学位論文要旨



No 215807
著者(漢字) 坂田,一郎
著者(英字) Sakata,Ichiro
著者(カナ) サカタ,イチロウ
標題(和) 我が国地域経済圏の再生方策に関する研究 : 「連結された多極型クラスター構造」の形成を目指して
標題(洋)
報告番号 215807
報告番号 乙15807
学位授与日 2003.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15807号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,克守
 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 教授 足立,芳寛
 東京大学 助教授 玄場,公規
 東北大学 教授 原山,優子
内容要旨 要旨を表示する

我が国の経済活動は、1990年代に入って急速に活力が低下し、その後、長い停滞を余儀なくされている。世界の主要先進国の経済が知識化した中、市場の新たな需要に対応し、競争力を手にするためには「知識力」が重要な要素である。知識力に関しては、我が国は、今日、論文や技術貿易指標でみればアメリカに次ぐ世界第2位の高い実力を有していると言える。それではなぜ、我が国は、非常に高い水準にある知識力を経済活力へと転換することが出来ていないのであろうか。本論文は、この構造的原因を解明すると共に、具体的かつ総合的な処方箋を提示することを目的としている。本論文は、この原因に関して、地域経済圏における社会構造の変革の遅れが、知識の周辺領域への発展や移転、融合、濃縮といったプロセスを阻害しているため、蓄積した知識を競争力のある製品・サービスの生産へと繋げることが出来ていないのではないかとの独自の考え方を提起する。変革の遅れとは、工業化時代の組織毎の縦割り構造が、各地域経済圏に残存していることを意味している。この古い構造下では、経済圏内部の各主体のネットワークは、組織内部で閉じており、地理的に近い場所に位置する組織外部の個人や他の組織との知的な交わりは薄い。このような環境下にある経済圏は、知識の濃密な流通範囲としての”圏”の実態を伴っていないと考えられるのである。

地域経済圏に関しては、これまで、イノベーション理論、経済地理学、空間経済学、経営学などの分野で研究がなされてきており、これら研究の蓄積を本論文の基盤とすることは可能である。他方、先行研究の多くは、限られた数の経済圏に関するフィールド調査の考察や大学や産学共同機関など地域経済圏の個々の構成要素毎の分析にとどまっている。また、経済圏全体を対象とした計量的分析については、産業特化係数分析が中心であり、経済圏内部の構造の解明を試みたものは無い。先の目的を達成するためには、地域経済圏内の産学官の全体構造を捉えつつ、工学的手法を用いて内部構造を計量的に明らかにすること、及びその内部構造と経済パフォーマンスとの連関を解明することが必要であることから、本論文では新たに全く独自の分析手法を導入することとした。

具体的な分析の方法論の中心は次のとおりである。第一に、知縁を軸としたクラスター形成の動きが観察される地域経済圏を取り上げ、フィールド調査を行う。国特有の要因を排除するため、我が国を含め5カ国にまたがる調査を行い、共通要素を抽出した。第二に、これらフィールド調査の結果と先行研究の結果を集約し、構造化することにより「地域クラスター産学官構造モデル」を導出する。クラスターの主要な構成要素は、「中核企業」、「大学・公的研究機関」、「クラスター内の協働を促進する公的機関」の3セクターと「地域キャパシティ」である。これらは、互いに密接な連関を持っており、総体として地域経済圏における経済活動の効率や社会構造を規定している。第三に、このモデルに沿って、全国の主要な経済圏に関する経済・社会データの収集を行う。データの集約に当たっては、独自の定義に基づき経済圏域の確定を行った。第四に、地域経済圏が持つ全体的な特性を明らかにし、生産性の高さで特徴づけられた経済圏の抽出するため、先に準備をしたモデルとデータを利用して、地域横断の主成分分析を行う。第五に、代表的な経済圏をサンプルとして、時系列の偏相関分析を行う。グラフィカルモデリングの手法を参考として分析結果を体系化することによって地域経済圏の内部構造を明らかにする。その上で、この内部構造の特徴と経済指標との対応関係を分析した。

以上ような分析から得られた分析結果は、次の三点である。第一に、我が国の地域経済圏の現状を評価すると、地方の県庁所在地を中心とした経済圏に加え、広島のような中堅経済圏についても、クラスターとしての特性を持たず、「企業城下町」や「地方衛星都市」のような工業化時代の構造のままでとどまっている。このような経済圏では、1990年代に入って、生産性の上昇に停滞がみられる。第二に、浜松経済圏、京都経済圏のように、我が国の中にもクラスター化の先進事例と考えられる地域経済圏が少数、存在する。これらでは、1990年代に入っても一貫した生産性の上昇をみられる。第三に、大学やインキュベータなどの公的支援機関は、米欧の事例では、産学官の協調構造を作り上げ、クラスター形成に大きな役割を果たしていることが観察されるが、我が国に於いては対照的に、地域経済圏の生産性向上に関して有効な貢献が出来ていない。

これらの分析結果を考察すると、結論として、一世代前の構造のままとどまっている我が国の多くの地域経済圏を、“知縁”を結合軸とした「地域クラスター型」構造へと転換させることが、経済活力の再生に有効な方策であると考えることが出来る。この構造転換によって、知識の創造量や移転、融合、濃縮の機会を拡大し、生産性を再び上昇軌道に戻すことが可能となるのである。また、生産性が上昇する地域空間は、多くの投入財を惹き付けることが解っている。従って、構造転換により、経済圏のGDPや雇用が生産性と投入財の両面を通じて増大することが期待出来る。また、クラスター構造体の内部に眼を向けると、主要な構成要素である大学やインキュベータは、新たに、知識創出の源泉、知識融合の結節点、知識の仲介の場として機能することが求められている。各経済圏が“知縁”を軸としたクラスターへと構造変化を遂げた上で、それらが更に、我が国が持つ世界有数の高速交通ネットワークを介して、知縁の輪を互いに他の経済圏へと広げることになったとすれば、知識の融合や交流の機会が爆発的に増大し、我が国の知識財の生産力が大幅に向上することが期待される。このような国土の姿を「連結された多極型クラスター構造」と名付けることとした。個別の経済圏のクラスター構造化と、それらクラスター間の知縁を軸とした横の連結、これが、我が国が目指すべき構造改革の方策である。

以上の結論を踏まえ、クラスターを設計するための基幹的な条件の抽出を行った。結果は、(1)経済圏のビジョンに関する産学官の意識の統一と知縁ネットワークの形成、(2)知縁ネットワークへの大学・公的研究機関の引き込み、(3)起業家等と地域内の知識モジュールとの仲介を行うインキュベータ等の公的機関の機能強化、(4)産学官の知縁ネットワークの外部へのオープン化、(5)知識化社会に対応した地域教育力の強化、(6)知識を軸とした協働を積極評価する文化の醸成の6点である。これら6条件は、クラスターを構成する3セクターと地域キャパシティに関連したものであるが、それら構成要素は相互に影響を与え合う関係にある。従って、これら6条件も、相互に強い相関関係を持った一体のものと考える必要がある。これが本論文の政策提言である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、工学、経済史、技術経営、経済地理を横断した俯瞰的視座から、地域経済圏をテーマとして、その再生方策を検討している。分析手法の中心としては、独自の「産学官クラスター構造モデル」を基盤とした主成分分析とグラフィカルモデリングによって我が国経済圏の計量的な診断を行い、その結果とクラスター化で先行した内外の経済圏のフィールド調査から明らかになった内部構造等とを比較検討することにより結論を導く方式を用いている。結論として、知縁社会と知識化経済の両特性を併せ持つ「クラスター型地域経済圏」と知識の流路によりこれらを連結した国土像「連結された多極型クラスター構造」の形成、及びこれの形成に必要な普遍的6条件の提案を行っている。

分析から得られた結論は、次の三点である。第一に、我が国の地域経済圏の現状を評価すると、その多くが、「クラスター」又はそれに代表される“知縁社会”としての特性を持たず、工業化時代の構造のままにとどまっているということである。第二に、浜松経済圏、京都経済圏などのように、我が国の中にもクラスター化の先進事例と考えられる地域経済圏が存在することも確認された。第三点目の分析結果として、我が国では、大学やインキュベータが持つポテンシャルが地域経済圏活性化のために未だ活かされていないことが明らかとなった。

本論文における計量分析、欧米の成功した地域経済圏のフィールド調査と考察から、クラスター形成の基幹的な成功条件の抽出を行った。その結果、次の6条件に集約することが出来た。

条件1:経済圏のビジョンに関する産学官の意識の統一と産学官の社会的な知縁ネットワークの形成条件2:知縁ネットワークへの大学・公的研究機関の引き込み条件3:起業家と知識モジュールとの仲介を行うインキュベータ等公的支援機関の機能強化(「モジュール仲介型システム」の実装)条件4:産学官の知縁ネットワークのオープン化条件5:知識化社会に対応した地域教育力の強化条件6:知識を軸とした協働を積極評価する文化の醸成

地域経済圏毎に独自性のある戦略が必要であることも事実であるが、この6条件は、クラスター設計論の共通要素と考えることが出来る。これが本論文の提言である。

以上、地域経済活動という、複雑系のシステムについて、工学的な視点からモデル化を行い、それにより、経済活動の数値的な、構造分析と評価、また活性化の条件を実証的に導出して、提案している。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/40218