学位論文要旨



No 215770
著者(漢字) 千葉,政邦
著者(英字)
著者(カナ) チバ,マサクニ
標題(和) 固体誘電体表面における沿面放電の進展機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 215770
報告番号 乙15770
学位授与日 2003.09.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15770号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 石井,勝
内容要旨 要旨を表示する

本論文は空気中におかれた固体誘電体表面に発生する沿面放電の進展機構を論及したものである。

「序論」では,本研究の背景と目的を論じている。電気機器においては課電導体の支持や電気絶縁を目的として,必ず固体誘電体(絶縁体)が使用されるが,この表面に沿って進展する放電が沿面放電である。沿面放電の特徴は固体誘電体が関係しない気中放電の場合よりも低い電圧で放電が発生し進展することである。低電圧電源で放電が可能なので,古くからオゾン発生器などに沿面放電が利用されてきている。近年では有害ガス処理装置に沿面放電の応用が提案されている。他方,低電圧で放電が進展することは絶縁耐電圧が低いことなので,電気絶縁の面からは沿面放電の発生および進展を如何に抑制するかが重要課題となっている。

沿面放電の基本的な特性としてストリーマ進展長と電圧の関係,およびストリーマ進展長と固体誘電体厚さ関係がある。ところが,沿面放電現象が1777年に発見されて以来,今日までに多くの研究報告がなされているが,ストリーマ進展と電圧の関係については,研究者によって2〜3倍の相違があり,さらに,進展長と固体誘電体厚さについても,全く反対の特性を示すデータが示されている。今日に至っても解決されていないのは,“条件が異なるからストリーマ進展長が異なるのは当然”と考え,互いの相違について深く考察されることがなかったことによる。その他にも未解明な現象が多く残されている。このような現状にあって,本研究の主な目的は,先ず正確なストリーマ進展長を求めると同時に固体誘電体の厚さとの関係を明確にすること,次に,リーダ形成機構とリーダ出現時の沿面放電の進展現象を解明することである。さらに,この研究過程で得られる多くの実験データは,沿面放電の応用や実用電気機器の絶縁設計の基礎資料となることを論じている。

「沿面ストリーマ構造と進展長の抑制要因」では,各種条件下で詳細な実験を行った結果に基づいて,ストリーマ構造および進展長を抑制している要因の抽出とその効果を論じている。正極性ストリーマは固体誘電体表面に沿って進展するが,負極性ストリーマは表面ばかりなく垂直方向にも広がりをもつ構造をしていること,垂直方向に分布している電荷がドリフトしてリヒテンベルグ図形を変歪させていることを明らかにしている。さらに,正,負極性の場合とも電極から多数のストリーマが発生するが,その際に最初のストリーマが発した光子により同期がとられ,多数のストリーマが同時に発生していることを実験的に解明している。この光同期の原理に基づいて,“電極並置法”の実験手法を考案し,この手法により,ストリーマ進展長に与えるパラメータの影響が僅少であっても有効に判定できることを論じている。

多数のストリーマが同時に発生し高速進展しているので1010A/s程度の急峻電流が流れ,電源回路のインダクタンスによって電圧降下が生じ,ストリーマ進展が抑制されていることを検証している。したがって,ストリーマ進展長を正確に求めるためには電源回路のインダクタンスを如何に減少させるかが最重要要因となる。電極形状とストリーマ進展長の関係について実験および電界計算に基づいて考察し,固体誘電体表面の電位分布がストリーマ進展長に関与していることを明らかにしている。その他に,ストリーマ進展長と発生電圧の関係を明確にするためには,発生電圧を広範囲に変化させる必要があるが, それを可能とする要因の抽出,及びその要因がストリーマ進展長に与える影響を実験的に考察している。

「沿面ストリーマ進展長特性」では,第2章の知見をもとにして実験条件を整備して,固体誘電体の厚さおよび進展形状をパラメータとして,ストリーマ進展長と発生電圧との関係を測定した結果について論じている。ストリーマが固体誘電体表面を進展する形状は,ストリーマが放射状に広がって進展(放射状進展)する場合と,ストリーマが互いに平行状態を維持しながら進展(平行状進展)する場合に大別できる。両形状の場合とも,ストリーマ進展長は発生電圧の増加とともに大となるが,飽和する性質があり,固体誘電体の厚さが薄いほどこの飽和性が強く,かつ飽和は低い電圧から始まる。発生電圧が低い範囲では,固体誘電体の厚さが薄いほどストリーマ進展長が大であるが,強い飽和性のために高い電圧領域になると,薄い固体誘電体上でのストリーマ進展長は厚い固体誘電体上の場合よりも短くなる。ストリーマ進展長の飽和性はストリーマチャネルに電流が集中することによって生じると結論している。

ある電圧におけるストリーマ進展長は固体誘電体厚さによって変わるが,最高ストリーマ進展長は発生電圧に対して次のように1本の直線で表すことができる。正極性ストリーマ進展長 放射状進展 Ls=2.5xVs (1) 平行状進展 Ls=3.0xVs (2) 負極性ストリーマ進展長 放射状進展,平行状進展とも Ls=0.9xVs (3) ここで,Lsはストリーマ進展長(mm),Vsはストリーマ発生電圧(kV)である。これらの式で与えられるストリーマ進展長は最も進展しやすい条件にある場合の進展長といえる。また,平行状進展するストリーマは放射状進展する場合よりも進展長が大である。さらに,ストリーマ進展長に関する過去の報告と比較考察を行い,本章で提示しているデータが真のストリーマ進展長に近いこと,ストリーマ進展長と固体誘電体厚さの関係についての過去の互いに相反するようなデータについても合理的に説明できることを論述している。

「正極性沿面リーダ出現条件と沿面リーダ形成機構」では,広範な条件で測定を行いその結果に基づいて正極性ストリーマとリーダ形成との関連性を論じている。リーダ出現電圧は電極形状には依存せず,ストリーマ発生電圧が低い場合にリーダ出現電圧が低いこと,ただし,発生電圧よりもストリーマ進展長が短いことがリーダ出現に直接寄与していること,これに対してストリーマ発生電圧が高い場合にはリーダが出現しないことを明らかにしている。さらに,ストリーマ発生からリーダが形成されるまでの時間内の発光や電流波形の測定,プローブによる電位測定等の結果も合わせて総合的に考察を行い,リーダは低い電圧で発生した既存ストリーマから転換することを結論している。

ストリーマとリーダの関係についての従来の解釈では,“リーダは低い電圧で発生していた既存のストリーマから転換する”,“ある電圧以上で発生したストリーマがその根元(電極側)からリーダ化する”,の二説に分かれているが,本研究の成果は初めの説が正しいことを明らかにした。

「負極性沿面放電のステップ進展現象」では,負極性沿面放電を光学的,電気的,かつ高速度で測定した結果に基づいて,ステップ進展機構を論じている。沿面放電を直線的に進展させて,高感度静止カメラ,高速度流し撮りカメラで観測した結果,沿面放電が規則的に進展と休止を繰り返しながら進展していること,いわゆる,ステップ進展していることを見出している。放電の先端部に扇型に広がって進展しているストリーマ群とその後方にリーダが形成されていること,ステップ的な発光は放電先端部に新しいストリーマの発生と同時に生じることを明らかにしている。さらに,このステップ的発光と同時にリーダの電位,電流も振動していること,リーダの発光および電位振動は放電先端のストリーマ側から電極の方に向かって伝播していることも明らかにしている。ステップ的に発光する機構として次のようなモデルを提案し論述している。ストリーマは進展するにしたがって先端電位が低下してある長さで停止するが,その後に電極から停止したストリーマに電子が供給されてそのストリーマ先端の電位が回復し電離可能な強度に達すると,そのストリーマの先端から新しいストリーマ群が扇型に進展開始する。この新ストリーマの進展と同時に1ステップ前のストリーマが電離度の上昇によりリーダ化されるが,この現象が放電先端から電極方向に進行するというモデルである。休止時間は放電先端の停止しているストリーマに電子が供給されて電位が回復するまでの時間となる。

「結論」では,各章の主な成果をまとめて列挙している。従来は,ストリーマ進展長を公表する際には使用した電圧波形が記述されていれば十分で,電源内部の回路条件には触れなくても支障ないとされてきた。しかし,本研究によればストリーマ進展長に及ぼす電源全体のインダクタンスの影響が大なので,電源の回路条件も明記すべきことを提起している。沿面放電の解析やシミュレーションにおいて,先ず要求されるのは真のストリーマ進展長と電圧の関係であり,本研究のデータはこの分野に対しても基準特性を与えるものになると確信している。さらに,負極性沿面放電のステップ進展現象は雷放電に類似するところが多く,沿面放電で雷放電を模擬できる可能性を示唆している。また,多くの条件下で測定したストリーマ進展長,リーダ出現電圧に関する結果は,沿面放電の応用や実用機器の絶縁設計の基礎データとなると期待している。

以上,本研究を要約すると,測定環境を整えて固体誘電体表面に沿って進展するストリーマ進展長を測定した結果,信頼性の高いデータが得られ,これを基にして過去の規則性のない報告も合理的に説明できる。更に,正極性ストリーマからリーダの形成機構,および負極性沿面放電のステッフ進展機構を解明している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「固体誘電体表面における沿面放電の進展に関する研究」と題し、電気機器の絶縁上問題となる沿面放電の進展特性について、印加電圧、電極形状、固体誘電体の物性などに対する依存性を明らかにすると共に、進展メカニズムについて詳細に検討したもので、6章より構成される。

第1章は「序論」であり、沿面放電の応用や電気絶縁との関連性および沿面放電研究の現状を概説しながら本研究の背景を説明している。さらに、沿面放電の進展機構を明らかにするためには、ストリーマ進展長と発生電圧特性、ストリーマ進展長と固体誘電体厚さとの関係、リーダの形成機構、リーダの進展機構を明確にすることが重要な研究課題であることを述べている。

第2章では「沿面ストリーマ構造と進展長の抑制要因」と題し、ストリーマ構造および進展長に関して各種条件において詳細な実験を行っている。ストリーマの発生は他のストリーマが発する光子により同期が取られており、その結果多数のストリーマ同時に発生していることを明らかにし、さらにストリーマ電流が10ns以下の時間内でピーク値数A〜数100Aに達するパルス波形となるので、進展長を正確に求めるためには電源回路のインダクタンスを如何に減少させるかが最重要であることを論じている。さらに、電極形状とストリーマ進展長の関係を実験および電界計算に基づいて考察し、その結果、固体誘電体表面の電位分布がストリーマ進展長に関与していることを明確にしている。負極性沿面ストリーマの構造は立体的な広がりを有していることも明らかにしている。

第3章では「沿面ストリーマ進展長特性」と題し、電源回路のインダクタンスを最小限とし、適切なサイズの電極を使用して、固体誘電体の厚さ、および進展形状をパラメータとしたストリーマ進展長−発生電圧を測定した結果を論じている。ストリーマ進展長は発生電圧の増加とともに大となるが飽和する性質があり、この飽和性は固体誘電体の厚さが薄いほど低い電圧から始まること、従って、発生電圧が低い範囲では固体誘電体の厚さが薄い場合ほどストリーマ進展長が大であるが、この飽和性のために発生電圧が高い領域になると薄い固体誘電体上でのストリーマ進展長は厚い固体誘電体の場合よりも短くなることを明らかにしている。ストリーマの進展形状は電極構造により、放射状進展と平行状進展に大別できるが、ストリーマ進展長の飽和性は放射状進展の場合の方が平行状進展している場合よりも強いことを明確にしている。多くの測定結果に基づいて、ストリーマ進展長の飽和はストリーマチャネルへの電流集中が原因であると推測している。更に、過去のストリーマ進展長に関する報告と比較考察を行い、本研究で提示しているデータが真のストリーマ進展長に近いこと、ストリーマ進展長と固体誘電体厚さの関係についての過去の様々な解釈についても総てが合理的に説明できることを示している。

第4章では「正極性沿面リーダの出現条件と沿面リーダの形成機構」と題し、広範な条件で測定を行い正極性ストリーマとリーダ形成との関連性を明らかにしている。ストリーマ発生電圧が低い場合にはリーダ出現電圧も低いこと、ただし、発生電圧が低いことよりもストリーマ進展長が短いことがリーダ出現に直接寄与していること、ストリーマの存在無しではリーダが形成されないことなどの知見を得ている。すなわち、最初のストリーマは低い電圧で発生するが、電圧上昇に伴って先のストリーマ先端から新たなストリーマが発生する際にリーダが形成されることを明らかにしている。

第5章では「負極性沿面放電のステップ進展現象」と題し、負極性沿面放電を直線的に進展させて、高速流し撮りカメラ、高感度カメラ、電位、電流プローブ等で測定した結果、沿面放電が規則的に進展と休止を繰り返しながら進展する、いわゆる、ステップ進展していることを明らかにしている。沿面放電は先端に扇形に広がったストリーマが発生する時にステップ的に進展し、このストリーマと電極間を結ぶリーダが存在すること、ストリーマの発光は発生時の1回のみであるがリーダの発光はストリーマの発生毎に発光していることを明確にしている。さらに、リーダの発光の伝播方向は放電の進行方向とは逆向きであること、ステップ進展伴いリーダ部の電位、電流が同期してパルス的に振動していること、電位の振動もリーダの発光と同様に放電の進行方向とは逆向きに伝播していることを検証している。次に沿面放電に対して垂直電界を加えた場合や純粋窒素中および負性気体中での沿面放電の測定結果を比較検討して、ステップ進展機構を提案している。

第6章は「結論」であり、本論文の成果についてのまとめを行っている。

以上これを要するに、本論文は、電気絶縁設計の観点からその進展特性の解明が待望されている沿面放電を対象とし、特に気体と固体誘電体の界面に発生する沿面ストリーマの進展特性について詳細な測定を行った結果、ストリーマ進展長の電圧、電極形状、固体誘電体物性などの依存性を体系的に明らかにすることができ、また、ストリーマに続いて発生する沿面リーダの発生機構および進展モデルを提案することにより、沿面放電の進展要因・条件が解明されている点で、電気工学、特に高電圧、放電工学に貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51193