学位論文要旨



No 215776
著者(漢字) 八田,敏行
著者(英字)
著者(カナ) ハッタ,トシユキ
標題(和) 岩盤空洞内熱水貯蔵・発電システム成立可能性の技術的・経済的評価
標題(洋)
報告番号 215776
報告番号 乙15776
学位授与日 2003.09.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15776号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 徳永,朋祥
内容要旨 要旨を表示する

わが国の電力負荷パターンは季節・日間の変動が大きく、年負荷率は約55%程度と欧米に比べ低い。将来、原子力発電の割合が増加することも想定すると、負荷平準化を図り負荷率を向上させるための電力貯蔵の必要性は大きいと思われる。電力貯蔵の技術としては、揚水発電に加え、圧縮空気貯蔵ガスタービン発電システムなども実用化されつつあるが、電力貯蔵のニーズは大きく今後一層電力貯蔵技術の開発は重要になるものと期待される。

本論文は、発電所における夜間の蒸気・熱水の地下貯蔵、および昼間のピーク発電を組み合わせた「岩盤空洞内熱水貯蔵・発電システム」を提案し、その成立可能性について技術的・経済的な観点から詳細に検討したものである。

提案したシステムは、原子力発電所などにおいて、夜間運転時に発生する蒸気の一部を発電所近辺の地下岩盤内に建設した大規模空洞に貯蔵し、需要の大きい昼間に専用の蒸気タービンを用いて、通常の主タービンと並列運転するシステムである。蒸気を熱水の形で圧力容器に貯え、高負荷時に備える技術は工場などで古くから利用されており、原子力や石炭火力の大容量の蒸気を貯蔵しピーク負荷時に発電する有用性も以前より概念として提案されたことはあるが、このような高温高圧の大規模貯蔵は大きな課題であるとされており、その実現性に関する詳細な検討や課題の抽出は行われてこなかった。また、世界的に見てもこのような地下施設は実現されていない。

本研究では、具体的に以下のようなシステムの概念(スケール、基本システム構成)を構想し、大きく、(1)技術的検討と(2)経済的検討にわけ、実現可能性を明らかにした。

・発電所近辺の地下岩盤内に掘削された空洞を貯槽とし、その璧面は断熱材などで被覆せず直接熱水を貯蔵する構造とし、保温性については、貯槽岩盤の有する断熱性に期待し、気密性については、周辺の地下水による水封方式によることとした。

・ピーク時の出力を20〜50万kW、発電時間を8時間とすると、このときに必要な貯槽の幾何容積は10〜30万m3程度となる。また、最大貯蔵圧力を5MPaとすると、熱水の温度は264℃、貯槽の設置深度は500m程度となる。

岩盤空洞内熱水貯蔵成立可能性の技術的評価

発電機器に関してはほとんど既存の技術で構成されているが、地下岩盤内の空洞を貯蔵施設として考えることは革新的なものであり、その技術的成立可能性について明らかにする必要がある。地下貯蔵の技術的検討においては、海外国内事例による水封方式適用可能性の検討・高温実験事例の検討、数値解析による水封・保温性に関する検討、室内実験による岩石の熱特性に関する検討、数値解析による熱を考慮した岩盤力学的検討、を行った。その要点は以下のようにまとめられる。

我が国においては対象となる良好な岩盤は広く分布し、十分な立地可能性がある。本システムにおいては、熱水の貯蔵施設は発電所の近辺に設置することを特徴とするが、既存の発電所においても、原子力発電所をはじめとして多くの発電所は良好な岩盤に立地している。

岩盤空洞での高圧貯蔵方式としては、スチールなどでライニングするライニング方式と地下水圧による水封方式があるが、神岡鉱山における無覆工空洞での高圧実験結果などを示し、水封方式は熱水貯蔵にも十分適用できることを議論した。

放射性廃棄物処分を目的とした原位置での加熱実験結果を調査・整理することにより、岩盤内の熱伝導は数値解析により十分予測できることを明らかとした。また、変位や応力の予測を行う場合は、不連続面を含む岩盤としての物性値を用いる必要があること、その温度依存性を考慮する必要があることを明らかとした。また、既存の文献を収集し、高温下での岩石の力学特性や熱特性について整理を行った。

熱応力解析を行う場合の、最も重要な物性値の一つが熱膨張特性である。岩盤の熱膨張特性の評価に際して、き裂の影響を考慮することは非常に重要である。そこで、き裂を含まない岩石およびき裂を含む岩石のそれぞれについて、高温下において熱膨張試験を実施することによって、岩石の熱膨張特性に対するき裂の影響は無視することができき裂の充填物の影響だけを考慮すればよいことを明らかとした。

水封方式を採用したときの貯槽の気密性と保温性を検証するため2次元差分法による水−蒸気2相流・熱伝導連成解析を行った。この検討により、貯槽周辺への蒸気の漏洩は発生せず高温の蒸気・熱水の貯蔵においても水封機能は十分に機能していることと貯槽の貯蔵効率は98%を上回る高い貯蔵効率を有していることを明らかにした。また、周辺岩盤への熱伝導による温度上昇の影響は貯槽周辺に限られており、周辺環境への影響は非常に小さいことを明らかとした。

貯槽空洞は高温・高圧下において安定性を保つ必要があるが、不連続性を含む岩盤としての定常熱応力の理論解を用いて貯槽空洞の安定性が確保できていることを明らかとした。続いて、熱応力解析を実施し、物性値の温度依存性を考慮しない場合も、考慮した場合も、空洞周辺において安全率が1以下となる領域は小さく、熱水貯蔵施設として貯槽空洞は十分に安定していることを明らかとした。

岩盤空洞内熱水貯蔵・発電システムとしての経済的評価

経済的な成立の可能性の検討においては、本システムを原子力発電所および火力発電所に適用した場合につき、おのおののシステム構成を検討し、施設建設から運転時の経済性を明らかにした。その要点は以下の通りである。

100万kWクラスの原子力発電所にピーク時出力20万kW、発電時間8時間の岩盤空洞内熱水貯蔵・発電システムを適用したとき、貯蔵圧力を3〜5MPaとすると、必要な貯槽の幾何容積は約10万m3となった。そのときのシステム全体の貯蔵効率は80%以上と高く、また、建設コストも8万円/kW以下、ピーク時の発電単価も10円程度と非常に安く、既存の揚水発電などと比較し十分な経済的成立可能性を有していることを明らかとした。

火力発電所に適用した場合においては、貯蔵効率が60%以下と低くなった。これは蒸気の貯蔵・放出の過程で有効エネルギーの損失が大きいことが原因となっている。しかし、建設コストは5.4万円/kW以下と小さいことより、リパワリング施設などとして期待できる。

以上の様に、本研究においては地下岩盤の有する特性を利用した岩盤空洞内熱水貯蔵・発電システムを提案し、技術的・経済的に十分実現可能であることを明らかとした。今後は、高温・高圧下の室内実験やフィールド実験を通し地下貯蔵の安定性・保温性を立証してゆくことが必要であろう。

今後は、地球温暖化における負荷低減の上で、特に既存の原子力発電所および新規建設における負荷平準化方式の検討は非常に重要なものであろう。総合的な安全性の向上とともに、既存・新設を問わず負荷平準化システムを組み入れる上で、本システムもひとつの有力な方策として活用されることを期待している。

審査要旨 要旨を表示する

わが国では電力負荷の日間・季節間変動が大きく、原子力発電所や石炭、石油火力発電所の負荷平準化のための電力貯蔵技術が必要とされてきた。しかし、現在部分的に夜間揚水・昼間発電が行われているのみで、平準化の程度は甚だ不十分であり、今後の新たな電力貯蔵技術の開発・施設の建設が待たれている状況がある。

著者は、本論文において大規模な電力貯蔵を目的とした「地下岩盤空洞内熱水貯蔵・発電システム」を提案している。これは発電所において、夜間運転時に発生する蒸気の一部を地下岩盤内に建設した大規模空洞に熱水として貯蔵し、需要の大きい昼間に排出し、専用の蒸気タービンを用いて、通常の主タービンと並列運転するシステムである。地下貯槽は深度約500m程度、貯槽容積は約10万m3、ピーク時の出力は20万kW、貯蔵最大圧力5MPa(熱水温度264℃)と想定されている。高温蒸気・熱水を圧力容器に貯えることは工場などで古くから行われており、発電所の蒸気を地下に貯蔵する概念についても以前に提案されたものもあるが、このような高温高圧の大規模貯蔵の実現性に関する詳細な検討や課題の抽出は世界的にも行われておらず、実現された地下施設もない。著者は提案したシステムの実現性を工学的に示すため、技術的観点、および経済的観点から詳細かつ総合的な検討を行っている。

技術的観点(工学的実現性)からは、海外・国内調査(立地可能性および岩盤空洞利用動向調査)による予察的検討、数値解析による岩盤空洞気密性・保温性の検討、実験および解析による岩盤空洞力学的安定性の検討が行われている。

まず、国内調査の結果から、(1)多数の既存発電所サイトにおいて安定な岩盤が存在し、提案されたシステムを適用し得る可能性が高いこと、(2)空洞壁面の気密性を確保するためには、金属などのライニングを行わず、簡単な岩盤補強と地下水圧による水封のみで可能であろうこと、を多くの事例から定性的に結論している。

次に、本システム成立の可否の最大要件である岩盤の“気密性・保温性”を確認するため、水−蒸気2相流・熱伝導連成解析により詳細に検討している。この結果、高温の蒸気・熱水の貯蔵においても水封機能は十分に機能すること、貯槽の貯蔵効率は非常に高い(98%程度)こと、周辺岩盤への熱伝導による温度上昇の影響は貯槽周辺に限られており、50年程度の操業を仮定しても地表環境への熱的影響は及ばないことを明らかにしている。

さらに、貯槽空洞の高温・高圧下における力学的安定性について実験的、理論・数値解析的検討を行い、物性値の温度依存性を考慮する場合もしない場合も、空洞周辺において安全率が1以下となる領域は小さく、貯槽空洞は十分に安定していることを明らかとした。実験的にも、亀裂を有する花崗岩試料による高温下の実験から、岩石の熱膨張特性に対するき裂、および充填物の影響についても検討が行われている。

以上の検討から十分な技術的成立可能性が確認されたことを受け、システムとしての経済性に関する総合評価が行われている。まず、100万kW級の原子力発電所に貯槽容積約10万m3、ピーク時出力20万kW、発電時間8時間の地下空洞熱水貯蔵・発電システムを併設したときの適用性が詳細に論じられている。この時のシステム全体の貯蔵効率は80%以上と高く、また建設コストも8万円/kW以下、ピーク時の発電単価も10円程度と非常に安く、既存の揚水発電などと比較し十分な競争力を有していることが明らかとされている。また、火力発電所における試算においても、原子力発電の場合より効率は低下するものの、老朽火力のリパワリングにおける有用性が論じられている。

以上のように、本研究は地下空間の3次元的な大規模利用を進めてきた著者が、岩盤内熱水貯蔵発電システムを提案し、その実現可能性を技術的・経済的に詳細かつ総合的な研究を行い明らかにしたものである。地下空間利用の新たな展開を方向づけるものであり、特に、原子力発電におけるエネルギーの効率的利用を促進し地球環境負荷軽減につながる技術として、本研究の結果は多大な寄与をするものと期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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