学位論文要旨



No 215756
著者(漢字) 鈴木,良雄
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヨシオ
標題(和) 機能性食品素材の開発と評価
標題(洋)
報告番号 215756
報告番号 乙15756
学位授与日 2003.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15756号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 助教授 加藤,久典
 東京大学 助教授 鈴木,義人
内容要旨 要旨を表示する

食の科学は20世紀に始まり、その目的は、生命維持に必要な栄養の欠乏の予防から潜在的欠乏症の解消、さらに生活習慣病の予へと発展し、その対象は大集団(国民等)から小集団、そして個人へと細分化してきた。この変動は1980年代以降大きく湧き上がってきたものである。こうした状況のなかで、食を通じた健康の維持増進を目的として機能性食品の開発と評価に関する研究を行った。

有害物質を含まず、ビタミンK(VK)の潜在的欠乏症を解消する食品としてのVK高含有卵の開発を行った。先ず、鶏卵の安全性の視点から、残留が懸念される配合飼料中の抗生物質モネンシン、サリノマイシンを迅速に定量する方法として、p-dimethylaminobenzaldehydeを発色試薬として用いる発色法のFIA(Flow Injection Analysis)への応用を検討した。本方法により1検体の分析に要する時間をそれまでの2時間から40分へと大幅に短縮することができた。またこの方法は従来水系で無機化合物の分析に用いられていたFIA法を、有機系で、有機化合物の定量に用いたものとしては、最初に論文として報告された部類に属する。

次いでVK高含有卵の開発のために、卵黄中のVK定量法に関する検討を行った。卵黄は脂質含量が高い組織であるため、抽出法、HPLC分析に供する試料の前処理法の検討を行い、充分な感度が得られるプロトコールを完成した。

この方法を用い、飼料中から卵黄への移行をメカニズムとしたVK高含有卵開発の検討を行った結果、飼料中にVK1添加した場合に、卵黄中のビタミンK1だけでなくVK2(MK-4)の含量も上ることを確認した。そこで、鶏体内でのVK1→VK3→MK-4の変換経路を推定しVK3を強化した飼料を投与したところ、卵黄中にMK-4を高濃度で含有する鶏卵を得ることができた。これにより飼料添加物であるVK3を使用してVK高含有卵を安価に生産することが可能になった。述べたVK高含有卵は、1997年に商品名「健骨生活」として発売された。

次に、経腸栄養剤管理下という特定の集団で問題とされていた亜鉛欠乏症を予防する食品としての小麦胚芽エキス含有経腸栄養剤の開発とその臨床応用について検討した。水溶性亜鉛素材として小麦胚芽からのミネラル画分の抽出を検討し、十分な亜鉛含量(1,500mg/kg程度)の食品素材小麦胚芽エキスを開発した。この小麦胚芽エキス中の亜鉛の生物学的有効性を、ラットを用いて確認した結果、一般の配合飼料で亜鉛源として使用されている炭酸亜鉛と同等の生物学的有効性が確認された。そこで、これを含有する経腸栄養剤「ライフロン-PZ」を開発し臨床での効果を確認した。この際、経腸栄養剤の設計にあたっては、亜鉛だけでなく、その他の栄養素についても日本の法規制の許す限り最新の研究成果を盛り込み充分な量が供給できるように配慮した。臨床検討の結果、経腸栄養剤管理下の患者では明白な亜鉛欠乏を観察することはできなかったが、これらの患者はセレンの栄養状態が悪いこと、さらにセレンの栄養状態が「ライフロン-PZ」の投与によって改善されることを発見した。解析の結果、この改善効果には抗酸化ビタミンが関与している可能性が示唆され、動物で観察されている抗酸化ビタミンとセレンの相補作用がヒトでも存在する可能性を示唆していると考えられた。開発された経腸栄養剤「ライフロン-PZ」は1997年に発売された。

最後に、conditionally essential amino acidとして注目されているグルタミンに着目し、高グルタミン含有素材の開発について研究を行った。

従来、グルタミンが小腸で大量に消費されることは動静脈血の比較から明らかとなっていたが、細胞レベルではどの細胞がグルタミンを消費しているのかは明確ではなかった。そこで培養細胞を用いた検討を行い、小腸の中でも上皮細胞が特異的なグルタミン代謝を行っていることを明らかとし、小腸特異的なglutaminolysisとして報告した。

一方、グルタミン含量の高い機能性食品素材を開発において、小麦タンパク質酵素分解物を検討していたところ、工業的に調製した酵素分解物中にはピログルタミン酸ペプチドが多く存在することが確認されたので、その量を定量的に把握する方法の検討を行った。市販されているピログルタミン酸アミノペプチターゼによりN末端のピログルタミン酸を切り出しHPLCにより定量する方法で検討を行い、分子量4,600 Da程度まで大きさのピログルタミン酸ペプチドに関して86%以上で把握できる方法を開発した。

上記方法もモニタリング法として用い、小麦タンパク質を酵素的に限定加水分解することによりグルタミン含量の高いペプチドであるグルタミンペプチドを開発した。このグルタミンペプチドを持久走後に投与した場合の効果を、血中アミン酸レベルや生化学項目を指標に検討した結果、グルタミンペプチド投与により、血中のアミノ酸バランスは速やかに改善し、ペプチド体のグルタミンが有効に作用することが確認されるとともに、グルタミンペプチド投与による疲労回復効果が示唆される結果が得られた。

また、本章で開発したグルタミンペプチドは、2000年に機能性食品素材として発売され、2002年にはこれを利用した経腸栄養剤「サンエット-GP」(三和化学株式会社)や顆粒剤「グルタミンペプチド」(有限会社アミノヘルス)が発売されている。

以上の研究は、旧日清製粉株式会社奉職中に行われたものであり、同社の「食を通じて健康に奉仕する」という理念がすべてに共通したテーマとなっている。

審査要旨 要旨を表示する

食の科学は20世紀以降目覚しい発展を遂げつつある。それに伴って1980年代以降、栄養学の課題も欠乏症予防から、潜在的欠乏症予防、更には健康増進へと、また対象を国民全体といった大集団から、特定の集団、更には個人へと特化しつつ変わってきた。本論文は、このような発展と変化を背景に、ヒトの健康の維持・増進に関する課題に機能性食品素材の開発と実用化を通して貢献することを目的として行った研究について述べたもので、序論と3章から構成されている。

序論で研究の背景と目的について述べた後、第1章では大集団での欠乏症予防を目的とする食品としてのビタミンK(VK)卵の開発について述べている。鶏卵は機能性食品開発の素材としても優れているが、飼料に添加された抗生物質等が残留することがあり、安全な鶏卵を得るには抗生物質を含まない飼料で飼育する必要があるが、ブロイラー用にはポリエーテル系抗生物質であるモネンシンあるいはサリノマイシンを添加した飼料が用いられることから、その混入を避ける必要がある。そこで、配合飼料中の上記抗生物質の迅速定量法を検討し、p-dimethylaminobenzaldehydeを発色試薬とし用いるFIA(Flow Injection Analysis)による分析法を開発して検出に用いた。

つづいて、新生児・乳幼児での欠乏症等が問題とされていたビタミンK(VK)の補給に適した食品として、VK高含有卵の開発を行った。先ず、脂質含量が高い組織である卵黄中のVKのHPLCによる効果的な検出定量を確立した。この方法を用いて、飼料中にVK1を添加すると、卵黄中のVK1だけでなくVK2(MK-4)の含量も上ることを確認した。そこで、鶏体内での変換を考慮し試料にVK3を添加し、MK-4を高濃度で含有する鶏卵を得、商品化した。

第2章では、経腸栄養剤管理下という特定の集団において、亜鉛摂取不足により亜鉛欠乏症が生じるという問題の解決を目的とした亜鉛含有素材である小麦胚芽エキスの評価と、これを利用した経腸栄養剤の開発ならびにその臨床応用について述べている。

水溶性亜鉛素材として小麦胚芽からミネラル画分を抽出した小麦胚芽エキスを開発し、この小麦胚芽エキス中の亜鉛の生物学的有効性をラットにて確認した。その結果、この小麦胚芽エキス中の亜鉛は生物学的に有効であることを確認し、水溶性亜鉛素材として経腸栄養剤に使用可能であることを示した。

経腸栄養管理下の患者で、セレン血清濃度が低いことが確認された患者に、前記の水溶性亜鉛素材を加えて開発した経腸栄養剤を投与したところ、全例で血清セレン濃度の上昇が観察され、動物で観察されている抗酸化ビタミンとセレンの相補作用がヒトでも存在する可能性を示した。

第3章では、侵襲、運動等のストレス下にある特定の集団の免疫機能を調節する機能性食品素材としてのグルタミンペプチドの開発とその評価について述べている。

グルタミン含量の高い機能性食品素材を開発する目的で、小麦タンパク質酵素分解物を検討したところ、大量調製した酵素分解物中にはピログルタミン酸(pGlu)ペプチドが多く存在することが確認された。そこで、pGluを定量的に把握する必要から、耐熱古細菌由来のPfuを用いてペプチドN末端のpGlu遊離させHPLCで検出定量する測定法を用いて、工業的に調製した小麦グルテン加水分解物のpGluの定量を行った。相対分子量約3,000の高分子タイプは、0.133 mmol/gのpGluを含み、カゼインや大豆タンパク質とほぼ同等であった。一方、約500の低分子量タイプでは0.486 mmol/gと高くなっていた。この分析方法を用いて、グルタミン総量(Glx)は高いがpGlu含量は市販のペプチドと同等のグルタミンペプチドを開発した。

つづいて、開発されたグルタミンペプチドのスポーツ後の回復における効果を確認した。ハーフマラソンを行った直後にグルタミンペプチドを摂取したグループでは、血中のアミノ酸バランスが速やかに改善し、ペプチド体のグルタミンが有効に作用することを確認するとともに、グルタミンペプチド投与が運動後の血中アミノ酸不均衡の改善に有効であることを示した。

以上、本論文は機能性化合物の有効な分析法を開発するとともに、これを用いて機能性食品の素材の開発とその効果の評価を行ったもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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