学位論文要旨



No 215806
著者(漢字) 大野,茂
著者(英字)
著者(カナ) オオノ,シゲル
標題(和) 設計過程の階層構造と空間の温度分布を考慮した室内温熱環境最適化手法の研究
標題(洋)
報告番号 215806
報告番号 乙15806
学位授与日 2003.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15806号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 大岡,龍三
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は解析技術と設計技術の融合による新しい室内温熱環境最適化手法の提案を行うことである。具体的には「空間の温度分布を考慮した室内温熱環境の最適化」などの極めて複雑で多様な問題を解くに際し、従来、主に研究者の間で用いられてきた精緻な環境解析技術によるアプローチと、主に設計者の間で用いられてきた空調設計・計画技術によるアプローチを合体補完させ、さらに遺伝的アルゴリズムなどの最適化手法も取り入れて、従来に無い新しい概念で合理的に最適解を求める手法を提案する。

設計プロセスとは基本的には、様々な検討の結果(OUTPUT)を評価し、解が設定条件を満足しない場合は与条件(INPUT)を変更し、再度、実験や解析、計算や予測等による検討を行い、解が満足されるまで何度でもそのサイクルを繰り返すプロセスである。評価や検討に求められる精度や,実際にかけられる時間はその検討対象や目的によっても変化する。設計者の勘や経験で十分な場合もあれば,概略負荷検討や,室内均一拡散のシステムシミュレーションが必要な場合,またCFDで温度,気流分布を詳細に解く事が必要とされる場合もある。またある段階での結果(OUTPUT)は次のフェイズでの与条件(INPUT)となり、このサイクルは基本計画段階、実施設計段階、施工段階などのフェイズに従っても順次繰り返される。

本研究では、室内環境設計を「与えられた制約条件下における設計目標達成のための最適化問題」と捉え、このサイクルを合理的かつ素早く回し、実際の設計プロセスと整合を取りながら、計算回数と探索時間を極小化して最適解にたどり着くため、以下に述べるように、各段階でいくつかの新しい試みを行い、それぞれその有効性を確認した。

実験、解析、計算、予測等による検討の段階

従来,選択された環境制御手法により達成される室内気候や,システムの消費エネルギーの予測・評価・確認手法として,模型実験,実験室実験,空調システムシミュレーション及びCFD解析手法など多くの手法が有り,それぞれ多数の論文,報文が報告されている。これらの手法はいずれも現在,有効に活用されているが,それぞれ,適用や予測に限界がある。例えば,室内気候を対象とした模型実験は一般に非定常解析を行うことが困難であり,実験室実験は実験を行う室の大きさや,機器の能力など実験の拡張性に限界が有る。又,空調設備システムのシステムシミュレーションは室内温度分布を含めた解析が困難であり,室内気候を対象としたCFD解析ではコイルや,バルブなど,空調機器の動的特性を含めた空調システム系を包含して解くことが困難である。このような状況に鑑み,本研究では、実験とシミュレーションを組み合わせ、精度を保ちつつ、汎用性と設計効率を向上させる従来にない新しい方法論として「数値室内気候実験室」を開発した。その基本モデルとなる実際の実験室のモデル化、及びその検証について示した。

評価、判定の段階

計算回数と探索時間を極小化し、素早く最適解にたどり着くため、評価,判定には遺伝的アルゴリズム(GA)などの最適化手法を導入した。その際、室内の温度,気流分布の評価も含めた室内環境最適条件の探索を行うにあたっては,数百から数万回の繰り返し計算が必要とされる。このプロセスにおいて室内の分布性状を解析するため計算負荷の大きなCFD解析をそのまま用いることは,時間とコストの点から現実的ではない。そこで本研究では,室内の温度分布性状に関しては温熱環境形成寄与率(CRI1)という指標を用いて簡易な室内環境解析を行い,その結果に基づく効率的な最適解の探索を行う試みをおこない,CFD解析に置き換えられる許容範囲の検討は必要なものの,第1次近似として十分使用可能なことを示した。

条件の変更の段階

本研究では設計者の視点を重要視しており、結果として研究成果が実際の設計で使いやすいものとなることを目指している。この実務的な視点が不足していると、ある設計プロセスで,そのプロセスでは起こりえない類の検討を行なったり、不必要なところで不必要に精密な計算を行ってしまう危険性がある。そのため、本研究では従来の研究に若干希薄であった設計実務の視点から、空調設計の実際的なプロセスを明らかにし、基本計画段階、実施設計段階、施工段階でそれぞれどのような判断が求められ、各段階で、現実的に何が変更可能な境界条件で、何が変更困難な制約条件かを整理区分する。これは、境界条件の変更優先順位や重み付けなどに反映させる事ができ,結果的に効率的な探索が可能となる。検討例では階層構造を考慮した冬期ペリメータ空調最適化の例を示し、場合により、求める評価結果を得るためには、設計プロセスをさかのぼって、もっと上流側から空調設計者が参画し、条件変更検討が必要となる事などを示した。

条件変更の段階でもう一つの重要な要素はパラメータ変更の結果に対する感度解析である。遺伝的アルゴリズムなどの最適化手法がいかに進歩したとはいえ、絨毯爆撃のようにむやみにパラメータを均等間隔で振って最適解を探すことは得策といえない。パラメータは、室内の温熱環境場に与える感度を考慮して、感度が良いものは、パラメータの変更幅を小さくして最適解を探し、パラメータの感度が悪いものに関しては、変更幅をかなり大きくして最適解探査を行う必要がある。そのような見地から特に、温熱環境制御上センサーの空調機に対する感度が問題となる大空間ドームの実測と解析を行い、温熱環境形成寄与率(CRI1およびCRI3)の指標を用いて大空間における吹き出し口の熱的勢力範囲を確認し、今後の設計で最適解を探査する際、GAであればパラメータのふり幅間隔の調整、解析のフィードバックシステムでの探査であれば、設計条件を修正する際のふり幅の調整に用いる基礎的資料を得た。

以上の検討と実証の大部分は、「室内温度分布」「CFD」「自動制御」「空調システム」「エネルギー」「快適性」など、本研究のキーワードの交点とも言える「センサー位置」と「混合ロス」が関係しており、最適化のフィージビリティスタディはすべてセンサー位置の最適化問題とした。

本論文は以下の6章よりなる。

第1章では、まず序論として本研究の目的と概要が述べられる。

第2章では設計最適化プロセスの「(1)実験、解析、計算、予測等による検討の段階」において、従来にない新しい手法として開発した「数値室内気候実験室」について述べる。「数値室内気候実験室」とは従来の手法の長所を組み合わせ,より確実性,汎用性が高く,精度を保ちつつ、汎用性と設計効率を向上させる新しい方法論であり、空調システム実験において実験室実験を超える機能を追求しようとするものである。具体的には、室内温度分布の存在を前提としたCFD解析手法と、室内均一拡散状態を前提とした従来の動的空調システム解析手法を接続することにより、実際に存在する室調システム実験室を、その空調システムや、実験室内温度分布を包含し、コンピュータ上に再現した。これにより、従来困難であった精密な室内温度分布を考慮したシステム解析などが可能となる事を、混合ロスの解析例により示す。

第3章では設計最適化プロセスの「(2)評価、判定の段階」においてGAを用いた最適解の探索を行うにあたり,CFD解析から温熱環境形成寄与率(CRI1)を求め、室温計算簡略化を試みた結果について述べる。また「(3)条件の変更の段階」において効率的な条件変更を行うため、境界条件の変更優先順位や重み付け検討時に反映することができる「設計プロセスの階層構造を考慮した条件変更手法」の基礎を提案する。この手法のフィージビリティスタディとして,混合ロスの検討を例に設計の階層構造を6階層に区分整理し,また冬期の室内温熱環境を例に,階層構造を考慮した最適な空調条件の検討を行う。

第4章では第3章で提案した室内環境最適化手法を、より実際の設計行為に近い形で検討するため,空調制御に用いるセンサーの位置と設定温度の最適化を試みた.最適化は設計過程の階層構造を考慮し,また,選択肢がある場合は経済性の高い方から検討を進める。さらに,最適解として得られたセンサー位置の他,最適解の近傍解について,室内温度代表性の観点から考察した結果も示す。

第5章では設計最適化プロセスの「(3)条件の変更の段階」において重要な感度解析の検討、試行例について述べる。具体的には大空間ドームにおける最適センサー位置の探索を行うため、空調吹出し口の熱的勢力範囲の把握とセンサーの感度解析を試行検討する。大空間に於いてはセンサー位置の網羅的探索は非効率であり、最適化を迅速に行うためにはパラメータ変更の結果に対する感度解析が重要となる。そのような見地からこの章では(1)大空間における吹出し口の勢力範囲をトレーサーガスにより実測し、(2)その結果をCFD 解析と比較検証し、(3)検証されたCFD 解析により各空調機の温熱環境形成寄与率(CRI1およびCRI3)を求めた。これにより、今後の設計で最適解を探査する際、GAであればパラメータのふり幅間隔の調整、解析のフィードバックシステムでの探査であれば、フィードバックで設計条件を修正する際のふり幅の調整に用いる基礎的資料が得られた。

第6章では各章で得られた知見をまとめ、総括的な結論を述べる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、室内温熱環境設計を「与えられた制約条件下における設計目標達成のための最適化問題」と捉え、特に「空間の温度分布を考慮した室内温熱環境の最適化」という複雑かつ限定された問題において、その最適解を最小の計算回数と探索時間で得る手法の開発とその検証を目的としている。そのため、設計最適化プロセスを(1)実験、解析、計算、予測等による検討段階(2)検討結果の評価、判定段階(3)解が設定条件を満足するまでの与条件変更段階の3段階に区分整理し、各段階における諸問題それぞれにおいて、従来の建築設計や建築設備設計に見られない新しい概念に基づく手法を導入し、合理的に最適解を求める手法を開発、提案、検証している。

本論文の構成は第1章の序論を含め、全6章よりなる。

第2章では設計最適化プロセスの「(1)実験、解析、計算、予測等による検討段階」における課題を検討している。ここでは実験とシミュレーションを組み合わせ、精度を保ちつつ、汎用性と設計効率を向上させる従来にない新しい方法論として「数値室内気候実験室」を開発し、その基本モデルの概念と有効性を示している。具体的には、室内温度分布の存在を前提としたCFD解析手法と、室内均一拡散状態を前提とした従来の動的空調システム解析手法を接続することにより、実際に存在する空調システム実験室を、その空調システムや実験室内温度分布を包含してコンピュータ上に再現している。この手法の開発により、従来困難であった熱源などの空調設備システムの時間応答、制御特性を考慮した室内の精密な温度の空間分布、時間変動を予測し、その制御性状を検討するシステム解析を可能としている。また同システムの精度と有効性を、空調システム技術の大きな課題の一つである混合ロスの問題に適応し、明らかにしている。

第3章では設計最適化プロセスの「(2)検討結果の評価、判定段階」における課題を検討している。ここでは、遺伝的アルゴリズム(GA)などの最適化手法を導入するとともに、その際、室内の分布性状を解析するためのCFD解析の計算量が莫大になることからその低減法を検討し、実用的な最適化探査法を開発している。CFD解析の計算量の低減法としては、擬似線形化手法を導入している。これは温熱環境形成寄与率(CRI1)という指標を用いるもので、流れ場における温度形成を線形近似してCFD解析に比べ簡易な室内環境解析を行うもので、第1次近似としては十分使用可能なことを明らかにしている。

また最適化探査の過程に、従来の研究では比較的軽視されている設計実務における意思決定システムを組み込み、設計者の視点を重要視した「設計プロセスの階層構造を考慮した条件変更手法」を提案している。具体的には「(3)予条件変更段階」において効率的な条件変更を行うため、空調設計の実際的なプロセスを洗い出してこれを整理し、基本計画段階、実施設計段階、施工段階でそれぞれどのような判断が求められ、現実的に何が変更可能な境界条件で、何が変更困難な制約条件かを、6階層に区分整理している。これは最適化探査の過程で境界条件の変更優先順位や重み付け検討の際に有効となるものである。この手法のフィージビリティスタディとして冬期の室内温熱環境を例に、階層構造を考慮した最適な空調条件の検討を行い、その有用性を明らかにした。

第4章では第3章で提案した室内環境最適化手法を、より実際の設計行為に近い形で検討し、その問題点と有用性を検討している。具体的には、実際の室内空調で問題となる空調制御に用いるセンサーの位置とその設定温度に関して、その最適化を試み、開発された手法の有効性と適用性を明らかにしている。論文では、最適解として得られたセンサー位置の他、最適解の近傍解についても、制御対象とする室内温度の代表性ついて考察した結果を示している。

第5章では設計最適化プロセスの「(3)予条件変更段階」において重要となる感度解析の課題に関して、検討を行っている。この感度解析は、目標となる設計を実現するために必要となる条件の変更の程度を適格に与えるものとなることが期待される。論文では実施の設計例に対して、この感度解析を行い、その精度、信頼性を解析、検討している。論文ではそのような見地から、大空間ドームの実測と解析を行い、温熱環境形成寄与率(CRI1およびCRI3)の指標を用いて大空間における吹き出し口の熱的勢力範囲を確認し、吹き出し口や各熱負荷要素の感度解析を行っている。これらの検討結果は、今後の類似の設計で最適解探査を行う際、探査法がGAであればパラメータのふり幅間隔の調整、探査法が予測システムのフィードバックによる逆解析システムであれば、設計条件を修正する際のふり幅調整に、直ちに有効な資料となっている。

第6章では、全体のまとめを行い、各章で得られた知見をまとめ、総括的な結論を述べている。

以上を要約するに本論文では、設計最適化プロセスの各段階において、(1)従来にない新しい環境解析の方法論として「数値室内気候実験室」を開発し(2)設計実務の視点を取り入れ、設計の階層構造を考慮した予条件変更プロセスを提示し(3)遺伝的アルゴリズム(GA)を温熱環境最適化に活用するため、温熱環境形成寄与率(CRI1)を用いた簡易計算の有効性を明らかにし(4)大空間温熱環境最適化における感度解析の基礎的資料を整備している。これらはいずれも、室内温熱環境の最適化、特に温度分布のある空間の温熱環境最適化を従来に増して、より迅速・正確に行うための有効なツールや概念であり、今後の応用範囲も極めて広く、建築環境工学に寄与するところ大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク