No | 215792 | |
著者(漢字) | 保田,朋波流 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤスダ,トモハル | |
標題(和) | B細胞受容体を介するシグナル伝達におけるCblファミリー蛋白質の機能解析 | |
標題(洋) | Regulation of B cell receptor signaling by Cbl family adaptor proteins | |
報告番号 | 215792 | |
報告番号 | 乙15792 | |
学位授与日 | 2003.10.22 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15792号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 生体の免疫応答に重要な役割を担っているB細胞は、その細胞表面に抗原特異的な受容体であるB細胞受容体(BCR)を発現している。BCRを介したシグナル伝達はB細胞の増殖応答を誘導するのみならず、B細胞自身の発生分化にも必須であることが明らかとなっている。BCRはリガンドである抗原を認識するサブユニットと、シグナル伝達を担っているサブユニットの複合体として細胞表面に発現しており、前者は免疫グロブリン(Ig)L鎖と膜型IgH鎖が、後者はIg-αとIg-βが相当する。Ig-α及びIg-βの細胞内領域には、ITAM (Immune receptor Tyrosine-based Activation Motif) と呼ばれる26個のアミノ酸配列があり、この中のよく保存されたチロシン残基のリン酸化が細胞内シグナル伝達に不可欠である。BCR刺激後、最も早期にはSrcファミリー、Syk、Btkといったチロシンキナーゼ群が活性化され、Ig-αやIg-βを含む細胞内の様々な蛋白質のチロシンリン酸化を引き起こす。それに続き、Ras-MAPK経路、phosphatidylinositol 3-kinase (PI3K)、phospholipase C (PLC)-γ2といった下流のエフェクター分子群が活性化される。このうちPLC-γ2は phosphatidylinositol 4, 5-bisphosphate (PIP2) を加水分解することで、diacylglycerol と inositol 1, 4, 5-trisphosphate (IP3)を生成し、それぞれPKCの活性化と細胞内カルシウム動員を誘起する。またPLC-γ2自身の活性化にはBtk及びSykによるチロシンリン酸化、さらにはアダプター分子であるBLNKとの結合とそれに伴う細胞膜近傍への移行が必須である。PLC-γ2、Btk,BLNKの遺伝子欠損マウスの解析からこれらの分子がB細胞の分化、増殖、免疫応答に必須であることが明らかであり、実際にB細胞の分化不全を伴うヒトの免疫不全症の原因遺伝子としてBtkやBLNKが同定されている。しかしながら、Btk、BLNK、PLC-γ2がどのような機構で細胞膜近傍、特にBCRを介した細胞内カルシウム動員に必須な構造とされるラフトドメインに移行するのかは不明であり、またBLNK以外にはBtkとPLC-γ2を結びつけるアダプター分子は知られていない。さらに、PLC-γ2の活性化を直接負に調節する分子に関しても未だ同定されていない。 一方、マウスにおいてpre-B細胞リンパ腫や骨髄細胞腫を発症させるCas NS-1レトロウイルスの原因遺伝子として同定されたv-cblの細胞ホモログ、c-cblがLynと会合し、BCR下流でLynによってチロシンリン酸化されることが示されている。ほ乳類のCblファミリーは、Cbl、Cbl-b、Cbl-cの3つが同定されているがそのうち、リンパ球において高い発現を示すのはCblとCbl-bである。いずれの分子もN末端側にリン酸化チロシン残基を認識して結合する tyrosine kinase-binding (TKB) ドメイン、中央部にユビキチンリガーゼ活性を有する RING finger ドメイン、中央部からC末端側にかけてはSH3ドメインの認識配列であるプロリンリッチドメインとSH2ドメインを有する様々な蛋白質とリン酸化依存的に結合するチロシン残基を多数有する。Cblは上記のLyn以外にもSyk/Zap-70ファミリーやBtkといったチロシンキナーゼ、Grb2、Crk、Nckといったアダプター分子、PI3KやVavのようなエフェクター分子など多数のシグナル制御分子と会合することが知られている。また肥満細胞ではFcεRI刺激後、Sykと結合し、Sykの活性をを負に制御しており、更に線虫の遺伝学的解析からも、Cblはチロシンキナーゼを介するシグナル伝達の負の制御分子として位置づけられている。 本論文ではBCRを介したシグナル伝達におけるCblの機能的役割を明らかとする目的で、ニワトリB細胞株DT40を用いて、そのCbl欠損細胞を樹立した。Cbl欠損細胞ではBCR刺激後のRasの活性化、並びにPI3Kの下流で活性化を受けるAktの活性化に関しては、野生型と比較し変化を認めなかった。これに対し、BCR刺激依存性のIP3産生、それに引き続いて起こる細胞内カルシウム動員は野生型と比べ著明に増加していた。DT40細胞ではBCR刺激後、24時間程でアポトーシスが誘導され、それには細胞内カルシウム動員が必須であることが知られているが、実際にCbl欠損細胞ではBCR依存性のアポトーシスの誘導は野生型と比べ明らかな亢進を示した。以上からCblはBCR下流のシグナル伝達、特にカルシウムシグナル伝達系において特異的に抑制していることが示された。さらにBCR刺激依存性のPLC-γ2のチロシンリン酸化がCbl欠損細胞において亢進していたことから、CblがPLC-γ2の活性制御に関わるものと推測された。PLC-γ2の活性化にはSyk、Btkという2つのチロシンキナーゼが必須であることが知られているが、いずれのチロシンキナーゼの活性に関しても、Cbl欠損の影響を認めなかった。すなわちB細胞以外の結果から推測されるような機能とはとは異なる働きにより、PLC-γ2の活性を負に制御しているものと考えられた。次にBLNKとPLCγ-2との会合状態について検討した結果、Cblの欠損によって顕著に亢進していることがわかった。実際にCblはTKBドメインを介して直接チロシンリン酸化されたBLNKと結合することが確認された。またCbl-TKBドメインのリン酸化チロシン認識配列がPLCγ-2-SH2によるBLNK上のリン酸化チロシン認識配列の極めて近傍に位置していることは上記の結果を支持するものである。 Cbl遺伝子欠損マウスおよびCbl-b遺伝子欠損マウス由来のリンパ球の活性化並びに分化状態の差異から、CblとCbl-bは生体内においてそれぞれ個別の機能を有していることが示唆される。そこでCbl-b欠損DT40細胞株を樹立し、BCRシグナル伝達系について解析を行った。Cbl-b欠損細胞では、Cbl欠損細胞とは逆に、BCR刺激後のPLC-γ2のチロシンリン酸化、IP3産生及び細胞内カルシウム動員が野生型と比べ、著しく減弱していることが分かった。この結果から予想されるように、BCR刺激依存性にPLC-γ2下流で誘導されるアポトーシス、Erk、JNK、p38といったMAPKの活性化、さらにRap-1の活性化はいずれもCbl-b欠損細胞において減弱を認めた。このことからCbl-bはBCR下流のカルシウムシグナル系を正に制御していることが明らかである。しかしながらCblとは異なり、BLNKとPLC-γ2との間の結合状態には影響を及ぼさなかった。一方、Btk依存的な細胞内カルシウム動員の持続にCbl-bが必須であり、Cbl-bによる細胞内カルシウム動員の制御にはTKBドメインとC末側半分の構造の両方が必要であることが分かった。またCbl-bはBCR刺激依存的にラフトドメインヘと移行し、Cbl-b欠損細胞ではBtk、BLNK、PLC-γ2のラフトへの移行に傷害があることが分かった。さらにCbl-b欠損細胞ではBLNKやPLC-γ2とBtkとの間の会合が極めて減弱していること、Cbl-bがBtkやPLC-γ2と会合しうることなどから、Cbl-bがBtkによるPLC-γ2の活性化を促進するアダプター蛋白質としての機能を有していることが明らかとなった。 | |
審査要旨 | 生体の免疫応答にとって重要な役割を担うリンパ球の分化および活性化には、抗原受容体刺激により活性化されるカルシウムシグナル伝達経路が必須である。本研究ではカルシウムシグナル伝達経路の制御機構を明確にするため、ニワトリDT40 B細胞を用いた遺伝子ターゲティングにより、B細胞抗原受容体 (BCR) 下流のカルシウムシグナル伝達系におけるCblファミリー分子の機能解析を行い、下記の知見を得た。 Cblに関してはBCR刺激後、チロシンキナーゼLynによってチロシンリン酸化を受けることが知られていたが、Cbl-bもまたBCR刺激によりチロシンリン酸化を受け、これはLynとSykの両方のチロシンキナーゼが必要であることが明らかとなった。 Cbl遺伝子欠損DT40細胞株を作製し、BCR下流のシグナル伝達について解析したところ、Cbl欠損細胞ではRasやPI3キナーゼの経路には影響が認められないものの、細胞内カルシウム動員とそれによるアポトーシス誘導において明らかな更新を認めた。これはB細胞の細胞内カルシウム動員に必須な酵素である、PLC-γ2の活性化亢進に起因するものであることを同定した。また同じくB細胞の細胞内カルシウム動員に必須なアダプター分子、BLNKとCblがBCR刺激依存的に直接結合していること、CblがBLNKと結合することでBLNKとPLC-γ2間の会合が阻害されること、それにはCblのTyrosine kinase binding(TKB)ドメインが必要であることなどを初めて見いだした。 Cbl-b遺伝子欠損DT40細胞株を作製し、BCR下流のシグナル伝達について解析したところ、Cbl-b欠損細胞ではCbl欠損細胞とは逆にPLC-γ2の活性化および細胞内カルシウム動員において明らかな減弱を認めた。この結果から予想されるように、BCR刺激依存性にPLC-γ2下流で誘導されるアポトーシス、Erk、JNK、p38といったMAPキナーゼの活性化、さらにRap-1の活性化はいずれもCbl-b欠損細胞において減弱を認めた。これらのことからCbl-bはBCR下流のカルシウムシグナル伝達系を正に制御していることが明らかとなった。またCblとは異なり、BLNKとPLC-γ2との間の結合状態には影響を及ぼさなかった。一方、B細胞の細胞内カルシウム動員に必須なチロシンキナーゼであるBtk依存的な細胞内カルシウム動員にCbl-bが必須であること、Cbl-bによる細胞内カルシウム動員の制御にはTKBドメインとC末側半分の構造の両方が必須であることを見いだした。またCbl-bはBCR刺激後、細胞質領域からラフト領域へ著しい局在変化を示すこと、Cbl-b欠損細胞ではBtk、BLNK、PLC-γ2のBCR刺激依存的なラフト領域への局在変化に傷害があることを見いだした。さらにCbl-bがBtkやPLC-γ2と会合し、BtkによるPLC-γ2の活性化を促進することを見いだした。 以上、本論文はニワトリB細胞株、DT40を用いた遺伝子ターゲティングにより、B細胞抗原受容体下流のカルシウムシグナル伝達系の制御分子としてCblおよびCbl-bが重要な役割を有していることを初めて明らかにした。本研究は抗原受容体を介するリンパ球の分化・活性化機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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