学位論文要旨



No 215772
著者(漢字) 室岡,賢一
著者(英字)
著者(カナ) ムロオカ,ケンイチ
標題(和) 高精度X線リソグラフィーのためのマスク歪補償技術の研究
標題(洋)
報告番号 215772
報告番号 乙15772
学位授与日 2003.09.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15772号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 鳥海,明
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 平本,俊郎
 東京大学 助教授 藤島,実
内容要旨 要旨を表示する

近接X線リソグラフィー技術は次世代以降の量産技術候補であるが、原版となるマスク製作に関して課題を抱えている。X線マスクは剛性の低い自立薄膜にて基板が構成されているために、その上に形成される吸収体マスクパターンの応力に呼応して面内・面外への変形が発生する。マスクパターンの面内歪は直接リソグラフィー工程における位置合わせ精度の劣化につながるので、数nm以内に制御することが肝要である。

従来、マスクパターンの面内歪問題に対応するために、大別すると以下の4つの手法が検討されてきた。(a)吸収体の成膜プロセスとアニーリングプロセスの最適化により、吸収体の持つ応力を面内歪が無視できる範囲に制御する。(b)発生する面内歪を予測し、これを打ち消す様にパターン描画時に位置補正を行う。(c)露光に用いるX線を短波長化することにより、厚く剛性の高い基板の利用を可能とし、歪を抑制する。(d)発生してしまった歪を適当な熱入力分布により補正する。しかし、(a)、(b)の手法は本質的にプロセスの高度な再現性を必要とし、(c)の手法では高々数分の1程度のプロセス条件緩和をもたらすのみである。これらに対し、(d)の手法は変形し易いという特徴を逆手にとって、任意の形状に容易に変形可能であると言う利点に換える発想に基づくものであり、原理的には測定再現性の範囲に面内歪を制御可能である。

本研究では、X線リソグラフィー用のメンブレンマスクに対して、ホログラフィック位相シフト干渉計による高精度面内歪測定と熱入力分布による位置歪補正を組み合わせることにより、他の手法では実現が困難な、リアルタイムでの高精度補正を可能にする手法の研究を目的とした。アダプティブ・メンブレン・マスクと名付けた、この手法は、(1)ホログラフィック位相シフト干渉計を用いて面内歪の計測を行う、(2)計測された面内歪を引き起こしている応力分布を計算する、(3)計算された応力分布を打ち消すために必要となる熱入力分布を計算する、(4)計算された熱入力分布をマスクに与え、面内歪を再度測定する、というサイクルによって構成されている。閉ループ・フィードバックを構成することにより、数nmの精度で面内歪を制御することが可能となる技術である。

最大の課題は、(2)における面内歪と応力分布の対応を、リアルタイムで計算する手法を確立することである。これを実現させるために、まず第三章において、微視的な弾性体理論から出発して巨視的な歪を積分変数とする歪エネルギーの表式を導き、変分原理に基づいて歪エネルギーの最小化を行い、与えられた応力分布から発生する歪を計算する手法を確立した。いくつかの具体例に本手法を適用し、得られた結果が妥当なものであることを確認した。また解析の結果から、面内歪は非常に大きな減衰距離を有する長距離相互作用に支配されるが、面外歪は特徴的な長さを含む短距離相互作用に支配されることが示唆された。面内歪の大きさは、吸収体がメンブレンの半分の領域を覆うという厳しい条件の下であるが、わずか10MPaの残留応力によって15nm以上となることが示され、従来の、残留応力の制御を行うことで10nm以下の面内歪に抑制する方法が厳しい条件であることが再確認された。

引き続いて第四章において、解析的に汎関数極小化の手法を用いる事により、測定された面内歪から、この歪を引き起こした応力分布を算出する手法を導出した。さらに解析的な分析に基づいて変数変換を行い、計算方法に改良を加えることにより、同手法を高速・高精度化した。いくつかの具体例に、本手法を適用することにより、本手法が十分な精度を有し、かつ、一秒以内という高速度で面内歪を引き起こしている応力分布を算出可能であることを実証した。改良された計算方法は、解析の結果、境界条件の制限が弱い領域で特に有効であり、境界から離れた領域では極めて高い精度が確保可能である。計算例からも、本計算方法の持つ誤差は、境界条件の寄与が大きい部分に起因すると見られるものが大部分であり、系の対称性が悪い場合においても有効であることが示唆された。

次に第五章において、(3)における応力分布を補正する熱入力分布を求めるために、まず熱拡散のマスク基板変形への寄与を計算した。本計算には第三章で得られた応力分布から発生する歪を計算する手法を利用している。その結果、熱拡散の影響は拡散による滲みのある領域にのみ限定されており、熱拡散の実効的な距離が応力分布の空間分布の最小波長よりも小さければ、熱拡散の補正は必要ないことが明らかとなった。また、第四章で得られている十分な精度を有する解析的な近似によっても、応力σ(x, y)と歪v(x, y)の間にガウスの法則が成り立つことから、本結論が保証されることを明らかにした。さらに、熱伝導方程式に基づく解析的な計算により、熱拡散の影響が大きな場合においても、熱入力分布を求める際に熱拡散の影響を補正することが、リアルタイムで可能であることが示された。計算例によると、約10MPaの吸収体残留応力が引き起こす最大12nmの歪が、約1.5℃の最大値を持つ温度分布により補正可能となること、加えて、熱拡散の影響の極めて大きな条件の下で熱拡散の補償を行った結果、最大値約5.4mW/cm2の熱入力分布により歪の補正が可能であり、この時のマスク全面での熱入力の総計は高々約11mWで済むことが示された

さらに第六章において、これまでの過程で得られた知見を活用し、等角写像の計算により定められた領域の応力を調整することにより、マスクの倍率補正を行うことが可能であることを示した。この手法により、5ppmの倍率補正を行った場合でも3nm以下の残留歪に抑制可能であること、倍率に異方性がある場合にも拡張可能であり、±3ppmの異方的な倍率補正を行った場合でも3nm以下の残留歪に抑制可能であることが示された。そして、本手法を応用することにより、熱膨張による歪の全く発生しないマスク構成が可能となることが示された。これはメンブレン周辺領域に薄膜を付加することにより、支持枠の熱膨張を、薄膜の熱膨張に起因する応力で相殺するものであり、一例として熱膨張係数の比較的大きな銅を用いた場合、膜厚1.45μmで相殺が可能となることが示された。

そして第七章において、ホログラフィック位相シフト干渉計と上述の解析的手法を組み合わせることにより、熱入力を利用したアダプティブ・メンブレン・マスクによる歪補正技術の検証を行った。ホログラフィック位相シフト干渉計上に設置されたマスク基板に、He-Cdレーザーを照射することにより形成された歪を計測し、熱入力と歪の関係を測定した。その結果、わずか32mWのレーザー光を用いて70nm以上の歪が発生することが確認され、光による熱入力を用いて既存の歪を打ち消す歪を発生させるという構想が有効に機能することが検証された。測定された歪から求めた熱入力分布は、照射されたHe-Cdレーザーのビーム・プロファイルと一致しており、吸収体応力に換算すると約145MPaの応力に対応すること、すなわち、局所的には約145MPaの吸収体残留応力の補正が可能であることが示された。さらに、熱入力に対応する応力を入力として発生する歪を計算したところ、得られた結果は干渉計により測定された歪と10nm以内の精度で一致することが確認された。このように、解析後の実験結果は本手法の有効性を支持しており、リアルタイムでの高精度面内歪補正を実現する可能性を検証した。

最後に第八章において、アダプティブ・メンブレン・マスク技術の空間分解能限界を調査し、最適なシステム設計の指針を検討した。同一の空間周波数の歪と応力の間には、空間周波数の逆数を比例係数に含む比例関係が成り立っているため、高空間周波数の応力分布は歪には殆ど寄与せず、重要となるのは低空間周波数成分であることが示された。また、熱入力として用意できるパワーの上限を設定すると、補正の可能な空間周波数の上限に制限が与えられることから、総熱入力パワーを100Wに制限した場合に補正可能な応力の空間周波数成分の上限値と、歪の発生を1nm以下にするために必要となる応力の空間周波数成分の上限値を比較し、膜厚1μm のSiNxメンブレンを用いた場合には、低空間周波数側では200MPa程度の吸収体応力が許容となり、波長換算で0.26mm程度の空間周波数までの補正を用意すれば十分であり、この空間周波数上限近傍では40MPa程度の応力分布が許容となることが示された。そして、この空間周波数上限は、汎用のVGA 以上の画素数を有する装置で達成可能であることが確認された。

アダプティブ・メンブレン・マスクの実現可能性を検証した結果、X線リソグラフィーの最大の課題となっていた位置合せ精度の飛躍的な向上が期待され、次世代リソグラフィー技術への要請を満たす可能性が示された。すなわち、次世代以降の半導体デバイス製造に、合理的で有効な手段を与えるものであり、本研究により、次世代以降の半導体デバイス生産のための基盤技術を提供することを可能とした。さらに、アダプティブ・メンブレン・マスクは、X線リソグラフィー以外のリソグラフィー技術にも適用可能な汎用的な概念であり、X線リソグラフィー以降の技術としても有用な概念を提供した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「高精度X線リソグラフィーのためのマスク歪補償技術の研究」と題し、薄いメンブレンのマスクを通してX線によって微細パターンを焼き付けるX線リソグラフィー技術において最大の問題となっているマスク歪を、局部的な光照射によるマスクの熱変形を利用して補償し、10nm寸法のパターン転写を可能とした技術の研究を述べたもので、9章から成っている。

第1章は序論であって、大規模集積回路の製作を主目的とする微細パターン形成技術において有用と期待されるX線リソグラフィー技術の概要を述べ、また本論文の構成を説明している。

第2章は「本研究が解決を目的とする課題と意義」と題し、X線リソグラフィーの技術要素の中でメンブレン・マスクの歪による露光パターンの歪が最大の問題であることを述べ、従来その解決のために試みられて来た方法を紹介してその限界を論じている。

第3章は「X線マスクの基板応力からパターン歪を求める手法」と題して、マスク歪の評価とその補償技術の解析的基盤として、微視的な弾性体理論から出発して巨視的な歪を積分変数とする歪エネルギーの表式を導き、変分原理に基づいて歪エネルギーの最小化を行い、与えられた応力分布から発生する歪を計算する手法を確立している。またその過程で、面内歪は大きな減衰距離を有する長距離相互作用に支配されるが、面外歪は特徴的な長さを含む短距離相互作用に支配されることを明らかにしている。

第4章は「X線マスクのパターン歪から原因の応力を求める手法」と題し、汎関数最小化の手法を用いることにより、測定された面内歪から、この歪を引き起こした応力分布を算出する手法を導出して、幾つかの具体例に適用して、面内歪を引き起こしている応力分布を十分な精度で1秒以内に算出できることを実証している。

第5章は「熱入力によりX線マスクのパターン歪補正を行う際の熱拡散の効果と補正」と題して、応力分布を補正する熱入力分布を求めるために、まず熱拡散のマスク基板変形への寄与を計算して、熱拡散の実効的な距離が応力の空間分布の最小波長より小さければ熱拡散の補正は不要であることを明らかにし、さらに熱拡散の影響が大きい場合においても、熱伝導方程式に基づく解析計算により、熱入力分布を求める際に熱拡散の影響を補正することが、リアルタイムで可能であることを示している。

第6章は「X線マスクの倍率補正」と題して、これまでの各章で得られた知見を活用し、等角写像の計算により定められた領域の応力を調整することによって、マスクの倍率補正をも行うことが可能であることを示している。また本手法を応用して、熱膨張による歪の全く発生しないマスク構成が可能であることを示している。

第7章は「X線マスク歪補償技術の実験による検証」と題して、本論文が提案している方法の実現性を検証するために、ホログラフィック位相シフト干渉計によってマスク歪を測定しながらレーザー光の局部照射によって熱入力を与えた実験の結果を述べ、32mWの光加熱で70nm以上にわたる歪量を補正できることを示している。また熱入力と歪の関係の実測結果は本論文の解析手法による計算と10nm以内の精度で一致しており、高精度の面内歪補正がリアルタイムで行えることが実証されている。

第8章は「アダプティブ・メンブレン・マスク技術の適用範囲」と題し、本論文の補正法の空間分布限界を検討して最適なシステム設計の指針を考察し、厚さ1μmのシリコン窒化膜メンブレンの場合、汎用のVGA以上の画素数による総熱入力100Wの光パターン照射で、マスク歪を1nm以下にまで補償できることを示している。

第9章は結論であって、以上の研究の結果を総括し、本研究の意義と今後の展望を述べている。

以上これを要するに本論文は、今後の大規模集積回路の製作などにおいて10nmオーダーの微細パターンを焼き付けるX線リソグラフィ技術に関し、マスク・メンブレンの歪の補正を、光の局部照射による加熱で実時間に行う手法を提案し、その実現可能性を実験によって示したものであって、電子工学の発展に寄与する所が少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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