学位論文要旨



No 215796
著者(漢字) 倉光,君郎
著者(英字)
著者(カナ) クラミツ,キミオ
標題(和) インターネットとユビキタスコンピューティング環境におけるノマデックデータの研究
標題(洋) Studies on Nomadic Data on a Internet and Ubiquitous Computing Environments
報告番号 215796
報告番号 乙15796
学位授与日 2003.10.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15796号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米澤,明憲
 東京大学 教授 萩谷,昌己
 東京大学 教授 辻井,潤一
 東京大学 教授 今井,浩
 国立情報学研究所 教授 本位田,真一
内容要旨 要旨を表示する

インターネットやユビキタスコンピューティング環境において、データ管理はアプリケーション構築の重要な要素である。特に、異種システム間の協調動作を保証するためのデータ相互運用性は大きな課題である。このような環境では、従来の、例えばリレーショナルデータベースの正規形のような、特定のプラットホームに依存したデータ設計の議論はあまり役に立たない。データは、様々なプラットホームや組織の間を自由に動きまわる(交換される)ため、新しいデータモデルの議論が必要である。

本研究では、ノマディックデータ(nomadic data)という概念を提案し、組織やプラットホームに依存しないデータ管理の研究を行った。それには、シンタックスとセマンティクスの相互運用性を議論するためのデータ理論の形式から、Web, RDBMS, スマートカードなど主要なプラットホームにおける特有の実装技法が含まれている。主要な貢献は以下のとおりである。

マッピングフレンドリーなデータ表現の発明.ノーマディックデータは、新しくデータ検証にマッピングを利用する。これを可能にするため、デークマッピングの合成が重要である。そのため、マッピングの再利用性からデータ表現をコンテクストとドメインに分割した。また、マッピングのしやすさから正規形を導入し、データの構造的な衝突に対する標準化を可能にした。

柔軟なグローバルスキーマ戦略.グローバルスキーマは、データ相互運用性を実現する第一の手法であるが、その運用の難しさが難点であった。ノーマディックデータは、分散環境におけるスキーマ進化、データ値に対する柔軟さ、異なる名前機構の運用を可能にするスキーマモデルを提供する。

ソース記述によるデータ翻訳の簡易化.必ずしも完全なスキーマ合意が想定できるケースばかりではない。代表的な例として、我々はWeb Service上のデータ交換に着目し、データ翻訳を自動化するソース記述言語を開発した。ノーマデイックデータは、複雑な論理的推論システムなしに、グラフ適合だけから必要な翻訳を導出することを可能にした。

効率の良いRDBMS上のストレージ法.RDBMS上のストレージ法は、新しいデータ表現のデータベース構築の常套手段である。我々は、ノーマディックデータ特有のドメインセマンティクスを用いた構築手法を開発した。この手法は、実データを用いた実験により、代表的なEdge格納法に比べ、クエリー処理において、常に10倍以上高速であり、null値の多い属性に対してはネイティブなRDBより高速になることを実験で示した。

スマートカード上の小さなデータ管理システム.スマートカード上では、限られたリソースの効率的な活用が重要である。我々は、プロトタイプ開発したスマートカードDBMSを用いて、ノーマディックデータは、多品種少量なデータをリレーショナルモデルより効率よく格納できることを定量的に分析した。

審査要旨 要旨を表示する

データ設計やデータベースの設計は、従来は関係データベースを基本的に用い、特定のプラットホーム、組織の特殊事情、従来方の応用を強く意識して行われてきた。しかし、インターネットやユビキタスコンピュータのようなオープンな計算・データ処理環境が登場した現在では、個別な条件や事情をもとにに最適化されたデータ設計は必ずしも有効であるとはいえない。本論文は、電子カタログ交換システムやスマートカード・チケットシステムの開発の実践から、どこでも誰でも使える新しいデータ表現としてのNomadic Dataを提案している。

問題設定として、Nomadic Data に求められる要求は、二つに大別することができる。

1.(意味論的な相互運用性)データ作成者とデータ利用者は、組織に分離しており、相互運用に関する合意が必要であるが、それはアドホックであり進化し続ける。2.(構造・様式的な相互運用性)データは、RDBMSやXML, スマートカドなどの様々なプラットホームの上で利用される。

ここでは、意味論な相互運用性に対して現実的な解を提供することを目指し、グローバルスキーマ方式を採用する。Nomadicデータモデルは、柔軟で再利用性の高いグローバルスキーマを構築することを目標としている。更に、そのデータモデルを、現在実用されているXML, RDBMS, スマートカード上に適用した場合の有効性や効率上のメリットを測定・議論し、Nomadic-Dataの有用性を示している。各章のアウトラインと貢献は以下のとおりである。

第1章は、本論文の中心的内容であるNomadic-Dataの考えに立ち至った動機付けとなる問題を、データベース研究の発展のなかで位置づけつつ、研究成果の概要を述べるとともに、成果の新規性を要約している。

第2章は、Nomadic Data の意味論(解釈)の基礎となるT-Mappingの定義をしている。T-Mappingの持つ翻訳的な性質を形式化するため、FOLステートメントを用いて、翻訳の操作を公理化している。重要な主張は、(ステートメントの範囲から)context-free-mapping のクラスを導入した点である。また、mappingをcontext-free にするため、ドメイン分割(とドメインの正規形)の定義が与えられている。

第3章では、Nomadic Data モデルを形式的に定義している。新しいデータモデルを支える中核的なアイディアは、mapping-friendly である。スキーマは、従来の汎化-特化ではなく、mappingの再利用性(context-free の度合い)から部品化する。また、Mappingの複雑さから、データ表現の正規化する手法を提案し、例えば、この正規化手法を用いて(check-in-date, check-out-date) と (check-in-date, night)の表現上の優劣が判断できる。また、本モデルで作成されたグローバルスキーマは、自律分散的なスキーマ進化、値の柔軟性、異なる名前スキームの運用などの要件を満たすことが示されている。

第4章では、Web Service におけるアドホックなデータ交換へのNomadic Data の適用が議論されている。この環境では、完全なグローバルスキーマの想定が成り立たず、一般に論理言語を用いたデータ統合の作業が必要となる。Nomadic Data は、データ表現の正規化のおかげで、簡単なグラフベースのマッチングだけで必要なデータ統合を導出することが可能となる。これは、RDFとXML Datatypes を用いた簡単な記述言語作成し、示されている。

第5章では、Nomadic Data が関係データベースをベースとして大容量の格納・検索(レポジトリーを構築する上でも適している点を論じている。実際、Nomadic Dataモデルのドメイの意味論に着目して、ストレージ分割する方法を開発している。これによって、明らかに意味的に関係ない部分を検索する無駄が省ける。DBLPのデータコレクション用いた実験結果により、従来のEDGE方式に比べ、10倍以上の効率化を達成できた。また、元々にリレーショナルストレージ自身に対しても、目立った性能劣化はなく、Null値の多い属性では検索処理がより高速になることが確かめられている。

第6章では、スマートカード上のNomadic Dataを議論されている。明らかに、スマートカードでは、限られたリソースのもとでの最適化が主目的となる。関係データモデルをスマートカード上で用いると、Null値の発生が無駄となる。実際、プロトタイプ実装したスマートカードDB上で、Null値とNomadic dataのストレージコストの対応を定量的に分析している。この結果、多品種少量データを蓄積する場合は、(スマートカード上では一般にこのケースが当てはまるが)、Nomadic Data は蓄積効率に優れていることが示された。

第7章では、本文の結論として研究成果の概要を再び列挙するともにNomadic-Dataが電子商取引、電子チケットやデジタル博物館等において実用に供される可能性を示唆している。

以上より要するに、本論文では、柔軟なグローバルスキーマの構築に優れ、RDBMSやスマートカードなど様々なプラットホームに利用できるデータ表現であるNomadic Dataを提案し、その意味論や構造・様式を厳密に定義するとともに、プロトタイプシステムを実装し、その有効・有用性を示した。よって、理学上の貢献が高く、博士(理学)の学位を授与するに十分であると、審査委員全員が一致して判断した。

なお、全ての章および付録の内容は論文提出者の指導教官である坂村健氏他との多くの共著論文をベースにしたのであるが、研究上の視点および技術的内容の大部分は、論文提出者自身のものであると判断されるので、論文提出者に学位を授与することに何ら問題はない。

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