学位論文要旨



No 215800
著者(漢字) 中西,英二
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,エイジ
標題(和) 固相合成による含窒素化合物合成法の開発とコンビナトリアルライブラリーの合成に関する研究
標題(洋)
報告番号 215800
報告番号 乙15800
学位授与日 2003.11.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15800号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

コンビナトリアルケミストリーは、近年の有機合成化学において、画期的な技術として知られている。この方法を用いることにより、合成化学者が合成できる化合物数は飛躍的に増大した。一方、固相合成技術の進歩も目覚しく、従来のペプチドや核酸誘導体のみならず、様々な低分子有機化合物を合成することが可能になってきた。この二つの技術を合わせて用いることにより、創薬の初期段階におけるリード化合物の創出、およびその最適化の速度および質を高めることができるようになってきた。コンビナトリアルケミストリーにおいては、画一的な反応条件で多数の化合物を一度に合成することで、効率を高めている。但し、固相合成反応は液相合成反応に比べると歴史が浅い上、反応性は一般に低く、液相合成法の反応条件をそのまま用いることはしばしば困難であった。そこで、必要な反応に関して予め検討を行い、反応条件を確立しておく必要がある。本研究においては、薬理活性を示すことが期待される有用な含窒素化合物において、その固相反応条件の確立と、得られた条件を用いたコンビナトリアルライブラリーの合成を行った。

筆者は、まずグアニジン誘導体のライブラリー合成を計画した。グアニジン誘導体は、降圧活性、血液凝固阻害活性、H2 アンタゴニスト/アゴニスト活性、抗緑内障活性など様々な薬理活性を示す化合物として知られており、興味深い誘導体である。

まず、固相合成を行うために、グアニジンリンカーをデザインした。このリンカーは、様々なアミンにより置換可能なPyrazole環を脱離基として持つため、種々のグアニジン誘導体を合成することが可能である。リンカーを液相合成法により合成し、そのリンカーを比較的安定なアミド結合により固相樹脂に縮合することにより、グアニジン誘導体用の新規固相樹脂を合成した。この樹脂を用いて反応条件を検討し最適化した結果、先ず一置換のグアニジン誘導体を得ることに成功した(次式)。

このリンカー上のグアニジンは、2つのカーバメートで活性化された水素を有している。そこで更に、光延反応を前後計二回行うことにより、合計三箇所のrandomization pointを持つ三置換グアニジン誘導体を得ることができると考えれらた。反応条件およびBB(ビルディングブロック=部品となる試薬)を検討し、目的物である三置換グアニジン誘導体を得ることに成功した(次式)。

アミンパートとしては、薬理活性を期待してアリールアミンを用いた。この方法を用いて880個(10×11×8)のグアニジン誘導体(N-Aryl-N',N”-dialkyl guanidine誘導体)を持つコンビナトリアルライブラリー(化合物群)を合成することができた。得られた化合物は、現在、様々なアッセイ系での評価を行い、薬理活性を評価中である。

次に、キナゾリンジオンおよびその類縁体と考えられる複素環の固相合成法を検討した。この検討においては、多数の化合物を含むライブラリーを合成するのではなく、なるべく多種の複素環が合成できるような戦略を考えた。即ち、複数の複素環へと導ける共通中間体を想定し、できる限り簡便に数種の小ライブラリーを合成することにした。合成方法としては、固相上のアシル化、ニトロ基の還元、SNAr化、カルボニル化、チオカルボニル化、スルフォニル化、チオウレア化、環化、アルキル化、ジアゾ化、スルフォニル化、還元的アミノ化といった反応を組み合わせて行い、それぞれのステップで反応検討を行った。

実際には、キナゾリンジオンおよびその類縁体と考えられる複素環の固相合成法を検討した。その結果、次図に示したように、共通中間体であるアニリン誘導体を用いて1,3-quinazolin-2,4-dione, 2,1,3-benzothiadiazin-4-one 2-oxide, 2-thioxoquinazolin-4-one, 1,3-quinazolin-4-one, 1,2,3-benzotriazin-4-one, 1,2,4-benzothiadiazin-3-one 1,1-dioxide, 2,3,5-trioxopiperazineの7種の複素環を8種の方法により構築することができた(次図)。

上記の8種類の誘導体において、合計131個の化合物を合成した。合成した化合物は精製しなくても高純度で得ることができた。実際に合成した化合物総数は131化合物とそれほど多くはないが、(1) 既に反応条件を確立していること、(2) それぞれ3箇所程度のdiversity pointを持つこと、(3) 使用するBB(ビルディングブロック)は、数多く市販されているものが多いこと、により、それぞれ多数の誘導体を素早く合成することができる。従って、有用な化合物が見出された場合には、迅速に誘導体展開を行い、更に有用な化合物を発見していくことが可能になった。前述したように、これらの化合物は高純度であったので、精製せずにそのまま生理活性を調べることができた。

本論文の研究により、創薬の為に、有用と思われる含窒素化合物を多種・多数合成することを可能にすることができた。また、得られた化合物の殆どは精製せずに生理活性を調べるには充分な純度を持っていた。従って、実際に様々な生理活性を調べるスクリーニング用化合物として用いられており、hit化合物の迅速な最適化も既に行われている。このように、この方法の有用性が確認できたので、今後はこの方法を応用して、更に複素環のレパートリーを増やしたい。そして、更に多種・多数の誘導体を合成することにより、創薬の効率化・迅速化に貢献したいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

有機合成化学における近年の画期的な技術として知られているコンビナトリアルケミストリーにより、合成化学者が合成できる化合物数は飛躍的に増大した。一方、固相合成技術の進歩も目覚しく、従来のペプチドや核酸誘導体のみならず、様々な低分子有機化合物合成も単純な実験操作で行うことが可能になってきた。本論文は、この二つの技術を合わせて用いることにより、薬理活性が期待される有用な含窒素化合物の迅速な合成法の開発を行い、コンビナトリアルライブラリー(化合物群)の合成を行ったもので二章よりなる。

まず序論でコンビナトリアルケミストリーの現状と本論文の研究目的について概説した後、第一章ではグアニジン誘導体のライブラリー合成について述べている。ここではポリスチレン系ビーズを固相樹脂に用い、容易に固相から切り出せるようリンカー部位に工夫を加えることとした。リンカーを持つグアニジン部位を別途液相合成で調製して固相樹脂に縮合することにより、グアニジン誘導体用の新規固相樹脂 (1) を合成した。この樹脂はピラゾール環を脱離基として持つため、アミノ基で置換することにより、様々なグアニジン誘導体を合成することが可能である。種々のアミンによる置換反応条件を検討し最適化した結果、先ず一置換のグアニジン誘導体 (2, R1=R3=H) を得ることができた。更に、置換反応の前後に光延反応を計二回行うことにより、三置換グアニジン誘導体を得る合成ルートを見出すことができた。

この方法を用いて880個(10×11×8)のN-アリール-N',N”-ジアルキルグアニジン誘導体を持つコンビナトリアルライブラリーを合成した。

次に第二章では、キナゾリンジオンおよびその類縁体であるいくつかの複素環化合物に関して行った固相合成法について述べている。本章の検討では、固相にビーズタイプではなく一体型のLanternタイプのものを用い、反応をシリンジ中で行うことにより溶媒の出し入れや樹脂の洗浄を自動化できる様に工夫した。共通中間体としてアニリン誘導体を想定し、簡便に数種の小複素環ライブラリー合成を行った。その結果、1,3-quinazolin-2,4-dione (3), 2,1,3-benzothiadiazin-4-one 2-oxide (4), 2-thioxoquin-azolin-4-one (5), 1,3-quinazolin-4-one (6a,b), 1,2,3-benzotriazin-4-one (7), 1,2,4-benzothiadiazin-3-one 1,1-dioxide (8), 2,3,5-trioxopiperazine (9) の7種の複素環を8通りの方法により構築することができた。

上記の8種類の誘導体では合計131個の化合物を合成した。得られた化合物は精製しなくても高純度であった。本章で合成した化合物数はそれほど多くはないが、(1) 既に一般的に高収率で進行するであろう反応条件を確立しており、(2) それぞれ2〜3箇所の置換基可変の部位を持ち、(3) 使用するビルディングブロックが数多く市販されていることから、それぞれ多数の誘導体を素早く合成することができる。従って、有用な化合物が見出された場合には、迅速に誘導体展開を行い、更に有用な化合物を発見していくことが可能になった。

以上、本論文の研究により、創薬に有用な含窒素化合物を多種・多数合成することが可能になった。加えて得られた化合物の殆どは精製しなくても高純度であり、そのまま様々な生理活性を調べられるため迅速なスクリーニングならびにさらなる最適化を可能にしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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