学位論文要旨



No 215801
著者(漢字) 立原,徹
著者(英字)
著者(カナ) タチハラ,トオル
標題(和) 多様な構造と生物活性を有するヘテロ原子含有天然物の合成研究
標題(洋)
報告番号 215801
報告番号 乙15801
学位授与日 2003.11.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15801号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、多様な構造と生物活性を有するヘテロ原子含有天然物の合成研究に関するもので3章よりなる。

第1章では、香料としての有用性が期待される海産物の焙煎香を有する含窒素香気成分であるピロリジン誘導体1,2及び、イミン誘導体3-6の立体選択的な合成及び立体異性体間での香気の違いについて述べる。

第2章では農薬、医薬品としての有用性が期待される天然エポキシシクロヘキセノン誘導体7-9の効率的合成法の開発について述べる。

第3章では医薬品としての有用性が期待されるヤドク蛙Epipedobates tricolorの皮膚抽出物から単離、構造決定された強力な鎮痛作用を有するエピバチジン10両鏡像体の効率的合成法の開発について述べる。

海産物に特徴的な焙煎香の開発を目的とし、その素材に桜えびを用いてこれを焙煎し、その香気を補集・分析して有用な香気成分を探索した。

合成的手法を用いることにより、焙煎した桜えびの香気成分の分析により見い出され、未同定であった特徴的香気成分は、当初推定したピロリジン誘導体2ではなく、イミン誘導体3であることを明らかにした。また、焙煎した桜えびの香気成分であるこれら類縁体1, 4-6の立体選択的な合成法を確立し、その手法を用いて可能な全立体異性体を立体選択的に合成し、各立体異性体の有する香気的な特徴を明らかにするとともに、立体異性体間での香気的な違いを明らかにした。

これまでにエポキシシクロヘキセノンを基本骨格とする様々な生理活性物質が天然より単離、構造決定されてきた。これら天然エポキシシクロヘキセノン類の環部分の骨格は同じで6位の置換基のみが異なる場合が多い。言い換えれば6位の置換基の違いが活性の違いに大きく関与しているともいえる。このことは構造と活性の相関関係を明らかにする上で非常に興味深い事実であり、これらの化合物に広く適用できる効率的な合成法を確立することは意義があると考えた。そこで立体を含めた基本骨格が同一のエピエポホルミン7、エピエポキシドン8、ブロモキソン9を取り上げ、これらの全合成研究を通して天然エポキシシクロヘキセノン類の合成における方法論を確立することを目的とし本研究を開始した。

出発原料として有用キラルビルディングブロック21を用いてエピエポホルミン7、エピエポキシドン8、ブロモキソン9のいずれにも導き得る重要中間体24を立体選択的に合成し、これを用いてエピエポホルミン7(21から13工程、13.5%)、エピエポキシドン8(21から13工程、10.4%)、ブロモキソン9(21から13工程、17.5%)への全合成を達成した。更に、類縁体の形式合成についても行い、キラルビルディングブロック21の有用性を示すとともに、様々な天然エポキシシクロヘキセノン誘導体に応用可能な新規合成ルートを確立した。

エピバチジン10は、南米エクアドルに生息するヤドク蛙Epipedobates tricolorの皮膚抽出物から単離、構造決定された化合物である。エピバチジンは個体750匹からわずか1 mgという大変微量でしか得ることが出来ない。また、エピバチジンが有する生理活性に関してはマウスを使った動物実験により、モルヒネの約200倍という非常に強力な鎮痛効果を有することが明らかとされた。更にエピバチジンは非麻薬性鎮痛剤であるため新規鎮痛剤としてのリード化合物として大変興味深い化合物の1つと考えられる。以上の点を考慮し、有機化学的手法を用いてエピバチジンの両鏡像体を大量供給することはその研究の発展において必要不可欠であると考え、エピバチジンの両鏡像体の効率的な合成法を確立することを目的とし本研究を行った。

出発原料として第2章でも用いた有用キラルビルディングブロック21からアザビシクロ環を先に構築する方法で立体選択的還元反応を鍵段階として、全14工程、通算収率15.5%で天然型エピバチジンの重要中間体であるアザビシクロケトン29を合成することに成功した。一方、21からアリルアルコール30を経由して光延アジド化反応を鍵段階として、全9工程、通算収率20.4%で非天然型エピバチジンの重要中間体であるエノン33を合成することに成功した。合成したアザビシクロケトン29及び、エノン31からエピバチジンへの変換は既に報告されていることより、エピバチジン10両鏡像体の形式的全合成を達成するとともに21を初めて天然アルカロイドの合成に応用し、更なる有用性を示した。

まとめ:以上本論文は、光学活性原料を利用することにより、香料、医薬、農薬等の様々な分野において利用、応用が期待される生物活性天然物の効率的な立体選択的合成法の開発を行ったものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、生物活性含ヘテロ原子含有天然物の合成に関するもので3章よりなる。我々は「食」、「医」をはじめとして我々の生活を豊かにしたり健康を維持したりするために様々な天然生物活性物質を利用してきている。その多くは光学活性を有し、また酸素・窒素・リン・硫黄などのヘテロ原子を有している。筆者はそのような天然生物活性物質の中から窒素または酸素原子からなる独特の官能基や環構造を有し、かつ食品香料や農薬、医薬品としての利用が期待される光学活性を有する化合物をとりあげ、実用研究、応用研究への発展をにらんだ合成研究を行っている。

序論で研究の背景、目的を概説した後、第1章では海産物に特徴的な焙煎香の開発を目的とした香気成分の合成について述べている。まず、桜えびの焙煎によって生成する香気の補集・分析により構造が推定された有用香気成分(推定構造2)を合成した。合成品は焙煎で得られた香気成分とは一致しなかったが、種々の検討の結果、ピロリジン誘導体ではなく、イミン誘導体3が天然由来の香気成分であることを明らかにした。また、2と3の類縁体である1, 4-6の立体選択的な合成も行い、1-6の可能な全立体異性体も調製した。これら各化合物の香気評価試験により、類縁体・異性体間での香気的な差異を明らかにするとともに、実用化につながる良好な香気を持つ化合物を見出すことが出来た。

第2章では、多様な生物活性を示すエポキシシクロヘキセノン類の合成について述べている。多くの化合物に広く適用できる効率的なエポキシシクロへキセノン骨格構築法の確立を目的とし、立体を含めた基本骨格が同一のエピエポホルミン7、エピエポキシドン8、ブロモキソン9の合成研究を行った。まず、出発原料としてキラルビルディングブロック15を用いて目的化合物のいずれにも導き得る重要中間体16を立体選択的に合成した。これを用いてエピエポホルミン7(13工程、総収率13.5%)、エピエポキシドン8(13工程、総収率10.4%)、ブロモキソン9(13工程、総収率17.5%)の全合成を達成した。更に、類縁体の形式合成も行い、様々な天然エポキシシクロヘキセノン誘導体合成に応用可能な簡便かつ新規な構築法としてキラルビルディングブロック15を利用したルートを確立することが出来た。

第3章では、南米エクアドルに生息するヤドク蛙Epipedobates tricolorの皮膚抽出物から単離、構造決定されたエピバチジン10の合成について述べている。エピバチジンは天然から微量でしか得ることができず、また、非常に強力な鎮痛効果を有することが知られている。そこでエピバチジンの効率のよい立体選択的合成法を確立することを目的とし本研究を行った。ここでも第2章で用いたキラルビルディングブロック15を出発原料とし、立体選択的還元反応を鍵段階として、14工程、総収率15.5%で天然型エピバチジンの重要中間体であるアザビシクロケトン17を合成した。一方、15から9工程、総収率20.4%で非天然型エピバチジンの重要中間体であるエノン18を合成することに成功した。合成したアザビシクロケトン17及び、エノン18からエピバチジンへの変換は既に報告されていることより、単一のキラルな出発物質からエピバチジン両鏡像体の形式的全合成を達成することが出来、15の有用性をあらためて示すとともに、類縁体をはじめとした応用性の高い合成法を開発することが出来た。

以上本論文は、香料、医薬、農薬等の様々な分野において利用、応用が期待される生物活性天然物について、合成により構造の決定、立体異性体間での活性の差異を明らかにし、また特異な複素環を含む骨格の効率の良い立体選択的合成法の開発を行ったものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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