系統を論じるには不十分であった。そこで16Sと23S rRNA遺伝子に挟まれる内部転写領域 (Internal Transcript Spacer: ITS領域)に注目した。解析の結果、長さの異なる2種類のITS領域が認められ(long, short)、tRNA遺伝子の有無を除いて両者のホモロジーは高かった。Pectinatus、Selenomonas、ZymophilusのITSには、100bp程度のギャップが認められ、ギャップ両端のGC含量が低いことと関連する欠失によるものと思われた。また、PectinatusとSelenomonasのITS中の2つのtRNA遺伝子の順序は16S方向よりtRNAala→tRNAileで、これまで報告された他の細菌と異なっていた。このことも、tRNA遺伝子周辺の低いGC含量に関連したloop outによる水平移動と推論した。Pectinatus、Selenomonas、Zymophilusのlong ITSは、変化に富んだ領域で、これによって作成した分子系統樹は、Pectinatus、Selenomonas、Zymophilusの系統関係をより詳しく示した。 第4章では、微生物的に安定なビールを製造していくため、ビール中にPectinatusが存在するかどうかを判定する迅速同定法について検討した。ITS内の配列をプライマーに利用したPCRにより、高感度で高特異性の方法を開発することができた。これによれば、ビール汚染性をもたないZymophilusなどとは交差反応することなく、102個の細胞があれば、P. cerevisiiphilusとP. frisingensisを区別して検出可能である。 第5章では、Pectinatusの汚染源・汚染経路を科学的に解明する為に、rRNA遺伝子および周辺領域の多型を検出するRibotyping法を検討した。複数の制限酵素を使用することにより、詳細な株のタイピングが可能となった。この株レベルでの異同判定と、その分離源の関係を詳細に解析し、回収瓶によって工場内にもちこまれたPectinatusが、排水溝を通して拡散する汚染経路が示され、以後の工場設備設計の改善に役立てることができた。 第6章では、本研究のまとめと今後の展望が述べられている。 以上、本論文は、不明な点が多かった新たなビール汚染菌であるPectinatusについて、多数の株を分離して比較解析し、ビール汚染性との関係や系統分類について調べ、迅速かつ高精度の検出法を確立したものであり、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/51189 |