学位論文要旨



No 215785
著者(漢字) 森,雅彦
著者(英字)
著者(カナ) モリ,マサヒコ
標題(和) 工作機械分野における国内外生産ビジネスモデルに関する研究
標題(洋)
報告番号 215785
報告番号 乙15785
学位授与日 2003.10.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15785号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 教授 松島,克守
 東京大学 教授 山田,一郎
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 助教授 藤末,健三
 芝浦工業大学 教授 児玉,文雄
内容要旨 要旨を表示する

コンピュータが開発されたごく初期から、日本の工作機械メーカは、数値制御化の波にいち早く対応し、1982年には年間生産量が世界第1位にまで躍進し、その後現在に至るまでその地位を保っている。しかしながら、経営的には90年代半ばから慢性的な低迷状態に陥り、各企業の経営者は厳しい舵取りを迫られることになった。円高の影響と1987年以降に実施されたVRA(対米国輸出自主規制)を契機として、複数のメーカが活路を求めて、生産拠点を海外、特にアメリカ合衆国に移転していった。一方、この間、一つの企業は独自の経営判断の下で、国内一極集中生産を実施し、海外へは販売、サービスの現地拠点としてのテクニカルセンタのみを展開した。この両者の海外戦略の優劣については、従来の研究では定量的に分析し、論じられてはいない。

そこで、本論文ではこの変革期にあたる1990年から1999年を対象期間としてとらえ、基礎研究・商品開発・製造・サービスなどを国内展開するか、あるいは海外展開するかによって、仮説検証のために製造業ビジネスモデルを定義・分類し、個々の場合における優劣を技術、製造、財務などの観点から分析した。その際、各ビジネスモデルが実装する基幹システム、すなわち、販売、開発、調達、生産、物流・サービス間における入出力関係を業務分析手法のひとつであるIDEFを用いて記述し、業務フローを明確にした。また、これらビジネスモデルの差異を数値的に判断するため、定量的モデリング技法の一種である構造マトリックスを用いて、材料費、人件費、減価償却費、物流費などからなるコストモデルを構築し、工場の立地場所、生産機種、工場設備の設定、為替レートなどから構成される海外展開のシナリオ、国内生産のシナリオを設定して、個々の場合に対し、工場の操業度、従業員の生産性を変化させてシミュレーションを行った。

さらに、コストモデルのみによる判断だけでなく、工作機械を構成する基幹部位の技術的な進歩を両モデルにおいて、いかに商品に展開していったかについても検証した。

その結果、以下の結論を得た。

ビジネスモデルに基づいた経営が重要であることがわかった。また、その評価方法を開発し、実証した。ビジネスモデルの記述方法をIDEFで明示的にしたことが有効であった。

米国での生産性を常に100%に保つ場合は、130円以上の円高では海外生産は優位である。1990年代の円ドルレートは150円から80円の範囲で動き、その平均レートは121円であった。したがって、操業率、規模を重要なパラメータと考え、商品戦略を明確にすれば海外生産が成功する可能性が高まることがわかった。一方で、以上の点を欠く中途半端な形での海外生産は、いかなる為替レートにおいても成果がでないことがわかった。

しかし、米国での生産性が現実的であると思われる対日生産比80%以下の場合には、1990年〜1999年下の同様の条件下で、日本国内生産の方が優位であることがわかった。

経営技術の優劣が業績に大きな影響を与えることがわかった。企業経営にとって、長期かつグローバルな視野での戦略の策定と緻密な実行が重要であり、科学的で数字を重視しデジタル化をすすめた経営が必要であることがわかった。

従来のビジネスモデルの分析においては、実際の事象を極力シンプルなモデルに近似化して行うものが多かった。極端に簡素化されたモデルの分析では、現実のビジネスモデルを取り扱うことはできない。本モデルにより、多変数を取り扱って、ビジネスの実状に近い分析予測手法を提唱することが可能となった。

今回確立した手法を用いることで、生産財である工作機械のみならず、今後様々な分野における製造業の経営者が海外展開を踏まえたビジネスモデルの実装を策定する場合にも、同様に有効な経営判断の材料を提供可能となる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、製造業の開発、製造、営業、サービスに関する企業活動について、ビジネスモデルという視点をもって工学的なモデル化を行い、10年前に遡り、当時とり得た企業戦略を検討、分析し、その戦略オプションの中で実際に財務面、営業面で成功を実現した戦略について、ビジネスモデルの構造としてその要因を解明している。さらに、構造マトリクスと呼ばれる原価管理手法を応用して、グローバルに生産・販売を行う製造業の原価モデルを作成し、複数の戦略シナリオを、シミュレーションにより評価と考察を行っている。そして、21世紀初頭に採り得るグローバル製造業の新しいビジネスモデルの提案している。

本論文は7章から成っている。

第1章では、1985年からバブル期の頂点である1990年を経て、1999年に至る時代背景と当時の日本工作機械産業界全般に関する動向について述べた。具体的には、バブル期をはさんで激変した内外経済環境、為替の変動、金利の推移、輸出自主規制を含む国際通商関係、雇用・地価等の社会環境、工作機械における技術の進展、日本国内における道路、港湾、航空、通信等の産業インフラ整備について述べている。

第2章では、対象とする工作機械メーカがグローバルビジネスとしてとり得た戦略の検討を行う。具体的には、(1)工場海外進出ビジネスモデル、(2)国内一極集中生産のビジネスモデル、(3)基礎研究・サービス海外展開のビジネスモデルの定義を明確にし、いくつかの方法で分析し比較論を展開する。そこで、その工作機械メーカが(2)国内一極集中ビジネスモデルを採り、(1)工場海外進出ビジネスモデルを採った他社との決断の背景について記述している。

第3章では、対象とした工作機械メーカが採った国内一極集中生産ビジネスモデルの実装において、基幹システムの構成要素である販売、開発、調達、生産、物流・サービス・パーツ等について個々の機能に着目し、IDEFを用いて詳細に記述している。

第4章では、国内一極集中生産ビジネスモデルを実装した対象とする工作機械メーカと、工場海外進出モデルを採った他社とのビジネスモデルの優劣比較を1990年からの10年間における経営実績で行っている。具体的には、生産シェア、顧客数、製品性能、工場の生産性、海外法人の経営実績、連結財務評価に関して比較と評価を行っている。

第5章では、構造マトリクスと呼ばれる手法を導入し、グローバルに生産販売を行う工作機械工業のモデル化を行い、シミュレーションによる評価と考察を行っている。具体的には、原価評価モデルを作成し、対象とする工作機械メーカの実際の原価構造データを用い、構造マトリクス法によるシミュレーションを行っている。シミュレーションシナリオの設定を変化させることでさまざまな環境下における原価モデルの構築と評価を行っている。

第6章では、対象とした工作機械メーカが21世紀初頭に採り得るグローバル製造業の新しいビジネスモデルの提案を行っている。具体的には、本論文で構築した構造マトリクス法による原価モデルの有効活用と、IT技術を駆使した研究開発分散型ビジネスモデルの提案を行っている。

第7章では結論を述べている。工作機械業界のビジネスモデルを数値的、かつ実証的に比較分析した。その結果、以下の結論を得ている。

ビジネスモデルに基づいた経営が重要であることがわかった。また、その評価方法を開発し、実証した。ビジネスモデルの記述方法をIDEFで明示的にしたことが有効であった。

米国での生産性を常に100%保つ場合は、130円以上の円高では、海外生産は優位であることがわかった。1990年代の円ドルレートは150円から80円の範囲で動き、その平均レートは121円であった。したがって、操業率、規模を重要なパラメータと考え、商品戦略を明確にすれば海外生産が成功する可能性が高まることがわかった。一方で、以上の点を欠く中途半端な形での海外生産は、いかなる為替レートにおいても成果がでないことがわかった。

しかし、米国での生産性が現実的であると思われる対日生産比80%以下の場合には、1990年〜1999年下の同様の条件下で、日本国内生産の方が優位であることがわかった。(4)経営技術の優劣が業績に大きな影響を与えることがわかった。企業経営にとって、長期かつグローバルな視野での戦略の策定と緻密な実行が重要であり、科学的で数字を重視しデジタル化を進めた経営が必要であることがわかった。

経営技術の優劣が業績に大きな影響を与えることがわかった。企業経営にとって、長期かつグローバルな視野での戦略の策定と緻密な実行が重要であり、科学的で数字を重視しデジタル化を進めた経営が必要であることがわかった。

従来のビジネスモデルの分析においては、実際の事象を極力シンプルなモデルに近似化して行うものが多かった。極端に簡素化されたモデルの分析では、現実のビジネスモデルを取り扱うことはできない。本モデルにおいては、多変数を取り扱って、ビジネスの実状に近い分析予測手法を提唱することができた。

以上、製造業の企業活動、経営行動という、複雑系のシステムについて、工学的な視点からビジネスモデルという、モデル化を行い、それにより、企業活動の構造分析と評価、また戦略オプションの相対評価を数値的に行う手法を提案し、その有効性を立証している。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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