No | 215793 | |
著者(漢字) | 清水,伸幸 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シミズ,ノブユキ | |
標題(和) | ヘリコバクターピロリ菌感染実験胃発癌モデルの作成 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215793 | |
報告番号 | 乙15793 | |
学位授与日 | 2003.10.22 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15793号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【研究背景】癌の治療・予防を考えるうえで、癌の発生に関する研究は必須である。胃癌における前癌病変は、大腸癌における腺腫のように一般に受け入れられている病変が存在しなかったが、最近では Helicobacter pylori(以下Hp)感染が胃発癌と密接に関与していると考えられている。1983年に Warren と Marshall は、慢性活動性胃炎患者の胃内に生息するグラム陰性らせん桿菌 "small curved and S-shaped bacilli" を確認したことを報告した。やがてこの細菌はHpと改名され、Hp感染と各種胃疾患との関連について多くの検討がなされ、胃炎・消化性潰瘍・腸上皮化生・胃癌・胃リンパ腫との関連が報告された。ヒトにおけるHp感染と胃癌発生との関連について、1991年に報告された血清抗体価を用いたコホート研究で、Hp感染は胃癌発生に関連があるということが示された。これらの疫学調査データをもとにWHO/IARCはHpを胃癌に対する "definite carcinogen" と報告し、Hpは胃癌発生の主要な原因として注目を浴びるようになった。これらのヒト胃癌とHp感染との関連についての報告は主に疫学的検討に基づいたものであり、動物実験などによる両者の関連性の証明は極めて重要である。本研究ではHp感染の胃癌発生に及ぼす影響についての実験的検討について報告する。 これまでの感染実験は、Hp感染と胃癌発生についての関連を証明する実験モデルには至っていなかった。スナネズミのHp感染モデルは感染の安定性と発生する病変のヒト類似性で注目を浴びている。一方で、スナネズミには実験動物としての情報はほとんどなかった為、我々は最初に化学発癌実験系の確立を行い、ラットの腺胃に癌を発生させるニトロソ化合物N-methyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine(以下、MNNG)と、マウス腺胃に腺癌を誘発するN-methyl-N-nitrosourea(以下、MNU)を用いた化学発癌実験系を確立した。この実験をもとに、MNU誘発腺胃癌発生に対するHp感染の影響を検討したところ、30ppmのMNUを投与した後Hpを感染させた群で18匹中6匹、Hpを感染後10ppmのMNUを投与した群で19匹中7匹に癌の発生を認め、対照群に対して統計学的に有意な発癌率の上昇を認めた。 【実験A】Hp感染がMNU以外の発癌剤による実験胃発癌に対しても発癌増強作用を有することを確認する目的で、化学発癌剤としてMNNGを使用した実験を施行した。 7週齢雄性SPFスナネズミを、P2レベルの動物管理施設にて飼育し実験を施行した。MNNGは、自由飲水の形で投与した。投与菌株はHpの標準株であるATCC 43504を使用した。Hp感染のプロモーター作用の確認のためにMNNGを300(1・2群)または60ppm(3・4群)の濃度で10週間投与の後にHp菌液を投与した(1・3群)。また、Hp感染の共イニシエーター作用の確認のために、Hp菌液(5・7群)を投与した後、MNNGを100(5・6群)または20ppm(7・8群)の濃度で30週間投与した。Hp感染単独の胃粘膜変化の確認のために、Hp菌液のみを投与する群(9群)と、全ての対照として培養液のみを投与する群を設け(10群)、実験50週で標本を採取した。胃標本の固定は4%パラフォルムアルデヒドもしくは1%酢酸加95%エタノールとした。病理学的検索として、HE染色・AB-PAS染色と抗Hp抗体による免疫染色を行った。Hp感染の確認のために粘膜の培養を併せて施行した。採取した血液は少量のEDTAを混入して血清を採取し、抗Hp抗体価の測定は、ELISAの系を用いた。 培養法によるHp感染の確認では、1群で25匹中13匹、3群で24匹中18匹、5群で26匹中15匹、7群で25匹中24匹、9群で20匹中18匹で確認された。1・3・7群の癌発生率 (44.4、24.0、60.0%) は、それぞれの対照群に対し統計学的に有意な上昇を認めた。1・3・5・7群において癌の発生した個体の血清抗体価の平均値はそれぞれ、115.6、310.1、63.9、208.2 (A.I.) であり、癌の発生しなかった個体の抗体価は32.1、103.4、81.7、123.5 (A.I.) で、担癌個体の血清抗体価は1・3・7群で非担癌個体より統計学的に有意に高値を示していた。 スナネズミはHp感染が安定し、ヒト類似の胃病変が発生するためHp感染と胃癌発生との関連を示す有効な動物モデルと考えられる。ここに示したMNNG実験系でも、MNUを用いた実験と同様にHp感染が化学発癌を増強することが示され、Hp感染が発癌剤の種類によらず発癌増強作用を示すことを示唆していると考えられる。また我々は、マウスの実験系で発生する低分化型腺癌の割合は投与する発癌剤の濃度に依存することを示してきたが、本実験でも高濃度のMNNGを投与した群で低分化型腺癌の割合が多く、発生する胃癌の組織型はHp感染自体によるのではなく、化学発癌剤に依存していることが想定された。Hp感染の病原性に関する宿主側の反応として、Th1反応がHp感染に伴う胃炎や胃潰瘍形成に重要な役割を果たしていることが報告されている。今回の実験では血清抗体価が高い個体ほど発癌しやすいことが示され、胃炎や潰瘍形成とは異なり液性免疫(Th2反応)が胃発癌に関与している可能性が考えられた。Hp感染後に100ppmのMNNGを投与した群では約半数の個体でHpが除菌され、発癌の増強作用が消失していた。すなわち、Hp除菌療法は胃発癌に対する予防方法として有効である可能性も示唆された。 【実験B】疫学的調査と上記実験で、Hp感染が胃発癌に関与していることは疑う余地が無い。両者の因果関係を示すために、MNUとHp感染による実験胃発癌に及ぼすHp除菌の影響について検討した。 7週齢雄性スナネズミをP2レベルの動物管理施設にて飼育し実験を施行した。MNUは自由飲水の形で投与した。30ppmのMNUを隔週で10週間投与し、Hp菌液(1・2群)もしくは液体培地(3群)を投与した。2群の動物に対しては実験21週に除菌を施した。また、Hp菌液(4・5群)もしくは液体培地(6群)を投与後、10ppmのMNU溶液を20週間投与した。5群の動物に対しては実験21週に除菌を施した。実験50週で標本を採取した。 5群の24匹中2匹でHp感染が確認されたため、以降の検討からはこの2標本は除外した。血清抗Hp抗体価は、1・2・3・4・5・6群でそれぞれ、136.1、11.4、2.3、466.7、100.6、2.5 (A.I.) であり、各実験の群間で有意差を認めた。腺癌の発生は、1群では23匹中15匹であり、3群の発癌率(15匹中1匹)に対して、有意に発癌率の増強を認めた。除菌を施行した2群の発癌率は24匹中5匹であり、1群に対して発癌率は有意に低下した。4群の発癌率は26匹中9匹であり、6群(18匹中1匹)に対して有意な発癌率の上昇を認め、5群の発癌率は22匹中2匹であり、4群に対して有意な発癌率の低下を認めた。 本実験では除菌によりHp感染のもつスナネズミ化学発癌増強作用が減弱、ないし消失することが判明し、Hp除菌が胃癌発生の予防法として有効である可能性が示された。特に非除菌群では全ての標本に著明な炎症所見が有り、除菌群では炎症所見がなかったことより、Hp感染の胃癌発生に対する増強作用は炎症を介したものであることが示唆された。また、本実験では共イニシエーター作用は証明できず、主としてプロモーター作用による発癌増強作用が示された。現在、Hp除菌の適応を決定することは急務の課題となっており、宿主側の要因による除菌者・非除菌者の選別が重要と考えられる。そのために、本モデルと他のモデルとの比較検討が重要な意義を持ってくるものと考えている。またHp感染の時期や除菌の時期が発癌増強作用と組織型に対して影響を与えている可能性もあり、本モデルを一部改変することにより、Hp感染により生じる種々の胃病変の検討を行い得るものと考えている。 【まとめ】疫学的調査の結果をもとにIARCがHp感染を『胃癌発生に対する確定的な発癌要因』と報告してから、Hp感染と胃癌発生との関連は消化管疾患における主要な研究課題となってきている。我々も実験的検討を重ねてきており、Hp感染が胃癌発生に関与していることは疑う余地が無い。Hp感染そのものが発癌作用を有するか、Hp感染により生じた胃粘膜の炎症が重要なのかについては、いまだ明確な答えは得られていない。抗Hp血清抗体価の高い個体において発癌が高頻度に認められるなど、宿主の反応が重要な役割を果たしていることは考慮すべきである。 今回の一連の検討により、化学発癌剤によるスナネズミ腺胃癌の発生がHp感染により増強されることが明らかとなった。小動物における腺胃実験発癌は一般的に高分化型腺癌が多く、その一方で前癌病変と考えられてきた萎縮性胃炎や腸上皮化生の発生はまれであり、ヒト胃癌のモデルとして不十分な点が多かった。スナネズミにおいて低分化型腺癌も誘発され、萎縮性胃炎や腸上皮化生が観察されたことは、ヒト胃癌のモデルとしての有用性を示すものと考えられる。さらに、Hp除菌によりHp関連胃発癌は軽減されることが判明し、Hp除菌が胃癌発生の予防方法となりうることも示された。今後は、本実験系を一部改変することにより、Hp感染の胃癌発生に影響を及ぼす因子の解析と、慢性炎症・腸上皮化生・萎縮性胃炎と胃癌との関連も解明されていくことが期待される。 | |
審査要旨 | 本研究は胃癌の発生において重要な役割を果たしていると考えられている Helicobacter pylori (Hp) 菌感染に関連した胃発癌のメカニズム解明を目指すための動物実験モデル作成についての報告であり、下記の結果を得ている。 胃に対する既知の化学発癌物質である N-methyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine (MNNG) をHp菌が安定して感染するスナネズミに投与し、MNNG投与後、もしくは投与前にHp菌を感染させた。これにより、Hp感染を付加した群ではMNNG投与のみの対照群に比較して、腺胃発癌が有意に高率であり、腺胃化学発癌に対するHp菌感染のプロモーター作用および共イニシエーター作用が確認された。 上記実験において、同一群内で腺癌の発生した個体の血清抗Hp抗体価は非担癌個体より高値を示しており、血清抗体価が高い個体ほど発癌しやすいことが示された。すなわち、Hp菌感染による胃炎や消化性潰瘍形成におけるTh1反応優位の免疫応答とは異なるTh2優位の反応が胃発癌に関与している可能性が示唆された。 Hp感染には影響を及ぼさない腺胃に対する化学発癌物質であるN-nitro-N-nitrosourea (MNU)を投与したスナネズミにHp菌を投与し、半数の動物に対してHp菌の除菌を施した。Hp菌感染を付加することにより、MNU投与単独の対照群に比較して腺胃癌発生率は統計学的に有意に上昇したが、Hp菌除菌を施すことにより、この腺胃癌発生に対する増強作用は消失し、Hp菌除菌が胃癌発生の予防法として有効である可能性が示された。 本モデルでは、胃癌の前癌病変と考えられてきた萎縮性胃炎や腸上皮化生が高率に発生し、発生する胃癌も高分化型腺癌のみならず低分化型腺癌や印環細胞癌も含まれており、ヒト胃癌のモデルとしての有用性が示された。 以上、本論文はスナネズミを使用してHp菌感染胃発癌の実験モデルを作成し、Hp菌感染の胃癌発生に対する増強作用を実験的に明らかにした。本研究はこれまで存在しなかった実験モデルを確立し、今後のHp菌に関連した胃発癌機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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