学位論文要旨



No 215783
著者(漢字) 古賀,貴士
著者(英字)
著者(カナ) コガ,タカシ
標題(和) RC造建物における重量床衝撃音の実用的予測手法
標題(洋)
報告番号 215783
報告番号 乙15783
学位授与日 2003.10.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15783号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 大岡,龍三
 東京大学 助教授 坂本,慎一
内容要旨 要旨を表示する

政府の規制緩和政策の一環として日本住宅性能表示制度が2000年4月より施行され、居住環境性能の予測技術の必要性が増してきている。集合住宅に要求される居住環境性能の中でも、音は重要視される項目のひとつである。その中でも、子供の飛び跳ねなどによって発生する重量床衝撃音は、躯体の性能によって大きく支配されるものである。今日では、構造技術の進歩に伴い、鉄筋コンクリート造建物においても様々な新しい構造形態が提案されているが、集合住宅の床仕様は構造体としての耐力性能ではなく重量床衝撃音遮断性能によって決定されているといっても過言ではない。

近年、意匠的な自由度が高まるなどの理由から、1住戸程度(スラブ面積60〜80m2)を1枚のスラブとする大型スラブ工法を採用した集合住宅が増加傾向にある。重量床衝撃音遮断性能の予測方法としては、従来工法によるスラブ面積25m2程度のスラブを対象として確立されたインピーダンス法が実務においてこれまでよく用いられてきていたが、このような大型スラブは適用範囲外となる。重量床衝撃音遮断性能を決定する主要因と考えられるスラブのスパンや厚さなどの諸元は、基本設計段階で決定される事項であり、住戸内の詳細設計に先立って判断する必要がある。また、集合住宅の建設戸数を考慮すると、FEMなどのような詳細だが大規模な解析手法を用いた予測手法よりも、インピーダンス法などのように簡略な予測手法を確立することが望ましい。

一方、近年、スケルトン=インフィルなどの計画を盛り込んだ集合住宅も増加してきている。また、消防法の改正に伴い、高層集合住宅ではスプリンクラーの設置が義務づけられた。このために、木質系の乾式二重床や、仕上げ天井を設ける必要性が増してきている。これらは重量床衝撃音に対して性能を低下させる傾向にある。しかし、これらの効果量について定性的に検討している事例は少なく、設計段階での予測・評価についても不明瞭な部分が多い。

このような背景をもとに、本研究は、(1)1住戸程度を1枚のスラブとする大型スラブ工法集合住宅にも適用できる実用的な重量床衝撃音遮断性能の予測方法の確立(2)一般的に性能を低下させる方向にある、二重床・天井などの付加材による影響量の把握とその予測手法の検討を目的としている。、

本論文の構成と主な内容は以下のとおりである。

第1章では、研究の背景、目的、および既往の研究について述べている。

第2章では、約200床の大型スラブ工法を採用した集合住宅において実測した重量床衝撃音レベルについて、従来の予測計算方法に基づく床衝撃音計算値や、加振力と振動速度の比で定義されるインピーダンス、建物諸元(スラブ厚・スラブ面積など)などとの関連性を示し、以下の結論を得た。

(1)従来のインピーダンス法による重量床衝撃音レベル計算値を実測値と比較した結果、内装による影響の少ない直床直天井の場合でも、63Hz帯域では誤差が10dB近くなり、過剰設計となる。また、125Hz以上の帯域についても、結果のばらつきが大きい。(2)床衝撃音レベルの実測結果から、スラブが厚くなるにつれて床衝撃音レベルはおおむね小さくなる傾向にある。一方、スラブ面積とはほぼ無相関であり、面積に応じて床衝撃音レベルが大きくなるという傾向はない。(3)床衝撃音と駆動点インピーダンスの実測結果が、ほぼ反比例の関係にあることを確認した。大型スラブにおいても、従来のインピーダンス法に準ずる方法で床衝撃音レベルが算出できるものと考えられる。

第3章では、既往の研究を整理し、暴露レベルに着目してインピーダンス法の基本式を導出した。インピーダンス法の基本式で用いられるインピーダンス(加振力と振動速度の比)は、加振点から対象となる放射面全体への伝達インピーダンスの逆数の平均値であることを示した。また、ヨーロッパ規格として採用されている軽量床衝撃音の計算式と位置づけとの違いを示した。加えて、従来のインピーダンス法においては、インピーダンスの計算モデルで考慮されているパラメータなどに物理的に不明快な点があることを述べた。

第4章では、インピーダンス法の基本式に基づいて、修正予測計算モデルを提案し、計算を行う上で必要となるパラメータの検討を行った。なお、予測計算のためのパラメータは、スラブの拘束条件やスラブ内の振動の減衰に関するメカニズムは非常に複雑であるため、実際の建物における振動測定結果をもとに導出した。

まず、床衝撃音予測のために必要な床スラブの振動性状の予測方法として、伝達インピーダンスの平均値の算出モデルを以下のように示した。

(1)従来のインピーダンス法においては、梁などスラブ端部の拘束によるインピーダンスの上昇量(以下、端部上昇量)を標準加振源の衝撃中心周波数に応じ与えているが、本計算方法では、当該周波数での振動モードとの関係を考慮し、端部上昇量に周波数依存性を与えるものと考え、実験値をもとに端部上昇量の算出式を示した。(2)共振によるインピーダンス低下量は、従来の計算方法では固有振動数が32Hz帯域以下の場合には実質的に一次固有振動数によらず一定値となっているのに対し、本計算方法では、スラブの一次固有振動数に応じて変化するものと考え、実測結果をもとに低下量を示した。(3)伝達インピーダンス平均値を算出するために、受振点の拘束と受振点への伝播の影響を考慮するモデルを示した。受振点の拘束の影響を有効放射面積の減少分とし、さらに、伝播減衰について室内音響で用いられているBeranekの式を二次元振動場に適用し、受振点における拘束と伝播の影響を総合して近似的に算出する方法を示した。

続いて、下階受音室の音圧レベルの算出方法について修正を加えた。板振動および下室音場の有限要素法による数値解析結果の一例を示し、低周波域においては、室の吸音力を変化させても床衝撃音レベルは変化しないという既往の研究結果と一致した傾向にあることを示した。また、この解析例では、室内の音圧レベルが、ほぼ天井面を面音源とみなした場合の直接音による寄与に等しくなる関係にあることを示した。この関係式に基づいた計算値は、第5章に示すように現場実測値と比較して概ね良好に一致する。ただし、物理的な現象を説明するためには更なる検討が必要である。

第5章では、第4章で検討した項目について整理し、実用的な修正計算方法を示すとともに、付加材の影響の少ない直床・直天井の集合住宅を対象として床衝撃音レベルの現場実測値と計算値とを比較した。従来のインピーダンス法による計算結果では、実測値に対して平均8dB程度過大となるのに対し、修正計算法では平均1dBの誤差であり、提案した計算方法の有効性を確認した。また、板状の集合住宅に限らず、構造技術の進歩に伴い近年増加傾向にある1住戸1スパンを越える超大型スラブを採用した集合住宅に対しても適用できる可能性があることを示した。

第6章では、フリープランや高寿命対応集合住宅などの要求から、近年増加傾向にある木質系二重床および二重天井が重量床衝撃音に及ぼす影響について、実測結果をもとに検討を行った。二重床や二重天井を設けることは、一般的に重量床衝撃音遮断性能を低下させる。ここでは、実際の建物における二重床や天井による性能低下に関する種々の実験を行い、以下の結論を得た。

(1)スラブ厚300mmと比較的厚い床の建物において、各種二重床の重量床衝撃音低減量を測定すると、スラブ厚150mm〜200mm程度の実験室で測定された結果と比較して性能の良悪の傾向が一致しない場合がある。二重床の性能は、躯体との連成系として検討していくべきである。(2)中空層の空気ばねの影響に着目し、懐寸法や空気抜きの有無と重量床衝撃音低減量の関係について現場実測値をもとに整理した。天井の影響は懐寸法と天井板によって決定する共鳴透過周波数との関係が高く、二重床では床周囲に空気抜けを設けることで性能の低下が抑制される方向となる。(3)重量床衝撃音低減量の加振点位置の違いによる分布性状を測定すると、天井の低減量は位置によらずほぼ一定の値として与えられる一方、二重床については空気ばねや支持脚による振動伝搬によって設置後の重量床衝撃音遮断性能が加振点によらずほぼ一定となる。

以上の結果を踏まえ、二重床および天井を付加した場合のそれぞれの低減量を重量床衝撃音の予測計算に適用する場合の計算方法と、実態を考慮した天井・二重床の低減量の設定値を示した。

第7章では、全体を総括するとともに今後の課題について述べている。

本論文で提示した実用的な重量床衝撃音の予測手法により、近年認識の高まりつつある集合住宅における音環境性能の向上を図るとともに、要求性能に対し適正な床厚を設計することが可能となった。また、二重床や天井を付加することによって重量床衝撃音遮断性能が低下することを示したが、付加材の影響によるばらつきは躯体性能の予測精度と比べて大きい。今後は、内装材の詳細な施工方法と床衝撃音遮断性能の関連などを明らかにするとともに、建物全体の振動伝播系や内装材からの放射の影響などを考慮した計算方法を確立することが主要な課題である。

審査要旨 要旨を表示する

集合住宅等の建物における音響的問題としては、遮音性能と並んで床衝撃音の問題が深刻である。そこで「RC造建物における重量床衝撃音の実用的予測手法」と題するこの論文では、最近多く建設されるようになった大型スラブ工法集合住宅に適用できる実用的な重量床衝撃音遮断性能の予測方法の開発を目的とし、理論的考察、現場実測調査並びに数値解析を通して検討した結果をとりまとめている。

まず第1章では、研究の背景、目的、および既往の研究について述べている。

つぎに第2章では、約200床の大型スラブ工法を採用した集合住宅において実測した重量床衝撃音レベルについて、従来の予測計算方法(いわゆるインピーダンス法)に基づく床衝撃音計算値や加振力と振動速度の比で定義されるインピーダンス、建物諸元(スラブ厚・スラブ面積など)との関連性を考察し、以下の結論を得ている。

(1)従来のインピーダンス法による重量床衝撃音レベル計算値を実測値と比較した結果、内装による影響の少ない直床直天井の場合でも、63Hz帯域では誤差が10dB近くにも及び、これによれば過剰設計となる恐れがある。また、125Hz以上の帯域についても、結果のばらつきが大きい。

(2)床衝撃音レベルの実測結果から、スラブが厚くなるにつれて床衝撃音レベルはおおむね小さくなる傾向にある。一方、スラブ面積とはほぼ無相関であり、面積に応じて床衝撃音レベルが大きくなるという傾向はない。

(3)床衝撃音と駆動点インピーダンスの実測結果は、ほぼ反比例の関係にある。大型スラブにおいても、従来のインピーダンス法に準ずる方法で床衝撃音レベルが算出できると考えられる。

第3章では、既往の研究の整理として、音圧暴露レベルに着目してインピーダンス法の基本式を導出している。この計算法で用いられているインピーダンス(加振力と振動速度の比)は、加振点から対象となる放射面全体への伝達インピーダンスの逆数の平均値としており、ヨーロッパ諸国で採用されている軽量床衝撃音の計算式との相違点を示している。また、従来のインピーダンス法においては、インピーダンスの計算モデルで考慮されているパラメータなどに物理的に不明快な点があることを指摘している。

第4章では、インピーダンス法の基本式に基づいて、その修正計算モデルを提案し、計算上必要となるパラメータの検討を行っている。ただし、予測計算のためのパラメータについては、スラブの拘束条件やスラブ内の振動の減衰に関するメカニズムが非常に複雑であるため、実際の建物における振動測定結果をもとに導出している。

第5章では、第4章で検討した項目について整理し、従来のインピーダンス法を修正した実用的な重量床衝撃音予測計算法を示すとともに、付加材の影響の少ない直床・直天井の集合住宅を対象として床衝撃音レベルの現場実測値と予測計算値との比較を行っている。その結果、従来のインピーダンス法による計算結果は、実測値に対して平均8dB程度過大となるのに対して、修正計算法では平均1dBの誤差となっており、その有効性を確認している。また板状スラブ構造をもつ集合住宅建物に限らず、構造技術の進歩に伴い近年増加傾向にある1住戸1スパンを越える超大型スラブを採用した集合住宅に対しても適用できる可能性があることを示している。

第6章では、フリープランや高寿命対応集合住宅などの要求から近年増加傾向にある木質系二重床および二重天井が重量床衝撃音に及ぼす影響について、実測結果をもとに検討を行っている。一般に、二重床や二重天井を設けることによって重量床衝撃音遮断性能が低下する。この問題について、実験的検討に基づいて、二重床の性能は躯体との連成系として検討していくべきである、天井の影響はふところ寸法と天井板によって決定する共鳴透過周波数との関係が深く、二重床では床周囲に空気抜けを設けることで性能の低下が抑制される傾向にあるなどの点を明らかにしている。これらの結果に基づいて、二重床および天井を付加した場合の低減量を重量床衝撃音の予測計算に適用する場合の計算方法と、実態を考慮した天井・二重床の低減量の設定値を示している。

第7章では、研究内容全体を総括するとともに今後の課題について述べている。

本論文で提示された実用的な重量床衝撃音予測手法は、近年その必要性が高まりつつある集合住宅における音環境性能の向上のための床構造の設計に有効な指針を与えるものと考えられる。また二重床や天井を付加することによって生じる重量床衝撃音遮断性能の低下についても実態を明らかにしている。また、内装材の詳細な施工方法と床衝撃音遮断性能の関連などを明らかにするとともに建物全体の振動伝播系や内装材からの放射の影響などを考慮した計算方法の確立の必要性を今後の課題として示している。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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