学位論文要旨



No 215797
著者(漢字) 田中,佐
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,タスク
標題(和) 薄い光学的厚さを有する平行平面大気の放射過程のチャンドラセカール積分方程式による一解法
標題(洋) A Solution Of Chandrasekhar's Integral Equation For Radiative Transfer In Plane-Parallel Atmospheres With Thin Optical Thickness
報告番号 215797
報告番号 乙15797
学位授与日 2003.10.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15797号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 住,明正
 東京大学 教授 中島,映至
 東京大学 助教授 今須,良一
 東京理科大学 教授 川端,潔
 国立極地研究所 教授 山内,恭
内容要旨 要旨を表示する

衛星リモートセンシングでは衛星で大気上端からの放射を観測する。観測される放射を正規化反射率ρで表現すると下式で与えられる。〓ここでγは光学的厚さ、γは地表面のLambert反射率、→i1(→i0)は観測方向(太陽方向)を、Pは散乱位相関数を、θ1(θ0)は観測方向(太陽)を示す。上記観測方程式は単散乱近似である。ρからγとγを解く逆問題が衛星リモトートセンシングである。

1978年に打ち上げられたNIMBUS 7号に搭載された沿岸海色走査計(CZCS)により海洋クロロフィルの観測が開始された。クロロフィルの観測データからの導出には大気の散乱を取り除く必要があり、高度の大気補正が必要であった。当初は単散乱近似が用いられたが1990年代からのセンサーにはより高度の大気補正が必要になった。順問題の解計算とルックアップテーブルによる解法が広く採用され大気補正に用いられた。順問題/ルックアップテーブル法は精度は高いが光学的厚さによる明示的表現ではない。解の性質を知るためには観測される放射強度の光学的厚さによる明示的表現が必要である。

本論文は大気上端からの放射強度の光学的厚さによる明示的表現を求めるものである。

大気の放射過程は長年にわたり物理学、数学の問題であった。大気の放射過程は方向変数と光学的厚さを変数とする微分積分方程式に支配される。このため微分積分方程式の数値解法では放射強度を光学的厚さで明示的に表現出来ない。1960年に発表されたCandrasekharの積分方程式では光学的厚さが変数でなくパラメータであり逐次近似法により放射強度の光学的厚さによる明示的表現が得られることになった。しかしながら同積分方程式では解の一意性が保障されず複数の解の存在が可能になってしまう。光学的厚さが薄い場合にはCandrasekharの積分方程式による逐次解が一意の解になることが明らかにされ本論文もこの考えを基に解析を進めた。

Candrasekharの積分方程式は2つの関数、散乱関数S3(γ,μ,μ*)と透過関数T3(γ,μ,μ*)を未知関数としてμとμ*を方向変数とする非線形、非同次の積分方程式になる。非同次項を第1近次解として逐次積分して解にいたる。2回積分して得られた近次解をγの冪で展開して等方性大気の散乱関数の3次多項式近似が得られた。〓ここでω0は大気のアルベドを、μ1(μ0-)は観測方向(太陽方向)の上下角の余弦をあらわし、各係数は以下で与えられる。〓

非等方性大気の散乱関数の2次近似は以下が得られた。〓各係数は単位半球上の面積分として以下で与えられる。〓解の特徴は以下のとおりである。

(1)逐次積分の回数が近似の階数に対応し、N次であらたに付け加わる項は光学的厚さのN次の冪となり、近似の度合いは逐次積分が進むに従って高くなる。また単なる冪級数ではなくlogの冪をもつ。〓 (2)logの項の存在で解の光学的厚さが0の近傍では冪の大小は以下に示される。〓 (3)散乱回数は各近似解ごとに以下で与えられる。1次近似:単散乱、2次近似:2回散乱と3回散乱、3次近似:3回散乱、4回散乱、4回散乱 (4)非等方性大気の散乱けいさんではよく位相関数をフーリエ級数に展開するがこの近似では単位半球上の面積分になる。

等方性大気の散乱関数の近似の数値計算を行った。その結果3次近似は2次近似よりむしろ1次近似に近いことが明らかになった。

非等方性大気としてレーリー散乱と海洋エアロゾルに対し2次近似を1次近似と散乱連結法(SOS)による厳密解と比較した。2次近似は1次近似に比して解の改善が目立つが特に散乱の強い前方散乱領域での改善が著しい。

チャンドラセカール積分方程式の解法は次の2つの数学的なアイデアによっている。

(1)指数関数型のいくつかの無限級数の無限遠での収束値を求める。例えば以下の通りであるがこれらはこれまでに知られている級数ではない。。〓γはオイラーの定数で0.5772である。 (2)非等方性大気の場合モメント積分が必要になる。〓第1項の積分は普通の積分でありμ=0は特異点でない。そうしてγの冪は分離して積分できる。第2項はμ=0は特異点で"lim"と”Σ”の演算が交換できない。γmの冪はn≧mの場合n次のモメント積分は分離積分出来、π<mの場合は分離積分出来ない。この考えは散乱関数のγmの冪の係数を求める時に適用される。その結果、非等方性大気の積分でよく行われる散乱位相関数をルジャンドル関数と三角関数に分解することなく、半球上の面積分でγmの幕の係数が求まる。

審査要旨 要旨を表示する

人口衛星に搭載されたセンサーで、地球大気からの放射を観測し、大気中の物質の物理量を求める衛星リモートセンシングでは、大気中の放射伝達を司る放射伝達方程式を逆に解く、逆問題を解かねばならない。本研究は、地球大気中における放射伝達を支配するチャンドラセカール型の微積分方程式の解を、光学的厚さの級数解として導出する研究を行った。近年、人工衛星による地球観測が発達するなかで、放射伝達方程式を精度良く解く問題が急速に増加しており、その解法に関する多くの研究が行われてきた。しかし、これらの研究のほとんどが、数値計算を前提とした定式化を目的とするものであった。例えば、ディスクリート・オーディネート法やマトリックス・オペレーター法などが開発され、人工衛星受信放射輝度のシミュレーションに多く使われてきた。これらの方法では、例えば、解は光学的厚さの明示的な関数では表現されておらず、数値的に問題を解く以外に解の光学的厚さ依存性を知ることはできない。しかし、一方で、大気浮遊微小粒子(エアロゾル)が含まれる大気からの散乱光は、エアロゾルが顕著な光吸収をしない場合、その光学的厚さの一次関数に近い依存性を持っていることが経験的に知られており、その事実はエアロゾルの光学的厚さを求めるリモートセンシングアルゴリズムに暗黙に使われている。しかし、単純な一次散乱近似では説明ができない比較的厚い大気に対してもこの近似は成り立っている。

本研究ではこれらの解の性質を詳細に調べるために、放射伝達方程式を光学的厚さがゼロの近傍でテーラー展開を行ない、解に含まれる級数解の収束性を確認した。その過程の中で、新しい積分の定式化などの工夫を行った。さらに、これらの級数解をもとに、等方散乱問題では光学的厚さに関する3次近似まで、また、一般の非等方散乱問題の場合には2次近似まで考慮して、光学的厚さに関する解析解を求めた。等方散乱の解を調べてみると、2次近似で誤差が大きくなるが、3次近似を取り込むと解は光学的厚さが0.5付近まで1次近似に非常に近くなることを容易に確認することができた。また、非方法散乱問題として、海洋性エアロゾルが含まれる問題に関する放射輝度の値を解析的に求めた。さらに、この値を数値計算的に厳密に求めた解と比較した結果、本研究で得られた解が妥当な精度を有していることを確認した。すなわち、光学的厚さが0.2以下では7%の精度で解を現している。

このような解の性質は当然、計算機が発達していなかった1970年代頃まで盛んに調べられたが、本研究で得られたような光学的厚さの対数と級数解によって2次、3次近似まで厳密に求めたものは無い。たとえば、光学的厚さに関する指数積分を含む積分形式によって解を与えるものが多かったために、放射伝達解が光学的厚さゼロのところで持つ特異点に起因する多重解を許していた。一方、本研究では、得られた解が物理的に意味がある唯一の解であることも示すことができた。

以上、示したように本研究は放射伝達解を光学的厚さに関する解析解によって求めており、解の特性を新しい角度から調べることを可能として。1%以下の精度を持つ数値計算法が実用化されている現代においても、このような研究は、数値計算のための実験計画、散乱パラメーターの影響評価、教育の場面などで、非常に役立つと思われる。従って、本研究の大気放射学や衛星リモートセンシングに関する貢献は大きく、博士論文として十分なレベルに達していると考えられる。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51197