学位論文要旨



No 215766
著者(漢字) 西野,隆之
著者(英字)
著者(カナ) ニシノ,タカユキ
標題(和) はすば歯車を含む回転軸系における振動の発生機構と低減に関する研究
標題(洋)
報告番号 215766
報告番号 乙15766
学位授与日 2003.09.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15766号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 講師 鈴木,健司
内容要旨 要旨を表示する

本研究は自動車用の変速機に使用されているはすば歯車から発生する歯車騒音の低減を対象にしている。この歯車騒音は,歯車のかみあいによって生じる歯車対の振動が軸,軸受などを介して歯車箱に伝わって発生する固体伝播音の寄与率が圧倒的に高い。したがって,歯車騒音を改善するためには固体伝播音を低減する必要がある。本研究の狙いは,固体伝播音の低減に関する設計に際し,特に開発の初期段階における歯車列の配置に関する基本設計や,歯車軸および歯車箱の詳細設計を,合理的に見通しを立てながら行えるようにすることである。この課題を解決するために,本研究では,歯車のかみあいから歯車箱に至るまでの振動応答を取扱うことができるはすば歯車系の振動解析手法を確立し,はすば歯車系の連成振動の発生機構を明らかにし,連成振動特性に基づいた振動低減方法を確立することを目的としている。

歯車騒音の励振原因は歯面誤差による変位加振,歯のばね定数の周期的変動による係数励振およびかみあいの進行に伴う歯面荷重の作用点の移動であり,これらはそれぞれ性質が異なる内部誘起的な励振と言える。まず,はすば歯車系の振動解析の基礎として,移動荷重による励振の影響を含まない多自由度運動方程式を導いた。はすば歯車では,歯車対の多方向の剛体運動によって歯がたわむ。そこで,歯対をばねでモデル化し,歯車対の変位ベクトルと歯のばねを通して歯車に加わる荷重ベクトルとの関係式を導出した。この関係式は駆動および従動歯車の弾性結合の条件式であり,この式を用いてはすば歯車系の運動方程式を作成した。歯のばね定数は時間の経過に伴って周期的に変動するので,運動方程式は係数励振型となるが,これを定数係数の微分方程式で近似したことが特徴である。この近似によると,励振力は歯面誤差による励振力とかみあいの進行に伴った歯のばね定数の周期的変動による励振力の合計である。

かみあい起振力を計算するには,はすば歯車の接触線に作用する分布荷重と歯のたわみを求めなければならない。このために,歯の曲げ・せん断変形の影響関数および歯の接触変形による歯面の接近距離の影響関数を求める基礎式を作成した。これらの影響関数を,接触線上における歯の弾性変形の基礎式に適用した。そして,この基礎式を解き,分布荷重,歯面の接触領域,歯のたわみを求める3次元歯面接触解析手法を開発した。本方法を用いて計算したかみあい起振力は,負荷の増加に伴って大きさが変化する。その変化傾向を歯車箱振動の実測値のそれと比較することによって,本解析方法の妥当性を確認している。また,本方法を用いて計算したかみあい起振力と歯面の加振実験によって計測したかみあい起振力を比較することによっても,本解析方法の妥当性を確認している。

次に,先に求めた運動方程式に基づいて歯車のかみあいによって発生する歯車箱の振動のシミュレーションを行い,実験による計測結果と比較することによって運動方程式の妥当性を検証した。歯車箱を含めたはすば歯車系の振動解析手法として,歯車軸系と歯車箱系を一体モデルで解析する方法と歯車軸系と歯車箱系を分離して解析する方法の二種類を適用した。二つの方法による歯車箱の振動の解析結果は実用上問題ない精度で実験結果に一致し,励振モデルの妥当性が検証された。しかし,実験で観察される共振峰の一部は解析では現れない,あるいは振動の大きさが合わないという問題点もあり,励振モデルは改善の余地があることもわかった。

そこで,歯面誤差による励振力とかみあいの進行に伴った歯のばね定数の周期的変動による励振力に加え,移動荷重による励振力も考慮した振動解析手法を開発した。はすば歯車では,かみあいの進行過程で歯面分布荷重の作用位置が歯車軸方向へ移動することによる励振力とそれに対する歯のばねによる復元力が存在する。移動荷重を受ける構造物の動的挙動の解析は複雑であり,一般的には容易でない。そこで,本研究では,歯のばねを歯車軸方向に等間隔に配置した複数のばねに分割し,これに伴い励振力も互いに位相差をもつ複数の起振力に分割することによって移動荷重をモデル化する方法を開発した。このように,本研究の新規性は,変位加振,係数励振,移動荷重という異なる性質の励振を,統合した外力として扱ったことである。本手法を一段歯車装置の振動解析に適用し,実験によって解析手法の妥当性を確認している。軸受は円すいころ軸受,深溝玉軸受および円筒ころ軸受の三種類を用いたが,いずれの場合にも解析による歯車箱の振動は実験結果とかなり一致していた。また,移動荷重による励振の影響を考慮しない場合には,移動荷重によって生じる起振モーメントによって誘起される振動が現れず解析精度が著しく悪い場合もあることを示し,はすば歯車系の振動に及ぼす移動荷重の影響は無視できないこと示している。

本振動解析手法を用いて歯車-歯車軸系で構成される歯車系の振動解析を行い,はすば歯車系の振動には,(1)歯車対の剛体運動に伴う駆動および従動歯面の歯面法線方向の並進変位が歯のかみあいを介して連成することによって生じる振動と(2)駆動および従動歯面の接触線まわりの回転変位が歯のかみあいを介して連成することによって生じる振動の二種類が存在することを示した。これらの連成振動のうちで,現実の歯車装置の振動では(1)の振動が問題になる場合が多い。そこで,本研究では,歯面法線方向変位に関する連成振動の発生機構の解明と低減方法に関する検討を掘り下げた。具体的には歯車対の振動によって歯面間に生じる歯面法線方向の歯面動荷重に着目し,新規性のある試みとして歯面動荷重を伝達関数合成法によって歯対のばね定数および駆動系,従動系のかみあい部のコンプライアンスによって陽な式で表現した。これによって振動の発生機構を歯車軸系の振動特性に関連付けて考察することが可能になった。具体的にはこの式の考察によって,最も大きな連成振動が発生するのは,歯のばね定数と歯車軸系の動剛性が同程度の大きさをもつ場合であることを明らかにしている。また,この振動の発生機構に基づき,振動を低減するには,歯のばね定数と歯車軸系の動剛性が交差しないように,可能な限り歯のばね定数を剛にし,歯車軸系の動剛性を柔らかくすることが有効であるという設計指針を提示している。

本研究の工業的有用性を明らかにするために,振動の予測,連成振動の発生機構の検討,対策案の検討といった一連の作業を自動変速機の歯車騒音の改善に適用した。まず,本振動解析手法を適用し,軸受動荷重を解析した。そして,この軸受動荷重を用いて歯車箱の表面から放射される歯車騒音を予測する簡易的手法を開発した。次に,歯車騒音の原因となる歯車振動の発生原因を検討し,この歯車装置の場合には歯面動荷重に関連した振動によって歯車騒音が発生していることを確認した。そこで,歯面動荷重の低減方法に基づいて低振動構造を検討した。従動歯車の形状の最適化や歯のかみあい部が腹となるような振動を外部より追加することによってかみあい部のコンプライアンスを可能な限り大きくし,歯面動荷重を低減することによって歯車騒音を約10dB改善できた。

本研究によって,はすば歯車系の振動の予測,振動の発生機構の検討,対策案の検討といった歯車装置の開発段階における一連の作業を,机上解析によって行うことが可能になっている。この結果,初期設計が充実することによって歯車騒音が大幅に改善されたことのみならず,試作回数の削減,開発期間の短縮,歯車騒音の対策に要する費用の削減等に効果を上げている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「はすば歯車を含む回転軸系における振動の発生機構と低減に関する研究」と題し,自動車用変速機などに使われている歯車装置から発生する固体伝播音の低減を目的として,歯車のかみあいから歯車箱の振動応答までを取り扱うことのできる振動解析手法の確立と,はすば歯車を含んだ回転軸系で発生する連成振動の発生機構の解明とその知見に基づく振動低減手法の構築を行ったもので,全8章より構成されている.

第1章は,序論であり,研究の背景,従来の研究の概観と問題点の抽出,本研究の目的,構成,モデル化に関して説明している.本研究は,自動車用変速機に使用されているはすば歯車から発生する歯車騒音の低減を対象にしている.この歯車騒音は,歯車のかみあいによって生じる歯車対の振動が軸,軸受などを介して歯車箱に伝わって発生する固体伝播音の寄与率が圧倒的に高く,歯車騒音を改善するためには固体伝播音を低減する必要がある.本研究の狙いは,固体伝播音の低減に関する設計に際し,特に開発の初期段階における歯車列の配置に関する基本設計や,歯車軸および歯車箱の詳細設計を,合理的に見通しを立てながら行えるようにすることにある.本論文の目的は,歯車のかみあいから歯車箱に至るまでの振動応答を取扱うことができるはすば歯車系の振動解析手法を確立し,はすば歯車系の連成振動の発生機構を明らかにして,連成振動特性に基づいた振動低減方法を確立することである.

第2章は,はすば歯車系の多自由度運動方程式と題し,はすば歯車の接触理論に基づき,歯面誤差を持つはすば歯車対の回転と歯車の歯の剛性について記述した後,はすば歯車系の運動方程式,荷重に対する歯の剛性の非線形特性,励振モデルやモデルの精度について記述している.歯車騒音の原因は歯面誤差による変位加振,歯のばね定数の周期的変動による係数励振およびかみあいの進行に伴う歯面荷重の作用点の移動であり,これらはそれぞれ性質が異なる内部誘起的な励振である.本研究ではまず,移動荷重による励振の影響を含まない多自由度運動方程式を導いている.はすば歯車では,歯車対の多方向の剛体運動によって歯がたわむ.そこで,歯対をばねでモデル化し,歯車対の変位ベクトルと歯車に加わる荷重ベクトルとの関係式を導出し,この式を用いてはすば歯車系の運動方程式を作成している.歯のばね定数は時間の経過に伴って周期的に変動するので,運動方程式は係数励振型となるが,これを定数係数の微分方程式で近似したことが特徴である.

第3章は,かみあい起振力の解析と実験検証と題し,解析方法,実験結果による解析方法の妥当性の検証について記述している.かみあい起振力を計算するには,はすば歯車の接触線に作用する分布荷重と歯のたわみを求めなければならない.このために,歯の曲げ・せん断変形の影響関数および歯の接触変形による歯面の接近距離の影響関数を求め,接触線上における歯の弾性変形の基礎式に適用し,分布荷重,歯面の接触領域,歯のたわみを求める3次元歯面接触解析手法を開発した.また,本方法を用いて計算したかみあい起振力と歯面の加振実験によって計測したかみあい起振力を比較することによって,本解析方法の妥当性を確認している.

第4章は,歯車箱を含めたはすば歯車系の振動解析と題し,先に求めた運動方程式に基づいて歯車のかみあいによって発生する歯車箱の振動のシミュレーションを行い,計測結果と比較することによって運動方程式の妥当性を検証している.ここでは,歯車箱を含めたはすば歯車系の振動解析手法として,歯車軸系と歯車箱系を一体モデルで解析する方法と歯車軸系と歯車箱系を分離して解析する方法の二種類を適用している.二つの方法による歯車箱の振動の解析結果は実用上問題ない精度で実験結果に一致し,解析方法の妥当性が検証されている.

第5章は,歯面動荷重の発生機構と低減方法と題し,ここでは,運動方程式に基づく方法と伝達関数合成法による方法の二種類を提案し,伝達関数合成法による結果の考察から歯面動荷重の発生機構は6種類に分類できることを明らかにし,歯面動荷重の低減に対する提案を行っている.

第6章は,移動荷重による励振を考慮した振動解析と題し,ここでは歯面誤差による励振力とかみあいの進行に伴った歯のばね定数の周期的変動による励振力に加え,移動荷重による励振力も考慮した振動解析手法を提案している.はすば歯車では,かみあいの進行過程で歯面分布荷重の作用位置が歯車軸方向へ移動することによる励振力とそれに対する歯のばねによる復元力が存在する.移動荷重を受ける構造物の動的挙動の解析は複雑であり,一般的には容易でなく,本研究では,歯のばねを歯車軸方向に等間隔に配置した複数のばねに分割し,これに伴い励振力も互いに位相差をもつ複数の起振力に分割することによって移動荷重をモデル化する方法を開発している.また,本手法を一段歯車装置の振動解析に適用し,実験によって解析手法の妥当性を確認している.

第7章は,適用事例と題し,本研究で提案した手法を自動変速機歯車軸系に適用して歯車騒音を改善した事例を紹介し,本手法の工業的有用性を明らかにしている.

第8章は,結論で,本研究によって明らかになった知見を纏めている.

以上のように,本論文は,新しく提案した振動解析手法によってはすば歯車軸系の振動騒音の発生機構を明らかにし,これにより振動騒音を改善した歯車装置を開発設計できることを実証したものであって,機械工学,特に振動騒音工学および関連する工業技術の発展に寄与するところが大きい.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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