学位論文要旨



No 215771
著者(漢字) 加藤,考利
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,タカトシ
標題(和) 光増幅技術を用いた超大容量長距離伝送用光ファイバに関する研究
標題(洋)
報告番号 215771
報告番号 乙15771
学位授与日 2003.09.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15771号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 助教授 山下,真司
内容要旨 要旨を表示する

1990年代後半のエルビウム添加光ファイバ増幅器の実用化により、高性能で経済的な光増幅技術を用いた超大容量長距離光通信システムの構築が可能となった。しかしながら、同時に光ファイバ中で発生する非線形現象等の問題が新たに顕在化し、光ファイバ特性が伝送システム性能を制限することになった。そこで、本研究では、この光増幅技術を用いた光通信システムに使用される光ファイバ、光伝送路の設計最適化について検討を行った。

まず、光ファイバの伝送特性が光増幅技術を用いた伝送システムに与える影響、および、光ファイバへ要求される特性について明らかにした。光増幅システムで新しく光ファイバへ要求されることになった特性は非線形現象の抑圧であり、局所的な分散値は非零であるが伝送路全体での分散値を零とする分散マネージメント技術の導入、実効断面積の拡大による非線形性自体の低減が特に重要である。また、光ファイバの低損失化、偏波分散の低減も重要である。さらに、複数の波長を用いて伝送容量を向上させる波長多重伝送では、分散値の波長依存性、すなわち、分散スロープの低減も重要な特性である。実効断面積の拡大、分散スロープの低減は、共に、光ファイバの曲げ損失を劣化させケーブル化時でのロス増を引き起こす可能性があるため、曲げ損失一定の制約条件の下、光ファイバ特性を最適化すべく屈折率分布の設計を行う必要がある。

また、環境の変化がシステム性能に与える影響について明らかにし、具体的な例として、波長分散の温度依存性が伝送システムに与える影響について検討を行った。各種光ファイバの波長分散の温度依存性を測定することにより、波長分散の温度依存性が分散スロープに強く依存していることを明らかにした。したがって、残留分散のトレランスが非常に狭い40Gb/sを超えるような超高速伝送では、分散スロープの小さな光ファイバ、あるいは、分散スロープを低減する組み合わせの光ファイバを用いることが波長分散の温度変動の観点から有効であることを示した。

次に、光ファイバ設計への応用を目的として、光ファイバの非線形屈折率の測定技術に関する検討を行った。初めに、XPM(Cross Phase Modulation)法において、ポンプ光の無偏光化を行うことにより標準偏差が±1%以内という再現性の高い高精度な非線形屈折率の測定手法を明らかにした。その結果、まず、光ファイバの非線形屈折率は材料に強く依存し、ほぼ同じ屈折率分布である光ファイバは同一の非線形屈折率を有するため、非線形現象の低減には実効断面積の拡大が有効であることを示した。さらに、石英系光ファイバにおける非線形屈折率のガラス組成依存性を明らかにすることで屈折率分布構造の大きく異なる光ファイバの非線形性を予測することを可能とした。また、非線形屈折率の測定法は、SPM(Self Phase Modulation)、XPM、FWM(Four Wave Mixing)、MI(Modulation Instability)等の非線形現象を利用した各測定法が報告されているが、測定法の標準化という観点からはどの測定法にも一長一短があり、今後の課題であることを示した。

光ファイバの設計最適化に関しては、有限要素法による数値解析で設計理論を検討すると共に具体的な試作も行った。分散マネージメント、非線形現象低減の観点から分散と実効断面積の拡大に着目した場合、まず、分散シフトしない状態で実効断面積を拡大するには、ステップコア型が有効であり、コアの屈折率を低くしコア径を大きくすれば良いことを示した。また、分散をシフトしつつ実効断面積を拡大するには、二重コア型、セグメントコア型が有効であり、外コア、あるいは、リング部を大きくすることで実効カットオフ波長の長波長化により実効断面積を拡大しつつ曲げ損失の増加を防ぐ設計が可能であることを示した。さらに、極限まで実効断面積の拡大を追求するためには、従来から知られてきたカットオフ波長の距離依存性、ディプレスト・クラッドによる曲げ損失の抑圧効果を実効断面積の拡大における設計に適用できることを初めて示した。特に、実効断面積を拡大したノンゼロ分散シフトファイバでのカットオフ波長距離依存性は、従来の光ファイバに比べ非常に大きな依存性を有しているため、曲げ損失の低減に有効な設計手法である。これらの効果を用いることで分散をシフトしていない領域の光ファイバでは、実効断面積110μm2の純石英コアファイバ、分散をシフトさせた領域では、実効断面積70μm2のノンゼロ分散シフトファイバを共に実用化することができた。

次に、分散をシフトさせた領域において実効断面積の拡大と共に増大する分散スロープを低減する手法を二重コア型、セグメントコア型それぞれについて明らかにした。二重コア型では、構造分散の波長依存性を低減し材料分散の波長依存性に近づけることで分散スロープの低減が可能であり、セグメントコア型では、構造分散の波長依存性を材料分散の波長依存性と打ち消しあうように制御することで分散スロープの低減が可能であることを示した。二重コア型では、実効断面積を65μm2まで拡大しつつ分散スロープを0.06ps/nm2/kmと比較的低い値に抑え、1.55μm帯よりも短波長側にあるSバンド(1460-1530nm)での伝送も可能なノンゼロ分散シフトファイバ、セグメントコア型では、実効断面積は50μm2ながら分散スロープを0.025ps/nm2/kmと低く抑えたノンゼロ分散シフトファイバを実現した。分散スロープの低減は曲げ損失の増大をもたらすため、実効断面積の拡大で用いたカットオフ波長の距離依存性、ディプレスト・クラッドを用いた設計手法は、分散スロープの低減においても有効である。設計トレランスに関しては、二重コア型、セグメントコア型とも分散をシフトしつつ実効断面積を拡大、もしくは、分散スロープを低減するには、V値に対し構造分散が急峻に変化する領域での設計となるため、屈折率分布の変動により光ファイバの特性が変化し易く製造性は劣化する。

また、比較的大きな実効断面積と低分散スロープの両立が可能な屈折率分布としてリングコア型の特徴を示した。リングコア型では、ディプレスト・クラッド構造とすることで分散スロープを低減することが可能であり、実効断面積を80μm2程度に拡大しつつ0.07ps/nm2/km程度と比較的低い分散スロープを有する光ファイバを実現することができた。設計トレランスは、大きな実効断面積を有しながら二重コア型、セグメントコア型と比べると広い。しかしながら、現状では、伝送損失が0.245dB/kmと高いため、今後、伝送損失が低減できれば非常に有効な光ファイバ構造である。

光伝送路の最適化に関しては、実効断面積の拡大、分散スロープの低減と相反する特性を満たす伝送路を実現するため、複数の光ファイバで構成される分布補償型、集中補償型分散マネージメント伝送路について検討を行った。伝送路の最適化は、分散特性に制約条件を課しつつ自己位相変調による非線形位相シフト量を最小化することで行った。その結果、実効断面積拡大型純石英コアファイバと分散補償ファイバとで構成される分布補償型分散マネージメント伝送路では、各光ファイバの長さ比に最適点が存在することを導き、等価実効断面積60μm2、平均分散スロープ0.025ps/nm2/kmと従来のノンゼロ分散シフトファイバと比べ同等の実効断面積で分散スロープが1/5となる光伝送路を実現した。また、陸上伝送路として有望なノンゼロ分散シフトファイバと分散補償ファイバモジュールとで構成される集中補償型分散マネージメント伝送路の最適化結果も示した。その結果、分散補償ファイバの分散の絶対値を大きくし、その長さを短くすることが伝送路全体での非線形性低減に有効であることを示した。

本研究で得られたノンゼロ分散シフトファイバ、実効断面積拡大型ノンゼロ分散シフトファイバ、実効断面積拡大型ノンゼロ分散シフトファイバと分散スロープ低減型ノンゼロ分散シフトファイバで構成されるハイブリッド伝送路、実効断面積拡大型純石英コアファイバと分散補償ファイバとで構成されるハイブリッド伝送路を用いることにより大洋横断可能な伝送距離では、5Gb/sから1Tb/sを超えるレベルまで伝送容量の拡大が実現されている。比較的短距離では、伝送容量10Tb/sも実現されている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は"光増幅技術を用いた超大容量長距離伝送用光ファイバに関する研究"と題し,6章からなる。

1990年代後半のエルビウム添加光ファイバ増幅器の実用化により,光増幅技術を用いた高性能で経済的な超大容量・長距離光通信システムの構築が可能となった。しかしながら,これと同時に光ファイバ中で発生する非線形現象等の問題が新たに顕在化し,光ファイバ特性が伝送システム性能を制限することになった。本研究では,伝送システムの大容量化,長距離化を目的として,光増幅技術を用いた光通信システムに使用される光ファイバおよび光伝送路を最適化するための設計手法について検討を行っている。

第1章は"序論"であり,光ファイバの開発の歴史を概観した後,本論文の目的,位置づけを論じている。

第2章は"光ファイバの伝送特性が伝送システムに与える影響"と題し,光ファイバの伝送特性が,光増幅技術を用いた伝送システムの性能をどのように制限するかを明らかにしている。

光増幅システムにおいて光ファイバに要求される特性は非線形現象の抑圧であり,局所的な分散値は非零であるが伝送路全体での分散値を零とする分散マネージメント技術の導入,実効断面積の拡大による非線形性自体の低減が特に重要であることを指摘している。また,光ファイバの低損失化,偏波分散の低減,分散スロープの低減の重要性も論じている。

第3章は"光ファイバの非線形性評価手法に関する検討"と題し,光ファイバの非線形屈折率の測定技術に関する検討結果を示している。まず相互位相変調法においてポンプ光の無偏光化を行うことにより,標準偏差が±1%以内という再現性の高い高精度な非線形屈折率の測定手法を開発した。この方法を用いて石英系光ファイバにおける非線形屈折率のガラス組成依存性を明らかにし,この結果,屈折率分布構造の異なる光ファイバの非線形性を予測することが可能となった。

第4章は"光増幅システム用光ファイバに関する検討"と題し,光増幅システムに最適な光ファイバを実現するための屈折率分布の設計理論を展開している。分散シフトしない状態で実効断面積を拡大するには,ステップコア型が有効であり,コアの屈折率を低くしコア径を大きくすれば良いことを示した。また,分散をシフトしつつ実効断面積を拡大するには,二重コア型,セグメントコア型が有効であり,外コアあるいはリング部を大きくして実効カットオフ波長を長波長化することにより,実効断面積を拡大しつつ曲げ損失の増加を防ぐ設計が可能であることを示した。

これらの設計に基づき,分散をシフトしていない場合では実効断面積110μm2の純石英コアファイバを,分散をシフトさせた場合では実効断面積70μm2のノンゼロ分散シフトファイバを実用化することができた。分散をシフトさせた場合,一般には実効断面積の拡大とともに分散スロープが増大する。本章では,分散スロープの増大を低減する手法を二重コア型,セグメントコア型それぞれについて明らかにした。この結果,二重コア型では,実効断面積を65μm2まで拡大しつつ,分散スロープを0.06ps/nm2/kmと比較的低い値に抑えることに成功した。セグメントコア型では,実効断面積は50um2ながら分散スロープは0.025ps/nm2/kmまで低減された。

第5章は"光増幅システム用光伝送路に関する検討"と題し,実効断面積の拡大と分散スロープの低減を同時に満たす伝送路を実現するため,分散マネージメント伝送路の最適化手法を明らかにした。分布補償型分散マネージメント伝送路として,実効断面積拡大型純石英コアファイバと分散補償ファイバで構成される伝送路の最適化例を示した。等価実効断面積60μm2,平均分散スロープ0.025ps/nm2/kmが達成されており,従来のノンゼロ分散シフトファイバと比べ,実効断面積の拡大と分散スロープの低減の両立が可能となった。

第6章は本論文の"結論"である。

以上のように本研究では,光ファイバ設計への応用を目的としてファイバの非線形屈折率の高精度な測定法を確立するとともに,光増幅器を用いた伝送システムに最適化した光ファイバおよび光伝送路を設計する手法を明らかにした。この設計に基づき,低分散スロープ・実効断面積拡大型分散シフトファイバや,実効断面積拡大型純石英コアファイバと分散補償ファイバからなるハイブリッド伝送路などを開発した。これらの成果は,テラビット級長距離光伝送システムの実現に道を拓くものであり,電子工学への貢献が多大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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