学位論文要旨



No 215781
著者(漢字) 佐々木,聡
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,サトシ
標題(和) 2環性縮合チオフェン骨格の特性に着目した経口LHRH受容体拮抗薬の創薬研究
標題(洋)
報告番号 215781
報告番号 乙15781
学位授与日 2003.10.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15781号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

イントロダクション

G 蛋白共役型受容体(G-Protein Coupled Receptor: GPCR)は、細胞膜表面に存在する細胞間情報伝達物質の受容器で、重要な創薬ターゲットの一つである。ペプチドを内因性リガンドとするGPCR をターゲットとした場合、これに作用する低分子化合物をペプチドから直接デザインすることが極めて困難であるため、リード創製をランダムスクリーニングに頼っているのが現状である。

そこで、まず我々は、ペプチドリガンド型GPCR の拮抗薬の探索研究において、「中心となるヘテロ環Scaffold に受容体との相互作用に重要な側鎖を導入する」というストラテジーを案出した。具体的には、ビアリール構造を有する縮合チオフェン誘導体A をデザインし、チエノピリジン-4-オン誘導体1 がLHRH 拮抗薬、またチエノピリミジン-2,4-ジオン誘導体2 がET (Endothelin)拮抗薬となることを見出した(Figure 1)。

リード化合物の最適化研究においては、活性・薬物動態・毒性のバランスを取る必要に迫られるが、通常、活性の向上と動態・毒性の改善は逆相関することが多く、活性への影響の小さい側鎖を同定し、その化学変換による問題解決がまず試みられ、次に骨格変換が検討される。この際、側鎖の相対的配置が同じで、物理化学的性質の異なる複数の母核を群として有していれば、母核及び側鎖の両者の物理化学的性質を変化させることが可能となり、問題解決の可能性が高くなると考えられる。また、側鎖の変換において、活性と動態の両者に寄与する側鎖を創出することができれば、創薬化学の重要な知見となる。

近年、ある一つの骨格が側鎖の変換により複数のGPCR リガンドとなる"Privileged Structures"という概念が提出されている。具体例として、古くはベンゾジアゼピンや4-アリルピペリジン、最近ではスピロピペリジンや2-アリルインドールなどが知られているが、最適化の際に問題が生じた場合、これらの化合物の骨格変換は比較的困難で、側鎖の変換のみで対応せざるを得ないことが多い。

これに対して、2環性縮合チオフェン骨格は、共通の中間体である置換アミノチオフェンを出発原料として、種々の新規な骨格変換体の合成が比較的容易であるという特徴を持っている。即ち、最適化研究における問題に対し、上述した母核群を用いた解決法を提供できると考えられる。我々は既に低分子LHRH 拮抗薬、チエノピリジン誘導体T-98475 を報告しているが、本化合物は体内動態に問題があり、活性面でもさらに優れた化合物を見出す必要がある。そこで、LHRH 拮抗薬を実例として、2環性縮合チオフェン骨格が低分子GPCR 拮抗薬の創薬研究における問題に骨格-側鎖のマトリックスとして対応可能なことを示し、その有用性を検証する。さらに、その研究過程において見出した高活性・薬物動態改善に寄与する側鎖、アルコキシウレアについて紹介する。

低分子LHRH 拮抗薬の最適化研究

黄体形成ホルモン放出ホルモン(LHRH: GnRH)は脳下垂体前葉に存在するペプチドであり、GPCR であるその特異的受容体と結合して受容体を活性化し、性腺刺激ホルモン(LH,FSH)を放出させ、性ホルモンの産生・分泌を促進する。従って、LHRH 拮抗薬は性ホルモン依存性疾患の治療薬となることが期待される。

Scaffold の変換 - 5員環部分の変換

我々はこれまでにチエノピリジンの5 員環部分の変換を検討し、キノロンのような6-6縮環系よりも5-6 縮環系が高活性であり、5-6 縮環系においてはフロピリジンよりもチエノピリジンが優れていることを明らかにしてきた。今回、さらにチオフェン環の優位性を検証する目的で5 員環部分の変換を続行し、イミダゾピリミジン-5-オンをデザインした。2 位にフェニル基を有するイミダゾピリミジン-5-オンの合成報告例が無かったため、まず骨格合成を検討し、続いて、2 位、3 位、8 位の変換を行った。2 位フェニル基のパラ位置換基としては、短鎖アルキル・小さいヘテロ環のアミドが好ましかった。しかし、化合物12a は同じ側鎖を持つチエノピリジン16 よりも活性が低かった。

以上の結果から、5 員環部分としてはチオフェン環が優れており、5-6 リングシステムの5 員環に6 員環アリール基が直結したモチーフがLHRH 拮抗薬のScaffold として好ましいことが明らかとなった。

Scaffold の変換 - 6員環部分の変換

次に、5 員環部分をチオフェン環に固定し、6 員環部分の効率的変換を検討した。具体的には7 種類の骨格変換体を合成した(Chart 1)。骨格変換体の活性を調べた結果、窒素の4 位にカルボニル基を有し、平面性の高い6 員環構造が高活性発現に重要であることが明らかとなった。その中で、チエノピリミジン-2,4-ジオン骨格がチエノピリジン-4-オン骨格と同等の活性を有する優れたLHRH 拮抗薬のScaffold であることを見出した。

側鎖の最適化- メトキシウレイド基の発見

上述の結果から、Scaffold としてチエノピリミジン-2,4-ジオンを選び、その側鎖の最適化を行った。4 置換チオフェンと種々のイソシアネートからウレアを合成し、これを閉環して3 位変換体を合成した。6 位変換体については、ニトロ基からの誘導あるいは鈴木カップリング反応により合成した。

3位置換基としては活性及び代謝面を考慮し、無置換フェニル基と3-メトキシフェニル基を選択した。6 位置換基としては、イミダゾピリミジンの場合と同様に短鎖アルキルアミドが優れていた。短鎖アルキルウレアにすると、さらに高活性を示した。逆置きのアミド50a は活性が減弱したが、アルコキシアミド50b はアミド44a と同等の活性を示した。そこで、アルキルウレアとアルコキシアミドを組合わせたメトキシウレア44k をデザインし、合成したところ(Figure 2)、エチルウレア44g とともに最強のin vitro 活性を示した。さらに、これらの誘導体はヒト受容体に選択的で、次にサル受容体に親和性が高かった。そこで、サルを薬効動物に選び、サルでの経口吸収性を調べた結果、メトキシウレア44k(TAK-013)はエチルウレア44g よりも高い吸収性を示した。TAK-013 は10m g/kg、30m g/kg 経口投与において、去勢サルの血中LH レベルを80% 以上抑制した。

メトキシウレイド基の活性と動態に与える効果に関する考察

LHRH 受容体モデルとTAK-013 との結合様式を解析した結果、メトキシウレイド基の4個のヘテロ原子は受容体のアミノ酸と分子間水素結合していることが示され、これにより、TAK-013 は高活性を発現していると考えられる。

また、メトキシウレイド基導入による薬物動態の改善は、部分構造のエネルギー計算結果から支持されるメトキシ酸素とアニリンNH との分子内水素結合形成の寄与によると推定される。メトキシウレイド基は分子内水素結合形成により、膜透過時の脱水和エネルギーを低減し、経口吸収性を改善したものと推測している。受容体到達後は、上述のように受容体との間に分子間水素結合を形成し、高活性に寄与すると考えられる。

結論

5員環部分に直結アリール基を、6 員環部窒素原子の4 位にカルボニル基を有する、平面性の高い5-6 リングシステムがLHRH 拮抗薬Scaffold の構造的特徴であることを明らかにした。その5 員環としてチオフェン環が優れていることを示し、効率的な骨格変換によりチエノピリミジン-2,4-ジオン骨格がET拮抗薬のみならずLHRH 拮抗薬の優れたScaffoldとして機能する、Privileged Structure であることを明らかにした。このチエノピリミジン骨格へ、高活性と薬物動態の改善に寄与する側鎖、アルコキシウレアを導入することにより、世界で初めてヒトでの有効性が確認された経口LHRH 拮抗薬TAK-013 を創製した。このように、2環性縮合チオフェン骨格は、骨格変換が容易に行え、骨格-側鎖のマトリックスとして低分子GPCR リガンド創薬研究の種々の問題に対応可能であり、リード創出から医薬候補化合物の創製に至るまで有用であることを実証した。

審査要旨 要旨を表示する

G 蛋白共役型受容体(G-Protein Coupled Receptor:GPCR)は細胞膜表面に存在する、細胞間情報伝達物質の受容器で、重要な創薬ターゲットの一つである。黄体形成ホルモン放出ホルモン(LHRH: GnRH)は脳下垂体前葉に存在するペプチドであり、その特異的受容体(GPCR)と結合し受容体を活性化し、性腺刺激ホルモン(LH,FSH)を放出させ性ホルモンの産生・分泌を促進する。従って、LHRH 拮抗薬は性ホルモン依存性疾患の治療薬となる事が期待される。

ペプチドを内因性リガンドとするGPCR を創薬のターゲットとした場合、これに作用する低分子化合物をペプチドから直接デザインすることが極めて困難であるため、リード化合物の創製をランダムスクリーニングに頼っているのが現状である。

佐々木はペプチドリガンド型GPCR の拮抗薬の探索研究において、「中心となるヘテロ環Scaffold に受容体との相互作用に重要な側鎖を導入する」というストラテジーに基づいて、特に縮合チオフェン誘導体に着目して検討を行った。

2環性縮合チオフェン骨格は、共通の中間体である置換アミノチオフェンB を出発原料として、種々の新規な骨格変換体の合成が比較的容易であるという特徴を持っている(Figure 1)。

佐々木は、まず初めにチエノピリジン誘導体の5 員環部分の変換を検討し、キノロンのような6-6 縮環系より、5-6 縮環系が高活性であることを明らかにした。さらにチオフェン環の優位性を検証する目的で5 員環部分の変換を検討した結果、チエノピリジン骨格がイミダゾピリミジン骨格より優れたLHRH 拮抗薬のScaffold であること、更に5-6 縮環系の5 員環に6 員環アリール基が直結したモチーフD がLHRH 拮抗薬のScaffold として好ましいことを明らかにした(Figure 2)。

次に、5 員環部分をチオフェン環に固定し、6 員環部分の効率的変換を検討した。その結果、チエノピリミジン-2,4-ジオン骨格がチエノピリジン-4-オン骨格と同等の活性を有する優れたLHRH 拮抗薬のScaffold であること、更に6 員環上の窒素の4 位にカルボニル基を有する平面性の高い縮合チオフェン骨格E がLHRH 拮抗薬のScaffold として優れていることを明らかにした(Figure 3)。

更に、Scaffold としてチエノピリミジン-2,4-ジオンを選び、その側鎖の最適化を行った。詳細な検討を行い、最終的にFigure 4 に示すTAK-013 が高い吸収性を示し、去勢サルの血中LH レベルを効率よく抑制することを明らかにした。

LHRH 受容体モデルとTAK-013 との結合様式を解析し、メトキシウレイド基導入による薬物動態の改善がメトキシ酸素とアニリンNH との分子内水素結合形成によることを示した。

以上、佐々木は、平面性の高い5-6 縮環系(5-6 リングシステム)がLHRH 拮抗薬のScaffoldとして適していることを示し、効率的な骨格変換によりチエノピリミジン-2,4-ジオン骨格がET 拮抗薬のみならずLHRH 拮抗薬の優れたScaffold として機能する事を明らかにした。このチエノピリミジン骨格へアルコキシウレアを導入することにより、世界で初めて経口LHRH 拮抗薬TAK-013 を創製した。このように、2環性縮合チオフェン骨格は、骨格変換が容易に行え、骨格-側鎖のマトリックスとして低分子GPCR リガンド創薬研究の種々の問題に対応可能であり、リード化合物創出から医薬候補化合物の創製に至るまで有用である事を実証した。

上記の研究成果は薬学の重要な研究学問である創薬化学に与える寄与は大きく、博士(薬学)に値する内容であると判断する。

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