学位論文要旨



No 215803
著者(漢字) 吉田,正
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,タダシ
標題(和) ITSを基礎とする社会資本整備の変革とその計画の評価手法
標題(洋)
報告番号 215803
報告番号 乙15803
学位授与日 2003.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15803号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 原田,昇
内容要旨 要旨を表示する

我が国では、これまで欧米諸国レベルの社会資本の構築を目指し、ダムや鉄道などの生産基盤を主体とした事業の整備が行われてきた。その代表的な社会資本として道路事業があるが、道路は戦後のモータリゼーションの進展とともに、日本の経済や国民生活を支えてきた主要な社会資本の一つであり、「安全に」、「より速く」、「大量に」を目標とし、その整備は進められてきた。しかしながら、交通事故、交通渋滞、環境の悪化など、「負の遺産」と呼ばれる問題も顕在化するようになった。

一方、我が国では、少子・高齢化、高度情報化、国際化などの社会環境だけでなく、経済環境も大きな変革の時を迎えている。さらに、安全・防災に対する国民の強い要請、自然環境との共生、生活のゆとりの重視など、国民の価値観やニーズは多様化の傾向を呈している。このような新しい社会の要求に応えるには、単に社会資本を整備するだけではなく、付加価値及び必要性の高い事業を優先的に実施するとともに、既存の社会基盤の有効活用を進めていかなければならない。

近年、“新しい社会資本のあるべき姿”について様々な研究や取り組みがなされているが、この次世代インフラの代表的なものに、ITS(高度道路交通システム:Intelligent Transport Systems)がある。ITSは、高度化された道路インフラと知能をもった自動車や人が、高度な情報・通信技術によって融合されたシステムであり、次世代インフラとして相応しい価値ある機能を有している。

ITSは、その関連する要素技術の研究開発が熟成し、これからいよいよ実整備の段階に入ろうとしている。今後、第二東名・名神などの高規格幹線道路や一般道路のみならず、公共駐車場、鉄道駅などの交通結節点などの整備において、安全性、利便性、さらには経済性を向上するシステムとして、ITSの早期導入が期待されている。しかしながら、現状のITSは、次のような課題を抱えている。

ITSの目標として掲げられた9つの開発項目とサービスが、国民生活や社会資本において果たす役割や機能、ITSの道路・交通インフラとしての位置付け、具体的な整備事業、さらには整備効果が不明確な状況となっている。

ITSは、次世代の社会インフラとしての期待されているが、これまでの国内外のITSの研究や技術開発の取り組みは、情報通信や自動車の分野が主体であっただけでなく、“情報通信インフラの領域”を脱しておらず、その活用も限定的である。

ITSが実整備段階を迎えているにもかかわらず、ITSを活用した社会資本の事業モデル、都市形成を目的としたITSのグランドデザインなど、土木計画学の視点に基づいた研究は十分なされていない。

以上のような背景、並びに状況認識のもと、本研究は、付加価値の高い社会資本の創造及び既存の社会基盤を高度利用できる、有効な手段(ツール)としての可能性をITSに期待し、土木計画学的な観点から「ITSを基礎とした社会資本の変革」について探求したものである。本研究では、次の3つのことを目指している。

これからの社会資本に求められる機能と役割を整理・分析し、ITSが社会資本の形成において期待される整備効果の明確化、さらには導入の方向性を提唱する。

ITSが高齢化社会への対応、環境社会の構築、交通環境の改善、空間の高度化、事業費の低減など、国民や社会のニーズに対応できる、新しい社会資本の創造において有効な手段と成り得ることを解明する。

道路施設、交通拠点、公共交通システムを始めとする、様々な「ITSを基礎とする新しい社会資本」のモデル事業の提案を行うとともに、これら新しい社会資本の計画の妥当性や整備効果の評価の方法を提唱し、提案した事例への適用を試み、あるレベルでの検証を実施し、それら評価方法の実用性、並びに有効性を確認する。

本論では、第一に社会資本整備が、“量”及び“質”ともに変革の時代を迎えていることを明確にした上で、今後の社会資本が進むべき方向性を示している。そして、本研究で着目している、ITSの技術特性、官主導で行われてきた研究開発の内容と経緯、そして問題点などについて整理した上で、国内外のITSに関する論文や学術研究を選定し、それらを1)道路整備におけるITS、2)環境改善のためのITS、3)高齢化社会支援のITS、4)交通施設のためのITS、5)都市形成におけるITS、6)ITSインフラの経済性、7)ITSの整備効果、の7項目の分野に分類し、それら既往研究の内容を分析することにより、本研究の特徴と相違点について記述している。

第二に、道路・交通の社会基盤の整備に着目し、これら道路事業の現状の把握、課題の抽出、分析を行い、その中でITSが果たす機能や役割について考察している。そして、既往の研究では見受けられなかった、ITSの道路事業としての位置付けの整理、整備効果について探求するとともに、ITSが導入されたインフラのあるべき姿を提示している。

具体的には、交通環境、交通結節点、高速道路のアクセス性、道路ネットワーク、整備事業費、用地確保など、道路事業が抱える課題を分析した上で、今後の道路整備は、地域特性の配慮や経済活性に資する事業を低コストでタイムリーに進めるべきであることを論述している。次いで、米国や欧州における、“新しい計画、及び設計思想”を導入した、既設又は整備中の道路・交通インフラの先進的事例を取り上げ、それら事業としての特徴と価値を論述するとともに、それら新しいインフラ事業の我が国への導入可能性についても検討している。そして、これらの事業計画にITSが導入されれば、より付加価値の高い社会資本の実現が期待できることを解明している。

また、これまで、曖昧であったITSと道路及び交通事業との関連についても体系的に整理し、道路・交通基盤(スマートウェイ)、情報基盤、プラットフォーム、そしてコンテンツ(サービス)から構成されるITSの新しい定義を提唱している。

そして、ITSが導入された道路“スマートウェイ”の計画の手順や考え方について、工学的な判断による、道路としての分類、機能及び役割、整備効果に関して、基礎的研究を行っている。その結果、ITSの導入により付加される情報通信機能によって、これまで目標とされてきた9つのサービスのみならず、「空間機能の高度化」や「事業費の低減」などの間接的な整備効果が期待されることを明らかにしている。

さらに、将来我が国において、AHSのcレベルのサービスが実現された時点でのスマートウェイの道路構造や舗装仕様などのハード面に関して、米国の類似研究との比較を行いつつ、我が国の実情に即した整備空間、構造形式、導入方法に関して提唱している。次いで、スマートICの事業企画や具体的な検討を通し、ITSがこれまで目標とされてきた道路管理の効率化や交通渋滞の解消に留まらず、都市再生、地域活性、高齢化社会にも寄与する社会資本形成に有効な手段であることも論述している。

最後に、ITS関連ビジネスは、“情報通信機器関連ビジネス”、“情報サービスビジネス(eビジネス)”、“社会資本ビジネス”の3つに大きく分類できることを述べ、これらのビジネスのうち、スマートIC、交通拠点、歩行者空間などの新しい社会資本ビジネスを提唱することにより、その期待されるITS市場についても触れている。

第三に、ITSが新規の道路・交通インフラだけでなく、既存の社会資本の高度化も実現出来る有効な手段であることを、事例研究を通して明らかにしている。そして、本研究がITSの波及効果として期待していた、「空間機能の高度化利用」、「保有機能の更なる向上」、「コスト機能の向上」に関して大きな整備効果が得られることを、従来型の社会資本と比較し、定量的に解明している。

ここでは、前述のITSの基本研究を踏まえ、その整備効果や実現の可能性を実証することを目的としているが、4つの「ITSを基礎とする新しい社会資本」の事例について詳細に研究している。

その事例は、1)バリアフリーを実現する広場空間が効率的に活用された新しい駅前広場、2)路肩活用及びスマートICの導入が図られた低コストの都市間高速道路、3)走行性及び安全性の向上、さらには合理的なランプ計画が導入された都市内地価通路、4)低コストで、かつ段階整備が可能な環境に優しい公共交通システムである。それら事例研究の結果、これまでにない漸進的なITSの活用を行えば、低コストで付加価値の高い社会資本を創造できることを言及している。

これら新しい概念を持つITSを基礎とした社会資本においては、技術面や安全面での十分な検証が前提となるのは言うまでもない。しかし、ITS導入によって得られる整備効果は非常に大きく、積極的に挑戦する価値は十分にあるものと確信している。

第四に、従来型の社会資本と異なる特性を有する、ITSを基礎とする新しい社会インフラの計画妥当性の検証、整備効果の評価方法について提唱している。その一つが、交通流シミュレーションモデルを用いたITSインフラ計画の評価であり、もう一つは、意思決定理論のITS事業の評価手法への適用である。

本研究において、事例研究として取り上げた「ETC料金所」、「駅前広場」、「地下高速道路」の計画に対して交通流シミュレーションモデルを適用し、交通流シミュレーションモデルが交通状況の解析のみならず、新しい道路インフラの計画を評価するツールとして、十分にその有益性・実用性が期待できることを明らかにしている。近年のコンピューターの技術革新により、交通流シミュレーションは、その解析結果をよりビジュアルに説明することが可能となった。そのため、一般の人々も容易に理解しやすい評価が現実のものとなったが、説明責任が重要視される昨今の社会基盤整備において大きな枠割を果たすものと思われる。今後、交通流シミュレーションに用いるデータの整備、そして分岐・合流や織り込みなど、複雑な車両挙動を再現するアルゴリズムのさらなる研究が進めば、その技術的信頼性や検討の対象範囲は拡大するものと期待される。

一方、ITSは技術開発、整備、耐久性などの期間に加え、普及という“時間軸”を特に考慮する必要があるだけでなく、その普及には“不確実性”が存在する。そのため、公共事業の整備効果評価手法として用いられているB/Cの概念だけでは、論理的で分かり易い説明をすることは難しいと考え、計画評価の一つの方法として、意思決定理論の適用を提唱している。そして、ETC整備計画を事例とした研究を行い、その評価手法が、ITSを基礎とする社会インフラの説明に適していることを明らかにしている。

ITSは、これから全国への本格的な導入・展開の段階を迎え、その整備速度は今後加速していくものと考えられる。ITSが革新的な社会インフラとして機能するためには、システム、ソフト、ハードのすべての面でバランスのとれた事業の計画立案と十分な事前評価、そして分かり易い国民への説明が求められている。

本論文で探求した、「ITSを基礎とした新しい社会資本」の事業計画や評価手法に関する研究成果は、次世代のために、今後も留まることなく進めていかなければならない、価値ある社会資本の整備の計画立案や事業促進に資すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

我が国では、交通事故、交通渋滞、大気環境の悪化など、様々な交通問題が顕在化している。また、少子・高齢化、高度情報化、国際化など社会環境だけでなく、経済環境においても大きな変革の時を迎えている。これら交通問題の解決のみならず新産業の創出が期待されている次世代インフラがITS(高度道路交通システム:Intelligent Transport Systems)である。

本論文は、このITSの道路・交通事業としての工学的位置付けを明確にするとともに、ITSを活用したこれまでにない新しい社会資本のモデル事業を提案し、幾つかの事例研究を通して従来型の社会資本との差異を定量的に分析するとともに、それら計画の妥当性検証、並びに整備効果の評価が可能な新しい手法の提唱とその有益性を明らかにしたものである。

本論文の成果として評価し得る点は、以下のようにまとめられる。

第一編では、最初に、我が国における社会資本整備全体の現状を分析した上で、社会資本が抱える課題を整理し、将来の社会資本の方向性について言及している。そして、これまでのITSの研究開発の経緯、内容、そして問題点について明記している。そして、ITSが本格的な整備実現を迎えた今、土木計画学の視点に基づいたITS研究の必要性を説き、本研究が、「ITSという手段を用いた社会資本整備のあり方」を取り上げた根拠を述べている。最初に、本研究と密接に関連するITSの国内外の論文や研究を選別し、それらの研究内容に応じ、(1)道路整備におけるITS、(2)環境改善のためのITS、(3)高齢化社会支援のITS、(4)交通施設のためのITS、(5)街づくりにおけるITS、(6)ITSインフラの経済性、(7)ITSの整備効果 の7つに分類し、各々の研究と本研究との相違点、本研究の特徴について言及している。

第二編では、特に道路基盤整備に関して焦点を当て、これら道路事業の現状把握、課題の抽出、分析を行い、その中でITSが果たせる機能や役割について明記している。そして、社会資本としてのITSのストック効果及びフロー効果を土木計画的な観点から体系的に分類するとともに、ITSの進むべき方向性を明確にしている。

また、諸外国において、既存又は建設中の“新しい計画や設計思想”を導入した道路事業の中から、本研究と関係する先進事例を特に選別し、これら新しいタイプの道路インフラと、従来のものとの相違点やその特徴を明らかにしている。そして、それら新しいインフラの我が国への導入可能性についても論述している。

さらに、ITSがこれまで事業の目標としてきた道路管理・交通管理の効率化や交通渋滞の解消に留まらず、環境問題の解決、高齢化社会への対応、都市再生、地域活性などにも有効な手段であることを、スマートウェイやスマートICの検討を通して解明している。その結果、ITSは直接的な整備効果だけでなく、波及効果として空間の高度利用などの効果があることを示唆している。

第三編では、第二編での検討を踏まえ、その効果や可能性を実証するために、ITSを活用した駅前広場、地域における都市間の高速道路、都市内地下高速道路、公共交通システムの4つを事例として選定し、これら道路・交通インフラへのITS導入方策について詳細な研究を行っている。

それら事例研究を通し、ITSに建設や設備などの分野の最新技術を融合することにより、付加価値の高い社会資本を、低コストで提供できることを定性的のみならず定量的に検証している。また、高度情報化やバリアフリーなど、社会や時代の要請に応えられる駅前広場などの社会資本の形成にITSが非常に効果的であることも解明している。特に、本研究で着目した、「空間機能の高度化」、「保有機能の更なる向上」、「コストの低減機能」に関しては詳細な分析を行うとともに、ITSがもたらす具体的効果についても明らかにしている。

第四編では、ITSを基礎とした新しい社会資本の計画自体の最適性、並びに事業としての整備効果の評価方法を提案している。その一つが、交通流シミュレーションモデルを用いたITSインフラ計画の評価方法である。近年、コンピューター技術が発達し、交通流シミュレーションモデルが交通流解析にとどまらず、環境影響分析や道路幾何構造検討のためのツールとして、その可能性が期待されている。本研究では、この交通流シミュレーションが、ITSを基礎とする社会資本の計画評価に有効な手法に成り得ることを、ETC料金所、地下道路の平面交差計画などの事例研究を通して解明している。もう一つが、意思決定理論のITS事業計画への適用である。この方法は、事業の事前評価段階において選択しうる種々の方策の中から、“時間軸”を考慮した上で、ITSの普及状況、投資費用と整備効果などのファクターを指標として最適解を選定するものであるが、「ETCの普及に応じた最適な整備計画立案」を事例とし、その評価手法の実用性、並びに有効性を明らかにしている。

以上の研究成果は、経済状況や急激な人口動向の変化など、厳しい環境下においても次世代のために今後も推進しなければならない付加価値の高い社会資本の整備に、そしてITSを基礎とする社会資本の整備効果の評価に対し貴重な示唆を与えるものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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