学位論文要旨



No 215763
著者(漢字) 久世,暁彦
著者(英字)
著者(カナ) クゼ,アキヒコ
標題(和) 衛星搭載大気観測紫外分光計の開発とリトリーバルアルゴリズムに関する研究
標題(洋) Space-borne atmosphere measuring UV spectrometer development and study on retrieval algorithm
報告番号 215763
報告番号 乙15763
学位授与日 2003.09.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15763号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中島,映至
 東京大学 助教授 今須,良一
 東京大学 助教授 岩上,直幹
 東京大学 教授 近藤,豊
 東京大学 助教授 小池,真
内容要旨 要旨を表示する

衛星からの大気観測では長期の全球観測が可能で、同一機器により多くのデータを取得できるという長所がある。また近年の地球環境問題により、観測の高精度化や大気物理・化学過程の解明の社会的要請が高まっている。特に人間活動の影響を直接うける対流圏の観測は重要度を増しているが、衛星軌道からの観測は高高度大気の方が有利であり、対流圏に関しては新たなアルゴリズムの開発および装置の高性能化が必要となる。一方紫外波長域は、陸・海とも地表面アルビードが小さく、さらに太陽光の大気進入高度が波長により異なるため、高度情報を含む大気観測に有利である。この波長帯にはO3、NO2、SO2などの大気分子の吸収があり、エアロソルには吸収特性をもつものがある。これらの物理量を導出するアルゴリズムを開発し、観測を実現する衛星搭載装置を設計・製作し、その性能の実証評価を行った。

従来型の機器の課題を明らかにするため、ADEOS衛星に搭載されたTOMS O3全量および地表面アルビードの導出方法を行った。従来の解析では地上・ゾンデ観測をもとに導出O3量に対し補正を必要としたが、今回、装置関数モデルを解析にとりいれることで衛星データ単独でO3全量を導出できるようになった。しかし、分光分解能が十分でない、波長シフトがあるなどの問題があるため、次世代の機器への要求を明確にした。

対流圏観測においては雲の検出・補正が不可欠であり、吸収強度の異なる複数の波長でO2A帯を観測することで、雲頂高度および視野内雲占有率の2つのパラメータを導出するアルゴリズムを開発した。本アルゴリズムは欧州ERS-2衛星に搭載された紫外・可視分光計GOMEの雲補正処理に採用され、高度65hPa,占有率0.04の精度で導出されることが実証され、衛星からの対流圏観測の課題を解決した。近年の衛星観測では地球の大半は巻雲かエアロソルにおおわれていることがわかってきており、本アルゴリズムをさらに発展させ、2次元画像化と高光学スループット化により機器の空間分解能を向上させることで、巻雲やエアロソルの高度およびアルビード値を導出する方法を開発した。

次に、雲の補正した上で、306-328nmにあるO3の吸収帯の7つのペアを使い、太陽光の進入高度の波長依存性および吸収断面積の温度依存性を利用して、O3全量導出の高精度化、および対流圏成分分離を同時に行うアルゴリズムを示した。放射伝達計算において対流圏O3極大のシナリオを取り入れ、複数の差分吸光値から全量と対流圏成分の同時導出を行うことが本手法の特徴で、複数の観測機器をもちいて全量値から成層圏成分を差し引く従来の方法では困難であったリアルタイムでの対流圏O3の全球観測が実現できる。

さらに、紫外連続分光地球アルビード値から消散分光特性を導出し、エアロソルタイプ・粒径・厚さを推定する。O3の吸収を補正し、O2A帯で得られた高度情報・O2A帯近傍でのエアロソルアルビード値を組み合わせることで紫外波長域に吸収をもつ炭素質・鉱物エアロソルを識別する。このようにして可視・赤外の観測では得られない陸域エアロソルの衛星観測が可能になる。

最後に、NO2、SO2などの微量成分をもとめる。以上述べた図1に示すフローに従い、導出される各物理量の精度解析をおこない、O3全量で3DU、対流圏成分に関しては高度分解能5kmで10DU程度の精度で導出可能であることを示した。このように紫外の連続分光観測とO2A帯観測を組み合わせることで、単一の機器で、高度情報を含む大気成分・雲・エアロソルの導出が可能になる。

次に、開発したアルゴリズムで導出される物理量を観測するための装置の搭載設計・製作・性能評価を行った。全波長域で均一の装置関数を有するFastie-Ebert型ポリクロメータを採用し、TOMSの問題点を反映させ、高分光分解能化と低熱歪み構造・光学材料採用による軌道上での波長安定化を実現した(図2)。本分光計は入射光学系に2つの円柱鏡を採用し、光学スループットを最大化した。さらに、微弱でかつ波長毎に散乱強度の異なる紫外観測において、波長毎に増幅レベルと素子サイズを最適化した大型受光面積を有するC-MOSアレイ素子をカスタム設計した。このような紫外での大気観測用に特化したアレイ検出器の採用は世界初の試みであり、306-452nm波長域の高SNR観測を実現する。またO2A帯用の小型狭帯域フィルタ分光計を入射光学部に設置した。本分光計を用いて天頂散乱光から都市域の汚染NO2気柱量の日変化を観測し、本装置の特徴である高波長安定性と高SNRを実証した。

以上のべてきたように、単一機器による大気成分・雲・エアロソルの衛星観測が可能となり、対流圏物理・化学の解明が飛躍的にすすむことが期待される。近年研究が始まった短波長赤外波長域での太陽反射光を用いたCO2,CH4全量観測における雲・エアロソルの補正への本アルゴリズムの適用や、フーリエ干渉計を含む短波長赤外・熱赤外波長域の機器開発に関しては付録に示した。まず、成層圏O3化学の解明に不可欠なClONO2を太陽掩蔽法で高度分布をもとめるための0.1cm(-1)の分光分解能を有するエシェル分光計の開発について述べた。衛星搭載用として、小型で高い分光分解能を可動部のない回折格子分光器で実現するため、円柱非球面鏡とエシェル型の回折格子を組み合わせた。ClONO2および微量成分をコンボリューションにより導出するために必須となる装置関数の評価を波長可変レーザで行い、さらに地上で太陽光を取得しその検証をおこなった。次に、高い分光分解能で広波長範囲のスペクトルが得られるために用いられるフーリエ干渉計に関し、太陽掩蔽法観測用に搭載化するため、小型化し、さらに高度分解能を実現するため走査および信号処理の高速化をおこなった。最後に新しい温室効果気体の観測方法として、1.6-1.9μm帯の波長帯を用いたフーリエ干渉計とアルゴリズムを提案した。この波長帯は検出器の冷却が不要であり、主要温室効果気体の吸収帯が限定された波長範囲に存在し、互いの干渉と吸収断面積の温度依存性が小さい。散乱反射光は微弱であるが、分解能と観測時定数が最適化すれば十分なSNRが得られることを地上評価により示した。

21世紀人類の大気環境の理解と改善のために本論文でのべた機器やアルゴリズムが役立つことを願ってやまない。

紫外・可視連続分光観測による大気物理量導出フロー

紫外分光計の光学系

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、人工衛星で測定できる紫外から可視域の多波長太陽放射輝度を利用して、雲、エアロゾル、オゾン等の地球物理パラメーターを同時推定するアルゴリズムを開発した。さらにそのような観測の可能性を実証するために、分光器の開発とそれを用いた基礎データの収集を行った。従来、紫外波長域を用いたオゾン量の推定、近紫外から可視域を用いたエアロゾルの推定、酸素のAバンド帯(0.76ミクロン帯)を用いた雲頂高度の推定などが単独に開発され、TOMSやGOMEと言った人工衛星搭載センサーのデータに適用されてきた。しかし、これらの既存の方法では、当該の1つの物理量の導出を行い、他の効果の補正が十分で無いこと、使用されたセンサーの感度と波長が限られていたために、例えば大陸上の大気汚染の激しい地域や小さなスケールの雲が存在する場所ではオゾン量やエアロゾルパラメーターの推定に大きな誤差が生じるなどの問題があった。

しかし、昨今の衛星分光観測技術やコンピューター技術の進歩に伴い、新しいアルゴリズムの開発の可能性が生まれてきた。本研究ではこのような動機のもとに、紫外から可視波長域にかけての多波長を同時に利用して、衛星受信放射輝度に顕著な影響を及ぼすオゾン、雲、エアロゾル等に関する地球物理的パラメーターをひとつのセンサーによって同時に推定するシステムを提案した。まず、数値計算によって、個々の大気組成が衛星受信放射輝度にどのような影響を与えるかを詳細に調べた。その結果、雲の関しては、視野内雲量と雲頂高度の2つの雲パラメーターを酸素のAバンド吸収帯の複数波長から推定することが可能であることを示した。また、比較的高い空間分解能を持つセンサーの場合は、雲量を放射輝度の空間分散から求めた上で、上層雲などの薄い雲とその下に存在するエアロゾル層の高度および反射率を同時推定できることを示した。一方、 オゾンの紫外吸収帯の7つの波長ペアを利用して、オゾン全量および、その対流圏成分を精度良く推定するアルゴリズムを提案している。さらに紫外から近紫外の窓領域における放射輝度からエアロゾルのタイプ(土壌性エアロゾル、炭素性エアロゾル、その他)と光学的厚さを推定できることが示されている。特にこの方法では、可視から近赤外域を用いた従来法では得ることが難しい陸域における推定が可能になるメリットがある。これらのパラメーターの導出は他のパラメーターによる影響を相互に補正しながら行うことができる。そのような精度の高い補正の結果、NO2やSO2などの微量成分量も求めることができる。最終的に、以上述べた各アルゴリズムを組み合わせたシステム全体として、各物理量の推定精度の誤差解析をおこない、オゾン全量で3ドブソンユニット、対流圏成分に関しては高度分解能5kmで10ドブソンユニット程度の精度で導出可能であることを示した。

本研究のもうひとつの成果は、開発したアルゴリズムを適用できる衛星搭載型分光器の設計・試作・性能評価を行った点である。全波長域で均一の装置関数を有するFastie-Ebert型ポリクロメータを採用し、高分光分解能化と低熱歪み構造による軌道上での波長安定化を実現することが可能であることを示した。さらに入射光学系に2つの円柱鏡を採用し、波長毎に増幅レベルと素子サイズを最適化した大型受光面積を有する世界初の紫外域C-MOSアレイ素子をカスタム設計することによって、高い感度を実現することができた。開発した分光計を用いて天頂散乱光から都市域の汚染NO2気柱量の日変化を観測し、本装置の特徴である高波長安定性と高SNRを実証した。

以上述べた新しい紫外・可視分光計による大気組成の同時リモートセンシングシステムは世界初の試みであり、本研究の貢献は大きい。従って、博士論文として十分なレベルに達しているので、博士(理学)の学位を授与できると結論する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51192