学位論文要旨



No 215804
著者(漢字) 大場,義和
著者(英字)
著者(カナ) オオバ,ヨシカズ
標題(和) 料金所データを利用した有料道路における旅行時間予測方式の開発
標題(洋)
報告番号 215804
報告番号 乙15804
学位授与日 2003.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15804号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 講師 加藤,浩徳
 東京都立大学 助教授 大口,敬
内容要旨 要旨を表示する

まえがき

近年、自動車の普及が進むに連れて、有料道路の道路交通管制システムにおいても渋滞に関する情報の需要が高くなってきている。特に、旅行時間情報はドライバの旅行計画作成時の参考情報、あるいは運転時の心的ストレスを軽減させる効果を持つ情報として期待されている。

旅行時間情報は,ドライバが,出発地点から目標地点まで,どのくらいの旅行時間がかかるかの目安になるものである。現状では、路側に設置された車両感知器等のセンサから得られる情報を用いて演算する方法を用いて作成されている。最も多く用いられている方法としては、車両感知器データを利用して対象路線の区間毎の旅行時間を演算し、測定時刻における区間旅行時間を合計する“同時刻和旅行時間”があげられる。この方法では、道路交通状況の変化が激しくない場合に対しては充分な精度の情報が得られるが、将来の道路交通状況を考慮していないため、厳密には予測値とはいえない。よって、渋滞の前後等、道路交通状況の変化が激しい場合に精度向上が望まれている。

更に、これらの方式では、路側にインフラとしてセンサの設置が必要であり、センサが充分に設置されていない路線にてセンサを要する方式を採用する場合、センサの設置に多大なコストが必要とされる状況であった。

これらの背景のもと、渋滞時前後における高精度な旅行時間予測、実装時において低コストな配備を可能とする旅行時間予測方式として、全ての有料道路に設置されている料金収受システムにて得られる料金所データを用いた旅行時間予測方式の開発を行った。本方式は、車両感知器等の既存インフラセンサのデータをあえて利用せず、料金所データのみを利用し、類似パターン検索や累積交通量の概念の応用等により高精度の旅行時間予測を行うことを可能とした点に特徴を有する。

対象道路

対象とする道路は都市間高速道路等の対距離料金制の道路とし、出入口料金所通過時刻と車種データが入手可能とする。これらのデータは出口料金所通過時刻に入手されるものであり、出入口料金所通過時刻から車両が実際に走行に要した2地点間旅行時間を実績値として得ることが可能である(以後料金所データと記す)。しかしながら、これらはサービスエリアで食事のため長期間休憩している車両等の特異データ含んでおり、予測に利用するには特異データを除去する必要がある。本研究では、料金所データの度数分布解析やクラスタ分析により、統計処理による特異データ除去方法を開発した。この特異データ除去方法にて特異データを除去し、単位時間間隔(例えば5分間)を代表する旅行時間(以後代表旅行時間と記す)を演算し予測に利用した。

料金所データを利用した旅行時間予測方式

料金所データを利用した旅行時間予測方式としては、類似パターン検索を用いた方式、累積交通量の概念を用いた方式、両者の融合方式を開発した。

類似パターン検索を用いた方式は、料金所データから得られた代表旅行時間により過去の旅行時間履歴情報として1日の旅行時間の時系列的推移から旅行時間パターン(1日分)を作成し、過去の旅行時間パターンとの類似パターン検索を用いた予測方式である。通常類似パターン検索を利用する場合、検索用のデータとして6〜12ヶ月程度のデータを必要とするが、ここでは、多項式近似モデルによるフィルタリングや正規化等の手法を適用し、検索用の旅行時間パターンが少ない場合にも適用できるようなものとした。フィールドデータにて検証を行った結果、たかだた18日分のデータの利用ではあるが、良好な予測結果が得られた。しかしながら、検索用の旅行時間パターンに類似したものがない場合は予測誤差が多少目立つケースも見られた。

累積交通量の概念を用いた方式は、料金所通過データとして得られる各料金所間旅行時間及び、最下流集約料金所の通過台数データを用いて、車両感知器等のデータを使用せずに擬似的に累積交通量を演算し、これを用いて旅行時間を予測する方式である。この方式においては、擬似累積交通量の予測がポイントとなり、短い旅行時間の場合には良好な旅行時間予測精度が得られたが、長い旅行時間の場合には、渋滞時における精度悪化の傾向が見られた。

最後に、ここで述べた2タイプの長所および短所に関して検討し、各々の長所を融合した予測方式として、類似パターン検索を主とし、累積交通量の概念を用いた方式による改良を加えた方式を開発した。この融合方法においては、改良前の類似パターン検索を用いた旅行時間予測にて検索用の旅行時間パターンに類似したパターンがない場合において、予測精度の改善が確認できた。

結論

本研究では、有料道路の料金所にて得られる料金所データのみの使用による旅行時間予測方式の検討を行った。ここで、料金所データから得られた旅行時間実績値を用いた類似パターン検索方式による旅行時間予測方式と、料金所データより擬似的に累積交通量を利用した旅行時間予測方式を開発し、実路線データを用いて検証を行った。更に、両者のアルゴリズムを融合した方法を開発し、精度改善を確認した。また、類似パターン検索方式のみによる予測の場合にも、旅行時間パターン作成時に多項式近似モデルによるフィルタリングを使用したり、正規化を導入したり等の工夫をすることで、実用に耐えうる精度が得られたと考えている。

実用化の面では、アルゴリズム演算の負荷および実路線データの蓄積による更なる精度向上の可能性から、類似パターン検索方式が最も実用的であると考えられる。よって、類似パターン検索方式による予測を基本とし、過去に類似したパターンがある可能性が低い連休、祝日等の比較的特異なケースにおいて融合方式を使用するというハイブリッド予測方式が最も有効と考えられる。

ここで開発した旅行時間予測方式を利用することで、有料道路において新たなセンサの設置を必要とすることなく旅行時間予測値が演算でき、更に全国の有料道路に展開可能である。今後の課題としては、実路線に導入された場合、旅行時間パターンが多数蓄積され、これを利用することが可能となり、旅行時間パターンが多数蓄積されていくこととなるが、ただ蓄積していくのみではなく、パターンのクラスタリング等を用い、多数の蓄積パターンの運用方法を検討していくことが必要であると考えられる。これらの検討を行うことにより、更に運用方法効率化、予測精度の向上が期待できる。また、都市間高速道路の場合、旅行時間パターンにある程度規則性が見られるため、本方式の適用が有効であった。この他に、都市高速道路等への適用も考えられるが、この場合、都市高速道路の交通状況は変動が激しく、適用時に工夫が必要と考えられる。更に、現状設置されている車両感知器等のインフラセンサデータの利用や、今後のITS関連システムによる道路センサ等の高度化に応じてシステムを改良することで旅行時間予測精度の向上が期待できる。この様に、今後は実路線への適用、新規システムの利用による精度向上に関する検討を進めていくことが課題としてあげられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,対距離料金制の有料道路入り口料金所で発券される磁気式通行券のデータを利用して,旅行時間の推定と予測の方法を提案したものである.現在の旅行時間および近未来の予測旅行時間の提供は,利用者ニーズも高く,渋滞の緩和にも貢献が期待できることから,時宜を得た主題である.

磁気式通行券には,入り口と出口において,それぞれの料金所IDと通過時刻が記録されるため,各車両の料金所間の旅行時間が計測されることになる.これまでの車両感知器情報による旅行時間推定は,それらが設置されている地点のピンポイントの交通状態から推定しているものであり,これに比べると本研究で計測される情報は,個別車両の旅行時間をより直接的に計測した情報といえる.これまでには磁気式通行券データを活用した旅行時間推定および予測に関する研究は行われておらず,本研究の新規性は高いと評価する.また,多大なインフラ費用を投資することなく,わが国のすべての対距離料金制の有料道路に簡便に適用することができる実用的な方式の提案である.

本研究では,まずデータクレンジング方法について提案している.出入口料金所通過時刻には,特異データとして途中のサービスエリアなどで休憩を取った車両の通過時刻も含まれるので,適切な旅行時間を得るためには,これらを除去する必要がある.さらに,2輪車の通過時刻は,途中の渋滞の影響をあまり受けないため,これをそのまま4輪車の旅行時間とすることは適当でなく,これも除去する必要がある.本研究では、磁気式通行券から得られる旅行時間の度数分布解析やクラスタ分析により、統計処理による特異データ除去方法を開発している.

次に,旅行時間の予測方式として,過去の旅行時間履歴から予測当日の現時刻までの旅行時間の変動に類似した過去のパターンを検索して,それから当日の旅行時間を予測する方式(類似パターン方式)を提案している.類似パターン検索を利用する場合、過去の履歴データとしてできるだけ長い期間の蓄積データがあった方が有利であるが、ここでは多項式近似モデルによるフィルタリングや正規化等の手法を適用し、過去の蓄積履歴データが少ない場合にも適用できるような工夫を行っている.また,予測方式の改良版として,当日の旅行時間の自己回帰モデルを構築し,これを上記の類似パターン方式と組み合わせた融合方式も提案している.これらの提案方式については,関越高速道路における実データにて検証を行った結果、18日分の過去データの利用であっても、ほぼ良好な予測結果が得られることを確認している.

最後に今後の展望として,(1)蓄積されていく旅行時間履歴パターンの曜日特性,天候などによるクラスタリングの必要性,(2)車両感知器などから得られる交通量データとの組み合わせの可能性,(3)今後整備されていくであろう自動料金徴収システム(ETC)から得られるデータへの適用などについて整理を行っている.

以上の通り,本研究では対距離料金制の有料道路料金所にて得られる磁気式通行券データのみの使用による旅行時間予測方式の提案と検証を行ったものである.提案方式は,実用性を十分に考慮した方法であり,すぐに実務に適用できるレベルのものと評価される.また,ETCデータへの適用など応用可能性も高い.このように本研究は,利用者の旅行計画,渋滞緩和に貢献する予測旅行時間の推定方式として,学術的に高く評価できるだけでなく,実務的にもきわめて有用である.

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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