学位論文要旨



No 215767
著者(漢字) 米澤,実
著者(英字)
著者(カナ) ヨネザワ,ミノル
標題(和) 光ディスク装置の制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 215767
報告番号 乙15767
学位授与日 2003.09.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15767号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 新野,俊樹
内容要旨 要旨を表示する

情報ネットワークの発達やコンピュータCPUの処理高速化に伴い、個人が扱う情報は多様化し膨大な容量を必要としている。特に写真や動画などの映像情報を簡便に処理するニーズは高まる一方であり、大容量記憶媒体の要求はとどまることを知らない。例えば、高精細の映像を伝送する転送レートは24Mbps程度であり、2時間の映像を録画するには20GB超の大容量の記憶媒体が必要になる。この大容量の要求に応える記憶媒体の中でも、省スペースと利便性の観点からディスクメモリへのニーズは高く、DVD装置に代表される光ディスク装置が、高い記録密度で大容量を実現する記憶装置のひとつとして研究開発されてきた。こうした高密度光ディスク装置では、位置決め精度は10nm程度、制御帯域は5kHzを超え、安定かつ高精度な位置決め制御技術の開発が装置実現のために不可欠な要件となっている。一方で光ディスク装置は量産装置ゆえに、メカニズムの簡略化と低コスト化が進められている。結果として量産メカニズムに存在するばらつき要素や不確定要素の影響を抑えて高い性能を安定に確保することが必要となる。すなわち、低コストで簡略なメカニズムを用いても、CDやDVDなど方式が異なる複数規格の光ディスクに対して、均一に安定な性能を確保すること、粗悪な特性の光ディスクに対しても高い位置決め精度を確保することが、光ディスク装置の制御技術に求められている。もちろん、安定な制御系の実現のために、制御系の制約条件からメカニズムの満たすべき仕様を明確にするのも制御技術の重要な役割である。

本研究では、こうした制御技術の確立を目指し、特に量産装置である光ディスク装置の、各種外乱要素や量産時のばらつき要素が存在しても、安定かつ高い精度の高性能位置決め制御を実現する制御技術を二つのアプローチで提案している。二つのアプローチの第一は、各種外乱要素やばらつき要素に対してロバストな制御系設計手法を提案し、設計した制御系の効果を解析的、実験的に検証することである。第二には、制御系設計の観点から、各種外乱要素や量産時のばらつき要素を持つ光ディスク装置の、位置決めメカニズムの量産仕様を明確にすることである。これら二つのアプローチにより、制御対象のノミナルモデルと量産装置特有の誤差要素に対して、安定かつ高性能な制御を実践することが可能となる。具体的には、光ディスク装置の主要な制御系であるシーク制御系、トラッキング制御系、フォーカス制御系をモチーフに、各種外乱要素や量産時のばらつき要素を、ノミナルなモデルに対する誤差要素として定量的に把握したうえで、誤差要素を含んだモデリングを行いながら、ロバストに高性能を実現する制御技術の提案および検証を行った。

まず、シーク制御系については、シーク用アクチュエータであるリニアモータを制御対象とした。ノミナルモデルに対する誤差要素は、摩擦や駆動感度変動である。こうした誤差要素の組合せが、最悪条件となっても安定に高速なシーク制御を実現する制御系を、遺伝的アルゴリズムを用いて求め、最適性を検証している。安定かつ高速なシーク制御を実現するためには、シーク動作自体とシーク動作終了後のトラッキング制御への引込み動作が重要である。このシーク動作および引込み動作を安定化する手段として、シーク動作の速度制御系で用いられる基準速度を遺伝的アルゴリズムを用いて大域的に最適化する。初めに、ノミナルモデルに対して最適化を行い、この最適化の結果得られた基準速度を用いてシーク制御実験を行った。結果として、安定で従来のシークタイムを3/4程度に短縮する高速なシーク制御を実現することを確認した。これにより、遺伝的アルゴリズムを用いて安定かつ高速なシーク制御系を実現する最適化手法としての有効性を実証した。続いて、実際の量産装置のシーク動作に存在する摩擦や駆動感度変動などの誤差要素について明確な記述を行った。誤差要素を最悪条件で見積もったモデルを用い、最悪条件に対してもロバストにシーク制御を高速化する基準速度を、改めて遺伝的アルゴリズムによって求めた。得られた基準速度を用いて解析的にシーク制御系の性能を検証し、ロバスト性が30%程度向上することを確認した。量産型光ディスク装置で想定されるばらつき・外乱要素を、最適化のためのモデルとして取り込むことで、ばらつき・外乱要素に対してロバストな最適化を行うことが可能であることを検証したことになる。また、この最適化の結果得られた最適基準速度の形状は、シーク動作を高速かつ安定に行うために効果的な形状を示唆するものである。この示唆に基づく基準速度を量産装置に実装することで、制御系の安定な高性能化を図ることに成功している。

次に偏向ミラーアクチュエータを用いたトラッキング制御系を対象に検討を行った。高密度光ディスク装置のトラッキング位置決め制御には5kHz以上の高い制御帯域をとることが必要となる。このような高い周波数帯域の位置決め制御を実現するためには、不要な共振がなく2次共振周波数の高い精密位置決めアクチュエータの開発が不可欠な条件である。不要な共振がなく、2次共振周波数の高いアクチュエータを実現するには、可動部の小型・軽量化が最良の策である。そこで、この小型・軽量化の実現のために、またアクチュエータの誤差要素である主共振や減衰比のばらつき、駆動感度変動を抑えるため、製造法としてのSiのマイクロマシニング技術に着目した。このSiのマイクロマシニング技術で製造される静電駆動型偏向ミラーアクチュエータを制御対象とし、トラッキング制御系を安定に高帯域化するためのアクチュエータ仕様を制御の安定性の観点から求めた。さらに、アクチュエータの解析モデルを記述し、安定かつ高帯域トラッキング制御を実現する仕様を満足するアクチュエータを設計、SiのDRIE技術を適用して試作を行った。試作したSi偏向ミラーアクチュエータの特性評価を行ったところ、2次共振周波数が50kHz以上となり、解析モデルとの良好な一致をみることができた。誤差要素である主共振周波数、減衰比のばらつきについても、主共振周波数では±5%程度のばらつきに抑えることができ、設計の困難な減衰比でも±20%程度のばらつきに抑える可能性を示唆する結果を得た。安定かつ高帯域の制御系設計の観点で、Si偏向ミラーアクチュエータのノミナルモデルに対して許容できる誤差要素の限界仕様について明らかにし、試作を行って実現性を検証したことになる。

最後に、フォーカス位置決めとトラッキング位置決めを同時に実現する2軸アクチュエータを制御対象として、検討を行った。まず、制御系を不安定にする誤差要素である、アクチュエータの副共振特性を対象に、安定かつ高精度な位置決め制御を実現するためのアクチュエータの仕様を明確にした。同時に誤差要素である副共振が存在しても安定に高精度な位置決め制御を実現する制御手法を提案、効果を実証し、量産装置に実装した。DVDに代表される光ディスクを再生・記録する装置において、光学スポット位置決め用アクチュエータはコストの観点などから2軸対物レンズアクチュエータの採用が現在最も一般的となっている。ここで対象とする軸摺動型2軸対物レンズアクチュエータは、一般的な2軸対物レンズアクチュエータの一つであるが、対物レンズの微小変位を実現する際に軸と対物レンズ保持体の摩擦の影響によって不要な共振が発生するという課題があった。副共振といわれる不要な共振現象について、ノミナルモデルに対する誤差要素として捉え、動作メカニズムを調査し誤差要素を含んだモデル化を行って対策検討を行った。その結果、本来独立であるべきフォーカス制御系とトラッキング制御系がお互いに干渉するクロスアクションが、副共振の発生原因であることを実験および解析により明らかにした。この副共振発生メカニズムを解明した結果に基づき、制御的に副共振の影響を緩和する副共振補償制御の可能性について検討、解析的にも実験的にも良好な補償を行える手法を確立した。さらに、量産品であるアクチュエータが有する副共振周波数、影響の大きさなどのばらつきに対して、十分ロバストに効果を発揮することも、解析的および実験的に確認した。副共振補償制御を量産装置に実装し、副共振の影響を回避して5kHzを超える高帯域位置決め制御系を安定に実現できることを確認している。

光ディスク装置の制御系設計では、常に制御対象の特性を十分把握し、メカニズム・制御の両面からの最適化を行う必要がある。システム要求仕様に応じて、メカニズム構成を選択し、メカニズムの特性のばらつきや非線形性を考慮した上で、正確なモデリングを行ってシステム要求を満足する制御系設計を行うことになる。制御系からメカニズムの特性として満足すべき仕様を示して、製造法が検討され、メカ特性の改善が試みられる。本研究では、光ディスク装置の主要な3つの制御系設計について、量産装置の持つ誤差要素に対する新しい制御手法を提案、良好な結果をもって有用性を実証した。量産装置である光ディスク装置の制御技術のあり方を体系化している。今後の光ディスク装置の開発でも、さらなる高性能を達成する制御系への要求は高まると同時に、メカニズムの低コスト化は大きな課題となってくる。正確なモデリング技術を用いて、安価なメカニズムでも安定かつ高性能な制御を実現するのが光ディスク装置の制御系設計の果たすべき役割である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「光ディスク装置の制御に関する研究」と題し、光ディスク装置の主要な制御系であるシーク制御系、トラッキング制御系、フォーカス制御系に関する論文であり、5章から構成されている。

第1章「序論」では光ディスク装置の制御技術に関する課題と従来技術について述べ、本研究の目的および本論文の構成を示している。

第2章「遺伝的アルゴリズムで最適化した高速安定シーク制御」では、シーク用アクチュエータであるリニアモータを制御対象とし、実際の量産装置のシーク動作に存在する摩擦や駆動感度変動などの誤差要素を最悪条件で見積もったモデルを用い、最悪条件に対してもロバストにシーク制御を高速化する基準速度を、遺伝的アルゴリズムによって求めている。これによって得られた最適基準速度パターンに基づく基準速度を量産装置に実装することで、制御系の安定な高性能化を図ることに成功している。

第3章「高帯域トラッキング制御とSi偏光ミラーの設計」では、5kHz以上の高い制御帯域のトラッキング位置決め制御を実現するために、Siのマイクロマシニング技術で製造される静電駆動型偏向ミラーアクチュエータに着目し、その試作を行って2次共振周波数が50kHz以上となり解析モデルとの良好な一致をみること、誤差要素である主共振周波数、減衰比のばらつきについても、主共振周波数では±5%程度に、減衰比でも±20%程度に抑えることができることを実証している。また、この範囲の誤差要素は、安定かつ高帯域の制御系実現の観点から許容されることを示している。

第4章「副共振を補償するトラッキング・フォーカス制御」では、光ディスクを再生・記録する装置の最も一般的な軸摺動型2軸対物レンズアクチュエータの問題点であった、軸と対物レンズ保持体の摩擦の影響によって発生する副共振と呼ばれる現象は、本来独立であるべきフォーカス制御系とトラッキング制御系が干渉するクロスアクションが原因であることを実験および解析により明らかにし、副共振の影響を緩和する副共振補償制御手法を開発し、解析および実験によってその有効性を検証している。さらに、この副共振補償制御を量産装置に実装し、副共振の影響を回避して5kHzを超える高帯域位置決め制御系を安定に実現できることを確認している。

第5章「結論」は、以上の結果を総括したものである

以上を要約すると、本論文は、光ディスク装置の主要な制御系であるシーク制御系、トラッキング制御系、フォーカス制御系を対象とし、各種外乱要素や量産時のばらつき要素を、ノミナル・モデルに対する誤差要素として定量的に把握したモデリングを行って、ロバストに高性能を実現する制御技術を提案し、量産型光ディスク装置に適用可能な制御技術であることを検証したものであり、制御工学に寄与するところ大と思われる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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